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1巻
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あくまでも私のためではない、というような口調だった。けれどその理由だけなら、斗真さん自らが動く必要はない。
(家族を守るなら、私をお屋敷から追い出したほうが効率的なのに……)
冷たいようでいて優しい行動を取る彼が、なんだか少し人間らしく見える。
(本当は親切な人なのかも……)
「じゃあ、俺はラウンジに戻る」
表情を変化させる私を不思議そうに見つつ、斗真さんは今度こそ部屋を出ていった。
「はぁ……生き返る」
広々としたシャワールームを独り占めし、私は雨で凍えた体をしっかり温めた。
血が巡ってくると、さっきの車での出来事が思い起こされる。
(本当に助かったな……けど、なんでここまでしてくれるんだろ?)
斗真さんはストーカーの彼に厳しく対応して、私を安心させようとした。
それだけでなく、寒がっているのを見かねてシャワーまで貸してくれて……
(思ったより、いい人……だよね)
少なくとも嫌な感じはしない。
初対面の日は正直、反感を抱いたけれど、今は少し……いいかもって思っている気もする。
(これって、斗真さんに好意を持っちゃってるってことかな)
結婚に憧れはあるけれど、実は私は恋愛の仕方がよくわからない。
数少ないお付き合いは、流されてなんとなく……という感じだったし、キスハグから先のことはほとんどわからない。
自分から異性を好きになるということが極端に少ないせいで、性的な衝動についても今いち実感がない。
(漫画とかでは見るけど、他人事になっちゃうんだよね……ていうかこの年齢で未経験な女って、やっぱり男性からは引かれちゃうのかな)
そんな悩みを持っていた矢先の斗真さんとの出会い。
今までお付き合いしてきたタイプの男性とは明らかに違う。というか、そもそも斗真さんのような職業の人には会ったこともなかった。だからきっと、普通に出会うだけなら最初から対象外だったと思う。
それがおハルさんのおかげで、ご縁が繋がった。
(斗真さんと本物の恋人になれる可能性……少しはあるのかな)
鏡の中の私は緊張なのか期待なのか、顔が熱くなっていて、不安や恐怖はだいぶ薄れていた。
「でも釣り合いの取れない人だし……期待しないでおこう」
私は軽く頭を振って、今考えたことを散らした。
バスルームから出ると、バスケットが置いてあった。
中には新しい下着と斗真さんが選んだであろう新品の服が入っていた。
それはミントグリーンのマキシ丈ワンピースだった。
「可愛い」
自分のために斗真さんがこれを選んだのかと思うと、一気に胸が熱くなってくる。
それは着心地も最高で、シルクのような生地がサラサラと肌を心地よく包んでくれた。
(ホテルで売ってる服だから、きっと高かっただろうな。あとで金額を聞こう)
体も温まって、すっかり元気を取り戻した私は、部屋の隅に設置されたソファに座ってホッと一息ついた。すると入ってきたときには気づかなかった彼の日常生活が、部屋の中に見えてくる。
相当に本が好きみたいで、ホテルの部屋なのに本棚が置かれている。しかもそれはすでに収納力をオーバーしていて、溢れたぶんは床に積まれていた。
(仕事の合間の息抜きが読書なのかな)
何気なくデスクまわりに近づくと、何種類もの海外のビール瓶がコレクションのように並んでいた。
(お酒が好きなのかな)
きっと彼にとって必要なものなんだろう。
「余計なことは言わないようにしよう」
身体の熱も落ち着いたので、私は着替えを済ませて斗真さんが待つラウンジへと降りた。
窓際の席で斗真さんは腕を組んだ状態で目を閉じていた。広い肩幅にぴたりとマッチした薄いブルーのストライプシャツが遠目にも爽やかな印象で視界に入る。
近くに寄ると、彫刻のような顔が少しずつはっきりしてきて、急にドキドキしてくる。
(改めて……イケメンだなあ)
「斗真さん」
呼んでみたけれど、彼は目を開けない。
どうやらこの姿勢のまま眠ってしまっているみたいだ。
(ずっと待っててくれたんだもんね……お仕事帰りだったのに、申し訳なかったな)
「あの、斗真さん。お部屋に戻って寝てください。私、タクシーで帰れますから」
「……ん?」
パチリと目を開けると、彼はしばし私を見上げてから、ああと思い出したように呟いて身を起こした。
「震えは止まったみたいだな」
「はい、おかげさまで。あと、この服、ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「値段は気にしなくていい」
「いえ! ここは払わせてください」
私の譲らない意思を感じたのか、彼は好きにしろと笑った。
「まあでも、サイズが合ってたみたいでよかった。それと、マンションを引き払うのに信頼できそうな業者はピックアップできた」
「ありがとうございます!」
「詳細を送りたい。アドレスを教えてもらえるか?」
「もちろんです」
私はバッグから手帳を取り出し、自分のメアドと携帯番号を書いて渡した。
「すみません。本当に助かりました」
「俺は面倒なことは一ミリもやらない主義だ」
彼はメモを受け取り胸ポケットに入れると、ソファから立ち上がって当然のように言った。
「そろそろ行くか。家まで送る」
「えっ? でも……」
(手術があったって言ってたし、疲れてるはずだよね)
「心配するな」
彼はくすりと笑って私の頭に手を乗せた。
「今、軽く仮眠できたから頭は冴えている」
「ソファでうたた寝しただけじゃないですか!」
(これ以上は迷惑かけられない)
「と、とにかく一人で帰れますから。斗真さんはゆっくり晩酌タイムを……」
「晩酌? 部屋で何か見たか?」
私が他意なく口にした言葉に、斗真さんは怪訝な顔をした。
「あ、ええと……」
(深い意味はなかったんだけど)
「ビール瓶のコレクションを見ました」
「ああ、それでか……」
斗真さんは納得したように頷き、私をじっと見る。
「軽蔑したか」
「軽蔑? しませんよ。だって……斗真さんが必要だと感じるものなら、きっと必要なんです」
「……へえ」
「実は私の母も昔、夜眠れなくてお酒に頼っていた時期があって。父が大きな病気をして入院していたので、すごく辛かったんだと思います」
(私ってば、何をペラペラと……)
「それで……父親は?」
「私が高校生のときに亡くなりました。でもしっかりお別れもできたので、今、母は父が残したお花屋さんを切り盛りして元気にやってます」
両親を見ていて、強そうに見える人だって、いつ体や心の状態を崩すかわからないのを痛感していた。だから私は、体と同じように心も支えるシステムがもっと大きなものになればいいと思っている。
「そういう経験もあるので、私は世間が言うほどの偏見はないつもりです」
「なるほどな」
「あ、なんだか偉そうにすみません」
「いや」
斗真さんは思いのほか、嫌な顔をしていなくて、脱いでいたジャケットを羽織り直してこちらを振り返った。
「その話はまた別の機会に。とにかく、今夜はあんたを車で送る。ついてきて」
「は、はい」
地下に用意された駐車場まで行くと、ここまで連れてきてくれた斗真さんの車がすでにエンジンのかかった状態で待機していた。
「乗って」
「はい」
再度助手席に乗りこみ、今度こそお屋敷へと向かってもらう。
寒くもなくてほっこりした空気の中でウトウトしていると、不意に斗真さんが呟いた。
「あのストーカー男……あんたが思ってるよりマジだったのかもしれないな」
「え?」
「結婚したいって本気で思っていた可能性もあるんじゃないか?」
そんなバカなと思うけれど、斗真さんは割と真剣な顔で向こうが本気だったんじゃないかという説を解いた。
でも、万が一気に入ってくれていたとしても、私には気持ちが全くないし、やっぱり今の状態はやめてもらわないと困る。それは斗真さんも理解したみたいで、軽く頷いた。
「とはいえ、気のない相手にしつこくされるのは本当に不愉快だからな」
ストーカーとまではいかないけれど、最高のステータスに吸い寄せられて、彼のまわりには常に女性が群がっている状態だという。
「結婚など考えてもなかったが、周囲が静かになるなら、紙切れだけの結婚でも悪くないと最近は思う」
「体裁だけ整えるってことですか?」
「ああ。恋愛は興味ないが、するなら他ですればいい。きっとそのほうがお互い平和だ」
(冷めてるんだな……愛情とかそういうのは必要ないってこと?)
「そんな気持ちで結婚された相手は悲しいです」
「へえ、あんたもやっぱり結婚にロマンスを求めるタイプなんだ」
そのバカにしたような言葉に、私はカッとなった。
「求めますよ! やっぱり結婚するなら愛がないと」
「愛?」
心底驚いたというように目を見開き、斗真さんは腹を抱えて笑い出した。
そんなに変なことを言ったかと私は狼狽えたけれど、そのうち馬鹿にされている感じがして気分が悪くなってくる。
「何がそんなにおかしいんですか?」
「いや、その単語を口にできるやつが俺の近くにいたとは……そういうのって言葉にした途端、軽薄なものにならないか?」
「軽薄とは思わないです。私の両親は愛は大切なものだと教えてくれました」
「……へえ」
笑うのをやめ、斗真さんは傷ついたように瞼を伏せてハンドルを握った。
「胡々菜は“愛”を証明できるの?」
「それは……感覚的なものだと思うので……証明はできないですけど」
「そんなあやふやな状態で、自信たっぷりに言える神経がわからん。無駄にポジティブなんだな」
(うわ、これって嫌みだよね?)
そう思いながらも、斗真さんとそこそこ会話が成り立ったのが初めてだったので、ちょっと不思議な気分になる。
(ひねくれてるのは確かだけど、なんでだろう……嫌な感じはしないんだよね)
そんなことを考えていると、斗真さんは仕切り直すように話を戻した。
「それはそうと、お前のストーカー問題だけど。諦めてもらうなら、新しい恋人を作るのが手っ取り早いだろ」
「うーん、恋人なんてそんな簡単にできるものでもないかなって……」
「なら俺の恋人にしてやる」
「は!?」
(いけない、思わず本音の声を出してしまった)
かなり大きな声を出してしまったので、斗真さんも軽く目を見開いた。
「勘違いするな、別に本気の恋人になろうってわけじゃない。俺にとってもメリットがあることだから持ちかけてる」
「メリット、ですか?」
「ああ。カモフラージュになるだろ」
(何からカモフラージュしようっていうのかな)
「女性撃退用とか?」
「そんなとこだ。姉貴の知り合いだし、ちょうどいい」
「なるほど……」
(そりゃそうか。恋愛を軽視している人らしい発想だな)
立場を利用することでお互いの日常が平穏になるというなら、なんとなく彼の意図もわかる気がした。
(モテすぎる人の苦悩って私にはわからないけどね)
斗真さんはナイスアイディアだと思っているみたいだ。
「じゃ、そういうことで。今からよろしく」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何を待てばいい」
「えっと……その……私が相手じゃ、他の女性を撃退するほどの効果がないんじゃないかな、って」
斗真さんは呆れた目でチラリとこちらを見た。
「ポジティブかと思ったが、自己肯定感は低めか」
「そうでもないつもりですが……でも、モテないのは事実ですから」
自分が嫌いなわけではない。でも、自分を客観視していないわけでもない。
特別な美人でもなく、アイドルみたいな可愛さもなく、秀でた特技があるでもなく……そんな自分を冷静に見つめれば、エリートのお医者様に釣り合うなんて自分では到底思えない。
演技をするとしても、不釣り合いなのは想像がつく。
これ、そんなに変な感覚だとは思わないけれど。
「……自分のことってほんと、見えないものなんだな」
ボソリと言った言葉の意味がよくわからず、まじまじと斗真さんの横顔を見る。
「とりあえず、そういう理由なら俺は全然問題ない。別にあんたに整った容姿も明晰な頭脳も求めてない」
「求めているのは何ですか?」
「あえて言うなら、身辺を穏やかにするためのお守り。いや、厄除け?」
「お守りのほうがまだいいです」
(なんだかよくわかんないけど、彼がいいっていうなら……)
体が車の暖房で温められて、眠気が強くなってきた。
(お互いにお守り的存在になる)
この作戦に乗ってしまったのは、やっぱりこのとき思考が半分くらい夢の中みたいになっていたのが原因だと思う。
目が覚めたのは、それから三十分ほど経過した頃だった。
「──な、胡々菜」
「ふえ……」
「着いたぞ、起きろ」
(あれ……私、寝て……?)
目を開けると窓の外に見えていた景色がなくなっていた。
ぼんやりした意識で記憶を巻き戻す。
(お屋敷まで送ってもらって……ああ、ここは駐車場だ)
エンジンは低音のまま最低限の動きをしていて、ライトはすべて消えていた。
「まだ付き合いの浅い男の横で、よくそんなに熟睡できるな」
「す、すみません」
(私が起きるの、待っててくれたのかな)
急いで体勢を整えて、斗真さんにお礼を言った。
「送ってくださって、本当にありがとうございました」
「確認だが」
「? はい」
「ここに着く前に話したこと、覚えてるか?」
「話したこと。え、ええと……」
記憶をもう一度巻き戻し、斗真さんに提案されたことを思い出した。
「あ、お互いのお守りになる、って話ですか?」
「そうだ」
ふっと笑った彼は、おもむろに顔を近づけた。
すんっと淡い消毒液の匂いが鼻腔をくすぐったかと思えば、顎を軽く押し上げられ──唇が重なった。
「っ!?」
驚く私にお構いなく、そのままキスは深くなり、呼吸が苦しくなるほど唇が塞がれる。
「ふ……っ」
角度を変えてもう一度重ねられるキスは、これまで一度も感じたことのない官能的なものだった。
体中が痺れて、お腹の底から何か変な欲求が込み上げてきて、私はショックで彼の胸を思いきり叩いて離れた。
「な、何するんですか!!」
呼吸を乱している私を面白そうに見つめ、斗真さんは私の腰に腕を回してシートベルトを外した。触れた髪がふわっと首を掠め、背中に甘い痺れが走る。
「驚くことじゃないだろ? 恋人なら」
「え、だって、演技でしょう?」
(だいたい、今誰もまわりにいないのに)
私が目を白黒させているのに、斗真さんはいたって冷静に暖房を切り、エンジンをすべて止めた。
「演技でキス、演技で抱き合う、そういうのも恋人らしくする手段のひとつ。慣れて」
当たり前という感じでそう言い、さっきより深いキスが重ねられる。こんな連続のキスは初めてで、私は呼吸できなくなって足をバタバタさせた。
すると一旦唇を離し、斗真さんは息の届く距離で私をじっと見つめた。
「……まさかキスしたことないとか?」
「そ、そんなことないです」
(でも、中学生みたいなキスしか、経験ない……なんて言いたくない)
「……」
少し沈黙したあと、斗真さんは私の鼻先を指で軽くつまんだ。
「長いキスのときは鼻で息をしろ」
「鼻……」
スンスンと鼻で息をしてみて、なるほどと思う。口で呼吸できないのなら、鼻からすればいいということだ。
「お前、教育し甲斐がありそうだな」
「教育って……んっ」
改めてキスで唇を塞がれ、不意に開いた口の隙間から生温かくて柔らかなものが触れた。それが舌先だと理解したのは少しあとで、私は口内に無言で侵入してきたその存在にただ驚く。
「ふ……ん……」
鼻から抜けるように出た声は甘やかすぎて自分のものとは思えず、恥ずかしさに耳まで熱くなった。
(何これ……頭がジンジンする)
ぎゅっと目を閉じると、斗真さんの呼吸と吐息しか感じなくなり、心臓が破裂しそうなほど激しく脈打った。
(し、心臓がもたない)
舌先が絡められたところで全身に感じたことのない電流が走って、私は強引に身を引いた。
「はぁ、はぁ」
走ったわけでもないのに呼吸が乱れて、酸欠のような状態で頭が朦朧とする。
斗真さんも少し息を乱していて、いつもの冷静な彼ではないように見えた。
(これが演技だとは思えないし……慣れるとかもあり得ないよ)
とんでもない約束をしてしまったと思ったけれど、心も体も、なぜかその約束をなかったことにしたいとは思っていない。
「……胡々菜、お前チョロすぎるだろ」
「えっ?」
「この先も期待したよな?」
「──っ」
「はは。やっぱりお前、教育し甲斐がある」
彼は助手席側のドアを開けて私を解放してくれた。
「続きはまた今度」
「~~!」
私は答えが見つからなくなって、真っ赤になりながら首をブンブンと振った。
(こ、こんなの……慣れるわけないよ!)
不意に訪れた初めてのディープなキス。
そのせいで、私は混乱して足元がおぼつかなくなった。
チョロいと言われた言葉を否定できないのが悔しかった。
第二章
(うう、どうしよう)
次の日。
私はいつも通り仕事をしつつも、ランチタイムにどうしようかと悩んでいた。
斗真さんとまさか恋人の演技をする約束をしてしまったことを、おハルさんに言うべきだろうか。
手の中のスマホ画面には、昨夜斗真さんから入ったメッセージが表示されている。
『個人的なやり取りは基本やるつもりはないが、一応繋いでおいたほうが便利だろ』
(一応? 一体、どういうときを指して便利って言ってるんだろう)
とは思ったけれど、私は深く考えずにメッセージアプリを承認した。
そのあとは特になんのやりとりもしてないけれど、スマホ内に彼と繋がれる場所ができたというのは結構大きな変化だった。
(案外律儀だし、親切なんだよね……)
何も言わなくても、おハルさんにはお屋敷での行動の変化や何やらで勘づかれる気がする。
ただ演技するだけならまだしも、キスとか、それ以上のことも含めてとなると、もうそれは恋人といっていいのではないかと私は思う。
(ていうか、普通にそれは恋人じゃないとできない行為でしょ!)
斗真さんがどうなのかはわからないけれど、少なくとも私は生理的に嫌な人だったらキスだって絶対に無理だ。だから、車での出来事はショックだったのだ。
ちゃんと付き合っていない、お互い好きだと確認していない相手とキスしたのに、嫌じゃなかった。
それどころか、嬉しい、心地いいって感覚もあって……
(わあ、思い出すとまた体が変な感じになってくる……っ)
慌ててイメージをパパッと消す仕草をして、やりかけで止まっている資料の仕上げを急ぐ。
いつもは積極的な気持ちでやれないときもある仕事だけど、今はちょっとした心のエスケープにもなったりしてありがたい。
「月野さん、それオッケー出たら印刷もお願いね」
「わかりました」
しっかりと返事をし、私はランチタイムまでこのことを考えるのはやめようと決意した。
「で、ココちゃん。斗真と何があったの?」
「ふえっ?」
何も言わない前から、おハルさんから鋭い質問をされて変な声を出してしまった。
驚いた反動で膝の上に敷いたハンカチにサンドイッチが落ちるのを見て、彼女は口元を緩める。
「やっぱりかあ」
「や、やっぱりって?」
「ココちゃん、斗真の好みだと思ったのよねえ。なんかあの子のまわりを取り巻いてるギラギラの女性にはない素朴さがいいっていうか。ちょっと抜けてて癒し系なのよね」
(それって褒められてるんでしょうか)
微妙な気持ちになりつつも、おハルさんが私と斗真さんの間に恋愛めいた動きがあったことを察しているのは明らかだと確信する。
「あの、実はちょっと斗真さんとお約束したことはあるんですけど。決して彼が私を好きになったとか、そういうのではないんです」
「どういうこと?」
「んー……お守り的存在になるとお互いに助かるという条件が合致したので……」
そこまで言うと、おハルさんはプッと吹き出した。
「斗真がそう言ったの? お守りって?」
「はい。私がストーカーの話をしたら、自分も同じ感じで困ってるから……お守り的存在として……しばらく過ごそうかと……」
「ほお、へえ、ふーん」
(家族を守るなら、私をお屋敷から追い出したほうが効率的なのに……)
冷たいようでいて優しい行動を取る彼が、なんだか少し人間らしく見える。
(本当は親切な人なのかも……)
「じゃあ、俺はラウンジに戻る」
表情を変化させる私を不思議そうに見つつ、斗真さんは今度こそ部屋を出ていった。
「はぁ……生き返る」
広々としたシャワールームを独り占めし、私は雨で凍えた体をしっかり温めた。
血が巡ってくると、さっきの車での出来事が思い起こされる。
(本当に助かったな……けど、なんでここまでしてくれるんだろ?)
斗真さんはストーカーの彼に厳しく対応して、私を安心させようとした。
それだけでなく、寒がっているのを見かねてシャワーまで貸してくれて……
(思ったより、いい人……だよね)
少なくとも嫌な感じはしない。
初対面の日は正直、反感を抱いたけれど、今は少し……いいかもって思っている気もする。
(これって、斗真さんに好意を持っちゃってるってことかな)
結婚に憧れはあるけれど、実は私は恋愛の仕方がよくわからない。
数少ないお付き合いは、流されてなんとなく……という感じだったし、キスハグから先のことはほとんどわからない。
自分から異性を好きになるということが極端に少ないせいで、性的な衝動についても今いち実感がない。
(漫画とかでは見るけど、他人事になっちゃうんだよね……ていうかこの年齢で未経験な女って、やっぱり男性からは引かれちゃうのかな)
そんな悩みを持っていた矢先の斗真さんとの出会い。
今までお付き合いしてきたタイプの男性とは明らかに違う。というか、そもそも斗真さんのような職業の人には会ったこともなかった。だからきっと、普通に出会うだけなら最初から対象外だったと思う。
それがおハルさんのおかげで、ご縁が繋がった。
(斗真さんと本物の恋人になれる可能性……少しはあるのかな)
鏡の中の私は緊張なのか期待なのか、顔が熱くなっていて、不安や恐怖はだいぶ薄れていた。
「でも釣り合いの取れない人だし……期待しないでおこう」
私は軽く頭を振って、今考えたことを散らした。
バスルームから出ると、バスケットが置いてあった。
中には新しい下着と斗真さんが選んだであろう新品の服が入っていた。
それはミントグリーンのマキシ丈ワンピースだった。
「可愛い」
自分のために斗真さんがこれを選んだのかと思うと、一気に胸が熱くなってくる。
それは着心地も最高で、シルクのような生地がサラサラと肌を心地よく包んでくれた。
(ホテルで売ってる服だから、きっと高かっただろうな。あとで金額を聞こう)
体も温まって、すっかり元気を取り戻した私は、部屋の隅に設置されたソファに座ってホッと一息ついた。すると入ってきたときには気づかなかった彼の日常生活が、部屋の中に見えてくる。
相当に本が好きみたいで、ホテルの部屋なのに本棚が置かれている。しかもそれはすでに収納力をオーバーしていて、溢れたぶんは床に積まれていた。
(仕事の合間の息抜きが読書なのかな)
何気なくデスクまわりに近づくと、何種類もの海外のビール瓶がコレクションのように並んでいた。
(お酒が好きなのかな)
きっと彼にとって必要なものなんだろう。
「余計なことは言わないようにしよう」
身体の熱も落ち着いたので、私は着替えを済ませて斗真さんが待つラウンジへと降りた。
窓際の席で斗真さんは腕を組んだ状態で目を閉じていた。広い肩幅にぴたりとマッチした薄いブルーのストライプシャツが遠目にも爽やかな印象で視界に入る。
近くに寄ると、彫刻のような顔が少しずつはっきりしてきて、急にドキドキしてくる。
(改めて……イケメンだなあ)
「斗真さん」
呼んでみたけれど、彼は目を開けない。
どうやらこの姿勢のまま眠ってしまっているみたいだ。
(ずっと待っててくれたんだもんね……お仕事帰りだったのに、申し訳なかったな)
「あの、斗真さん。お部屋に戻って寝てください。私、タクシーで帰れますから」
「……ん?」
パチリと目を開けると、彼はしばし私を見上げてから、ああと思い出したように呟いて身を起こした。
「震えは止まったみたいだな」
「はい、おかげさまで。あと、この服、ありがとうございます。おいくらでしたか?」
「値段は気にしなくていい」
「いえ! ここは払わせてください」
私の譲らない意思を感じたのか、彼は好きにしろと笑った。
「まあでも、サイズが合ってたみたいでよかった。それと、マンションを引き払うのに信頼できそうな業者はピックアップできた」
「ありがとうございます!」
「詳細を送りたい。アドレスを教えてもらえるか?」
「もちろんです」
私はバッグから手帳を取り出し、自分のメアドと携帯番号を書いて渡した。
「すみません。本当に助かりました」
「俺は面倒なことは一ミリもやらない主義だ」
彼はメモを受け取り胸ポケットに入れると、ソファから立ち上がって当然のように言った。
「そろそろ行くか。家まで送る」
「えっ? でも……」
(手術があったって言ってたし、疲れてるはずだよね)
「心配するな」
彼はくすりと笑って私の頭に手を乗せた。
「今、軽く仮眠できたから頭は冴えている」
「ソファでうたた寝しただけじゃないですか!」
(これ以上は迷惑かけられない)
「と、とにかく一人で帰れますから。斗真さんはゆっくり晩酌タイムを……」
「晩酌? 部屋で何か見たか?」
私が他意なく口にした言葉に、斗真さんは怪訝な顔をした。
「あ、ええと……」
(深い意味はなかったんだけど)
「ビール瓶のコレクションを見ました」
「ああ、それでか……」
斗真さんは納得したように頷き、私をじっと見る。
「軽蔑したか」
「軽蔑? しませんよ。だって……斗真さんが必要だと感じるものなら、きっと必要なんです」
「……へえ」
「実は私の母も昔、夜眠れなくてお酒に頼っていた時期があって。父が大きな病気をして入院していたので、すごく辛かったんだと思います」
(私ってば、何をペラペラと……)
「それで……父親は?」
「私が高校生のときに亡くなりました。でもしっかりお別れもできたので、今、母は父が残したお花屋さんを切り盛りして元気にやってます」
両親を見ていて、強そうに見える人だって、いつ体や心の状態を崩すかわからないのを痛感していた。だから私は、体と同じように心も支えるシステムがもっと大きなものになればいいと思っている。
「そういう経験もあるので、私は世間が言うほどの偏見はないつもりです」
「なるほどな」
「あ、なんだか偉そうにすみません」
「いや」
斗真さんは思いのほか、嫌な顔をしていなくて、脱いでいたジャケットを羽織り直してこちらを振り返った。
「その話はまた別の機会に。とにかく、今夜はあんたを車で送る。ついてきて」
「は、はい」
地下に用意された駐車場まで行くと、ここまで連れてきてくれた斗真さんの車がすでにエンジンのかかった状態で待機していた。
「乗って」
「はい」
再度助手席に乗りこみ、今度こそお屋敷へと向かってもらう。
寒くもなくてほっこりした空気の中でウトウトしていると、不意に斗真さんが呟いた。
「あのストーカー男……あんたが思ってるよりマジだったのかもしれないな」
「え?」
「結婚したいって本気で思っていた可能性もあるんじゃないか?」
そんなバカなと思うけれど、斗真さんは割と真剣な顔で向こうが本気だったんじゃないかという説を解いた。
でも、万が一気に入ってくれていたとしても、私には気持ちが全くないし、やっぱり今の状態はやめてもらわないと困る。それは斗真さんも理解したみたいで、軽く頷いた。
「とはいえ、気のない相手にしつこくされるのは本当に不愉快だからな」
ストーカーとまではいかないけれど、最高のステータスに吸い寄せられて、彼のまわりには常に女性が群がっている状態だという。
「結婚など考えてもなかったが、周囲が静かになるなら、紙切れだけの結婚でも悪くないと最近は思う」
「体裁だけ整えるってことですか?」
「ああ。恋愛は興味ないが、するなら他ですればいい。きっとそのほうがお互い平和だ」
(冷めてるんだな……愛情とかそういうのは必要ないってこと?)
「そんな気持ちで結婚された相手は悲しいです」
「へえ、あんたもやっぱり結婚にロマンスを求めるタイプなんだ」
そのバカにしたような言葉に、私はカッとなった。
「求めますよ! やっぱり結婚するなら愛がないと」
「愛?」
心底驚いたというように目を見開き、斗真さんは腹を抱えて笑い出した。
そんなに変なことを言ったかと私は狼狽えたけれど、そのうち馬鹿にされている感じがして気分が悪くなってくる。
「何がそんなにおかしいんですか?」
「いや、その単語を口にできるやつが俺の近くにいたとは……そういうのって言葉にした途端、軽薄なものにならないか?」
「軽薄とは思わないです。私の両親は愛は大切なものだと教えてくれました」
「……へえ」
笑うのをやめ、斗真さんは傷ついたように瞼を伏せてハンドルを握った。
「胡々菜は“愛”を証明できるの?」
「それは……感覚的なものだと思うので……証明はできないですけど」
「そんなあやふやな状態で、自信たっぷりに言える神経がわからん。無駄にポジティブなんだな」
(うわ、これって嫌みだよね?)
そう思いながらも、斗真さんとそこそこ会話が成り立ったのが初めてだったので、ちょっと不思議な気分になる。
(ひねくれてるのは確かだけど、なんでだろう……嫌な感じはしないんだよね)
そんなことを考えていると、斗真さんは仕切り直すように話を戻した。
「それはそうと、お前のストーカー問題だけど。諦めてもらうなら、新しい恋人を作るのが手っ取り早いだろ」
「うーん、恋人なんてそんな簡単にできるものでもないかなって……」
「なら俺の恋人にしてやる」
「は!?」
(いけない、思わず本音の声を出してしまった)
かなり大きな声を出してしまったので、斗真さんも軽く目を見開いた。
「勘違いするな、別に本気の恋人になろうってわけじゃない。俺にとってもメリットがあることだから持ちかけてる」
「メリット、ですか?」
「ああ。カモフラージュになるだろ」
(何からカモフラージュしようっていうのかな)
「女性撃退用とか?」
「そんなとこだ。姉貴の知り合いだし、ちょうどいい」
「なるほど……」
(そりゃそうか。恋愛を軽視している人らしい発想だな)
立場を利用することでお互いの日常が平穏になるというなら、なんとなく彼の意図もわかる気がした。
(モテすぎる人の苦悩って私にはわからないけどね)
斗真さんはナイスアイディアだと思っているみたいだ。
「じゃ、そういうことで。今からよろしく」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何を待てばいい」
「えっと……その……私が相手じゃ、他の女性を撃退するほどの効果がないんじゃないかな、って」
斗真さんは呆れた目でチラリとこちらを見た。
「ポジティブかと思ったが、自己肯定感は低めか」
「そうでもないつもりですが……でも、モテないのは事実ですから」
自分が嫌いなわけではない。でも、自分を客観視していないわけでもない。
特別な美人でもなく、アイドルみたいな可愛さもなく、秀でた特技があるでもなく……そんな自分を冷静に見つめれば、エリートのお医者様に釣り合うなんて自分では到底思えない。
演技をするとしても、不釣り合いなのは想像がつく。
これ、そんなに変な感覚だとは思わないけれど。
「……自分のことってほんと、見えないものなんだな」
ボソリと言った言葉の意味がよくわからず、まじまじと斗真さんの横顔を見る。
「とりあえず、そういう理由なら俺は全然問題ない。別にあんたに整った容姿も明晰な頭脳も求めてない」
「求めているのは何ですか?」
「あえて言うなら、身辺を穏やかにするためのお守り。いや、厄除け?」
「お守りのほうがまだいいです」
(なんだかよくわかんないけど、彼がいいっていうなら……)
体が車の暖房で温められて、眠気が強くなってきた。
(お互いにお守り的存在になる)
この作戦に乗ってしまったのは、やっぱりこのとき思考が半分くらい夢の中みたいになっていたのが原因だと思う。
目が覚めたのは、それから三十分ほど経過した頃だった。
「──な、胡々菜」
「ふえ……」
「着いたぞ、起きろ」
(あれ……私、寝て……?)
目を開けると窓の外に見えていた景色がなくなっていた。
ぼんやりした意識で記憶を巻き戻す。
(お屋敷まで送ってもらって……ああ、ここは駐車場だ)
エンジンは低音のまま最低限の動きをしていて、ライトはすべて消えていた。
「まだ付き合いの浅い男の横で、よくそんなに熟睡できるな」
「す、すみません」
(私が起きるの、待っててくれたのかな)
急いで体勢を整えて、斗真さんにお礼を言った。
「送ってくださって、本当にありがとうございました」
「確認だが」
「? はい」
「ここに着く前に話したこと、覚えてるか?」
「話したこと。え、ええと……」
記憶をもう一度巻き戻し、斗真さんに提案されたことを思い出した。
「あ、お互いのお守りになる、って話ですか?」
「そうだ」
ふっと笑った彼は、おもむろに顔を近づけた。
すんっと淡い消毒液の匂いが鼻腔をくすぐったかと思えば、顎を軽く押し上げられ──唇が重なった。
「っ!?」
驚く私にお構いなく、そのままキスは深くなり、呼吸が苦しくなるほど唇が塞がれる。
「ふ……っ」
角度を変えてもう一度重ねられるキスは、これまで一度も感じたことのない官能的なものだった。
体中が痺れて、お腹の底から何か変な欲求が込み上げてきて、私はショックで彼の胸を思いきり叩いて離れた。
「な、何するんですか!!」
呼吸を乱している私を面白そうに見つめ、斗真さんは私の腰に腕を回してシートベルトを外した。触れた髪がふわっと首を掠め、背中に甘い痺れが走る。
「驚くことじゃないだろ? 恋人なら」
「え、だって、演技でしょう?」
(だいたい、今誰もまわりにいないのに)
私が目を白黒させているのに、斗真さんはいたって冷静に暖房を切り、エンジンをすべて止めた。
「演技でキス、演技で抱き合う、そういうのも恋人らしくする手段のひとつ。慣れて」
当たり前という感じでそう言い、さっきより深いキスが重ねられる。こんな連続のキスは初めてで、私は呼吸できなくなって足をバタバタさせた。
すると一旦唇を離し、斗真さんは息の届く距離で私をじっと見つめた。
「……まさかキスしたことないとか?」
「そ、そんなことないです」
(でも、中学生みたいなキスしか、経験ない……なんて言いたくない)
「……」
少し沈黙したあと、斗真さんは私の鼻先を指で軽くつまんだ。
「長いキスのときは鼻で息をしろ」
「鼻……」
スンスンと鼻で息をしてみて、なるほどと思う。口で呼吸できないのなら、鼻からすればいいということだ。
「お前、教育し甲斐がありそうだな」
「教育って……んっ」
改めてキスで唇を塞がれ、不意に開いた口の隙間から生温かくて柔らかなものが触れた。それが舌先だと理解したのは少しあとで、私は口内に無言で侵入してきたその存在にただ驚く。
「ふ……ん……」
鼻から抜けるように出た声は甘やかすぎて自分のものとは思えず、恥ずかしさに耳まで熱くなった。
(何これ……頭がジンジンする)
ぎゅっと目を閉じると、斗真さんの呼吸と吐息しか感じなくなり、心臓が破裂しそうなほど激しく脈打った。
(し、心臓がもたない)
舌先が絡められたところで全身に感じたことのない電流が走って、私は強引に身を引いた。
「はぁ、はぁ」
走ったわけでもないのに呼吸が乱れて、酸欠のような状態で頭が朦朧とする。
斗真さんも少し息を乱していて、いつもの冷静な彼ではないように見えた。
(これが演技だとは思えないし……慣れるとかもあり得ないよ)
とんでもない約束をしてしまったと思ったけれど、心も体も、なぜかその約束をなかったことにしたいとは思っていない。
「……胡々菜、お前チョロすぎるだろ」
「えっ?」
「この先も期待したよな?」
「──っ」
「はは。やっぱりお前、教育し甲斐がある」
彼は助手席側のドアを開けて私を解放してくれた。
「続きはまた今度」
「~~!」
私は答えが見つからなくなって、真っ赤になりながら首をブンブンと振った。
(こ、こんなの……慣れるわけないよ!)
不意に訪れた初めてのディープなキス。
そのせいで、私は混乱して足元がおぼつかなくなった。
チョロいと言われた言葉を否定できないのが悔しかった。
第二章
(うう、どうしよう)
次の日。
私はいつも通り仕事をしつつも、ランチタイムにどうしようかと悩んでいた。
斗真さんとまさか恋人の演技をする約束をしてしまったことを、おハルさんに言うべきだろうか。
手の中のスマホ画面には、昨夜斗真さんから入ったメッセージが表示されている。
『個人的なやり取りは基本やるつもりはないが、一応繋いでおいたほうが便利だろ』
(一応? 一体、どういうときを指して便利って言ってるんだろう)
とは思ったけれど、私は深く考えずにメッセージアプリを承認した。
そのあとは特になんのやりとりもしてないけれど、スマホ内に彼と繋がれる場所ができたというのは結構大きな変化だった。
(案外律儀だし、親切なんだよね……)
何も言わなくても、おハルさんにはお屋敷での行動の変化や何やらで勘づかれる気がする。
ただ演技するだけならまだしも、キスとか、それ以上のことも含めてとなると、もうそれは恋人といっていいのではないかと私は思う。
(ていうか、普通にそれは恋人じゃないとできない行為でしょ!)
斗真さんがどうなのかはわからないけれど、少なくとも私は生理的に嫌な人だったらキスだって絶対に無理だ。だから、車での出来事はショックだったのだ。
ちゃんと付き合っていない、お互い好きだと確認していない相手とキスしたのに、嫌じゃなかった。
それどころか、嬉しい、心地いいって感覚もあって……
(わあ、思い出すとまた体が変な感じになってくる……っ)
慌ててイメージをパパッと消す仕草をして、やりかけで止まっている資料の仕上げを急ぐ。
いつもは積極的な気持ちでやれないときもある仕事だけど、今はちょっとした心のエスケープにもなったりしてありがたい。
「月野さん、それオッケー出たら印刷もお願いね」
「わかりました」
しっかりと返事をし、私はランチタイムまでこのことを考えるのはやめようと決意した。
「で、ココちゃん。斗真と何があったの?」
「ふえっ?」
何も言わない前から、おハルさんから鋭い質問をされて変な声を出してしまった。
驚いた反動で膝の上に敷いたハンカチにサンドイッチが落ちるのを見て、彼女は口元を緩める。
「やっぱりかあ」
「や、やっぱりって?」
「ココちゃん、斗真の好みだと思ったのよねえ。なんかあの子のまわりを取り巻いてるギラギラの女性にはない素朴さがいいっていうか。ちょっと抜けてて癒し系なのよね」
(それって褒められてるんでしょうか)
微妙な気持ちになりつつも、おハルさんが私と斗真さんの間に恋愛めいた動きがあったことを察しているのは明らかだと確信する。
「あの、実はちょっと斗真さんとお約束したことはあるんですけど。決して彼が私を好きになったとか、そういうのではないんです」
「どういうこと?」
「んー……お守り的存在になるとお互いに助かるという条件が合致したので……」
そこまで言うと、おハルさんはプッと吹き出した。
「斗真がそう言ったの? お守りって?」
「はい。私がストーカーの話をしたら、自分も同じ感じで困ってるから……お守り的存在として……しばらく過ごそうかと……」
「ほお、へえ、ふーん」
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