亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第百九十三話 氷の魔術師マフムード

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 ハリルたちは敵の位置に注意しながら、そのまま先へと進んで行った。前後から挟み撃ちにされないためには、進行ルートを考えなければならない。古代人が掘りかけで諦めたであろう袋小路が、敵を迎撃するのにおあつらえ向きの|塹壕<ざんごう>となる。

 薄暗い通路を、点火台に火を灯しながら進む。敵の気配を気にしながら、着実に地下二階への階段を目指して。

 しかし妙な点がひとつだけあった。敵の気配はあるのに、なかなかハリルたちのほうへ近づいてこない。こちらに気付いていないというわけではなく、まるで強く警戒するかのような動きをしている。

(妙だな。殺気はあるのに近づいて来ない)

 ハリルもそれを怪訝けげんに思った。当然、他の五人も同じだ。魔力も殺気も、遠巻きからこちらを取り囲むだけで距離を詰めようとする気配がない。

「ハリルさん、これってどういう意味なんだ?」

 最初に痺れを切らしたのはジャンだった。

「わからない。わからないが、この動きはなにかを警戒している動きなんじゃないか」

 ハリルは率直に自分の見解を示した。そこにマフムードが加わる。

「もしかすると、先客がいたのでは?」
「先客? 点火台に火はついてなかったぞ? ……いや、待て……」

 マフムードの言葉を受けて、ハリルはなにかに気が付いた。

「そういえば、できるだけ隠密裏おんみつりにことを進めなければならない奴らがいたな。それも二組」

 彼は先客の目星がついたようだ。マフムードとニコラも少し遅れてそれを察した。

「ハリルさん、誰なんですか? その二組って」

 シェリーが尋ねた。

「例の窃盗団と、それを追っているクーラン帝国の特殊諜報部隊だ」
「「あ!」」

 ジャンとシェリーも理解した。サルマーンだけはどうでもよさそうにしていたが。

 ジャンはアレックスがこの洞窟内にいることに複雑な感情を抱いた。再戦の可能性を期待する気持ちと、火吐き鼠ホットラッツに加えてさらに強敵が加わるかもしれない不安。しかしまだいい緊張感といったところで、それが大きな障害になるということはなかった。

 そもそも今回はまったく別の目的でこの洞窟に来ているのだから、向こうから攻撃してこない限り戦う必要はない。そのあたりはジャンもハリルもわかっている。

「いずれにせよ俺たちには関係ない。むしろ敵が警戒して近付いて来ないのなら好都合だ。今のうちにできる限り先へ進むぞ」

 ハリルはこれを好機と、より短いルートに変更した。

 しかし敵も野生の勘に優れた魔獣たち。ずっと警戒して近付かないでいてくれるはずもない。十分ほど経過したあたりで、マフムードが敵の行動の変化に気が付いた。

「どうやら近づいてきたみたいですねぇ。這うようにこちらに近づいてきます」
「本当か、マフムード? 殺気は感じられないが」
「物質系の魔獣でしょう。これは厄介ですね。私が対処せざるを得ないようです」

 物質系の魔獣とは生物とはかけ離れた外見をした魔獣のことだ。無生物系の魔法を物質系と呼ぶこともあるがそれとは関係ない。これらの魔獣にはゲル状のスライムや、浮遊する鉱物タイプなどがある。彼らは体内にコアを持ち、それを破壊しないと倒せない。

 多くの魔獣は他の生物から突然変異的に発生した生物だが、物質系の魔獣はそれと比べても特殊で、未だその発生起源が特定されていない。他の魔獣と比べて行動が機械的で単純なことから、人類が栄える前に何らかの知的生命体が作り出した、自動で増殖し続ける機械なのではないかと目されている。

 マフムードが自ら対処しなければならないと言ったのは、この洞窟の魔獣が熱属性の魔力を帯びているからだ。もしそれ自身が熱を帯びているのなら直接触れるのは危険だし、スライムなら肌にこびりついて重症を負わされる恐れもある。うかつに徒手や剣などの近接攻撃を繰り出すわけにはいかない。

「よし。じゃあその敵を倒すまではマフムード、おまえが指揮をしろ」
「御意」

 ハリルは一時的にマフムードに指揮権を譲った。

「ではさっそく。敵を直線で迎え撃ちましょう。ここから二区画左の十字路へ移動します」

 物質系の魔獣は動きが単純なため、直線上に敵がいれば真っすぐそれに向かって来る。狙いを定めやすいというわけだ。マフムードは移動しながら皆に指示を出した。

「敵は四匹。動きからして熱属性のスライムでしょう。私一人でもなんとかなりますが、念のためニコラさん、私が打ち損じた敵は熱系魔法で弾き返してください」
「わかりました」
「みなさんは他の敵の接近を警戒してください」

 マフムードの指揮の下、六人は陣形を変えて目的の十字路へと進んだ。ハリルとシェリーが点火台に火を灯すと、少し遠くが見えるようになった。

「これでいいでしょう。他の方向からは来ないようですし、ここで迎撃します」

 そう言ってマフムードは魔力が近づいてくる来る方向を見てロッドを構えた。そしてほんの短い詠唱のあと、氷柱つららのような形をした氷の矢を六本、空気中に生成した。

「無駄撃ちはできませんが、保険をかけるにこしたことはないですからねぇ」

 彼はなんだかんだ言って、自分の魔法に自信があるような余裕をうかがわせた。

 そして赤みがかったゲル状の物体が視界に入った。それらは中心に魔法石と思われる石を備えていた。それが核だ。

 その赤いスライムはハリルたちを射程内に捉えるとその場で止まり、熱を帯びながらさらに赤く変色していった。それを見たマフムードはすかさず氷の矢をスライムの核に向かって放つ。矢が核に勢いよく衝突すると、核は砕け散りスライムもその場でどろどろに朽ち果てた。

 残りの三匹も同じだ。体温を上げるにその場に停止しなければならない。マフムードはそのすきを突いて氷の矢を放ち、スライムの核を次々に射貫いていった。

 けっきょく、マフムードはニコラのフォローも受けず、氷の矢も二本残して敵を殲滅してしまった。

「ふむ。私一人でもなんとかなりましたねぇ」

 彼は何事もなかったかのようにそう言った。

 しかし問題はそれからだった。魔獣たちは、彼らがクーランの特殊部隊とは違う集団だと気付いてしまった。

「どうやら今ので敵も感づいたようだな」
「そのようですねぇ。いかがします? 兄者」
「近くに行き止まりはない。そして十字路で囲まれたら圧倒的に不利だ。地図によるとこの先は直線になっている。階段のある方向とも一致している。直進しながらその都度敵を倒すしかないな」

 ハリルは当初の作戦を一時変更し、こちらから進んで攻めることにした。

「いいかみんな。ここからしばらくは挟み撃ちにされる恐れがある。後方の殺気と魔力には十分に注意するんだ。いいな?」
「「はい」」

 ハリルたちは目の前の通路を真っすぐ進むことにした。
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