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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士
第二百三十七話 二度目の敗北
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マーカスを食い止めるのに失敗した黄金色の淑女。しかしここでへこたれるわけにはいかない。
「無精ひげのおじさま!」
彼女は近くの木陰で佇んでいたサンドウを呼んだ。
「私の番か」
「そうよ。悪いけど、今度こそこの場で憤死してもらうからね」
「憤死か。面白い。二十年前に己の弱さに怒って以来、怒ることなど一度もなかったが、これは期待できるやもしれん」
(なに言ってるの? この人)
淑女はサンドウの言っていることがよくわからなかった。己の弱さに怒る? 期待できる? マーカスに続き、この男もおかしなことを言うなと思っていた。
「ま、いっか。どのみちおじさまはここで死ぬ運命なんだから。この鏡の餌食になってね」
淑女は鏡をサンドウのほうに向けて起動させた。鏡は光り輝き、そして一人の男の顔を映し出した。
「……」
「……うむ。予想通りといったところか」
「もー、なんなの? 意味わかんない」
淑女は頭を抱えた。それもそのはず。鏡に映ったのはまたしても本人、つまりサンドウ自身だったのだから。しかしどうあれ彼女は鏡の意思に従うほかない。
「……はぁ。薄々こうなるんじゃないかって思ってたけどさぁ……。もうどうでもいいや。おじさまはあの筋肉バカみたいに栄養補給とか睡眠とか、おかしなことしなさそうだし」
淑女はやる気なさそうにそう言った。
鏡に映るサンドウは林の中で息を殺し、じっと周囲の環境に神経を払っていた。そして彼の右手上空から一枚の木の葉がひらひらと舞い降りてきた。
次の瞬間、彼はいつの間にか剣を鞘から抜いていた。そして空中を舞う一枚の木の葉は綺麗に真っ二つになっていた。
「へぇ、すごいね」
淑女は最早彼の剣の腕前などどうでもよかった。しかしサンドウ自身はまったく気に入らないのか、珍しく眉間に皺を寄せ、鏡を直視していた。
「なるほど、たしかに腹立たしいものだな」
「はいはい、そうですねー。自分の敵は自分自身ですもんねー」(もう鏡の力で死にさえすればなんでもいいわ)
マーカスの件でうんざりしていた淑女は鏡を起動したまま近くの平たい岩の上で横になった。
(目の前の幻覚相手にお好きなだけ斬り合いでもしててくださいって感じね)
とそのとき、猪の皮を剥ぎ終えたマーカスが目の色を変えて立ち上がった。
「おい、サンドウ殿。まさかここでおっぱじめようってんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。マーカス殿は遠くへ逃げておられよ」
「言われなくてもそうするぜ。おい嬢ちゃん! おまえも逃げないと命がないぞ!」
彼は淑女に忠告だけすると、猪の死骸を抱えてさっさとその場から逃げ出した。
(あいつなに言ってんの? どっちみちあたし、実体なんてあってないようなもんだから斬られても平気だし)
淑女は余裕だった。だがサンドウの実力はそんな彼女の想像を遥かに凌駕していた。
鏡はサンドウに彼自身の幻覚を見せた。剣を握り構えるサンドウ。同様に構える彼の幻影。一瞬の沈黙のあと、サンドウが幻影に斬りかかった。
その閃光のような太刀筋を、幻影はギリギリでかわす。間髪入れずに幻影もほぼ同じ速さで斬り返す。サンドウも僅差でそれを避ける。
そんなことを僅かな時間に三度繰返したあたり。時間にして二秒も経たないかというところで、近くの木が数本、横滑りするように根元から斬れた。まるで斬られたことにいま気が付いたかのように。
「うそ!? なにあれ!?」
淑女は見たこともない光景に目を丸くした。サンドウの剣は木に触れていなかった。にもかかわらず木は一直線に斬られていた。太刀筋が、空気ごとその空間を切断したのだ。
サンドウはなおも自分の幻影と斬り結ぶ。そのたびに周りの木は切断され、さらには倒れてきた木まで空中で斬られ始めた。そして彼が幻影と斬り合いをはじめてほんの一分ほどで、あたりの木はあらかた細切れになり、その場に積み上がっていた。
(なにやってんのあの人!? あんなもので道を塞がれたら人間を誘い込めなくなるじゃん!)
淑女は身の危険とは別の意味で焦り出した。そしてたまりかねてサンドウに近付こうとした。
「ちょっと! なに無茶苦茶なことしてるのよ! 勝手にあたしの居場所を……」
そう言いかけた瞬間、サンドウの太刀筋が、空間を介して彼女の首を一直線に横切った。
実体のないはずの淑女は物理的に斬られてもなんともない……はずだった。しかしなぜか彼女は意識を失い、その場に倒れてしまった。それと同時に、サンドウが見ていた幻覚は綺麗さっぱり姿を消した。
「ん? もう終いか。ちょうど少し身体が温まって来たところだったのだが」
サンドウは何事もなかったかのように黒光りする片刃の剣を鞘に納めた。そこでやっと、近くでぐったりしている淑女に気が付いた。
「うーむ。妖なら斬っても関係なかろうと思うたが、案外斬れるものだな」
サンドウが彼女のなにを斬ったのか……精神か、はたまた別のなにかなのかは不明だが、彼女は自分が斬られたと錯覚し、その場で意識を失ってしまった。生涯無敗の黄金色の淑女。自分の理解を越えた人間相手に、日に二度の敗北を体験することとなった。
「無精ひげのおじさま!」
彼女は近くの木陰で佇んでいたサンドウを呼んだ。
「私の番か」
「そうよ。悪いけど、今度こそこの場で憤死してもらうからね」
「憤死か。面白い。二十年前に己の弱さに怒って以来、怒ることなど一度もなかったが、これは期待できるやもしれん」
(なに言ってるの? この人)
淑女はサンドウの言っていることがよくわからなかった。己の弱さに怒る? 期待できる? マーカスに続き、この男もおかしなことを言うなと思っていた。
「ま、いっか。どのみちおじさまはここで死ぬ運命なんだから。この鏡の餌食になってね」
淑女は鏡をサンドウのほうに向けて起動させた。鏡は光り輝き、そして一人の男の顔を映し出した。
「……」
「……うむ。予想通りといったところか」
「もー、なんなの? 意味わかんない」
淑女は頭を抱えた。それもそのはず。鏡に映ったのはまたしても本人、つまりサンドウ自身だったのだから。しかしどうあれ彼女は鏡の意思に従うほかない。
「……はぁ。薄々こうなるんじゃないかって思ってたけどさぁ……。もうどうでもいいや。おじさまはあの筋肉バカみたいに栄養補給とか睡眠とか、おかしなことしなさそうだし」
淑女はやる気なさそうにそう言った。
鏡に映るサンドウは林の中で息を殺し、じっと周囲の環境に神経を払っていた。そして彼の右手上空から一枚の木の葉がひらひらと舞い降りてきた。
次の瞬間、彼はいつの間にか剣を鞘から抜いていた。そして空中を舞う一枚の木の葉は綺麗に真っ二つになっていた。
「へぇ、すごいね」
淑女は最早彼の剣の腕前などどうでもよかった。しかしサンドウ自身はまったく気に入らないのか、珍しく眉間に皺を寄せ、鏡を直視していた。
「なるほど、たしかに腹立たしいものだな」
「はいはい、そうですねー。自分の敵は自分自身ですもんねー」(もう鏡の力で死にさえすればなんでもいいわ)
マーカスの件でうんざりしていた淑女は鏡を起動したまま近くの平たい岩の上で横になった。
(目の前の幻覚相手にお好きなだけ斬り合いでもしててくださいって感じね)
とそのとき、猪の皮を剥ぎ終えたマーカスが目の色を変えて立ち上がった。
「おい、サンドウ殿。まさかここでおっぱじめようってんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。マーカス殿は遠くへ逃げておられよ」
「言われなくてもそうするぜ。おい嬢ちゃん! おまえも逃げないと命がないぞ!」
彼は淑女に忠告だけすると、猪の死骸を抱えてさっさとその場から逃げ出した。
(あいつなに言ってんの? どっちみちあたし、実体なんてあってないようなもんだから斬られても平気だし)
淑女は余裕だった。だがサンドウの実力はそんな彼女の想像を遥かに凌駕していた。
鏡はサンドウに彼自身の幻覚を見せた。剣を握り構えるサンドウ。同様に構える彼の幻影。一瞬の沈黙のあと、サンドウが幻影に斬りかかった。
その閃光のような太刀筋を、幻影はギリギリでかわす。間髪入れずに幻影もほぼ同じ速さで斬り返す。サンドウも僅差でそれを避ける。
そんなことを僅かな時間に三度繰返したあたり。時間にして二秒も経たないかというところで、近くの木が数本、横滑りするように根元から斬れた。まるで斬られたことにいま気が付いたかのように。
「うそ!? なにあれ!?」
淑女は見たこともない光景に目を丸くした。サンドウの剣は木に触れていなかった。にもかかわらず木は一直線に斬られていた。太刀筋が、空気ごとその空間を切断したのだ。
サンドウはなおも自分の幻影と斬り結ぶ。そのたびに周りの木は切断され、さらには倒れてきた木まで空中で斬られ始めた。そして彼が幻影と斬り合いをはじめてほんの一分ほどで、あたりの木はあらかた細切れになり、その場に積み上がっていた。
(なにやってんのあの人!? あんなもので道を塞がれたら人間を誘い込めなくなるじゃん!)
淑女は身の危険とは別の意味で焦り出した。そしてたまりかねてサンドウに近付こうとした。
「ちょっと! なに無茶苦茶なことしてるのよ! 勝手にあたしの居場所を……」
そう言いかけた瞬間、サンドウの太刀筋が、空間を介して彼女の首を一直線に横切った。
実体のないはずの淑女は物理的に斬られてもなんともない……はずだった。しかしなぜか彼女は意識を失い、その場に倒れてしまった。それと同時に、サンドウが見ていた幻覚は綺麗さっぱり姿を消した。
「ん? もう終いか。ちょうど少し身体が温まって来たところだったのだが」
サンドウは何事もなかったかのように黒光りする片刃の剣を鞘に納めた。そこでやっと、近くでぐったりしている淑女に気が付いた。
「うーむ。妖なら斬っても関係なかろうと思うたが、案外斬れるものだな」
サンドウが彼女のなにを斬ったのか……精神か、はたまた別のなにかなのかは不明だが、彼女は自分が斬られたと錯覚し、その場で意識を失ってしまった。生涯無敗の黄金色の淑女。自分の理解を越えた人間相手に、日に二度の敗北を体験することとなった。
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