恋するピアノ

紗智

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75.新寮長

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※※※明日生視点です。



『明日生、Good morning!』
いつもの目覚ましの声のあと、馬鹿笑いが響き渡って飛び起きた。
あ、そっか。夜穂先輩と一緒に寝たんだった。
「明日生、いつもそれで起きてんの!?」
なんのことかと思ったら、目覚ましの声にうけたらしい。
「はい……」
まだ笑ってる。
「甲斐は何も言わねえのか?」
「いえ。なんか悪いんですか?」
「いや、可愛い」
アイドルの女の子よりずっと可愛いと評判の顔をキョトンとさせて夜穂先輩はきっぱり言った。
「……。……夜穂先輩に言われたらお終いですよ」
「どういう意味だよ!」
わざとらしくため息をついてみせた。
「夜穂先輩の顔は可愛いって意味ですよ」
「まあ、顔は生まれ持ったもんだから仕方ねえけどよ……明日生に顔のことを言われたくねえな」
じっと見つめられて、微笑んで返す。
「僕の顔がなんですか?」
言いたいことはなんとなくわかる。
あちこちで美形と言われる。
でも必要以上にモテたいとは思わない。
「そんだけ綺麗なツラしてりゃ新宿二丁目でもモテるんだろうなあ。どうなんだ?」
二丁目なんかじゃとくに僕はモテるほうにはならない。
「そんなことないですよ。一晩粘っても相手つかまらないことありますし、細身はモテないです。みんなマッチョ好きだからなあ」
美形は美形でも、諒さんと覚さんほどの超人ランクなら話は別かもしれないけど。
「じゃ、俺モテるかな!?」
夜穂先輩は適度に筋肉あるけど小柄だし、顔が……可愛すぎだろう……。
「…………」
「わかってるよ、それ以上言うなよ。あ、そうだ、甲斐の見舞い行くか?」
「行きます」
廊下で良実先輩に会って一緒に行きたがったけど、夜穂先輩が駄目だと言い張った。
「あいつ、風邪なんかひいたら即入院の癖に無防備なやつだな」
歩きながら夜穂先輩はブツブツ言う。
甲斐さんのひどい咳が廊下まで響いてきた。
救護室に着くと、甲斐さんはベッドの上でパソコンを触っていた。
噴霧式の薬が枕元においてある。
喘息が併発しているのだろう。
「おはようございます。甲斐さん、熱下がりました?」
「甲斐、病気の時くらいちゃんと休めよ」
「ああ、おはようございます。ちょうどよかったです。二人に頼みたいことがありまして」
「どうしました?」
「今日から新入生が入寮してくるんです。私はこの状態なので、受け入れ準備を手伝っていただきたいんですよ」
「……そういうのは寮長の仕事じゃねえの? 何で甲斐がやるんだ?」
「私、昨日から寮長になったんです」
あれ、寮長って毎年高二の寮生がやるんじゃなかったっけ。
「あれ? そうなのか。なんで黙ってたんだ?」
「黙ってたわけではなくて昨日急に決まったんですよ。新寮長が外部の大学に進学することにしたから、辞退したそうです」
「へえ……甲斐さんはすごく頭いいですけど、国都海に進学するんですか?」
「私は行けるところに行きますよ」
甲斐さんなら東大でも余裕で行ける気がするけど。
「まあ、高二のやつがやることが多いけど甲斐なら適任だな。俺たちや貴也も手伝うし」
「僕も出来る限り力になりますよ」
甲斐さんはニッコリ笑った。
「ありがとうございます。そう言ってくれると思っていました」
「なんでもするよ。気軽に頼んでくれよ。甲斐、とくに今日は無理せず任せて休んでたらいいぞ」
「そうですよ。寝ててくださいよ」
「いえ、新入生の顔を覚えたいので行かなくては」
「……そうですか? でもみんなに風邪うつるとまずいですよ?」
「ところで甲斐、熱下がったのかよ?」
「もう大丈夫です」
僕は嫌がられるのを覚悟で甲斐さんの額に手をあてた。
すると、夜穂先輩も同じように甲斐さんの額に触れる。
「んん? 甲斐、熱下がったか?」
夜穂先輩がもう一度訊く。
「大丈夫ですって」
夜穂先輩と二人がかりで甲斐さんをベッドに押し込んで、パソコンを取り上げた。
「今日はここから一歩も出るなよ? 出たらこの先寮長の仕事何も手伝わねえかんな!!」
「早くパソコン返して欲しかったら休んで熱と咳を治めてくださいね」
「うう……!」
全く、ここの病人たちときたら、無理が大好きなんだから!
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