太陽と月に抱かれて ~異世界で王子を産みなさい!?~

伊東悠香

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9話 太陽に抱かれる(5)

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 社長は一人で書類を見ていたようで、私とアンリを見て手にしていた紙を数枚落とした。
「社長……あの」
「俺に何か用か?それに隣の男性は…?」
「ええと、この人は……」
 アンリが誰かなんて説明しようがない。
 できればゆっくり話して理解してもらいたいけど、きっとそれはアンリが許さないだろう。
(ここは……アンリにお願いするしかない)
 私はアンリの方を向くと、懇願するように彼を見上げた。
「アンリ。お願い、私……この世界に留まりたい」
「まだそんなこと言ってるの?」
 アンリはため息をつきながら、肩をすくめる。
「ずいぶん嫌われてるんだな」
「違う……アンリが嫌いとかじゃないよ。でも、やっぱり私はここで生まれたんだし……最後までここで生きていきたいよ」
 自分がこの世界で十分に輝いて生きていたかと言われると、答えが難しいけど。それでも生まれ育った故郷を完全に捨てる決意なんてつくはずがない。
 こんな私の揺れる心を理解する気が微塵もないのか、アンリはきょとんとした表情をしている。
「おかしいでしょ……この世界がジュリを独占するなんて。誰より必要としている僕が、君を失うなんて……ありえないよ」
「……私の心は無視なの?」
 涙を浮かべて訴える私を見ても、アンリは表情を少しも動かさなかった。
「ジュリにとっても、僕といるのが一番いいんだよ」
 なんの迷いもないアンリの言葉に、私はこれ以上の説得は無駄だと悟る。
(アンリは……大人じゃないんだ)
 身体は立派な成人男性なのに、心はまるで十代の子どもみたいだ。エリオが言っていた『愛する術を知らない』っていうのは、こういうことだったのだろう。
 自分勝手で、他者の心を推し量るほどの余裕がない。
「どうしたんだ、結城……その男に何か脅されてるのか」
 社長もただならぬ私の様子に、真剣な表情でこちらへ一歩近づいた。
「近寄るな!」
 アンリの言葉で、社長の足元に炎が上がる。驚いて立ち止まる社長に向け、アンリは静かに告げた。
「あなたには、他に大事なものがたくさんあるでしょ?僕にはジュリだけなんだよ……この女性だけが世界で一番大切な存在」
「……アンリ」
 彼は真っ直ぐな眼差しで社長を見つめた後、ふっと表情を和らげて私の方へ視線を戻した。
「さ、ここで別れの誓いを立てるよ」
 アンリは手にした不思議な模様の札を私に持たせると、額に手をかざした。途端、私の口が勝手に何かを語りだす。
「私……結城樹里は……この世界での繋がりを永久に絶つことを誓う」
(嘘、私はここを離れたくないのに。口が勝手に……)
 鼓動が恐ろしく早く打ち付け、額からは滴るほどの汗が流れてきた。
「この世界の人へしっかり別れを告げられたね……ジュリ。じゃあ行こうか」
「え……」
 アンリが私の腕を捉えるのと、社長が私へ手を伸ばしたのは同時だった。
「結城!待て……どこへ行くっていうんだ」
「社長、私……っ」
 社長の伸ばした手をつかもうと腕を伸ばすと、アンリがそれを引き離すように私を足元から抱き上げた。
「……っ」
(やだ、こんな形でここを離れるなんて……っ)
「……さよう……なら」
 アンリが私の口を使って勝手な別れを言わせると、そのまま私たちは暗闇の中へ沈んでいく。
(ああ……もう永遠にここに戻れないんだ)
 そんな絶望的な気持ちを抱いている間に、視界には重々しい城の扉が映る。
 私はアンリに抱きかかえられながら、その中へゆっくりと入っていった。
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