太陽と月に抱かれて ~異世界で王子を産みなさい!?~

伊東悠香

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1話 突然異世界へ……

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 その日はとても太陽が眩しくて、日陰を歩くと街路樹の木漏れ日が綺麗だったのを覚えている。
 私はいつも通り外での仕事を終えて、帰社するために公園の抜け道を通っていた。
(今から戻って、報告書を仕上げたらすぐに帰りたいな)
 秋に入ったとはいえ夏の疲れが取れなくて、少し目眩がする。
 今年で29歳になろうという年齢を考えると、もう少し焦っていいのかもしれないけれど、私……結城樹里(ゆうきじゅり)は今のまま一人でもいいかなと思っている。
 恋愛小説を読むのは好きだけれど、男性経験はほぼゼロと言っていいし、これから下手な恋愛をするのは危険な賭けだなと思う。
(我ながら受け身というか、情けない判断ではあるけど)
「ふう……」
 少し足が疲れて、ベンチに腰を下ろす。外勤の用事がある日は、こうして少し息を抜くことができるから好きだ。
(今日の夕飯は何にしようかな)
 のんきにこんなことを考えていると、不意に目の前に影が落ちた。
「ん?」
 顔を上げると、どこか心細い表情をした金髪の男性が立っていた。青い瞳のその人に白いシャツはとても似合っていて、花が溢れてきそうだ。
(生きた人だよね?)
 私はその人のあまりに完璧な姿に、しばしこれは人形なのではと疑った。
「あの、どうかしましたか」
 やっとの思いで言葉をかけると、その男性は首を傾げながら微笑んだ。
(な、なんだろう。日本語わからないのかな)
「何かお困りですか?」
 丁寧にもう一度聞いてみると、その人は私を見てこくりと頷いた。
「とても困ってるよ。王子を産んでくれる女性がいないんだ」
「……え?」
 聞き間違いかと思って、もう一度その人の顔を見る。すると、彼は私に怪しまれないようにする為か、特上の笑顔を見せた。その表情はまさに『太陽』と呼ぶに相応しいもので、軽く動揺してしまう。

「俺の名前はアンリ。君は?」
「あ、ええと……私は樹里です」
 苗字まで教えるのは危険だと思い、下の名前だけを教えた。するとアンリと名乗った男性は突然私の手をぎゅっと握った。
「ジュリ、いい名だね。もしよければ少しこの世界を案内してもらえないかな」
「あ……観光ですか」
(世界って、日本のことかな)
 ちょっと馴れ馴れしいなという気持ちはあったけれど、こんな綺麗な男性に声をかけられるなんてこの先一生ないかもしれない。
 恋愛経験が乏しいと、こういう時の判断力が弱い。それは自覚している。
 私はとりあえず今は無理だけれど、夜なら案内できると伝えた。するとアンリは途端に表情を曇らせた。
「日が落ちてからじゃ困るな」
「え?」
「夜は眠らなくちゃいけないんだ」
(だ、誰だってそうだと思うけど……何時に寝てるんだろう)
 アンリは美しい手で私の手を握ると、にこりと微笑んだ。
「少し散歩でもしてからと思ったけど、もう時間がないみたいだね」
「時間……って、私はもう会社に戻らないと」
「ごめんね、帰してあげることはできない」
 私の動揺をよそに、アンリは手を固く握るとその場で不思議な呪文を唱えだした。晴れていた空が急激に暗くなり、体ごと持っていかれそうな風が吹く。
「や……何?」
(嫌な予感しかしない。どこへ連れて行かれるの?)
 ぎゅっと目をつむってその恐怖に耐えていると、不意に風がやんだ。
 周囲の空気も心なしか暖かくなったように感じる。
「もう大丈夫だよ」
 アンリの声に、恐る恐る目を開けると……そこはヨーロッパ風の内装で飾られた広い部屋だった。奥では暖炉が赤々と燃えている。
「ここ、どこ?」
「俺の国、カリーナ王国だよ。ようこそ、ジュリ。この国唯一の女性として、カリーナ王国は君を歓迎する」
「ええ!?」
 この人は大丈夫なんだろうか。現れ方も唐突だったし、挙動不審で言ってることも意味不明。
(ていうか、私誘拐された?)
 じっとアンリを見上げると、彼は特に悪びれた様子もなくあくびをした。
「あーあ、1日適任を探してたから疲れたよ。後のことは執事のエリオに頼んであるから、質問は彼にしてくれる?」
「エリオ……」
 耳慣れぬカタカナの名前が出てきて、ここは海外のどこかなのかなと思うが、ここまであの瞬時に飛べる手段は軍のジェット機でも難しいだろう。
 そう考えると、ここは本当に一体どこなのか。
 アンリは渋い顔をしている私の額をちょいとつつくと、ふっと顔を近づける。綺麗な顔が急に迫るから、私は驚いて目を見開いた。
「笑顔でいないと国民に好かれないよ?」
「こ、国民って?」
「だから質問はエリオにして」
 面倒臭そうにそう言うと、アンリは私の唇に軽く触れるだけのキスをして部屋を去っていった。
「……」
 あの綺麗で整った唇が自分のに触れたことを理解するのに、しばし時間が必要だった。唇に残った柔らかな感触を確かめながら、次第に頬が熱くなっていくのを感じる。
(え、え、今のってキス?どうして私に??)
「私のファーストキスがっ!」
「……想像以上にうるさい方ですね」
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