恋するピアノ

紗智

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57.心待ちに

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※※※明日生視点です。



イヤホンってすごい。
耳元で『あのひと』の声がする。
僕の為だけに歌ってくれてるって思ってしまう。
低めで柔らかいのによく響く不思議な声。
小さく入ってるブレス音が余計ドキッとさせる。
のびのびとしたロングトーンに感動を覚える。
変声期が終わりきってないのか時々掠れる声に親近感を抱ける。
しかも、恋の歌だ。
そんなに切ない片想いの言葉をもし本当に僕に向かって歌っているのなら、今すぐ幸福にしてあげられるのに。
『あのひと』はいったい、誰に向けて歌ったんだろう。
どんな人が好きなんだろうか。
諒さんと覚さんの好みは『髪と仕草が綺麗なひと』だったっけ。
そういえば、夏からほとんど切ってないから僕も髪が伸びて来たよな。
……ううん、僕たちは同性だ。
期待しちゃいけない。
思考を切り替えるためにもう一度曲を聴いた。
直接会ってる時みたいに、ドキドキが止まらない。
忙しくて会えなくても、これでしのげる気がしてくる。
ううん、やっぱり会いたい。
次はいつ会えるのかな。
諒さんと覚さんに会えても、『あのひと』に会えるかどうかはわからない。


学ランは大きくないものを買った。
背が伸びるかわからないし、伸びたら新しく買えばいいと思ったからだ。
学ランよりもブレザーの方がよかった。
どうも自分は老けて見えるから、ブレザーの方がしっくりくると思う。
だからあまり見られたくないんだよなあ。
わざわざ着替えて見せろとは言わないと思うからもう着替えちゃおうかな。
談話室に入ろうとしたところで方向転換し、自分の部屋に向かおうとした。
「明日生くん、おかえりなさい。入学おめでとうございます」
「た、ただいま、甲斐さん」
すごいタイミングで甲斐さんがトイレから戻ってきたらしい。
談話室の前でばったりと会ってしまった。
「どこに行くんですか?」
「ちょっと部屋に忘れ物を……」
甲斐さんはイタズラする時の笑顔を見せた。
「何を忘れたんですか? 取ってきてあげますよ。それより例のお二人がお待ちかねです」
腕をしっかりと掴まれる。
「離してくださいよー。わかってるくせに、甲斐さん!」
「他でもないふたりが見たいと言ってるんだから見せてあげればいいんです」
「いやだ、今日もクラスで散々老けてるって言われたのに!」
「そんなのやっかみですよ、よく似合ってますから大丈夫です! だいいちあの二人には学ラン=若者という感覚はありませんし」
非力な甲斐さんのくせに、振りほどけない。
「やっぱり甲斐さんも老けてるって思ってるんじゃないですかー!」
「まこちゃーん、さとちゃーん!! 明日生くん来ましたよ!!」
「甲斐さんのバカぁ!」
談話室のドアがガラッと開いて、二人が姿を現した。
なんか僕を見て呆然としてる。
「「……」」
「こ、こんにちは……」
自分の笑顔が引きつっているのがわかる。
「「明日生! かっこいい!!」」
「へ?」
「「いいなあ! やっぱり黒髪に黒い眼に黒い服ってすごいかっこいいね!」」
すごい至近距離まで来られて、ユニセックスの香水がふわっと香る。
そういえば『あのひと』もこの香水ってことなんだよな。
どこのブランドの香水だろう。
え!?
思考が他所へ行った時、いきなり二人ともがばっと抱きついてきた。
シャンプーか何かの香りがする。
それもそうだ、視界が全部チョコレートブラウンの髪で埋められてる。
すごく柔らかい髪がふんわりと僕の頬をくすぐる。
『あのひと』の髪と同じだ。
背中に回された長い腕も、僕の腕にぴったりくっついた薄い胸も、服を通してほのかに感じる体温も、『あのひと』と同じ。
「……あ、ああ、あの……?」
僕がしどろもどろに声をかけると、二人はパッと離れた。
「あんまりかっこいいから」
「ちょっと抱きついてみました」
二人の顔が朱い。
この人たちは色が白いからか、顔が朱くなるとわかりやすい。
でも、ミルク色の肌の頬がふわっとピンク色になって、瞳の色とのコントラストとかが結構綺麗だったりする。
「……他のみんなには老けてるってすごく不評なんですけど」
僕がそう言うと、二人は首を横にぶんぶんと振った。
「明日生が大人っぽく見えるのはもとからじゃないか」
「老けてなんてないよ。ほんとにかっこいいよ」
どうやら本気でそう思っているようだ。
まあ、育ちが違う国だと感覚も違うからなあ。
「ならいいんですけど。ありがとうございます」
「「だから、そのまま食事に行こう」」
冗談じゃない!
「いやです! 着替えてきます」
「「なんでー?」」
「せっかく外出するのに、好きな服着ないなんてもったいない!」
僕はそう言いながら自分の部屋へ戻って大急ぎで着替えた。


自由が丘駅から5分ほど歩いたカジュアルレストランへ甲斐さんと二人と来た。
ここはベジタリアンの店じゃない。
メニューに材料が全部明記してあって、野菜や果物だけのメニューも結構多いというだけの店だ。
だから、ベジタリアンのキーワードで検索しても見つからなかったんだ。
二人はこの店を結構気に入ってくれたようだ。
大きなサラダやフライドポテトやフルーツ盛りやらをそれぞれ一人前ずつ頼んで、テーブルがいっぱいになってしまっておかしかった。
次にいつ会えるかって話になった。
ユニットの仕事でGWは全滅らしい。
「「でも5月11日は空けておくからね」」
「え?」
僕の誕生日だ。
覚えててくれたんだ。
でも僕は誕生日プレゼントなんていらないからもっと『あのひと』に会いたい。
諒さんか覚さんのどちらかが常に『あのひと』だったらいいのに。
そうしたら、少なくとも次にいつ会えるかわかる。
会える日を心待ちにして過ごせるのに。
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