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86.怖いもの
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※※※双子視点です。
サラサラの黒髪が俺の頬に触れている。
俺よりも一回り大きな背中に置いた手にきゅっと力をこめた。
ホッとするような優しいベビーパウダーの香りに包まれる。
明日生はそろそろと俺に腕を回してきた。
うっとりと何かに酔いそうな気分。
心臓がバクバクと鳴り響いているけど、もう気付かれたって構うものか。
だって俺たちの恋心を知られてしまっても、きっと明日生は急に俺たちを嫌いになったりはしないだろう。
それくらいは好かれてる自信はあるんだ。
僅かに動いた拍子に、自分の香水の香りが漂った。
そういえば明日生は、新しい香水にすぐ気付いた。
本当に聡いから、怖い。
そう、怖いんだ。
先日相棒が突然、明日生が俺たちを見分けているかもしれないと言い出した。
もしそうだとしたら、入れ替わっていることに気付かれてしまう。
『入れ替わっている=周りのみんなをだましている』
それは、悪いことなのではないかと気付いた。
少なくとも明日生にそう思われたら。
すごく怖いことだった。
今まで、怖いものなんて何一つなかった。
でも、自分たちでどちらがどちらかを決めることなんてできない。
このまま嘘に嘘を重ねていくしかない。
二人で考えて、『諒』と『覚』の香水を別々にしてみた。
新しいイメージをつけることで、騙されてくれないかと思って。
他のものも、少しずつ『諒』と『覚』を作っていこうと思っている。
諒は腕時計で覚は懐中時計、そんな二人の違いをわざと作るんだ。
「ああ、こんなところで仲良くしてましたか」
ひょっこりと甲斐がやってきた。
「甲斐さん……!」
ふと『邪魔された』と感じた自分に驚いた。
明日生は俺のものではないのに。
気持ちを切り替えて、甲斐に笑いかけた。
「ああ、甲斐も混ざる?」
「お断りいたします!」
甲斐にきっぱりと断られながら、俺は明日生から離れた。
「甲斐は潔癖だよねえ」
キッチンを出て、みんなで防音室へと向かった。
「そんなことないですよ。ねえ、明日生くん」
「潔癖な人は部屋を散らかさないと思います」
「ああ、そういえば前行った時散らかってたね、甲斐の部屋。懐かしいなあ」
「また泊まりにいらっしゃいな」
「うん、行きたいな。二人でお邪魔したい」
またそのうち、休みをもぎ取ろう。
「そしたら、今度はお二人どこで寝るんですか?」
……また一緒に寝る? そう言おうとして、やめた。
また一緒に寝てみたいなんて思っているのがばれそうだから。
「そういえば、寝る場所ないよな。逆に、みんながうちにまた泊まりにおいでよ」
防音室に入ると、そこにいた相棒が話を聞いて嬉しそうな顔をした。
「え、僕いつでも来れますけど? 呼んでくださいよ」
「「いつでもおいでよ? 今晩だっていいよ?」」
「覚さん、明日仕事じゃないんですか?」
「仕事だけど、早朝からってわけでもないし」
甲斐が携帯電話を取り出した。
「一応聞いてみますけど、試験前だから他の面子は来ないと思いますよ」
「「甲斐は?」」
「私は寮長なので泊まれませんねえ」
良実ちゃんと貴也はやはり、来ないと言ったらしい。
「明日生は勉強しなくて平気なの?」
「普段勉強してるんで、大丈夫ですよ、一日くらい」
一日といわず毎日泊まって行ったっていいのに。
夕方、甲斐が帰った後、夜穂ちゃんがやってきた。
「明日生の荷物持ってきたんだよ。教科書も入れといたから、形だけでも勉強しとけよ」
「えっ、ありがとうございます!」
相棒が帰ろうとする夜穂ちゃんに声をかけた。
「夜穂ちゃんはー?」
「なに?」
「泊まってかないの?」
「荷物持ってきただけなんだけど……自分の着替えとか持ってねえし」
勉強の心配じゃなくて着替えの心配なんだ。
「服なんてあげるけど?」
「え、くれるのか。明日生、携帯貸して」
どうやら泊まっていくことにしたらしく、夜穂ちゃんは電話で『外泊届』の提出を甲斐に頼んだ。
相棒は早速母屋に電話して夕食を追加した。
夕食後に俺はふと思い出して、明日生と夜穂ちゃんに訊いた。
「ああ、それぞれ一人で寝る? 一緒に寝る?」
夜穂ちゃんが即答した。
「一緒に寝る」
明日生も頷いた。
この二人って、仲いいよな……。
「明日生は寂しがりだからなあ」
夜穂ちゃんがそういって、明日生の頭を撫でた。
なんだか、明日生を夜穂ちゃんに取られた気分。
別に明日生は俺たちのものじゃないのに、筋違いだ。
二人はいったいどんな会話をするんだろう。
接点は少なそうなのに。
「寂しがりなら、四人で寝る?」
相棒がいたずらっぽく言った。
「さすがに4人は無理でしょう、ダブルベッドでも」
「いや、お前ら細いからいけるかもよ?」
「それ、僕は入ってないですよね?」
会話は楽しいけど、俺はピアノの椅子に掛けて蓋を開いた。
明日生がこっちを見たのが気配でわかった。
ピアノを弾くとき、明日生は必ず俺を見てるのを知っている。
夜穂ちゃんに取られようと、取り返してやる。
ゆっくり息を吐いた。
指を鍵盤におろし、ストーリーを創る。
明日生への恋心を、狂想曲にのせて。
サラサラの黒髪が俺の頬に触れている。
俺よりも一回り大きな背中に置いた手にきゅっと力をこめた。
ホッとするような優しいベビーパウダーの香りに包まれる。
明日生はそろそろと俺に腕を回してきた。
うっとりと何かに酔いそうな気分。
心臓がバクバクと鳴り響いているけど、もう気付かれたって構うものか。
だって俺たちの恋心を知られてしまっても、きっと明日生は急に俺たちを嫌いになったりはしないだろう。
それくらいは好かれてる自信はあるんだ。
僅かに動いた拍子に、自分の香水の香りが漂った。
そういえば明日生は、新しい香水にすぐ気付いた。
本当に聡いから、怖い。
そう、怖いんだ。
先日相棒が突然、明日生が俺たちを見分けているかもしれないと言い出した。
もしそうだとしたら、入れ替わっていることに気付かれてしまう。
『入れ替わっている=周りのみんなをだましている』
それは、悪いことなのではないかと気付いた。
少なくとも明日生にそう思われたら。
すごく怖いことだった。
今まで、怖いものなんて何一つなかった。
でも、自分たちでどちらがどちらかを決めることなんてできない。
このまま嘘に嘘を重ねていくしかない。
二人で考えて、『諒』と『覚』の香水を別々にしてみた。
新しいイメージをつけることで、騙されてくれないかと思って。
他のものも、少しずつ『諒』と『覚』を作っていこうと思っている。
諒は腕時計で覚は懐中時計、そんな二人の違いをわざと作るんだ。
「ああ、こんなところで仲良くしてましたか」
ひょっこりと甲斐がやってきた。
「甲斐さん……!」
ふと『邪魔された』と感じた自分に驚いた。
明日生は俺のものではないのに。
気持ちを切り替えて、甲斐に笑いかけた。
「ああ、甲斐も混ざる?」
「お断りいたします!」
甲斐にきっぱりと断られながら、俺は明日生から離れた。
「甲斐は潔癖だよねえ」
キッチンを出て、みんなで防音室へと向かった。
「そんなことないですよ。ねえ、明日生くん」
「潔癖な人は部屋を散らかさないと思います」
「ああ、そういえば前行った時散らかってたね、甲斐の部屋。懐かしいなあ」
「また泊まりにいらっしゃいな」
「うん、行きたいな。二人でお邪魔したい」
またそのうち、休みをもぎ取ろう。
「そしたら、今度はお二人どこで寝るんですか?」
……また一緒に寝る? そう言おうとして、やめた。
また一緒に寝てみたいなんて思っているのがばれそうだから。
「そういえば、寝る場所ないよな。逆に、みんながうちにまた泊まりにおいでよ」
防音室に入ると、そこにいた相棒が話を聞いて嬉しそうな顔をした。
「え、僕いつでも来れますけど? 呼んでくださいよ」
「「いつでもおいでよ? 今晩だっていいよ?」」
「覚さん、明日仕事じゃないんですか?」
「仕事だけど、早朝からってわけでもないし」
甲斐が携帯電話を取り出した。
「一応聞いてみますけど、試験前だから他の面子は来ないと思いますよ」
「「甲斐は?」」
「私は寮長なので泊まれませんねえ」
良実ちゃんと貴也はやはり、来ないと言ったらしい。
「明日生は勉強しなくて平気なの?」
「普段勉強してるんで、大丈夫ですよ、一日くらい」
一日といわず毎日泊まって行ったっていいのに。
夕方、甲斐が帰った後、夜穂ちゃんがやってきた。
「明日生の荷物持ってきたんだよ。教科書も入れといたから、形だけでも勉強しとけよ」
「えっ、ありがとうございます!」
相棒が帰ろうとする夜穂ちゃんに声をかけた。
「夜穂ちゃんはー?」
「なに?」
「泊まってかないの?」
「荷物持ってきただけなんだけど……自分の着替えとか持ってねえし」
勉強の心配じゃなくて着替えの心配なんだ。
「服なんてあげるけど?」
「え、くれるのか。明日生、携帯貸して」
どうやら泊まっていくことにしたらしく、夜穂ちゃんは電話で『外泊届』の提出を甲斐に頼んだ。
相棒は早速母屋に電話して夕食を追加した。
夕食後に俺はふと思い出して、明日生と夜穂ちゃんに訊いた。
「ああ、それぞれ一人で寝る? 一緒に寝る?」
夜穂ちゃんが即答した。
「一緒に寝る」
明日生も頷いた。
この二人って、仲いいよな……。
「明日生は寂しがりだからなあ」
夜穂ちゃんがそういって、明日生の頭を撫でた。
なんだか、明日生を夜穂ちゃんに取られた気分。
別に明日生は俺たちのものじゃないのに、筋違いだ。
二人はいったいどんな会話をするんだろう。
接点は少なそうなのに。
「寂しがりなら、四人で寝る?」
相棒がいたずらっぽく言った。
「さすがに4人は無理でしょう、ダブルベッドでも」
「いや、お前ら細いからいけるかもよ?」
「それ、僕は入ってないですよね?」
会話は楽しいけど、俺はピアノの椅子に掛けて蓋を開いた。
明日生がこっちを見たのが気配でわかった。
ピアノを弾くとき、明日生は必ず俺を見てるのを知っている。
夜穂ちゃんに取られようと、取り返してやる。
ゆっくり息を吐いた。
指を鍵盤におろし、ストーリーを創る。
明日生への恋心を、狂想曲にのせて。
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