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18話 ヘアカットとレディゴー
しおりを挟む「素蓋さん! おはようございまーすっ!」
朝、ティフシーがダッシュで俺の部屋に飛び込んできた。
今日はツインテールで、いつもより元気二割増しな感じだ。
少し髪型を変えただけで新鮮な雰囲気になる。
美少女はなにをしても美少女だな!
今日も俺の部屋はリフレッシュされたぜ!
「おはよう。ティフシー、ツインテール似合ってるね~」
「ふふっ、ありがとうございます! 最近髪が伸びてきたので、ちょっと結わえてみたんです」
ティフシーはツインテールを両手で持って、左右に揺れる。可愛い。
「そういえば気になってたんですけど、素蓋さんも最近、髪伸びてきてないですか?」
「俺? そういえば、一ヶ月以上切ってないかもしれないな~」
この世界に来てからまだ一度も切ってない。俺は割と毛が多く伸びるのも早いので、いますでにけっこうな長さだ。前髪を引っ張ると、目が隠れる。
「ティフシー、この辺りに髪切るところってある?」
「ありますよ! 私のお気に入りの美容院は、ちゃんとその人の筋肉に合わせて、似合う髪型にしてくれますよ~」
「顔の形じゃなくて、筋肉に合わせるの!?」
「ふふっ、顔の形なんてみんなほとんど同じですよ~。素蓋さん、面白いこといいますね!」
「けっこう違うと思うけど!?」
この世界の住人は相変わらず、筋肉以外には無頓着だな。
ちなみに、顔の形はティフシーとオレではかなり違う。
オレは骨張った熟年の武道家みたいな顔で、ティフシーはウサギみたいな小顔だ。
「素蓋さんはマッチョなので、きっとどんな髪型でも似合いますよ! ボウズとか」
「一つ目の選択肢それ?」
似合うかもしれないけどさ!
ボウズは割と誰でもいけるだろう。むしろ、他の髪型が似合わない人が行き着く先じゃないのか?
「まあ、とりあえず今日暇だし、髪切りに行ってくるよ」
「はい、楽しみに待ってますねー!」
こうして、オレはこの世界で初めて美容院に行くことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハッハッハ! ビルドアップスタイルへようこそ! うちは腕っぷしの強い美容師を集めたカリスマ美容院だぞ! ハッハッハ!」
店内に入ると、さっそく暑苦しいマッチョが出迎えてくれた。美容師には滅多にいないタイプだ。っていうか、こいつもボウズだな!
「店内から好きな美容師を選んでくれ! ちなみに、美容師の腕の太さによって料金が変わるぞ!」
なぜ腕の太さが関係してくるんだ?
と思ったけど、スルーしておこう。
オレはもちろん美容師に腕の太さはもとめてないので、店内で一番可愛い子を選んだ。
「じゃあ、あの子で」
「ナニッッッ! レスカだとッ!?」
レスカと呼ばれた子は、ショートヘアの似合う明るい感じの子だった。タンクトップにショートパンツで、肌ツヤが眩しい。ナイスバディだ!
「えっ、あたしでいいの?」
指名されたレスカを含め、店内の全員が驚いた。
他の美容師たちは、なぜか不安げな表情だ。
「お客さん、レスカはまだ腕が未熟なので、やめておいた方が……」
店長っぽい老紳士のマッチョが言うと、レスカがしょぼんとした顔になる。
ここは美少女好きとして引き下がれないぜ。
「いや、レスカで頼むよ。オレはあの子に切ってもらいたいんだ」
「そ、そういうことなら……ですが、覚悟はいいのですね?」
「覚悟? まあ、多少変な髪型になってもいいよ。オレはそんな見た目にこだわるタイプじゃないからね~」
「かしこまりました。では、お気をつけて……」
オレはレスカのところへ案内された。
『気をつけて』っていうのは、どういう意味だったんだろう?
ちょっと気になるけど、まあ大丈夫か。髪切るだけだからな。
「えぇと、素蓋さんですね!」
レスカは不慣れな手つきで、オレのカルテみたいなものと鏡を交互に見た。
「指名してくれてありがとうございます! 私はレスカです。初めてお客さん担当するので緊張してますけど、よろしくお願いします!」
「うん、よろしく! 髪型はサッパリした感じでお任せするよ」
「サッパリですね。わかりました。頑張ります!」
そういうと、レスカは道具置き場のようなところから、巨大なハサミを持ってきた。
「え!?」
ハサミのサイズが尋常じゃない。一メートルくらいある。レスカが両手でなんとか持てるくらいのサイズだ。
「ちょ、ちょっと待った! ハサミでかくない!? レスカにはオレがどう見えてるんだ?」
羊の毛でも刈るつもりか? それにしてもデカいぞ。
「重いハサミを使った方が腕のマッスルをアピールできるからです。それに、せっかく認められるチャンスなのに、軽いハサミなんて使ってたら、店長にダメな子だと思われちゃいますから」
「なにそのシステム!?」
と思ったけど、たしかに他の一部の店員はレスカを見下した感じで見てる。ハサミのサイズは美容師の世界で、けっこう重要なのかもしれない。
「レスカにまともなカットができるのかしら? あの子の腕はまだまだ細いでしょう」
「レスカにはまだ早いわ。きっとお客さんに途中で指名変更されるわよ、フフ……」
ツンとした美女二人が陰口をたたいてる。
女子の世界怖いな!
仕方ない。レスカが認められるように、オレが協力してあげよう。
「レスカ、任せるよ。遠慮無く思いっきりやっちゃってくれ!」
「えっ、いいんですか?」
「おう、レスカもプロなんだろ? 怯えてたらいいカットなんてできないぜ。オレはレスカを信じるから、全力で切っちゃってくれ!」
「はいっ! ありがとうございます! 素蓋さん、優しいんですね!」
「まあね~」
と言いつつ、オレは内心ヒヤヒヤだ。
巨大なハサミを持ったレスカは、可愛い死に神にしか見えない。体格と釣り合ってない巨大武器って、アニメの定番だけど、現実で見ると可愛いとか言ってられないくらい怖い。
でも、一度宣言したからには引けないな。レスカがカットしてくれるまで耐えるぜ!
「では、いきますね!」
そう言って、レスカがハサミを振った瞬間。
「ぶぁああああああっっっクションッッッッ!!」
ボウズのマッチョが盛大にくしゃみをして、レスカの手元が狂った。
オレは頭を下げて、ギリギリでハサミを躱す。
シャキーンッッッッッ!
ついさっきまでオレの首があったところを、巨大な二つの刃が通過した。
「…………」
あ、あぶねぇ。避けてなかったら頭がふっとんでたぞ。そしたら襟足しか残らなかったな。
「ご、ごめんなさいっ! 素蓋さん、手元が狂ってしまって! おけがはありませんか?」
「大丈夫、いまのはレスカのせいじゃないよ」
クシャミをしたマッチョが悪いな。本人は気づいてないみたいだけど。
「じゃあ、気を取り直してカットしますね」
「おう、任せた!」
レスカは巨大なハサミを動かし、カットし始めた。なかなか上手い。
難しそうなのに、櫛も持たず、ハサミだけでどんどんカットしていく。細かいところにもハサミを入れて、綺麗に整える。
「レスカ、いい感じだね! 思ったよりぜんぜん上手いよ」
「ありがとうございます! 素蓋さんのおかげです!」
レスカは上機嫌だ。だんだんハサミを動かすテンポも良くなっていく。
しかし、十分ほど経った頃。
「レディオォオオオオオオオオッッッッッ!!! レディオォオオオオオオオオッッッッッ!!! 空に唱ぁああうのぉぉおおおおよぉおおおお~っ!」
突然、女性店員の一人がア◯雪を熱唱し、レスカの手元が狂った。
シャキーンッッッッッッッッッ!
オレはギリギリでよけた。
レスカのハサミが再び、オレの首があった箇所を通過する。
オレは上体をのけぞったまま、犯人の女店員を見た。森ガールみたいな格好の美女だ。
「ちょ、ちょっと待ったーっ! そこの女店員!? なぜこのタイミングで◯ナ雪を熱唱した!?」
「今日も素敵な一日だなぁって思ったら、つい歌いたくなっちゃって♪」
「ミュージカルに出てくる乙女かっ!」
悪気がなさそうなのがよけいに怖い。突然歌い出す店員とか、この店に一番いちゃいけないだろ。
「とにかく、もうアナ◯を熱唱するのはやめてくれよ!」
「え、セクハラ? 突然アナ◯とか言われても……」
「ア◯雪! ◯ナ雪だからっ!」
オレは決して隠語を言ったわけじゃない。濡れ衣だぞ。
とにかく、オレは女店員をなだめて、再びレスカにカットを再開してもらった。
「ごめんなさい、素蓋さん。私ったら、また手元が……」
「いや、レスカのせいじゃないよ。いまのところいい感じだよ。この調子で残りも任せる」
「は、はいっ! ありがとうございます! 頑張ります!」
レスカは元気を取り戻し、再びテンポよくカットし始めた。
もう残りは二割くらい。あと少しで完成だ。
店員たちの視線が徐々に集まってくる。
「レスカが切り終わりそうよ……? しかも意外とちゃんとしてるわ」
「信じられないわ。あのボーイが助けたおかげかしら?」
意地悪を言ってた女店員たちも、レスカの腕に関心してるみたいだ。レスカはちゃんと実力があるのかもしれない。
そしてついに。
「完成しました! いかがでしょう?」
オレの髪はかなり良い感じにサッパリした。武道家っぽい彫りの深い顔が、少しだけ爽やかに見える。もはやへーせージャンプの山田くんにそっくりだ。
といったら殴られても文句は言えないけど、それでもかなり爽やかな感じだ。
「サンキュー、レスカ! 最高だよ! オレ至上最高の髪型だぜ!」
「素蓋さん、ありがとうございます!」
レスカが頭を下げると、店内から拍手が巻き起こった。
「ハッハッハ! レスカにこんな腕があったなんて、知らなかったぞ! レスカの隠れたマッスルを見抜いてた素蓋殿もマッチョの鏡だ! ナイスマッスル! ナイスビルドアップヘアッ!」
「彼のサポートのおかげでしょう? でも、レスカもなかなかよくやったんじゃない?」
「あのスーパーマッチョなボーイじゃなければ、首が何度か飛んでたけどね。今度から私がレギュラー美容師の技も教えてあげるから、覚悟しなさいねレスカ」
「思い出したけど、あの彼はシュリカの店で働いてる素蓋君だわ。噂通りのすごい男前なのね! 次は私が担当したいわぁ~」
レスカが認められて良かった。
これからはレスカも指名が入って、美容師としてレベルアップしていけるかもしれない。
「素蓋さん! 本当にありがとうございました! 最後にシャンプーしますね。こちらへどうぞ~」
「おう~」
オレは個室のようなシャンプー室で、ベッドに横たわった。頭の上は広い洗面台だ。
「では、始めますね~」
「えっ、このまま?」
「はい、大丈夫ですよ! そのままで!」
顔の上に薄いタオルをかける文化はないみたいだ。
下からレスカの胸が見えるけど、これでいいのか!?
「では、お湯出ますよ~」
レスカはオレの頭に手ぐしを入れながら、シャワーを当てた。
「お……おぉ……」
レスカの指先がオレの髪を優しく撫でる。
普段誰にも触られない頭皮に、くすぐったいような気持ちいいような、不思議な快感が走る。
「シャンプー始めますね~」
「なっ! おぉ……」
ふわふわの泡で髪が軽くなり、滑りのよくなった頭皮をレスカの指が縦横無尽にすり抜けていく。
もはや脳をマッサージされてるような気分だ。
おまけに、下から見上げると、レスカのタンクトップからこぼれ落ちそうなおっぱいがリズミカルに揺れている。
な、なんだこの幸せタイムは!?
オレ、首切り落とされて天国に来ちゃったわけじゃないよな!?
「素蓋さん、今日は本当にありがとうございました! よかったらまた来てください! 私、次までにもっと上手に切れるように練習しておきます!」
「うん、いまのままでも十分だけどね~」
オレは幸せ気分で返事した。
今日のこの髪型は気に入ってる。それに、シャンプーも気持ちいい。これから髪切るときは、ここに通うのもいいかもしれない。
「ち、ちなみに……素蓋さんって、彼女さんとかいるんですか?」
突然、レスカが挙動不審な感じで質問してきた。急にどうしたんだ?
「いないよ~」
欲しいけどな! と思いつつ答えると。
「そ、そうなんですね! へぇ~! そうですかぁ~!」
レスカはなぜか上機嫌で、シャンプーをしながら鼻歌を歌い始めた。
「フフフーン~♪ フフフーン~♪ らららららららら~ら~♪」
「………………」
オレはレスカのシャンプーで幸せ気分を味わいながらも、ア◯雪が苦手になったことに気づいた。
もうこの曲、しばらく聴かなくていいや……。
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