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14話 暴かれる秘密(4)
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「アンリっ!」
私の叫び声もむなしく、部屋にはすぐに静寂が訪れる。
残ったアンリのハンカチを拾い、それを鼻に押し付けた。ほんのりとした花の香り……確かにこれはリュカも漂わせていた香りだ。
(やっぱり……そうなんだ)
「気づいてしまったんですね」
いつの間に部屋に入っていたのか、そこにはエリオが無表情に立っていた。
私を見下ろし、やや困ったように首を傾げる。
「困りましたね。この国もいよいよ終わりでしょうか」
「どういうこと?」
「見てください、月がもう重なりそうです」
窓の外に目をやると、以前はかなり離れていた二つの月がまるで合体するように重なりかけていた。
(これは、アンリとリュカを表していたとか、そういうことなの)
「ジュリが気づいた通り、アンリ様とリュカ様は同一人物です。リュカ様は、アンリ様が作り出した別人格なのです」
「……別人格」
想像を絶する苦しみがあった場合、人は無意識に別人格を作り出し、本体にはその記憶が残らないという現象を聞いたことがある。
アンリもそれだったんだろうか。
「どうして……そんなことに」
「私もいきさつは詳しくわかりません。私がアンリ様をお世話する頃には、もうリュカ様が存在していたので」
エリオは眉を寄せながら、古い記憶をたぐるように話を続ける。
「聞いたところによると幼い頃のアンリ様はとても寂しい環境だったようです。厳しい父親と、姿を見せない母親。それでも王子として厳しい試練を与えられ、太陽の子として国民の期待を一身に背負ってらっしゃいました」
それはあの夢で見たアンリと一緒だ。
小鳥すら友達にさせてもらえず、話し相手のいない寂しい日々。それを思うと、今も胸が痛くてすぐに彼の元へ行きたくなる。
(アンリのところへ行かないと!)
エリオは私が急ぐのを止めるように、腕を掴む。
「ちゃんと私の話を聞いてからにしてください」
「エリオ……」
仕方なく足を止めてエリオを見ると、彼は小さく頷いて話を続ける。
「恐らくですが、太陽の子、光の子と愛でられることにアンリ様は疲れていらっしゃったのだと思います。その心が、闇を愛でるリュカ様を生んだ。でも……その人格を作ったのが自分だということをアンリ様は忘れてしまっているんです」
アンリはリュカを本心から双子の兄弟がいると思っていた。
そして、夜を支配するリュカの存在をライバル視するようになり、敵だと思うようになった。
(そんなことって……)
「アンリ様に必要なのは彼にとっての太陽的存在だったんです。愛、微笑み、温もり……あの方は健全に育つのに必要な要素を一つも与えられずに育ったから」
そう言ったエリオはこの上なく寂しげで、辛そうだ。
本当に心からアンリを思っているんだろう。
「私が、その要素を彼に与えられるかな。今からでも……遅くないかな」
この世界に呼ばれた私の役割がそうならば、精一杯アンリに愛を注ぎたい。もっと甘えてくれていい、あの人を守れるなら私はどんなことだってする。
強くそう思っている私を認めてくれたのか、エリオは掴んでいた腕を離した。
「アンリ様はリュカ様の部屋にいます。とても危険な状態ですが、あなたなら……救ってくれるかもしれませんね」
エリオが離れたのを見て、私はドアに駆け寄り、お礼を言う。
「ありがとう。行ってみる。それと、エリオ……あなたにも待っている人がいるみたいだから伝えておくね」
「待っている人?」
王妃の声は夢ではなかった。
さっきも聞こえた声は、地下にあるどこかの部屋に魂だけになっている王妃の本当の声なのだろう。
「王妃が……エリオに会いたいと。地下で待っていると言っていたの」
「……王妃が」
一瞬表情を引きつらせたが、エリオはすぐに理性を取り戻し、落ち着いた声で言った。
「わかりました、私のことは気にせず行ってください。アンリ様のことを……お願いしますね」
「うん、精一杯やってみる」
強く頷くと、私はドアを開けてリュカの部屋を目指した。
苦しんでいるアンリに何ができるかわからなかったけれど、じっとしていることはできない。
(アンリ……待ってて)
私の叫び声もむなしく、部屋にはすぐに静寂が訪れる。
残ったアンリのハンカチを拾い、それを鼻に押し付けた。ほんのりとした花の香り……確かにこれはリュカも漂わせていた香りだ。
(やっぱり……そうなんだ)
「気づいてしまったんですね」
いつの間に部屋に入っていたのか、そこにはエリオが無表情に立っていた。
私を見下ろし、やや困ったように首を傾げる。
「困りましたね。この国もいよいよ終わりでしょうか」
「どういうこと?」
「見てください、月がもう重なりそうです」
窓の外に目をやると、以前はかなり離れていた二つの月がまるで合体するように重なりかけていた。
(これは、アンリとリュカを表していたとか、そういうことなの)
「ジュリが気づいた通り、アンリ様とリュカ様は同一人物です。リュカ様は、アンリ様が作り出した別人格なのです」
「……別人格」
想像を絶する苦しみがあった場合、人は無意識に別人格を作り出し、本体にはその記憶が残らないという現象を聞いたことがある。
アンリもそれだったんだろうか。
「どうして……そんなことに」
「私もいきさつは詳しくわかりません。私がアンリ様をお世話する頃には、もうリュカ様が存在していたので」
エリオは眉を寄せながら、古い記憶をたぐるように話を続ける。
「聞いたところによると幼い頃のアンリ様はとても寂しい環境だったようです。厳しい父親と、姿を見せない母親。それでも王子として厳しい試練を与えられ、太陽の子として国民の期待を一身に背負ってらっしゃいました」
それはあの夢で見たアンリと一緒だ。
小鳥すら友達にさせてもらえず、話し相手のいない寂しい日々。それを思うと、今も胸が痛くてすぐに彼の元へ行きたくなる。
(アンリのところへ行かないと!)
エリオは私が急ぐのを止めるように、腕を掴む。
「ちゃんと私の話を聞いてからにしてください」
「エリオ……」
仕方なく足を止めてエリオを見ると、彼は小さく頷いて話を続ける。
「恐らくですが、太陽の子、光の子と愛でられることにアンリ様は疲れていらっしゃったのだと思います。その心が、闇を愛でるリュカ様を生んだ。でも……その人格を作ったのが自分だということをアンリ様は忘れてしまっているんです」
アンリはリュカを本心から双子の兄弟がいると思っていた。
そして、夜を支配するリュカの存在をライバル視するようになり、敵だと思うようになった。
(そんなことって……)
「アンリ様に必要なのは彼にとっての太陽的存在だったんです。愛、微笑み、温もり……あの方は健全に育つのに必要な要素を一つも与えられずに育ったから」
そう言ったエリオはこの上なく寂しげで、辛そうだ。
本当に心からアンリを思っているんだろう。
「私が、その要素を彼に与えられるかな。今からでも……遅くないかな」
この世界に呼ばれた私の役割がそうならば、精一杯アンリに愛を注ぎたい。もっと甘えてくれていい、あの人を守れるなら私はどんなことだってする。
強くそう思っている私を認めてくれたのか、エリオは掴んでいた腕を離した。
「アンリ様はリュカ様の部屋にいます。とても危険な状態ですが、あなたなら……救ってくれるかもしれませんね」
エリオが離れたのを見て、私はドアに駆け寄り、お礼を言う。
「ありがとう。行ってみる。それと、エリオ……あなたにも待っている人がいるみたいだから伝えておくね」
「待っている人?」
王妃の声は夢ではなかった。
さっきも聞こえた声は、地下にあるどこかの部屋に魂だけになっている王妃の本当の声なのだろう。
「王妃が……エリオに会いたいと。地下で待っていると言っていたの」
「……王妃が」
一瞬表情を引きつらせたが、エリオはすぐに理性を取り戻し、落ち着いた声で言った。
「わかりました、私のことは気にせず行ってください。アンリ様のことを……お願いしますね」
「うん、精一杯やってみる」
強く頷くと、私はドアを開けてリュカの部屋を目指した。
苦しんでいるアンリに何ができるかわからなかったけれど、じっとしていることはできない。
(アンリ……待ってて)
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