亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第三章 亡国の系譜

第百三十二話 大人の機転

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 建物の中に入ると、そこには昨日ソフィと一緒にいた学者を始め、大勢の関係者がいた。玄関を入ってすぐのロビーは落ち着いた雰囲気で、当然と言えば当然だが赤絨毯もシャンデリアもない。海洋大学院大学というだけあって、壁には海流が図示された世界地図と、各地の水生生物の図版が飾られていた。

 ロビーにはそれなりの数の衛兵と誘導係もいた。多くの来場者が見込まれる以上、それだけ多くの人員が必要なのだろう。

「三人ともこっちへ来て」

 ソフィはジャンたちをロビーの奥にあるテーブルへ案内した。その途中、ある若い研究員がジャンたちに気付いた。

「所長、その青年たちは?」
「わたしの甥っ子とそのお友達よ」
「へぇ、君が噂の……」

 どうやら昨日の一件でジャンのことはすでに広まっていたようだ。

「ど、どうも、ジャン=リュック・シャロンって言います」
「そうか。僕はノーマン・ベンソン。所長の助手をしてるんだ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」

 ジャンは慣れないかしこまった挨拶をして頭を下げた。

「そちらの二人は?」
「この子のお友達よ。せっかくだからこの場で自己紹介でもしましょうか。ジャンの叔母で、フィロス学術研究所の所長をしているソフィ・ド・ラ・ギャルデよ。よろしくね」

 ソフィの自己紹介を受けて、案の定ニコラは取り乱した。

「ぞ、ぞ、存じ上げてお、お、お、おります。せ、先生の、お、お噂はかねがね……」
「おい、ニコラ、いくらなんでも緊張しすぎだろ」
「そ、そんなこと言ったって」
「しょーがねぇなー。おばさん、こいつおばさんに憧れてるんだって」
「ちょっ! ジャン! 余計なこと言うなよ!」

 ニコラは自分がソフィに憧れていることをバラされ、さらに取り乱した。ジャンの方は逆に、ニコラの焦りっぷりに肩の力が抜けたのか、いつもの調子を取り戻した。ソフィは落ち着きのないニコラの瞳を真っすぐに見ながら言った。

「ありがとう。こんなわたしのこと、よく思ってくれて。あなた、名前は?」
「ニ、ニコラです……。ニコラ・ポワティエ……」
「はじめまして、ニコラ。よろしくね」
「よ……よろしくお願いします!」

 ニコラはガチガチに緊張しながら深々と頭を下げた。

「そちらの綺麗なは?」

 ソフィはシェリーの方を見た。

「え!? 綺麗だなんて、そんな……。ソフィさんやマリアさんに比べたら、あたしなんて全然……」

 見とれるほど美しいソフィに綺麗と言われ、シェリーは恥ずかしそうにもじもじしだした。しかし、そこでまたジャンが余計なことを言う。

「おせじだよ、おせじ。そんなことより早く自己紹介しろよ」
「うっさいわね! せっかくいい気分だったのに。ごめんなさい、ソフィさん、こいつバカだから空気読めなくて。あたし、シェリーっていいます。シェリー・ファヴァールです。よろしくお願いします」
「はじめまして、シェリー。よろしくね」

 シェリーはジャンを適当にあしらってソフィに自己紹介をした。それにまたジャンが噛みつく。

「おまえ、またバカって言ったな!」
「バカにバカって言ってなにが悪いのよ、バカ!」
「ちくしょう! 三回もバカって言ったな! コノヤロー!」

 こんなところでも相変わらずの二人。第三区でちょっといい感じになったのが嘘のようだ。

「二人とも仲がいいのはいいけど、とりあえず座らない?」

 ソフィはジャンとシェリーをなだめようとした。

「な、仲良くなんかないです! こいつがいつもダメだから……」
「おまえこそ、すぐ暴力振るうなよ! いつもいつも! おばさん、聞いてくれよ。こいつ俺にすぐ手ぇ上げるんだぜ」
「それは良くないわね。だめよシェリー、乱暴しちゃ。せっかく綺麗なのに台無しよ」

 自分以上に美人で頭のいいソフィに言われては、シェリーも従うしかない。

「……はーい。気を付けますぅ」

 ニコラが緊張であたふたしていても、それ以上にしっかりした大人がいたおかげで火種はすぐに鎮火した。

「それじゃあ三人とも、座って。せっかくだからノーマンも。会場準備、大変だったでしょ? 少し休みましょ」
「「はい」」

 ジャンたち三人と、ソフィ、ノーマンはそこにあった椅子に腰かけた。
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