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第六章 父祖の土地へ
第二百七十話 むすこにあいたい
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そこからの話は、大人でも胸を締め付けられるような悲愴なものだった。
[アレックスは いやがりながらも どろぼうをしました
だいすきなおかあさんを こまらせたくなかったのでしょう
アレックスも どろぼうはわるいことだと わかっていました]
[アレックスは すぐにうまく ぬすめるようになりました
でもまちのひとも ばかではありません
おかねがぬすまれることがふえると すぐにメリッサがうたがわれました]
[まちのひとたちは メリッサを まちからおいだそうとしました
かわりはてたメリッサに ひとびとはどうじょうなどしません
メリッサは うむをいわさず まちからおいだされてしまいました]
[くすりのこうかがきれて たいへんなおもいをしながら
メリッサはなんとか となりのまちまで たどりつきました
まちにつくと メリッサはまた アレックスにどろぼうをさせようとしました]
[アレックスはうんとうなずき メリッサからはなれました
それからなんふんたっても なんじかんたっても
アレックスはもどってきませんでした]
絵本の頁は残り少ない。おそらくここでアレックスは母と別れ、紆余曲折あって、最終的に窃盗団の頭目になった。ジャンたちはそう理解した。事実アレックスがセオドアに拾われたのは、この出来事の数日後だった。
そして彼の母、メリッサのその後は、この絵本のタイトルを思い返せば最早読むまでもないものだった。
[アレックスが もどってこないので メリッサはあせりました
しかしもう メリッサには どうすることもできません
そのうちメリッサはたおれ おまわりさんにほごされました]
[メリッサのからだは くすりでぼろぼろだったので すぐにしせつにいれられました
ちりょうはたいへんでしたが すうかげつご メリッサはなんとかもとにもどりました
そしてしょうきをとりもどしたメリッサは たいへんこうかいしました]
[わたしはアレックスに なんてひどいことをしてしまったのだろう
あのこはどこかへ いってしまった
あのこにあいたい アレックスにあいたい むすこにあいたい]
[メリッサは そうおもいながら じぶんがいやになりました
あれだけひどいことをしたのに あいたいなんて むしがよすぎる
むすこにあいたい けれども あってはいけない
メリッサは こころをひきさかれるようなおもいでした]
ここまで読んだところで、シェリーは思わず泣きだしてしまった。ベッドの上に落ちる涙とすすり泣く音で、ジャンとニコラはそれに気が付いた。
「シェリー……」
ジャンが振り返ると、シェリーは目を逸らした。なだめる言葉をかけたかったが、彼はシェリーの気持ちを感じ取り、黙って絵本のほうを向き直った。
[それからというもの メリッサは かなしみにくれるまいにち
しせつのたすけで かんたんなおしごとをはじめ なんとかせいかつをとりもどしても
アレックスは もどってきません
もとのしあわせなかていは もどってきません]
[メリッサは まいにちおしごとに しゅうちゅうすることで
アレックスのことを おもいださないようにしました
でもメリッサは いまでもときどきおもうのです
むすこにあいたい あってあやまりたい と]
話はそこで終わっていた。
「「……」」
なんとも後味の悪い終わり方に、三人は言葉を失った。シェリーはまだすすり泣き、ジャンももどかしい想いからなにも言えず、普段なら気の利いた言葉を口にするニコラも、ただ押し黙ることしかできなかった。
そこで作者であるニールが口を開いた。
「メリッサはいまもここからそう遠くない町で暮らしている。数年前そこで偶然彼女に出会ったんだ。私が絵本作家であることを伝えると、彼女のほうからこの話を持ち掛けてきた。詳しい話を聞いてみて、私もある種の挑戦としてこの本を書こうと決めたんだが……。やはり売り上げは芳しくなかった」
絵本が売れなかったのは当然と言えば当然だった。彼の作風が子どもと大人の両方にアプローチするものであるのに対し、この話は子どもにとっては難しく、大人にとっては苦いものなのだから。また麻薬の危険に対する啓蒙として評価できる部分はあったものの、不可抗力とはいえメリッサが虐待に走ってしまった点が一部で問題視された。
結果、出版差し止めにこそならなかったものの、児童に推奨できない図書として批判に晒されることとなった。
ジャンはしばらく思案した。思案したといっても、彼の場合は直感的に自分がどうすべきかを考えるタイプ。彼の出した答えは実に彼らしいものだった。
「……ニールさん。このアレックス、俺の知ってるアレックスだよ。たぶん」
ジャンは包み隠さずそう伝えた。となれば当然、ニールの反応は決まっている。
「そうなのか? ……なら、メリッサさんに伝えられることもあるはず……」
「……俺もそう思う。ただ……」
「ただ?」
口ごもるジャンにニールが返した。それに対し、ジャンは喉の奥から絞り出すように答えた。
「アレックスは……死んだんだ。もう、生きてないんだ」
「「……」」
彼は少し震えていた。そしてニールも、アレックスの死を間近で見ていたニコラとシェリーも、ただ沈黙するしかなかった。
[アレックスは いやがりながらも どろぼうをしました
だいすきなおかあさんを こまらせたくなかったのでしょう
アレックスも どろぼうはわるいことだと わかっていました]
[アレックスは すぐにうまく ぬすめるようになりました
でもまちのひとも ばかではありません
おかねがぬすまれることがふえると すぐにメリッサがうたがわれました]
[まちのひとたちは メリッサを まちからおいだそうとしました
かわりはてたメリッサに ひとびとはどうじょうなどしません
メリッサは うむをいわさず まちからおいだされてしまいました]
[くすりのこうかがきれて たいへんなおもいをしながら
メリッサはなんとか となりのまちまで たどりつきました
まちにつくと メリッサはまた アレックスにどろぼうをさせようとしました]
[アレックスはうんとうなずき メリッサからはなれました
それからなんふんたっても なんじかんたっても
アレックスはもどってきませんでした]
絵本の頁は残り少ない。おそらくここでアレックスは母と別れ、紆余曲折あって、最終的に窃盗団の頭目になった。ジャンたちはそう理解した。事実アレックスがセオドアに拾われたのは、この出来事の数日後だった。
そして彼の母、メリッサのその後は、この絵本のタイトルを思い返せば最早読むまでもないものだった。
[アレックスが もどってこないので メリッサはあせりました
しかしもう メリッサには どうすることもできません
そのうちメリッサはたおれ おまわりさんにほごされました]
[メリッサのからだは くすりでぼろぼろだったので すぐにしせつにいれられました
ちりょうはたいへんでしたが すうかげつご メリッサはなんとかもとにもどりました
そしてしょうきをとりもどしたメリッサは たいへんこうかいしました]
[わたしはアレックスに なんてひどいことをしてしまったのだろう
あのこはどこかへ いってしまった
あのこにあいたい アレックスにあいたい むすこにあいたい]
[メリッサは そうおもいながら じぶんがいやになりました
あれだけひどいことをしたのに あいたいなんて むしがよすぎる
むすこにあいたい けれども あってはいけない
メリッサは こころをひきさかれるようなおもいでした]
ここまで読んだところで、シェリーは思わず泣きだしてしまった。ベッドの上に落ちる涙とすすり泣く音で、ジャンとニコラはそれに気が付いた。
「シェリー……」
ジャンが振り返ると、シェリーは目を逸らした。なだめる言葉をかけたかったが、彼はシェリーの気持ちを感じ取り、黙って絵本のほうを向き直った。
[それからというもの メリッサは かなしみにくれるまいにち
しせつのたすけで かんたんなおしごとをはじめ なんとかせいかつをとりもどしても
アレックスは もどってきません
もとのしあわせなかていは もどってきません]
[メリッサは まいにちおしごとに しゅうちゅうすることで
アレックスのことを おもいださないようにしました
でもメリッサは いまでもときどきおもうのです
むすこにあいたい あってあやまりたい と]
話はそこで終わっていた。
「「……」」
なんとも後味の悪い終わり方に、三人は言葉を失った。シェリーはまだすすり泣き、ジャンももどかしい想いからなにも言えず、普段なら気の利いた言葉を口にするニコラも、ただ押し黙ることしかできなかった。
そこで作者であるニールが口を開いた。
「メリッサはいまもここからそう遠くない町で暮らしている。数年前そこで偶然彼女に出会ったんだ。私が絵本作家であることを伝えると、彼女のほうからこの話を持ち掛けてきた。詳しい話を聞いてみて、私もある種の挑戦としてこの本を書こうと決めたんだが……。やはり売り上げは芳しくなかった」
絵本が売れなかったのは当然と言えば当然だった。彼の作風が子どもと大人の両方にアプローチするものであるのに対し、この話は子どもにとっては難しく、大人にとっては苦いものなのだから。また麻薬の危険に対する啓蒙として評価できる部分はあったものの、不可抗力とはいえメリッサが虐待に走ってしまった点が一部で問題視された。
結果、出版差し止めにこそならなかったものの、児童に推奨できない図書として批判に晒されることとなった。
ジャンはしばらく思案した。思案したといっても、彼の場合は直感的に自分がどうすべきかを考えるタイプ。彼の出した答えは実に彼らしいものだった。
「……ニールさん。このアレックス、俺の知ってるアレックスだよ。たぶん」
ジャンは包み隠さずそう伝えた。となれば当然、ニールの反応は決まっている。
「そうなのか? ……なら、メリッサさんに伝えられることもあるはず……」
「……俺もそう思う。ただ……」
「ただ?」
口ごもるジャンにニールが返した。それに対し、ジャンは喉の奥から絞り出すように答えた。
「アレックスは……死んだんだ。もう、生きてないんだ」
「「……」」
彼は少し震えていた。そしてニールも、アレックスの死を間近で見ていたニコラとシェリーも、ただ沈黙するしかなかった。
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