恋するピアノ

紗智

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87.お互いさま

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※※※夜穂視点です。



覚に日本史のテキストを借りた。
でも、さっき諒とビールを飲んだせいで全然頭に入ってこない。
そもそも歴史なんて片手間にやるような教科じゃないんだよ。
「んあーぁぁっ」
「どうしたんですか、夜穂先輩?」
「いい気分っ」
テキストを放り出して、ベッドに転がる。
明日生は笑いながら教科書ごと俺の隣に転がった。
「夜穂先輩、ほんとお酒弱いですよね」
「お前が強すぎるんだろ、この不良優等生」
「なにそれ。酔った勢いで誘ってこないでくださいよ?」
「けち! 襲ってやる!」
そう言って、俺は明日生の上へのしかかった。
耳を、明日生の胸に当てる。
トクトクと規則的な、健康な心音が聞こえる。
「夜穂先輩?」
「なんてな。俺、もうセックスは誰ともしねえんだ」
俺の発言に、明日生はかなり驚いたようで少し息を飲んだ。
アルコールのせいで少し口が滑り気味かもしれない。
「…………な、なんで?」
「病気とか怖いしなぁ」
「……うん……でも、病気持ってない相手としたらいいじゃないですか」
「うーん……」
俺は明日生の上から退いて、仰向けに転がって白い天井を見つめた。
「良実がさ、言ったんだよな」
「うん?」
あの時の放送室の景色が浮かぶ。
良実の向こうの窓から、背の高い木の白い花が揺れてるのが見えた。
「『好きな相手がいるのに、他の人とセックスするってどういう心境なのかな』って」
「え……」
「好きな相手とするべきだってことだよな。だから俺はもうしない」
明日生は寝返りを打ってこっちを向いた。
「でも、誘われたりするんでしょう? 断ってるんですか?」
今までやってたやつらには散々ごねられて、うんざりした。
思い出して思わず頭を抱える。
「断ってるよ。付き合ってるやつがいるわけじゃねえのに何でって言われるけどな」
明日生はなぜかため息をついた。
「良実先輩と、もう、付き合っちゃえばいいのに」
「は?」
良実と付き合う?
それは考えたことがなかった。
「付き合っても、なにもできねえもん、今と変わんないじゃん?」
「何もできなくても、大違いですよ! 良実先輩が夜穂先輩のものになるんですよ?」
あいつが、俺なんかのものになる?
そんなものかな。
「あいつノンケだし」
「言ってみたことあるんですか? 付き合ってほしいって」
「ないな」
「あれだけ好きだとは言うくせに。言ってみたらどうです?」
「ノンケだってば」
「でも、『他の人とセックスするなんて』って、嫉妬に聞こえるし」
「倫理観を咎めてるんじゃねえの?」
「そうかなあ……ただの友達だったら、そんな忠告わざわざしない気がする」
「俺、ただの友達じゃねえもん、親友だもん……多分……」
「言ってみるだけ言ってみるべきですよ。うまくいけば、良実先輩が夜穂先輩のもの、夜穂先輩が良実先輩のものになるって思ったら、悪くないでしょう?」
俺が良実のものになる。
それってなんだろう、すごく『幸せ』な気がする。
「……うまくいかなかったら?」
「親友なら今までどおりでしょう。それに僕、思うんですけど」
明日生はおもむろに身を起こして、改めるように俺を見た。
「ん?」
「何もできないのかなあ……?」
どう考えたら、あいつにセックスやらができそうに思えるんだ?
「歩くのもあんだけ遅いやつだぞ?」
「んー、でも少なくとも、キスや抱きしめることくらいはできますよ?」
そういえば、そうか。
付き合ったら、キスくらいはできるのかな。
「でも抱きしめたら、すっげえ嫌そうな声出されたけど……」
「え、抱きしめちゃったんですか!?」
嬉しそうな明日生に、恥ずかしくなって俺はマットレスに突っ伏した。
「抱きしめちゃったよ……? それが何?」
「抵抗されました?」
「いや……でも嫌そうにしてたし」
明日生はまた転がり、教科書を枕にして言う。
「でも抵抗じゃなかったんでしょう? 良実先輩なら、ほんとに嫌なら殴る位しますよ」
言われてみれば、そうかもしれない。
うーん……。
確かに付き合ってほしいって言って損はない。
「……そういえば、お前はどうなんだよ?」
「え!?」
「『あのひと』って、俺にはよくわかんねえんだけど、今日の覚の演奏は『あのひと』だったのか?」
「え……うん……すごく、かっこよかったですよね……」
明日生の表情がうっとりしてる。
「告らねえの?」
明日生は目を閉じた。
「んー……まだ、もうちょっと先かな」
「なんで」
「ごめん、夜穂先輩……僕もう眠くなっちゃった……」
「何だよお前、人には散々しゃべらせといて!」
「ごめんなさあい……」
「教科書枕にすると、数式のお化けに襲われる夢見るぞ?」
そう脅かしながら、俺は明日生の頭を撫でた。
撫でられて、目を閉じたまま明日生は嬉しそうに微笑んだ。
「ん……ありがと……」
寂しがりの明日生。
明日生は、母親をなくして引き取られた先で虐待を受けた。
俺とかみたいに、生まれた時すでにそういう環境だったわけじゃない。
幸せの中にいた環境からどん底に落ちたんだ。
傷は相当に深いと思う。
まだそんなに年月も経っていない。
今よりももっともっと、幸せになってほしいと思う。
頭がよくて正直ないい子だから、そうなるべきなんだ。
聞こえてくる寝息に、もう一度頭を撫でる。
『もう、付き合っちゃえばいいのに』
お互いさまだな。
俺もお前にそう言いたいよ。
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