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35.詳細
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※※※甲斐視点です。
毎朝、目覚ましが鳴ってから頭がはっきりしてくるまでぼんやりと天井を眺めて待つ。
今朝は人の気配を感じて、驚いてすぐ身体を起こした。
使っていないほうの机の椅子に掛けて頬杖をついているチョコレートブラウンの髪の後ろ姿。
ああ、そうだった、諒くん……まこちゃんがいたんだった。
家から持ってきたのか、ヘッドホンをつけてかすかにリズムをとっている。
時計を見直すと、まだ5時半だ。
頭を振って、眩暈を追い出して、声をかけた。
「おはようございます、まこちゃん」
振り向いて、まこちゃんが微笑んだ。
「おはよう、甲斐。さっそくなんだけど、俺Wolfyが心配なんだよね。明日生の部屋どこか教えてくれる?」
説明するには遠いので 、案内することにした。
「ここです。きっと明日生くんまだ寝てますので、静かにね」
あえて、ノックはせずにドアを開けた。
すぐ、ノックをして返事を待たなかったことを後悔した。
どうしてこの二人、一緒に寝てるんだろう……。
修羅場というものをとうとう自分も体験するのかな、と冷静に思った。
まこちゃんが、私を押しのけてあわてて部屋に入る。
でも聞こえてきたのは想像もしなかった内容だった。
『Wolfy、Wolfy? 大丈夫……?』
一瞬、ドイツ語だから、聞き違えたのかと思った。でも間違いないはずだ。
さとちゃんが目を覚まして明日生くんに抱きついた。
『おはよ……Amadeo……』
あわてて、まこちゃんが腕を伸ばしてさとちゃんの頭を自分のほうに向ける。
『俺はこっちだよ、Wolfy』
おそらく今まこちゃんが止めなかったら、さとちゃんは明日生くんにキスをしていただろう、そんな動きだった。
『……大丈夫?』
まこちゃんは心底心配そうにさとちゃんの肩を支えた。
この状況で、怒らないのか。
『え……? なにが?』
『……そこにいるの、誰だと思ってる?』
さとちゃんはゆっくり明日生くんを振り返った。
……『驚きすぎて声も出ない』の見本を見た。
さとちゃんがあわててまこちゃんに抱きついて、まこちゃんがしっかり受け止めて頭を撫でた。
『……なんで……?』
『覚えてないの? Wolfy』
さとちゃんは首を横に振りながら呟いた。
『そんなに飲んだっけ……?』
『あれだけで酔うわけないよ。落ち着いて昨夜俺と別れたところから思い出して話して』
『うん……』
さとちゃんはまこちゃんに抱きついたままで、すごく詳しく話した。
そこまで詳しく話す必要はない、というほど。
どこの位置に立って、どんな姿勢で、どっちを向いて会話をしたか。
距離は何センチほどで、どこが密着してて、どんな感触で、どんな匂いがして、どんな声で、どんな表情で、どれほどの間があったか。
ここまで詳しく説明しているのを聞いていてはいけないんじゃないかと思えてくるほど細かい。
状況をこれ以上ないほど詳細に伝える表現力に感心しつつ、さとちゃん自身の心情があまり出てこないことに違和感を覚えた。
『……抱きしめて15分くらいしたところから、覚えてないね……』
『まあ……明日生が起きたら訊くしかないね。明日生も覚えてないかもしれないけど』
『うん……Amadeoは?』
今度はまこちゃんが昨夜のことをやはり詳細に話し始めた。
自分のことをここまで細かく話されると恥ずかしくなってくる。
私が眠った後、まこちゃんは一睡もしてないことが判明した。
『甲斐のCDを勝手に借りて、邦楽POPのアルバムを繰り返して3回半聴いてた。『アサ』という女性アーティストのファーストベストだ』
『どうだった?』
『リズムは平凡。クラシックやってた鍵盤が得意な人が作ったメジャーコード中心の曲。声は声域がAから2オクターブと3音。高音の……』
そのあとは専門用語が入ってわからなかった。
さとちゃんが、頷いた。
『わかった。今日うちに帰ったら聴いておく。Amadeo、大丈夫?』
『うん。でも、どうして眠れなかったのかな……』
さとちゃんがまこちゃんから少し身を離して、その顔色を見ようとしたところで、私と目があった。
「あれ……甲斐、いたの? ごめん、俺たちドイツ語で話してたよね」
「いえ……」
「おはようございます……」
明日生くんの声がした。
「「明日生……おはよう」」
「おはようございます」
明日生くんが身体を起こしながら、さとちゃんを見た。
「すみません……僕昨夜かなり酔っ払ってましたよね? ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて欠片もかけられてないよ」
さとちゃんは微笑んで明日生くんに返した。
あれだけのことがあったのに、さとちゃんの言葉は多分本音だ。
「でも、ひとつ訊きたいことがあるんだ」
「はい?」
「俺、なぜか覚えてないんだけど、どうして明日生と一緒に寝てたの?」
「ああ。覚さん、突然寝ちゃったんですよ」
「……え?」
「睡眠不足だったんですか? 急に力抜けたなっと思ったら寝てて。僕に腕回したまま離してくれなかったんで、そのまま一緒に寝ました」
「……え……ごめん……」
これ以上ないくらい唖然としてるから、これまでにそんなことはなかったんだろう。
「別に謝ることないですよ。ああ、でも、お詫びにピアノ弾いてもらっちゃおうかな?」
冗談っぽく明日生くんがさとちゃんの顔を覗き込む。
「そんなのなくても弾くってば」
さとちゃんと一緒に、まこちゃんも笑っていた。
理解したいのに、この双子にはまだわからないことが多い。
のんびりつきあうか、そう思い立って伸びを一つして、声をかける。
「気分はどうですか? 二日酔いになってませんか?」
毎朝、目覚ましが鳴ってから頭がはっきりしてくるまでぼんやりと天井を眺めて待つ。
今朝は人の気配を感じて、驚いてすぐ身体を起こした。
使っていないほうの机の椅子に掛けて頬杖をついているチョコレートブラウンの髪の後ろ姿。
ああ、そうだった、諒くん……まこちゃんがいたんだった。
家から持ってきたのか、ヘッドホンをつけてかすかにリズムをとっている。
時計を見直すと、まだ5時半だ。
頭を振って、眩暈を追い出して、声をかけた。
「おはようございます、まこちゃん」
振り向いて、まこちゃんが微笑んだ。
「おはよう、甲斐。さっそくなんだけど、俺Wolfyが心配なんだよね。明日生の部屋どこか教えてくれる?」
説明するには遠いので 、案内することにした。
「ここです。きっと明日生くんまだ寝てますので、静かにね」
あえて、ノックはせずにドアを開けた。
すぐ、ノックをして返事を待たなかったことを後悔した。
どうしてこの二人、一緒に寝てるんだろう……。
修羅場というものをとうとう自分も体験するのかな、と冷静に思った。
まこちゃんが、私を押しのけてあわてて部屋に入る。
でも聞こえてきたのは想像もしなかった内容だった。
『Wolfy、Wolfy? 大丈夫……?』
一瞬、ドイツ語だから、聞き違えたのかと思った。でも間違いないはずだ。
さとちゃんが目を覚まして明日生くんに抱きついた。
『おはよ……Amadeo……』
あわてて、まこちゃんが腕を伸ばしてさとちゃんの頭を自分のほうに向ける。
『俺はこっちだよ、Wolfy』
おそらく今まこちゃんが止めなかったら、さとちゃんは明日生くんにキスをしていただろう、そんな動きだった。
『……大丈夫?』
まこちゃんは心底心配そうにさとちゃんの肩を支えた。
この状況で、怒らないのか。
『え……? なにが?』
『……そこにいるの、誰だと思ってる?』
さとちゃんはゆっくり明日生くんを振り返った。
……『驚きすぎて声も出ない』の見本を見た。
さとちゃんがあわててまこちゃんに抱きついて、まこちゃんがしっかり受け止めて頭を撫でた。
『……なんで……?』
『覚えてないの? Wolfy』
さとちゃんは首を横に振りながら呟いた。
『そんなに飲んだっけ……?』
『あれだけで酔うわけないよ。落ち着いて昨夜俺と別れたところから思い出して話して』
『うん……』
さとちゃんはまこちゃんに抱きついたままで、すごく詳しく話した。
そこまで詳しく話す必要はない、というほど。
どこの位置に立って、どんな姿勢で、どっちを向いて会話をしたか。
距離は何センチほどで、どこが密着してて、どんな感触で、どんな匂いがして、どんな声で、どんな表情で、どれほどの間があったか。
ここまで詳しく説明しているのを聞いていてはいけないんじゃないかと思えてくるほど細かい。
状況をこれ以上ないほど詳細に伝える表現力に感心しつつ、さとちゃん自身の心情があまり出てこないことに違和感を覚えた。
『……抱きしめて15分くらいしたところから、覚えてないね……』
『まあ……明日生が起きたら訊くしかないね。明日生も覚えてないかもしれないけど』
『うん……Amadeoは?』
今度はまこちゃんが昨夜のことをやはり詳細に話し始めた。
自分のことをここまで細かく話されると恥ずかしくなってくる。
私が眠った後、まこちゃんは一睡もしてないことが判明した。
『甲斐のCDを勝手に借りて、邦楽POPのアルバムを繰り返して3回半聴いてた。『アサ』という女性アーティストのファーストベストだ』
『どうだった?』
『リズムは平凡。クラシックやってた鍵盤が得意な人が作ったメジャーコード中心の曲。声は声域がAから2オクターブと3音。高音の……』
そのあとは専門用語が入ってわからなかった。
さとちゃんが、頷いた。
『わかった。今日うちに帰ったら聴いておく。Amadeo、大丈夫?』
『うん。でも、どうして眠れなかったのかな……』
さとちゃんがまこちゃんから少し身を離して、その顔色を見ようとしたところで、私と目があった。
「あれ……甲斐、いたの? ごめん、俺たちドイツ語で話してたよね」
「いえ……」
「おはようございます……」
明日生くんの声がした。
「「明日生……おはよう」」
「おはようございます」
明日生くんが身体を起こしながら、さとちゃんを見た。
「すみません……僕昨夜かなり酔っ払ってましたよね? ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて欠片もかけられてないよ」
さとちゃんは微笑んで明日生くんに返した。
あれだけのことがあったのに、さとちゃんの言葉は多分本音だ。
「でも、ひとつ訊きたいことがあるんだ」
「はい?」
「俺、なぜか覚えてないんだけど、どうして明日生と一緒に寝てたの?」
「ああ。覚さん、突然寝ちゃったんですよ」
「……え?」
「睡眠不足だったんですか? 急に力抜けたなっと思ったら寝てて。僕に腕回したまま離してくれなかったんで、そのまま一緒に寝ました」
「……え……ごめん……」
これ以上ないくらい唖然としてるから、これまでにそんなことはなかったんだろう。
「別に謝ることないですよ。ああ、でも、お詫びにピアノ弾いてもらっちゃおうかな?」
冗談っぽく明日生くんがさとちゃんの顔を覗き込む。
「そんなのなくても弾くってば」
さとちゃんと一緒に、まこちゃんも笑っていた。
理解したいのに、この双子にはまだわからないことが多い。
のんびりつきあうか、そう思い立って伸びを一つして、声をかける。
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