恋するピアノ

紗智

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80.放送部

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※※※明日生視点です。


ゴールデンウィーク初日。
『ZOKKOH』のデビュー曲が発売になった。
もちろん朝一番に買いに行って、行き帰りにすでにダウンロードしたものを聴く。
『ラファエル』とはガラッと雰囲気の違う、ロックだ。
メインヴォーカルは家田雅人だけど、『あのひと』の不思議な声はコーラスでもすごくいい。
談話室に入ってみんなのいるいつもの席に座って、そのまま机に突っ伏して聴き続けた。
『あのひと』がかっこよすぎて、もう他に何も手につかない。
この声に包まれたまま、時が止まってしまえばいい。
「あーつき!!」
バシバシと背中を叩かれた。
夜穂先輩以外の何者でもないだろう。
「何ですか、夜穂先輩っ」
「あれ、元気がないのかと思ったら逆なのか。どうしたんだよ?」
この良さを説明しても、きっとからかわれるだけのような気がする。
夜穂先輩は、先日あんなことがあったのに、元気だ。
多分、あんなことが日常茶飯事なんだろう。
「ああ、今日、さとちゃんの新しいユニットの曲の発売日でしたねえ」
甲斐さんがぼそぼそというので、イヤホンを外して話した。
「甲斐さん、『ZOKKOH』って言うんですよ。覚えてくださいよ」
「へえ、どんな曲? 聴かせてよ」
良実先輩が手を伸ばしてきたけど、イヤホンを渡す気にはなれなかった。
1秒だって長く聴いていたい。
「CD買ってきたから、貸しますよ。良実先輩、パソコンで聴けるでしょう?」
「あ、貸してくれるなら、俺放送室で聴いてくる。貸して貸して」
「「放送室??」」
僕と夜穂先輩がハモった。
「二人とも、知らなかったんですか? 良実ちゃんは放送部員ですよ?」
「甲斐、何でそんなこと知ってるんだよ!」
「放送部員って、何するんですか?」
「式典のとき放送機材操作したり、放課後に放送室で好きな音楽聴いたりするんだよ」
「後半のはただの特権でしょう」
「放送室って防音だから、大きな音で聴けて気分がいいんだよ」
「え」
イヤホンもいいけど、イヤホンなしで大音量であの人の曲を聞きたい。
「いいなあ! 僕も行きたい!」
「うん、おいでよ」
「甲斐は来ないのか?」
「私はちょっと今日は忙しいので……また今度ご一緒させてくださいな」
最近、甲斐さんはやたらと忙しそうだ。
夜もあまり寝てないみたいだ。
放送室に向かう僕らに、もちろん、夜穂先輩もついてきた。



「放送室って、体育館の放送室か」
「校舎のほうは人目多いし、遠いし、時々教師が来るからね」
ステージの袖の奥に階段があって、そこを上ると扉があった。
良実先輩が胸ポケットから鍵を出して開けた。
「適当に座ってよ」
そう言いながら良実先輩も機材の前に座ると、僕からCDを受け取って手早く機械にセットした。
普段のんびりしてる良実先輩の手が、慣れた様子で迷いなく機材を操作していく。
良実先輩は、ちょうどいい音量に調節してくれた。
降り注ぐような声と辺りを漂うピアノの音が心地いい。
「良実、いつから放送部だったんだよ?」
「んー? 中学部の2年だったかなあ……」
「いつも談話室にいたじゃないですか」
「いつも談話室ってわけでもないけど。俺、CD持ってないからね。甲斐や貴也に借りたときくらいしか来ないよ」
「言えば僕も貸してあげるのに、いつでも」
「え、ありがと! どんなの持ってる?」
「えー……洋楽もありますけど男性の曲しか持ってないかも」
良実先輩と夜穂先輩が二人とも笑った。
「でも、借りようかな。最近パズル雑誌も飽きちゃったし」
「僕も呼んでくださいよ。いいなあ、寮じゃこんな音量で聴けませんからね」
「明日生も放送部入ればいいじゃないか。人数足りなくて存亡の危機なんだよ」
「そうなんですか?」
「今高3の先輩と俺しかいないんだからね」
「ああ、夜穂先輩入ったらどうですか。バスケ辞めて暇だって言ってるじゃないですか」
「ん、そうだなあ……」
夜穂先輩が悩むような声を出し、良実先輩は無言で引き出しを開けて何かの紙を取り出した。
胸ポケットからペンを出して、良実先輩は書き込んだ。
『「入部届」 放送部 高等学部1年3組 牧川夜穂』
書き終わった紙を良実先輩は夜穂先輩に押し付けた。
「はいこれ、自分で英語の坪井先生のところへ持っていって」
「……おう」
夜穂先輩が無表情で小さく頷いて入部届けを受け取ると、良実先輩は僕に笑いかけた。
「明日生、何組だっけ?」
「え、いや、僕、英会話クラブ入ってるんですよ。中学部は掛け持ちできませんから」
「あれ、掛け持ちできないんだっけ。なんだ。じゃあ再来年入部してね。待ってるから」
「はい、まあ……」
再来年、僕はいったい何をしてるんだろう。
そのころ、この二人はどうなっているのかなあ。
うまくいってるといいなって、ちょっと思ったりする。
今だって、入部届に勝手に名前を書かれた夜穂先輩がすごく嬉しかったの、空気でわかった。
そんなわかりやすい空気が良実先輩に伝わってないわけないのにな。
この二人には、明日もう付き合ってたっておかしくない雰囲気がある。
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