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第四章 ならず者たちの挽歌
第百八十三話 危険な依頼
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フィロス学術研究所のセミナーから一か月が経過したある日の午前。ジャンたち三人はネヴィール第一区のギルドの待合にいた。
彼らははこのひと月余りの間、ギルドの依頼をこなして旅の資金を増やしていたのだが、これにはわけがあった。
三人はこのまま東の大陸に渡ることに決めたのだが、実際のところ、そこがどのようなところか具体的にはよくわかっていなかった。資金は十分にあるが、それでも見知らぬ土地を無計画に旅するのは危険を伴う。そこでニコラの提案により、ひと月の間、資金を貯めながら東の大陸について下調べをすることになった。
そしてもう一つ、彼らにはある目的があった。
「依頼、来てるといいわね」
「だな。ブロンズランクはバイトみたいな依頼ばっかだしよー。俺もそろそろ飽きてきたぜ」
「ジャン、わかってると思うけど、危険な依頼はだめだからね」
「わーってるって」
彼らがギルドの依頼を受けていたのは、ランクをブロンズからシルバーに格上げするためだった。シルバーランクの依頼はブロンズランクよりリスクが高い反面、報酬も高い。危険なことはしないというマリアとの約束を破ることになるかもしれないと思いながらも、ジャンは自身の向上心を抑えることができなかった。ニコラも同じだった。
シェリーは表向き慎重な姿勢を見せていたが、本心は二人と同じで、自分の実力がどの程度のものか確かめたいと思っていた。そのため最初に反対しておいて、あとで仕方なく同意したかのように見せるという、回りくどい手段をとった。
シルバーランクに上がるためには三つの条件を満たさなければならない。まずはポイント。依頼にはそれぞれ点数が決められていて、累計点数が規定値を超えることが条件のひとつとなっている。シルバーランクになると危険な依頼も増えてくるため、腕力や戦闘能力が関係する依頼ほど点数が高い。以前シェリーが受けた道場の指導補助などは、かなり高い点数が付けられている。
二つ目は、ギルドが認定した推薦者から推薦を受けること。ジャンとシェリーはシルヴァン師範からの推薦があったので、この点は問題なかった。ニコラについては、モーリスが推薦者の認定を受けていなかったため、新たな仕事を受けることになった。そこで彼はこの一か月間、冷気系の魔法で水揚げされた海産物をひたすら冷凍するという地味な仕事をして、推薦を得ることになった。
「それにしてもよー、ニコラ。おまえこの一か月間、すっげぇ魚臭かったよな」
「それは言わないでくれよ。そういうのは僕のイメージと違うだろ? それにジャン、おまえこそ漁に出てたときはずっと魚臭かったじゃないか」
「俺んちは漁業やってんだから、魚臭くて当然だろ?」
インテリのニコラにとっては人生初の単純労働。それも彼の適正とは異なる冷気系の魔法を延々繰返す業務とくれば、少々ナーバスになるのも仕方ない。ただ、彼がこの依頼を選んだのにはちゃんと意味があった。
「でもニコラ、あんた適正が熱系なのによく一日中冷気系の魔法を使ってられたわね」
「それはシェリー、ソフィさんから借りた本のおかげさ」
「どういうこと?」
「ソフィさんが僕に貸してくれた本、あっただろ? あの本に、適正以外の魔法をレベルアップさせる具体的な方法が書かれていたんだ。それであえて冷気系の魔法を使った仕事を選んで実験してたってわけさ」
彼はソフィから借りた本の内容をすぐに試し、実地でそれを身につけようとした。結果的にそれは上手くいき、依頼主から冷気系魔法の技術を評価され、推薦を得ることに成功した。
「ランクアップ申請でお待ちのシャロン様、ポワティエ様、ファヴァール様」
三人がおしゃべりをしていると、受付嬢が彼らの名を呼んだ。
「いよいよだな」
「ああ」
「緊張するわね」
シャンたちは揃って受付の方へ歩いた。
「お待たせいたしました。依頼ですが、一件届いています」
「マジで!? やった!」
「やったわね、ジャン!」
「ああ! こんなあっさり依頼が入るなんて思わなかったぜ!」
ジャンとシェリーは顔を見合わせて喜んだ。
シルバーランクに上がるための最後の条件は、こちらから依頼を募集してシルバーランク相当の依頼を受け、成功させることだった。通常はなかなか依頼が来ないことも多いのだが、ジャンたちは申請してから四日ですんなり依頼を受けることができた。
「依頼主はどういった方なのですか?」
喜ぶ二人の横で、ニコラは受付嬢に尋ねた。
「ハリル・イブン・ジャファルというムフタール王国出身の方で、ご本人もシルバーランクのハンターをされています」
依頼主はヒルダの部下、ハリルだった。彼はヒルダの命令でジャンたちを監視しながら、ランクアップの申請を待っていた。
「じゃあ依頼内容は」
ニコラはさらに質問をした。
「はい、最深部でフェーブルとムフタールを結ぶと言われている、ネヴィール南の洞窟の探索になります。ただ……」
「ただ?」
「その洞窟の奥には火吐き鼠と呼ばれる凶暴な魔獣が住み着いておりまして、我が国の軍部もそこには近付かないのです」
受付嬢の話を聞いて、ニコラの背中に緊張が走った。
彼らははこのひと月余りの間、ギルドの依頼をこなして旅の資金を増やしていたのだが、これにはわけがあった。
三人はこのまま東の大陸に渡ることに決めたのだが、実際のところ、そこがどのようなところか具体的にはよくわかっていなかった。資金は十分にあるが、それでも見知らぬ土地を無計画に旅するのは危険を伴う。そこでニコラの提案により、ひと月の間、資金を貯めながら東の大陸について下調べをすることになった。
そしてもう一つ、彼らにはある目的があった。
「依頼、来てるといいわね」
「だな。ブロンズランクはバイトみたいな依頼ばっかだしよー。俺もそろそろ飽きてきたぜ」
「ジャン、わかってると思うけど、危険な依頼はだめだからね」
「わーってるって」
彼らがギルドの依頼を受けていたのは、ランクをブロンズからシルバーに格上げするためだった。シルバーランクの依頼はブロンズランクよりリスクが高い反面、報酬も高い。危険なことはしないというマリアとの約束を破ることになるかもしれないと思いながらも、ジャンは自身の向上心を抑えることができなかった。ニコラも同じだった。
シェリーは表向き慎重な姿勢を見せていたが、本心は二人と同じで、自分の実力がどの程度のものか確かめたいと思っていた。そのため最初に反対しておいて、あとで仕方なく同意したかのように見せるという、回りくどい手段をとった。
シルバーランクに上がるためには三つの条件を満たさなければならない。まずはポイント。依頼にはそれぞれ点数が決められていて、累計点数が規定値を超えることが条件のひとつとなっている。シルバーランクになると危険な依頼も増えてくるため、腕力や戦闘能力が関係する依頼ほど点数が高い。以前シェリーが受けた道場の指導補助などは、かなり高い点数が付けられている。
二つ目は、ギルドが認定した推薦者から推薦を受けること。ジャンとシェリーはシルヴァン師範からの推薦があったので、この点は問題なかった。ニコラについては、モーリスが推薦者の認定を受けていなかったため、新たな仕事を受けることになった。そこで彼はこの一か月間、冷気系の魔法で水揚げされた海産物をひたすら冷凍するという地味な仕事をして、推薦を得ることになった。
「それにしてもよー、ニコラ。おまえこの一か月間、すっげぇ魚臭かったよな」
「それは言わないでくれよ。そういうのは僕のイメージと違うだろ? それにジャン、おまえこそ漁に出てたときはずっと魚臭かったじゃないか」
「俺んちは漁業やってんだから、魚臭くて当然だろ?」
インテリのニコラにとっては人生初の単純労働。それも彼の適正とは異なる冷気系の魔法を延々繰返す業務とくれば、少々ナーバスになるのも仕方ない。ただ、彼がこの依頼を選んだのにはちゃんと意味があった。
「でもニコラ、あんた適正が熱系なのによく一日中冷気系の魔法を使ってられたわね」
「それはシェリー、ソフィさんから借りた本のおかげさ」
「どういうこと?」
「ソフィさんが僕に貸してくれた本、あっただろ? あの本に、適正以外の魔法をレベルアップさせる具体的な方法が書かれていたんだ。それであえて冷気系の魔法を使った仕事を選んで実験してたってわけさ」
彼はソフィから借りた本の内容をすぐに試し、実地でそれを身につけようとした。結果的にそれは上手くいき、依頼主から冷気系魔法の技術を評価され、推薦を得ることに成功した。
「ランクアップ申請でお待ちのシャロン様、ポワティエ様、ファヴァール様」
三人がおしゃべりをしていると、受付嬢が彼らの名を呼んだ。
「いよいよだな」
「ああ」
「緊張するわね」
シャンたちは揃って受付の方へ歩いた。
「お待たせいたしました。依頼ですが、一件届いています」
「マジで!? やった!」
「やったわね、ジャン!」
「ああ! こんなあっさり依頼が入るなんて思わなかったぜ!」
ジャンとシェリーは顔を見合わせて喜んだ。
シルバーランクに上がるための最後の条件は、こちらから依頼を募集してシルバーランク相当の依頼を受け、成功させることだった。通常はなかなか依頼が来ないことも多いのだが、ジャンたちは申請してから四日ですんなり依頼を受けることができた。
「依頼主はどういった方なのですか?」
喜ぶ二人の横で、ニコラは受付嬢に尋ねた。
「ハリル・イブン・ジャファルというムフタール王国出身の方で、ご本人もシルバーランクのハンターをされています」
依頼主はヒルダの部下、ハリルだった。彼はヒルダの命令でジャンたちを監視しながら、ランクアップの申請を待っていた。
「じゃあ依頼内容は」
ニコラはさらに質問をした。
「はい、最深部でフェーブルとムフタールを結ぶと言われている、ネヴィール南の洞窟の探索になります。ただ……」
「ただ?」
「その洞窟の奥には火吐き鼠と呼ばれる凶暴な魔獣が住み着いておりまして、我が国の軍部もそこには近付かないのです」
受付嬢の話を聞いて、ニコラの背中に緊張が走った。
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