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73.正直な性格
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※※※明日生視点です。
新芽の匂いを時々感じるようになった。
今日は春らしい陽気になって、小鳥も騒いでいる。
春休みに入って二人は少し寮に来れるようになった。
談話室の窓際の陽射しがよく当たる席で頬杖を突きながら、『僕の好きなひと』の話に耳を傾ける。
すごい幸福感。
生きててよかった。
自分でも呆れるくらい、このひとが好き。
降り注ぐ陽射しがチョコレート色の髪を金色に透かしている。
つい息を飲んでしまうほど綺麗な瞳が僕を急に見つめて、心臓が跳ねた。
「ところで明日生、部屋の中なのに帽子取らないの?」
「今日は暖かいのに、どうして帽子被ってるの?」
「あ……」
自分が帽子をかぶってることすらすっかり忘れてこのひとに夢中になってたみたいだ。
「僕、髪が真っ黒なんで、日差し強いとすぐ頭が熱くなっちゃうんですよね」
言いながら僕が帽子を取ると、二人は唖然とした。
「「明日生! 髪がない!!」」
「貴也先輩よりはありますから!」
「俺が禿げてるような言い方するなあ! 俺は短くしてるだけだ!」
二人が揃って僕の頭に手を伸ばしてきて、ドキッとする。
「前ほどは短くないけど……」
「切っちゃったんだね」
「伸びかけの中途半端なスタイルに耐えられなかったんです。伸ばそうかなとは思ってたんですけどね」
二人の手が僕の頭を撫でて、少しくすぐったくて笑った。
気持ちいい。
もっと触っててほしい。
「伸ばそうとしてたんだね」
そう言われて我に返って、はじめて自分がうっとりしてたことに気付いた。
「だって、お二人が長い方がいいようなこと言ってたから……短いの似合わないのかなと思って……」
先輩たちが笑った。
「似合わないことないよ」
「明日生はけっこうなんでも似合うだろ」
「明日生、寮に入ってきたときかなり短くしてただろ? あれもよかったよ」
寮に入ってきた頃のことはあまりいい記憶がないから意外だった。
「……そうですか?」
二人が手をひっこめてしまった。
「明日生、貴也がかなり短いっていうほど短くしてたの?」
「見てみたかった。写真無いの?」
あの頃の姿は、このひとには見られたくない。
でもそうはっきりとは言いにくくて、笑っておどけた感じで返した。
「見せたくないです」
夜穂先輩が頭を抱えた。
「明日生、馬鹿正直だな……」
「え?」
貴也先輩が笑った。
「そう言う時は、見せたくないって言うんじゃなくて、ないって言えばいいんだよ」
あ、そっか……。
「「……そんなによくない写真なの……?」」
二人が揃って首をかしげる。
良実先輩が雑誌のパズルから顔を上げて言った。
「明日生の写真によくない物なんてあるわけないだろ。ただ、明日生は過去を捨ててるからね」
夜穂先輩が打ち合わせたように良実先輩に続いた。
「明日生は今を生きてるんだもんな!」
貴也先輩がさらにツッコんだ。
「明日生は今じゃなくて明日を生きてるんだろ」
「ああ、そうだった! いい名前だよな」
「キラキラネームだって言われたことありますけど」
「年代的にセーフじゃねえ?」
先輩たちがわざと話を逸らしてくれてる。
でも僕はこのひとにはまっすぐ応えたかった。
少し話に置いていかれてる二人の、その不思議な色の瞳を見てはっきり言った。
「すみません、でも僕あの頃の自分が好きではなくて、見られたくないんです」
先輩たちが苦笑したのが見えた。
二人は少し驚いた顔をして、そしてすごく綺麗に微笑んだ。
「「わかった。きちんと答えてくれてありがとう」」
胸がドキドキしすぎて苦しい。
この笑顔が見られたなら、正直な性格でよかったのかもしれない。
夜穂先輩が思いっきりからかう顔で二人に訊いた。
「お礼にチューとかないのかよ?」
二人は夜穂先輩を見て笑うと、やっぱりふざけた様子で僕を向いた。
「じゃあ、明日生」
「お礼に、キスとピアノとどっちがいい?」
多分、ピアノって答えると思って訊いてる。
でも真面目に考えたら難しい選択のような気がする。
今日は『覚さん』には『あのひと』は現れない。
でも歌をせがんだらきっと『諒さん』もやるから『あのひと』には会える。
キスを選べば『僕の好きなひと』にキスをもらえるのは確実。
どっちがいいって、選べない。
「……」
「「? 明日生?」」
甲斐さんがずっとPCに入力してた手を急に止めて、言った。
「では、意表をついてキスに決定!」
「甲斐、話聞いてたのかよ」
「聞き逃すものですか。明日生くん、ゴチャゴチャ考えずにキスにしなさい。その方が早いです」
「早いとかそう言う問題なんですか!?」
「じゃあどういう問題なんですか」
訊きかえされて混乱しそうになった。
「えーっと……? お礼とかいらないですって問題ですよ!」
そうだ。正直に答えただけなのに、そんなお礼なんてされる筋合いはない。
「「えー」」
二人が残念そうに文句を言うから、力が抜けた。
「えーってなんですか」
「せっかくお礼しようと思ったのに」
「キスでいい?」
「するんですか!?」
「「うん」」
「決定なんですか!?」
頬と耳が熱い。
顔が朱くなってしまってる。
「「どこにしてほしい?」」
……頬だとばかり思ってたんだけど。
「明日生、どこにでもしてもらえるらしいぞ」
「夜穂先輩、ちょっと黙っててください。ここ談話室なんでそれ以上変なこと言わないでください」
「「あーつきっ」」
二人が僕を急かす。
心臓が壊れそうだ。
「お二人がしたいところにしてください」
しまった。
逆にどこに来るかわからなくて怖い。
「「わかった」」
二人は立ち上がると、ふわっと僕の頭に手を伸ばした。
髪に口付けられた。
背筋にゾクッと電流が走る。
意外なところに来て余計驚いたんだろうけど、自分が今どんな様子なのか想像もつかない。
「なんだ、髪の毛?」
「「だって、ここ場所が悪いし。短くても綺麗な髪だし」」
「違うとこならどこにしたっていうんだよ」
「「どこだと思う?」」
やっぱりふざけた調子の会話が聞こえてくるけど、あまり頭に入ってこない。
甲斐さんが面白そうに僕を見てて少し悔しい。
いつか甲斐さんが誰かに恋をしたら、僕も面白がってやるんだ。
頬杖を突き直して会話に耳を傾けようとした。
背中に陽が当たってて暖かいけど、僕を落ち着かせてはくれない。
世界で一番見ていたいひとに視線を向ける。
そのベビーピンクの整った唇が、さっきぼくの髪に触れた。
ああ、胸が痛い。
新芽の匂いを時々感じるようになった。
今日は春らしい陽気になって、小鳥も騒いでいる。
春休みに入って二人は少し寮に来れるようになった。
談話室の窓際の陽射しがよく当たる席で頬杖を突きながら、『僕の好きなひと』の話に耳を傾ける。
すごい幸福感。
生きててよかった。
自分でも呆れるくらい、このひとが好き。
降り注ぐ陽射しがチョコレート色の髪を金色に透かしている。
つい息を飲んでしまうほど綺麗な瞳が僕を急に見つめて、心臓が跳ねた。
「ところで明日生、部屋の中なのに帽子取らないの?」
「今日は暖かいのに、どうして帽子被ってるの?」
「あ……」
自分が帽子をかぶってることすらすっかり忘れてこのひとに夢中になってたみたいだ。
「僕、髪が真っ黒なんで、日差し強いとすぐ頭が熱くなっちゃうんですよね」
言いながら僕が帽子を取ると、二人は唖然とした。
「「明日生! 髪がない!!」」
「貴也先輩よりはありますから!」
「俺が禿げてるような言い方するなあ! 俺は短くしてるだけだ!」
二人が揃って僕の頭に手を伸ばしてきて、ドキッとする。
「前ほどは短くないけど……」
「切っちゃったんだね」
「伸びかけの中途半端なスタイルに耐えられなかったんです。伸ばそうかなとは思ってたんですけどね」
二人の手が僕の頭を撫でて、少しくすぐったくて笑った。
気持ちいい。
もっと触っててほしい。
「伸ばそうとしてたんだね」
そう言われて我に返って、はじめて自分がうっとりしてたことに気付いた。
「だって、お二人が長い方がいいようなこと言ってたから……短いの似合わないのかなと思って……」
先輩たちが笑った。
「似合わないことないよ」
「明日生はけっこうなんでも似合うだろ」
「明日生、寮に入ってきたときかなり短くしてただろ? あれもよかったよ」
寮に入ってきた頃のことはあまりいい記憶がないから意外だった。
「……そうですか?」
二人が手をひっこめてしまった。
「明日生、貴也がかなり短いっていうほど短くしてたの?」
「見てみたかった。写真無いの?」
あの頃の姿は、このひとには見られたくない。
でもそうはっきりとは言いにくくて、笑っておどけた感じで返した。
「見せたくないです」
夜穂先輩が頭を抱えた。
「明日生、馬鹿正直だな……」
「え?」
貴也先輩が笑った。
「そう言う時は、見せたくないって言うんじゃなくて、ないって言えばいいんだよ」
あ、そっか……。
「「……そんなによくない写真なの……?」」
二人が揃って首をかしげる。
良実先輩が雑誌のパズルから顔を上げて言った。
「明日生の写真によくない物なんてあるわけないだろ。ただ、明日生は過去を捨ててるからね」
夜穂先輩が打ち合わせたように良実先輩に続いた。
「明日生は今を生きてるんだもんな!」
貴也先輩がさらにツッコんだ。
「明日生は今じゃなくて明日を生きてるんだろ」
「ああ、そうだった! いい名前だよな」
「キラキラネームだって言われたことありますけど」
「年代的にセーフじゃねえ?」
先輩たちがわざと話を逸らしてくれてる。
でも僕はこのひとにはまっすぐ応えたかった。
少し話に置いていかれてる二人の、その不思議な色の瞳を見てはっきり言った。
「すみません、でも僕あの頃の自分が好きではなくて、見られたくないんです」
先輩たちが苦笑したのが見えた。
二人は少し驚いた顔をして、そしてすごく綺麗に微笑んだ。
「「わかった。きちんと答えてくれてありがとう」」
胸がドキドキしすぎて苦しい。
この笑顔が見られたなら、正直な性格でよかったのかもしれない。
夜穂先輩が思いっきりからかう顔で二人に訊いた。
「お礼にチューとかないのかよ?」
二人は夜穂先輩を見て笑うと、やっぱりふざけた様子で僕を向いた。
「じゃあ、明日生」
「お礼に、キスとピアノとどっちがいい?」
多分、ピアノって答えると思って訊いてる。
でも真面目に考えたら難しい選択のような気がする。
今日は『覚さん』には『あのひと』は現れない。
でも歌をせがんだらきっと『諒さん』もやるから『あのひと』には会える。
キスを選べば『僕の好きなひと』にキスをもらえるのは確実。
どっちがいいって、選べない。
「……」
「「? 明日生?」」
甲斐さんがずっとPCに入力してた手を急に止めて、言った。
「では、意表をついてキスに決定!」
「甲斐、話聞いてたのかよ」
「聞き逃すものですか。明日生くん、ゴチャゴチャ考えずにキスにしなさい。その方が早いです」
「早いとかそう言う問題なんですか!?」
「じゃあどういう問題なんですか」
訊きかえされて混乱しそうになった。
「えーっと……? お礼とかいらないですって問題ですよ!」
そうだ。正直に答えただけなのに、そんなお礼なんてされる筋合いはない。
「「えー」」
二人が残念そうに文句を言うから、力が抜けた。
「えーってなんですか」
「せっかくお礼しようと思ったのに」
「キスでいい?」
「するんですか!?」
「「うん」」
「決定なんですか!?」
頬と耳が熱い。
顔が朱くなってしまってる。
「「どこにしてほしい?」」
……頬だとばかり思ってたんだけど。
「明日生、どこにでもしてもらえるらしいぞ」
「夜穂先輩、ちょっと黙っててください。ここ談話室なんでそれ以上変なこと言わないでください」
「「あーつきっ」」
二人が僕を急かす。
心臓が壊れそうだ。
「お二人がしたいところにしてください」
しまった。
逆にどこに来るかわからなくて怖い。
「「わかった」」
二人は立ち上がると、ふわっと僕の頭に手を伸ばした。
髪に口付けられた。
背筋にゾクッと電流が走る。
意外なところに来て余計驚いたんだろうけど、自分が今どんな様子なのか想像もつかない。
「なんだ、髪の毛?」
「「だって、ここ場所が悪いし。短くても綺麗な髪だし」」
「違うとこならどこにしたっていうんだよ」
「「どこだと思う?」」
やっぱりふざけた調子の会話が聞こえてくるけど、あまり頭に入ってこない。
甲斐さんが面白そうに僕を見てて少し悔しい。
いつか甲斐さんが誰かに恋をしたら、僕も面白がってやるんだ。
頬杖を突き直して会話に耳を傾けようとした。
背中に陽が当たってて暖かいけど、僕を落ち着かせてはくれない。
世界で一番見ていたいひとに視線を向ける。
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