亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第四章 ならず者たちの挽歌

第百九十七話 地下三階へ

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 六人は先ほど進んでいた方角へ向かうことにした。

「兄者」

 途中、マフムードがなにかに気付いた。

「どうした? マフムード」
「強い魔力を備えていてもやはり魔獣。知能はあまり高くないようですねぇ。援護を呼びに下の階へ向かった者がいます」
「そういうことか」

 逃げた火吐き鼠が群れに戻ったあと、別の火吐き鼠が下の階に応援を呼びに行ったことを、マフムードは魔力の動きから察知した。それが下って行った地点に次の階への階段があるというわけだ。

「方向は前方やや右、直線距離で二百メートルです」
「よし、そこへ向かおう」

 早足で階段のほうへと向かう一行。火吐き鼠たちはハリルたちを始末しようとフロア内を駆けずり回る。

「ニコラ、おまえも敵の位置がわかるのか?」

 道中、ジャンがニコラに尋ねた。

「ぼんやりとならな。マフムードさんほど正確じゃない。特に離れた場所の魔力は魔法の方位磁針コンパスがないと厳しい」

 広い範囲の魔力を正確に探知することは高等技術であり、ニコラはまだそのレベルには達していなかった。彼が探知できるのはだいたいの位置までだった。

「いまの状況だと……右後方五十メートルの位置に熱属性の魔力があるとか、それぐらいだな」
「五十メートルってすぐ近くじゃねぇか」
「大丈夫。壁を勘定に入れればすぐに襲ってくる距離じゃない」
「ふーん」

 ジャンは恐れや焦りから敵の位置を気にかけているわけではなかった。ついさっきの戦いで、火吐き鼠が倒せない相手でないことはわかった。彼が気にしているのは、むしろ敵が自分たちを恐れていないことだ。

(アレックスたちかクーランの特殊部隊かはわかんねーけど、こいつら前に来た奴らにビビッてたんだよな。それが俺たちにはお構いなしかよ)

 彼は敵の行動にほんの少しだけ不満を感じていた。

 それから一行は目的の階段付近に到達した。

「ちょうどこの壁の向こう側あたりです」

 マフムードが右側の壁を指さした。

「なるほど」

 ハリルはそう言いながら壁に近付き、数か所を拳で小突いた。

「ハリルさん、敵の殺気が近付いてるぜ。前と後から」

 ジャンはハリルにそう言った。

「ああ、わかってる。サルマーン、ここの壁を壊せ」
「うす」

 ハリルに言われ、サルマーンは前に出た。彼は壁のほうを向き、静かに重心を落とした。

「ふんっ!」

 そして勢いよく突進し壁に衝突すると、ミシッという音とともに壁に大きなひびが入った。

「あと二発ってところだな。やれ」
「うす」

 二発目。今度は壁には大きな窪みができ、小さなすき間から向こう側の通路を覗くことができた。そこへ続けて渾身の三発目。サルマーンの巨体は壁を突き破り、砕けた岩の破片があたりに散乱した。

「これで挟み撃ちは避けられたな。よくやったぞ、サルマーン」
「うす」

 壁の向こう側に出ると、すぐ左手に下り階段があった。荒っぽいやり方だが、一行は追手に追いつかれる前に無事階段を探し当てることができた。

 そのまま下へと下っていくと、程なくして地下三階のフロアに着いた。

「マフムード、この階はどうだ?」
「すぐに攻めてくる様子はありませんねぇ。敵はまばら、そしてゆっくりですがじわじわ距離を詰めてきてます」
「多少は警戒されてるというわけだな」

 火吐き鼠たちは完全に警戒を解いたわけではなく、先ほどの敗戦でハリルたちの強さをそれなりに認めたようだった。

 そうなると嬉しいのがジャンだった。

「やったぜ! あいつら俺たちにビビッてんだな!」

 彼は少し調子に乗っていた。それをハリルが静かにいさめる。

「気を抜くな。じわじわと近づいてくるってことは、裏を返せば俺たちを確実に始末しようとしているってことだ。舐めてかかると火傷では済まないぞ」
「……はーい」
「サルマーン、点火台と柄を出せ」

 サルマーンは点火台と、それに接続する専用の柄をハリルに手渡した。ハリルはそれを手際よく組み上げ、先端に火を灯し松明とした。

「ここからはさらにペースを上げる。マフムード、下の階に下りる敵を見逃すな。できるだけ早く階段を見つけるんだ」
「御意」
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