恋するピアノ

紗智

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82.左利き

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※※※双子視点です。



数時間ぶりに、相棒と抱き合う。
康成は俺たちがハグしてる間、困ったように微笑んで黙っている。
昼休みのいつもの習慣だ。
抱きついたその胸に違和感を感じた。
『Wolfy、携帯バイブしてる』
『ん? メールかな』
相棒ではなく俺が相棒の胸ポケットに手を突っ込んで携帯を取り出した。
『明日生からだ!』
二人で携帯を開いて覗き込んだ。
『こんにちは。出掛ける先を考えているんですけど、出掛けるのは3人で? みんなで?』
相棒がすばやく打ち返した。
『明日生、誕生日おめでとう。もちろん、明日生が好きなほうでいいんだよ』
『……まだ考えてなかったんだな……』
二人で少しだけしょんぼりして、康成に事の次第を説明しながらテーブルに着いた。
『まだ考えてなかったんじゃなくて、ずっと思いつかないんじゃないのかなあ』
『『そうかなあ』』
そう二人で返した瞬間、テーブルに置いた相棒の携帯が震えた。
『ありがとうございます。でも、余計悩んじゃうんですけど…』
『やっぱりそうだよ。スパッと決めてあげなよ』
『『まあ……お祝いだし、にぎやかなほうがいいかなあ……』』
『じゃあ、みんなで行こうよ。みんなも誘っておいて』
そう打ち込む相棒を見ながら、康成に訊いた。
『康成も行く?』
『今回はやめておくよ。ロングレッグスハウスは楽しそうだから興味あるんだけど……』
本当に悔しそうに康成は言った。
その後、昼休みの間に明日生からの返信はなかった。




「「明日生、Happy birthday!!!」」
ロングレッグスハウスの談話室で顔を見つけるなり、二人で抱きついた。
「あっ、ありがとうございま、す……っ!」
戸惑う明日生をもみくちゃにしてやる。
これくらいしないと、静かにしてると、激しくなっている鼓動に気付かれてしまうから。
二週間くらい会わなかっただけだけど、本当に久々のような気がする。
今日の休みも無理やり取ったんだ。
会えてよかった。
俺たち、本当にお前に会いたかったんだ。
体力はあるから仕事がたくさんなのは構わない、ピアノの練習で眠る時間がないのも構わないけど、とにかく会いたかったんだ。
じゃれ付いたこのまま、離れたくないくらい。
「いつまで抱きついてんだよー?」
そう言いながら、夜穂ちゃんが混ざってきた。
「夜穂先輩まで参加しないでくださいよー! うわぁ! 調子に乗ってくすぐらないでー!」
多分もう周りから明日生の姿は確認できないだろうというほどぐしゃぐしゃだ。
「楽しそうだなあ、俺も混ざりたいかも」
鈴のような高めの声に振り向くと、また久しぶりの姿があった。
「あれ、貴也! すごい久しぶり!!」
「今日は貴也も行けるの!?」
俺たちはやっと明日生から離れた。
夜穂ちゃんはまだ明日生をくすぐっている。
「久しぶり、だってカラオケ行くって言うから。部活サボったよ」
「「カラオケ!? カラオケ行くんだ!?」」
みんなが頷いた。




ひたすら料理に手を伸ばしている面々に尋ねる。
「夜穂ちゃんも良実ちゃんも甲斐も、歌わないの?」
「聴いてるのが楽しいんだよ、ほっとけよ」
「音痴なんだよねーやす」
「どうです、カラオケの感想は?」
「曲選ぶのが面倒くさい」
「選ぶよりピアノ弾くほうが早いもん」
歌い始めた貴也を見ながら、二人で答えた。
「「でも、みんなの歌聴けるのはいいね。いつも逆だもん」」
貴也や明日生が歌ってるのは初めて見た。
貴也の歌は特に、聴き惚れるくらいだ。
特徴的な心地のいい美声がよく伸びる。
明日生は英語の曲ばかり歌っていて、完璧な発音なのにどこか一生懸命で可愛い。
「曲なら私たちが選んであげますよ」
「『ZOKKOH』歌ってよ、覚」
「はいはい」
「明日生は? 歌ってほしい曲ないの?」
ほんとは、カラオケも新鮮だった。
いつもピアノに向かって歌ってるけど、これならみんなの顔がよく見えるんだ。
明日生が、歌ってる俺を見てる。
じっと見返すと、気付いたようにそっと視線をそらすのがドキッとする。
明日生の顔を見ながら恋の歌とか歌っちゃったりしてね。




カラオケが終わって、みんなと別れるときに俺は声を掛けた。
「明日生」
「なんですか? 諒さん」
「ちょっとちょっと」
3人で話ができるように少しみんなと引き離した。
『『誕生日おめでとう』』
『はい、ありがとうございます? もう言ってもらいましたよ?』
俺たちは言い訳を始める。
『プレゼント、用意できなかったんだ』
『買いにいけなくてさ』
店に行くには忙しいどころじゃなかった。
でも、ネットで買うのはためらわれたんだ。
ちゃんと実際に見て選びたくて。
『はい、わかってますよ。カラオケもおごってもらっちゃったのに、そんなこと気にしないでくださいよ』
『『でも、俺たちは何かプレゼントしたかったんだよ』』
『ほんとにいいですって』
明日生は笑ってる。
俺たちの悔しい気持ちがわかってないな。
『でね、相談なんだけど』
俺は、持ちかけながら自分の腕時計を外した。
『はい?』
『明日生の14歳の誕生日プレゼントが用意できるまで、この時計預かっておいてもらえないかな?』
『はあっ!?』
明日生は、何言ってるのかわからない、と言いたげな顔をしている。
『使い古しを手にしてもらうのは申し訳ないけど』
『いや、そういう問題じゃなくって。ぜんぜん古くないし』
相棒がポケットから懐中時計を出した。
『懐中時計のほうがいい?』
『いえ、そうじゃなくって! プレゼントなんていいし!』
『俺たちはあげたいんだもん』
『いや、ほんと、そんな高級なもの預かれませんって!!』
ずっと首を横に振ってる明日生の左腕を、相棒が掴んだ。
『えっ!?』
その左手首に、俺は有無を言わさず腕時計を付ける。
『え、ちょっと待って!? そもそも僕左利きだし!?』
『知らないわけないじゃないか。わざと利き腕に付けたんだよ?』
『外しにくいようにね。じゃあ、またね、明日生』
その掴んだままだった左手に、相棒がキスをした。
俺も、明日生の右手をとって、甲にキスをした。
『『おやすみ! 楽しかった!』』
『おっ、おやすみなさい、今日はありがとう……!』
暗いところだったから、明日生の表情はあまりよく見えなかった。
でも、いいんだ。
俺たちの赤く染まった顔も、明日生から見えなかったと思うから。
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