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85.甘い香り
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※※※明日生視点です。
土曜日だ。
久しぶりに晴れて、街が洗われてキラキラしてるように感じる。
明るいところが得意な僕でもなんだか眩しい。
あの二人は、困っていないだろうか。
今日は甲斐さんと若桜家に遊びに行く。
今日、僕の好きな人はたしか覚さんのほうだ。
「こんにちはー!」
二人は、今日は色違いのシャツを着てる。
マーガレット・ハウエルで、諒さんがグレー系で、覚さんが紺系だ。
「「こんにちは、いらっしゃい」」
あれ?
なんだろうこの違和感。
離れに通してもらって、防音室に入る。
「さとちゃんは、土曜日なのにお休みなんですね」
「そうなんだよ、奇跡の土曜日休みなんだ!」
覚さんがガッツポーズをした時に、ふわっといつもと違う香りが漂った。
ああ、違和感の正体は、この甘い香りだ。
「なんだか匂いが違いますね。香水変えました?」
諒さんがミネラルウォーターのボトルを甲斐さんに手渡しながら、答えた。
「Wolfyが香水を買ったんだよ。今まで兼用にしてたから」
甲斐さんが覚さんの匂いを嗅いだ。
「見分けがついていいじゃないですか」
甲斐さんが言うと、二人は頷いた。
もしかして、わざと見分けをつけてもらうために『覚さん』だけ香水を変えたのかな。
「なんだか香水なんて大人ですねー」
僕が感心したように言うと、二人は笑った。
「小さいころからつけてたよ。それに、甲斐だって貴也だって使ってるじゃないか」
「私は香水ではなくボディローションですよ、肌が弱いので」
そういえば貴也先輩が香水を使い出したのは、今の僕の年の頃だった気がする。
「僕も何かつけるべきかなあ……」
「「明日生のベビーパウダーの匂い、俺好きだけど。いいんじゃない、まだ今のままで」」
二人にそろって言われると、衝撃も2倍だ。
「っ! なんでベビーパウダー使ってること知ってるんです?!」
「そりゃ、いい匂いがするから」
突然、ぎゅっと抱きしめられた。
『覚さん』のほうに。
えっ、嘘!!? どうして!?
「!!」
匂いを嗅がないで!!
言葉にならない。
と、覚さんは顔を上げた。
何この至近距離!?
囁き声に近い声で、言われた。
「うん、いい匂い。好きだよ」
「!」
もう無理!!
覚さんを押しやって、慌てて防音室を出た。
勝手にキッチンへ入って、水を飲んだ。
多分耳まで真っ赤になってる、顔がすごく熱い。
ドキドキしすぎて胸が痛い。
落ち着け!
落ち着こう。
思い出せば、僕はあのひとに抱きしめられたのは初めてじゃないだろう。
以前二人が寮に泊まりに来た時、一日目に僕の部屋で僕を抱きしめてくれたのは、確か僕の好きなほうのひとだった。
……あの時は、まだこのひとが好きだって自覚がなかった。
背中にまわされた長い腕。
自分の腕にすっぽり収まりそうな肩。
華奢な、本当に細い腰。
好きだよ、の甘い声。
思い切り強く、抱きしめかえしたい。
多分もう、ピアノを弾く『あのひと』でなくてもいい。
あの双子の片方のひとが好き。
『明日生、いた!』
『えっ!?』
ど、どうしてわざわざこっちのほうが来てくれるのかな……!?
せっかく落ち着いた胸が、また騒ぎ出した。
このひととは、キスだってしたこともある。
どうしていまさら、ちょっと抱きしめられたくらいでこんなに僕はうろたえてるんだろう。
『ごめん、なんか俺悪いことしたんだよね?』
申し訳なさそうに覚さんが言って、すごく慌てた。
『え、いえっ、ぜんぜん!! なんか、急にすごくのど渇いちゃって! 我慢できなくって!』
『Amadeoがミネラルウォーター持ってたんだけど……明日生の分も』
『あー、そうだったんですね……』
『明日生??』
覚さんが僕の顔を覗き込んでくる。
もう言ってしまおうか。
もう言ってしまいたい。
気持ちが溢れて、溢れすぎて壊れてしまいそうなんだ。
『すみません、急に抱きしめられてびっくりしちゃって……』
あなたが好きだから、動揺したんですって、正直に言おうと顔を上げた。
すると、覚さんが腕を上げて、僕の頭を撫でた。
ふわっと、甘い香りが漂った。
『うん、突然、ごめんね』
この香りは、二人の今までの香水になじんだ僕には少し違和感はあるけど、確かに『若桜覚』のイメージにはぴったりなんだろうな。
二人は交替で、この香水をつけて入れ替わるんだろう。
『ほら、俺はいつもAmadeoとあんな感じだから、つい。ごめんね、抱きつかれるのなんて慣れてないよね』
『いえ、そうでもないんですけどね。夜穂先輩とかもいるし』
駄目だ。
告白するのなら、僕が二人を見分けてることも話すことになる。
二人の秘密を暴かなくてはいけなくなってしまう。
僕の勝手な気持ちで、二人の秘密を壊してもいいのか。
『じゃあ、寂しくはなさそうだね。よかった』
『うーん? 寂しいのかな、僕』
ふざけたように笑ったけど、覚さんは言った。
『俺でよければいくらでも抱きしめてあげるけど?』
抱きしめてほしいより、抱きしめたい。
寂しいからじゃなくて、好きだから。
長い腕が、ふわっと回されてきた。
我慢できなくて、そっと腕を返した。
今は言えないけど、せめてこの背中に回す手に想いをこめて。
甘い香りが、強く抱きしめたい気持ちを抑えてくれた。
土曜日だ。
久しぶりに晴れて、街が洗われてキラキラしてるように感じる。
明るいところが得意な僕でもなんだか眩しい。
あの二人は、困っていないだろうか。
今日は甲斐さんと若桜家に遊びに行く。
今日、僕の好きな人はたしか覚さんのほうだ。
「こんにちはー!」
二人は、今日は色違いのシャツを着てる。
マーガレット・ハウエルで、諒さんがグレー系で、覚さんが紺系だ。
「「こんにちは、いらっしゃい」」
あれ?
なんだろうこの違和感。
離れに通してもらって、防音室に入る。
「さとちゃんは、土曜日なのにお休みなんですね」
「そうなんだよ、奇跡の土曜日休みなんだ!」
覚さんがガッツポーズをした時に、ふわっといつもと違う香りが漂った。
ああ、違和感の正体は、この甘い香りだ。
「なんだか匂いが違いますね。香水変えました?」
諒さんがミネラルウォーターのボトルを甲斐さんに手渡しながら、答えた。
「Wolfyが香水を買ったんだよ。今まで兼用にしてたから」
甲斐さんが覚さんの匂いを嗅いだ。
「見分けがついていいじゃないですか」
甲斐さんが言うと、二人は頷いた。
もしかして、わざと見分けをつけてもらうために『覚さん』だけ香水を変えたのかな。
「なんだか香水なんて大人ですねー」
僕が感心したように言うと、二人は笑った。
「小さいころからつけてたよ。それに、甲斐だって貴也だって使ってるじゃないか」
「私は香水ではなくボディローションですよ、肌が弱いので」
そういえば貴也先輩が香水を使い出したのは、今の僕の年の頃だった気がする。
「僕も何かつけるべきかなあ……」
「「明日生のベビーパウダーの匂い、俺好きだけど。いいんじゃない、まだ今のままで」」
二人にそろって言われると、衝撃も2倍だ。
「っ! なんでベビーパウダー使ってること知ってるんです?!」
「そりゃ、いい匂いがするから」
突然、ぎゅっと抱きしめられた。
『覚さん』のほうに。
えっ、嘘!!? どうして!?
「!!」
匂いを嗅がないで!!
言葉にならない。
と、覚さんは顔を上げた。
何この至近距離!?
囁き声に近い声で、言われた。
「うん、いい匂い。好きだよ」
「!」
もう無理!!
覚さんを押しやって、慌てて防音室を出た。
勝手にキッチンへ入って、水を飲んだ。
多分耳まで真っ赤になってる、顔がすごく熱い。
ドキドキしすぎて胸が痛い。
落ち着け!
落ち着こう。
思い出せば、僕はあのひとに抱きしめられたのは初めてじゃないだろう。
以前二人が寮に泊まりに来た時、一日目に僕の部屋で僕を抱きしめてくれたのは、確か僕の好きなほうのひとだった。
……あの時は、まだこのひとが好きだって自覚がなかった。
背中にまわされた長い腕。
自分の腕にすっぽり収まりそうな肩。
華奢な、本当に細い腰。
好きだよ、の甘い声。
思い切り強く、抱きしめかえしたい。
多分もう、ピアノを弾く『あのひと』でなくてもいい。
あの双子の片方のひとが好き。
『明日生、いた!』
『えっ!?』
ど、どうしてわざわざこっちのほうが来てくれるのかな……!?
せっかく落ち着いた胸が、また騒ぎ出した。
このひととは、キスだってしたこともある。
どうしていまさら、ちょっと抱きしめられたくらいでこんなに僕はうろたえてるんだろう。
『ごめん、なんか俺悪いことしたんだよね?』
申し訳なさそうに覚さんが言って、すごく慌てた。
『え、いえっ、ぜんぜん!! なんか、急にすごくのど渇いちゃって! 我慢できなくって!』
『Amadeoがミネラルウォーター持ってたんだけど……明日生の分も』
『あー、そうだったんですね……』
『明日生??』
覚さんが僕の顔を覗き込んでくる。
もう言ってしまおうか。
もう言ってしまいたい。
気持ちが溢れて、溢れすぎて壊れてしまいそうなんだ。
『すみません、急に抱きしめられてびっくりしちゃって……』
あなたが好きだから、動揺したんですって、正直に言おうと顔を上げた。
すると、覚さんが腕を上げて、僕の頭を撫でた。
ふわっと、甘い香りが漂った。
『うん、突然、ごめんね』
この香りは、二人の今までの香水になじんだ僕には少し違和感はあるけど、確かに『若桜覚』のイメージにはぴったりなんだろうな。
二人は交替で、この香水をつけて入れ替わるんだろう。
『ほら、俺はいつもAmadeoとあんな感じだから、つい。ごめんね、抱きつかれるのなんて慣れてないよね』
『いえ、そうでもないんですけどね。夜穂先輩とかもいるし』
駄目だ。
告白するのなら、僕が二人を見分けてることも話すことになる。
二人の秘密を暴かなくてはいけなくなってしまう。
僕の勝手な気持ちで、二人の秘密を壊してもいいのか。
『じゃあ、寂しくはなさそうだね。よかった』
『うーん? 寂しいのかな、僕』
ふざけたように笑ったけど、覚さんは言った。
『俺でよければいくらでも抱きしめてあげるけど?』
抱きしめてほしいより、抱きしめたい。
寂しいからじゃなくて、好きだから。
長い腕が、ふわっと回されてきた。
我慢できなくて、そっと腕を返した。
今は言えないけど、せめてこの背中に回す手に想いをこめて。
甘い香りが、強く抱きしめたい気持ちを抑えてくれた。
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