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勃発のベル
4章 勃発のベル
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切れ長の眼、黒紫の唇で、観る者の魂を抜くような表情を湛えた増女面。頭部から肩口まで垂れた、黒のシルクケープ。その男は、その下には何も着けず、天女の図柄が背中に入った、手首、足首までの総身彫りを露わに、鎌首をもたげた己の男根を、目前に跪く女の口腔に深々と挿入している。
白い肌をした痩せぎすの女で、栄養の恵みがないことは分かる。その女は、待ちに待ち、ようやくの思いで得たものを貪るような勢いで、その鎌首茎を頬と喉に呑み、唇許、頬から耳許へ深い谷を作って頭を揺動、烈しくも儚い女の情念を体現していた。血色のルージュを劇的に濃く挽いた絞まった唇が、天井を睨む角度をした茎の上下を、濡音を伴って滑るごとに、唾液に濡れた白い魚のような茎身が見え隠れする。
半ばアドリブで、音域を乱高下するトランペット・ソロが、異常な激しさをもって奏でられる。この一景を表すナンバーがあるとすれば、そのモダンジャズだろう。それはこの女が、男根の旨味に狂い落ちているからこそだ。
「ひとまず、形としては話が付きました。それで、直接、組裁にお会いしたいと」褥の脇に立つ賢が述べた。増女面にケープの男は、己の性器に貪り狂う女の乳房に両掌を掛け、乳首を擦り立て、その能面の顔を賢に向けることはなかった。
「あいつは、この俺が五寸に面を合わせる値打ちはねえ野郎だ」面の下から、高く掠れた声が発せられ、乳首を転がされている女が、陰茎に塞がれている喉から甘く悦悶した。
「今回の一件は、旅団の仕業だってことで、話は落ち着きました。そこで、狩り込みの協定の話を振ってみたんですが、首は、縦、横、両方に振られませんでした。これは偏に俺の力不足ですんで、日を改めてまた機会を作るってことで」
組裁は短く笑った。何を対象とした笑いであるかは、賢には分かりかねた。女は組裁の陰茎を、心底旨そうに深々と、舌、喉、頬で愛撫し続けている。
「馬鹿な女だよ、こいつは」組裁はしばらく黙してから、賢の報告を無視したような呟きを落とした。女は唇から陰茎を抜き、その茎の根元から先まで、踊るような遣い方で舌を這わせた。
その女は、両眼の大きさが不揃いな上、瞳が瞼の裏に潜り込んだ右目をしていた。
「俺が気分でぶっ込む女は、一匹じゃねえ。その格付けってもんが、はなから分からねえ。俺の、旦那様、とかになりてえんだとよ。時計の銅貨三枚で買い取った女だ。そんな柄じゃねえ。それが、てめえが一番だと思ってんだよ。まあ、いい。俺が飽きたら、俺の下に回して、それで用無しになったら、この雌沼は」
組裁が言いかけた時、女は、はあ、と発して、褥に額、肘、膝を着けた畜生の恰好を取った。
「お前の好きなアヌスか。今、やってやる。待ってろ」
組裁の両手が女の尻頬に掛かり、尻と会陰が開かれた。組裁は、目下にあからさまにされた女の肛門に指を添え、その入口に亀頭を押し当てた。
「おい。道具、呑めと若い者らに通達しとけ」組裁は片手で女の尻を固定し、利き手を女の乳房に回し、命じた。
「適当に飯食ったら、鎬元を見に行け。相手が明座だろうが、二輪の奴らだろうが、采配はお前に任せる」組裁が言うと、顔を歪めた女が高い悦の声を上げた。
女の尻から見え隠れする陰茎には、糞糟が付着していた。泥濘の音に、女の声が重なり、糞臭が漂い始めた。
賢は頭を下げ、その褥部屋から退出し、軍流れのレーションと缶詰で軽く食事を終えると、戦闘服の上からジャンパーを羽織り、元々五階建てであったものが、三階から上が吹き飛び、鉄骨の剥き出しになったビルを出た。ビル前に一人立つ、Ⅿー16を持った兵徒が辞儀をし、第二長である賢を見送った。
両脇の建造物群が土台部分を残して削がれた、荒野と化した県道沿いを歩いた。ここから東西南北数百キロメートルを、篠総業と明座商会が分割支配している。どちらも結社当初から、戦争に戦争を重ね、敵対組織を取り込み、勢力を肥大させてきた。その中で、幾多の命が消えた。現在、篠総業の兵徒が総数二千、明座が三千弱。隣の旧市区域にも黒土の勢力が存在しているが、ここ何年か、そちらの者達からはあからさまな挑発は受けていない。だが、どちらも血の暴風雨を吹かせることで、縄張の基盤を安定させてきた。報復に報復で応酬し、嬲り殺し、残虐な拷問を繰り返しつつ。
自分の人生における幼年期、少年期には、温故の感情は持たない。肉親はデストラクション時に全員が死に、写真などは全て焼失した。形見のようなものも残ってはいない。生き残り、唯の一昼夜でも、一分でも、数秒、コンマの時間であっても、己の命を繋ぐ思いを立て、恐怖と絶望を受動するのみの人間となることを拒み、黒土の道に入り、今に至る。それは震災による混乱が、核攻撃による虚無へと変わり、非道の限りを尽くす悪党達が、日本列島各地で気勢を上げ始めた時代に、唯の一人で決めたことだった。
胎児は、幼い時分に図鑑で写真を見たことがある。妊娠何週目か、または性別は分からなかった。その実物をこの目で見た。臍の緒、胎盤を下げたそれを手に持ち、蛮声とともに掲げていた者は、医師、看護師ではなかった。
その胎児は、その時その場にいた、全裸に剥かれた老若男女全員に見せられた。その胎児の父親は、胎児を手にした男の仲間に頭を踏み留められていた。父親の顔には表情はなかったが、頬には涙が伝っていた。その脇では、胸部から下腹部を縦一文字に割かれ、臓器を露出させられたその妻が、くわっと口を開け、息絶えへの道をたどっていた。
自分の父親は、すでに絶命していた。十人と少しの人数だが、悪の精彩が色艶良く顔に浮き出し、狡猾な表情を刻んだ男達に、一振りの真剣で立ち向かったが、その男らが躰に覚えさせていたものが、道場のみでの精神修養を目的としていた父の心得を、その場で木端微塵にした。
その時、その場で男らがそのシェルターの男達に命じたことは。
それらを断片的に脳裏に再生させながら、彼は今日も、塗炭壁の部屋で、味付けのされていないたった一杯の粥を食った。彼と、絶望と諦めを顔に刻んだ同僚達の後ろから、もたもた食ってっと、あとが痛えぞ、という嚇し声が上がった。視界の角には、作業着の上下姿で、手に持つ、尖った鋲の打ち込まれた幅広の革鞭を伸ばした河豚顔の男が徘徊していた。同僚達は、一切への諦めを横顔と背中に漂わせ、冷めた粥をスプーンに掬い、口に運ぶだけだった。
「按配はどうだ」「喝、ぶっ込みながら、稼がせてもらってますよ。どうすか、こいつらの仕事ぶり」賢の問いに、工場長格である渡部という名で通る鎧肩の男が答え、問いを返した。その隣には、この工場のオーナーである薄髪の長身男、鹿尾が立つ。
このメディシン工房では、計十人の若い男女が、粥の食事だけを報酬に使用されている。鹿尾がオーナー、渡部は言うなれば指導員、今、鋲打ち鞭を手にブース間を練り歩いている男が従業員達の監視役で、村井という名で通っている。
塗炭の壁に囲まれた房で、頸に二桁の番号を焼印された従業員達が、言葉なく、錠剤の潰しとパケ分け、出荷準備を行っている。
「遅えぞ。潰しは一時間で二千、終わってなきゃいけねえんだぞ」村井は周りを見回しながら、嚇しの声を降らせた。
「今日、足引っ張ってんのは、おめえだよな」村井は、並ぶスタンドデスクで錠剤潰しを行っている一人の若者の後ろに足を止め、ぱん、と鞭を伸ばした。細く、小さな躰をした若者は、怯えて背中を丸めた。
「おい、こらあ、7番」村井は、その若者の襟を取り、顔を自分のほうへ向けさせた。
「痛えぞ、おら。歯、食いしばれ」言った村井の鞭が、07の番号焼印を持つ若者の顔面に打ち下ろされた。ぎゃあ、と悲鳴が上がり、他の従業員達は顔を伏せ、背中を縮めた。鞭の表面に打たれた鋲が、7番の顔の皮膚を削いでいた。スプーンが落ち、7番は顔を覆って、木目の床に転がった。その様子を、賢の眼が掃いた。
「これが今週の上がりの半割です。さ、どうぞ、賢さんの飲み代にでも」離れのデスクに賢を案内した渡部は、うず高く積まれた「八時二十一分時計」の銅貨を手で指した。
その時、マテハンブースを見た賢の眼に、一人の若者が留まった。塗装の剥げたスチールカーゴに、梱包された品を積んでいるその若者は、頸に19の数字を持ち、上背はあるが、形の良い眉、ぱっちりとした瞳の大きな眼に、新婦の和化粧を思わせる白い肌の顔をしている。
その若者を見た賢が覚えたものは、心臓の肥大する感覚だった。
人生で初めて見る美しく、愛らしいものと出逢った感覚であると言ってもいい。デストラクション前にも、その後にも、見たことのないもの。
その気持ちを覚えた理由は、その若者の美しさのみではない。それは、誰もが生きながら死んでいるような生を紡ぐ世界で、彼に、命の律動、と形容出来るものを感じ取ったからだった。
積まれた銅貨に、ちらりとだけ目を馳せた賢は、マテハンブースへ足を進めた。19の数字を焼印された若者が、可憐な仕草で顔を上げ、賢を見た。
「お前は、いつ入ったんだ」「いっ」賢に問われた若者の発語が詰まった。言葉の重さが、この若者の特性らしい。
「新入りだろう。いつ頃、ここに入った」「いっ、一週間、くらい、前」奥に籠ったような声。各動詞を区切る話し方。
「名前は」「19、番」「ここの従業員番号じゃねえよ。デストラ前の戸籍名。通り名でもいい」「ゆ‥」
村井に鋲鞭で顔を打たれた7番は、苦号を圧しながら顔を覆い、床の上で躰をのた打たせている。村井は、固まる従業員達に鞭のビス面を、そら、と見せつけ、削がれた面の肉だ、と解説し、てめえらもこうなりたくなきゃ、と嚇しつけている。
「僕、ゆうだい」「ゆうだい? 英雄の雄に、大きいで雄大か」「そう。佐久間雄大」「そうか。雄大か。覚えとくぜ。気張ってやれよ」
賢は肩を翻し、深く俯いて、雄大と名乗った若者の許を離れた。俯いた理由は、赤面していることを知られたくなかったからだった。
「てめえは今日、晩飯抜きだ」村井は言い、木目床の上で、血濡れの顔を覆って啜り泣く7番の腰に、どかっと安全靴の踵を落とした。
「ダブデスあとの日本の人口も、今、ほんのコンマの時間に何百と消えてんだ。おめえらもその頭数に入りたくなきゃ、弱い者が強い者と上手に付き合う方法を、その足りねえ頭を搾って、日々考えろ」村井の隣に立った渡部が訓示を垂れた。
銅貨をコインウォレットに収めた賢は、県道に沿い、本部の方向へ進んだ。建物の土台が欠片を残す丘地に、酒、飯、とあるブリキ看板を掲げた、塗炭造りの店が出来ていた。ここは篠総業の縄張内だが、この店はまだ保護料を納めていない。
賢が引戸を開けた店内は閑古鳥で、丸い座の回転椅子が並ぶカウンターだけの造りだった。
カウンターの奥から、モヒカンの髪、耳には剃刀のピアスをし、「NOT DEAD」というロゴのトレーナーを着た姿をした、初老の域にある齢の店主が、いらっしゃいませ、と接客挨拶を送ってきた。賢は左端の席に腰を下ろした。カウンター角のコンポからは、賢も知る、女王陛下を揶揄する内容のパンク・ナンバーが流れていた。
「何にしますか」「珈琲はあるか」「ございます。備蓄品流れのインスタントになってしまいますが」「それでいい」「かしこまりました」
ソーサー付きのカップに入って行かれた珈琲をブラックで啜り、マールボロに点火した賢は、睨み回すように店内を見た。カウンター奥の壁には、七色のモヒカンをし、白塗りメイクにレザーの繋ぎ、頸には鎖を巻いたパンクスの男が、壁に背中を預けて立っている一枚の写真が、大号数の額縁に入って飾ってある。これがこの店主のヤングデイズの一葉らしい。
カウンター奥には、一本のベースが立て掛けられている。
「打てますが、いかがいたしますか」「女を置いてるのか」賢が訊ね返した時、厨房奥の襖が、中からそろそろと、遅く開かれた。
開いた襖の敷居後ろには、黄色地に格子柄の紬着物を着た女が、ちょこんと正座し、微笑の顔で、マールボロを燻らせる賢を見つめていた。賢はそれを冷淡に見返した。
「私の姪です。一回で、西洋鍋銅貨、八枚になります」
老パンクス店主が言ったその時、口頭提示額ぴったりの銅貨をカウンターに並べた己の心理を、賢は理解していた。
まだ余韻を残す、衆道めいた気分を口直ししたいのだ。
紬の女は、十年を二つ、あるいは三つの代かははっきりとは窺いしれない。ただ、頸、四肢が目立って太い、子供並みの短躰で、頭部の形に特徴があることから、いかなる生まれを背負っているかは充分に察することが出来る。睫毛が長く、大きな瞳の黒目、正面から少し鼻孔を拝む鼻、厚い唇。だが、眼灯りの具合に、濁り、淫らさはない。
常世の無常、非情を悟って生きていると分かる。
「ありがとうございます。どうぞ、可愛がってやって下さい」店主が言い、賢がマールボロをアルマイトの灰皿に揉むと、女が立ち上がって、赤下駄を履き、からからと賢の許に来て、彼の左手を紅葉の掌に包んだ。
「名前は」「さとみ」賢の問いに、女は、ぴい、と啼くような声で答え、名乗った。
「悟るに実で悟実です」店主が補足した。悟実という名が分かった女は、歯を見せて笑い、小首を傾けた。
鹿尾のメディシン工場を訪ねてきた女は、十年を二回生きてきた齢の若さで、まだ幼さも名残っていた。公社支給品らしいナイロンジャンパーに、デニム地の膝下スカートという服装をし、手には麻袋を提げていた。
「お前、誰だ。何の用だ」「返して」誰何し、用件を問うた村井に女が言い、後ろから渡部が躙り寄った。
「お姉さん、誰? 主語が抜けてるよ。俺達が、お姉さんに何を返さなきゃいけねえの?」「私のお兄ちゃん、返して」その娘が言った時、渡部の目が、手の麻袋に向けられた。
「お前らの仕事に関係ねえ」渡部が場内を振り返り言い、村井が鋲打ち鞭をばちんと伸ばし、従業員達を威嚇した。
「真矢」12番の焼印を捺された男が、妹の名を呼び、ヘロインの粉末を油紙に包むパケ分け作業を行うブースを離れた。
「おらぁ、てめえ! 誰が持ち場離れていいっつったよ!」舌を巻き立てる怒号を発した村岡が、男の尻を蹴り、転倒した彼の背中を踏みつけ、鞭を伸ばした。
「いいか、てめえはな、西洋鍋銅貨、たったの五枚で俺達に身柄を買われたんだよ。父ちゃん、母ちゃんの酒代のためにな。てめえはこれからも、この工場で、俺達に頭下げながら働き続けんだよ。デストラから今日まで命があったこと、今、こうして三食、寝蔵にありつけてることの感謝を、仕事で表せよ、この、遅れが」
村井が12番の髪を掴み、怒罵を落とした時、ばん、という単発の銃声が響き、塗炭壁の撃ち抜かれる、びしり、という音がした。
半端な正義感の発揮は、その場で自分の命を摘む。雄大はその鉄則に従い、目下の錠剤潰しに集中せんとした。その彼が、銃声に反射し、目を当てた入口前では、訪ねてきた女が、鹿尾に手首を捕られ、頭を抑えつけられていた。女の手には、一把の回転式拳銃が握られていた。
「この鹿尾さんはな、デストラの前から数を踏んでて、デストラのあとでそれに磨きを掛けてきた人なんだよ。だから、素人さんや、そこらのチンピラ風情が弾き向けようが、ヤッパ振り回そうが、そんなもんは鹿尾さんの敵のうちには入りやしねんだよ」
回転式は、あえなく鹿尾の手にもぎ取られた。従業員達の諦念の視線が、その光景に集められた。
雄大の視界には、鞘に収まり、壁に立て掛けられた一振りの長得物が入っていた。それは今朝、どこからか村井が持ち込み、鞘を抜いて刃を見せびらかし、使えねえ野郎、ちょんぱ、などと言いながら、はしゃいでいた物で、血を吸っているのだと豪語していた。
「一興だ。普段、頑張ってくれてるお前らの男勢に、ちょっとしたご褒美だ。今だけ、手、止めていいぞ」渡部の声が降った。ブースの後ろには、鹿尾の両手に髪を握られた女が、腰、脚をがくつかせて立たされている。
12番が顔を涙に濡らして、妹の名を叫んだ。彼の頭部には、妹から奪われた回転式が撃鉄を起こされて、渡部の手で突きつけられていた。その隣では、河豚の顔に皺を寄せた村井が笑って立っている。
女の躰が組み伏せられた。床に押しつけられた紅潮した頬には涙が見えた。鹿尾が女のスカートとパンツを毟り下ろし、露わになった部位に親、人差しの二本の指が差し込まれた。村井が女のナイロンジャンパーとトレーナーを引き上げ、覗いた乳房をこね始めた。
雄大の目は、壁に立て掛けられた長匕首に移っていた。
「あとでお前らにも回すからよ。この中でも、使える奴から先に姦らせてやるよ。使えねえ奴には姦らせねえ。女どもは、今回、ギャラリーだ」河豚の顔に醜猥な笑いを刻んだ村井が言った時、雄大の足が床を蹴り、躰が短い距離を疾走していた。
奥部屋に入るなり、荒んだ欲望が躰を熱し、心には情を廃した冷気が立ち込めた。その双方は、カルテルの支部に置かれる回し女や、春販宿の女と交わる時とも別質の烈しさを帯びていた。
悟実と名乗り、充てる漢字を店主が教えた女は、賢の心が発する求めを読んでいた。
全ての衣類をラフに毟り脱いだ賢の前で、悟実は、褥のある畳に潤んだ眼を流しながら、肩と腰から紬を脱ぎ払った。それからすぐに賢の腰に手を添え、深く、熱い、唇、頬、喉を遣う局部への愛撫を始めた。
躰を互い違いに重ね、狭められた悟実の唇、谷を作った頬が陰茎を包んで滑る影絵を睨み見てから、片手を鳩胸の片方へ回し、潰すように揉み、もう片方の手の指を二本、肛門と膣孔へ埋めた。それから小陰唇を拡げ、包皮から露出したクリトリスを嬲り、目の前にあからさまな姿を晒した肛門と膣を、舌でほじくり返した。
刺し込みは、正常位で決めた。悟実は、褥の端を紅葉の手に握り、臍を見る角度に俯き、消え入るような声と吐息を喉から漏らしていた。縦にバンキングする乳房の片方を搾るように揉み立て、子宮までも抉る勢いの射精をした時、自分の心に、愛や恋慕という感情の雛型が存在するとすれば、今、目の下に敷かれている生き物がその対象ではないのだ、という結論が出た思いになった。
雄大と名乗った若者のどこかに惹かれている自分がいる。それは、彼の美しさ以上に、バラックの街で見る者、あのメディシン工場にいる彼の同僚達にはない、目的を持つ者の覇気のようなものか、と考える。
「終わった」身繕いを済ませた賢は、珈琲代の銅貨をカウンターに置いて、店主にそれだけの声掛けをした。どうでしたか、という問いには無答を決めた。悟実は、紅葉の手を前に組んで重ね、まだ賢の目を見ている。
賢がその顔を一瞥し、引戸に手を掛けようとした時、戸が開き、一人の男か入ってきた。獣革の上下を着た、非日モンゴロイドの男だった。
店主は、いらっしゃい、と声掛けし、お好きな席へ、と言ったが、男が座る様子はなかった。
「この湊、もうすぐ私達のものになるよ」男が片言加減の日本語で述べた。
「私達に保護料、支払わない人、みんな死ぬよ。ここの黒土も、みんな、死ぬね。これ、警告ね」言って屋外へ出ようとした男を、賢が呼び止めた。
「俺はこの湊の黒土の代貸だ。ここで勢力を張りたければ、俺達に筋を通せ」大陸語で言った賢を、男は鼻で笑い、腰の袋から、一挺の刃物を抜いた。それは大きな渡りの菜切包丁だった。
男の菜切包丁が賢の頸に届く前に、カウンターに置かれていたビール瓶が男の頭に直撃し、破片がばら撒かれた。カウンターに崩れた男の手から菜切包丁が奪われた。
「この湊で篠を舐める奴は、誰も生き残れはしないんだ」賢は大陸語で言い、腕を固定した男の手首付根に、包丁を打ち下ろした。
くぐもった悲鳴が漏れ、刎ねられた手首が蛙のように飛び、床に落ちた。切断された手首の指が、開閉を繰り返した。
床に崩れ落ち、血を噴出させる右手を押さえて、芋虫のように転がり、背中を床に打ちつけて、躰をのた打たせる男を軽く睨んで、賢は店を出た。店主が男をどうするか、男がどうなるかは、知らない。
街道へ出た時、フォンが着信音を響かせた。通話口には釈が出た。
「鹿尾の工場が荒らされました」釈が伝えてきたことに、賢の目が丸くなった。
「あの、道具抜く間もなく、首をすっ飛ばされて、胴体ばっさりって遣り口です。鹿尾も、渡部も、村井も、あと、従業員も殺られてます」「すぐ行く」
通話を終了させた賢は、先日出逢ったばかりの、雄大と名乗った美しい若者を想った。自分の心を甘酸い茜色に焼いた彼も死んだのだとすれば。
手を黒く汚すことで紡いできた、これまでの生の意味が喪われる。
80坪の工場は、床、壁、天井の一面限りに、十人強の人間が、おそらくは瞬きの間であろう時間に噴散させた紅墨が、大筆を用いたように叩き塗られていた。
賢は、釈ともう一人の平兵徒とともに、紅の糊でぬめり、鉄分と排泄物のものが入り混じったスメルが鼻を突く工場内に足を踏み入れた。
何脚ものスタンドデスクが倒れ、ヘロインの粉末、リリガルの錠剤が赤い糊の上に撒かれ、それを抱き留めんとするような体勢の渡部が、断ち割られた広背筋、脊柱骨の断面、腎臓を覗かせ、血の沼に顔を埋めて息絶えていた。
その脇には鹿尾の骸があった。薄い髪の頭頂部から、顎下、腹腔までを縦の一文字に割られた彼の両目は、見開いたまま、江戸の歌舞伎絵のように左右出鱈目な方向を見つめ、腹圧で飛び出した大腸が蜷局を巻いていた。
村井は、そこから少し離れた所で、下顎から上を失くした死体と化し、這う恰好で、その躰を血濡れの床に貼りつけている。その骸には、両手首もなかった。
顔半分を飛ばされる際、合掌して命を乞うた。それで手首も飛んだと思われ、なお、その手首は、下顎から上の顔とともに、2メーターほど後ろに落ちていた。その上半分の顔は、あたかも美容師見習いの練習台であるダミーヘッドを思わせる景観をしていた。
「見て下さい」釈が言って手指しした先のフロアには、数えて数体、首を落とされた男女の亡骸が崩れ倒れていた。切断面下の頸許には、二桁の番号焼印がある。
切断された頭部が、血池に後頭部や頬を浸し、バスケットからばら撒かれた果実のように落散している。
そして、頭部を落とされた男女は、一本の線を作るかのように、男、女、男、女で横一列に手を繋いでいた。
それを検めた賢は、その中に19番である雄大と、12番の死体がないことを確認した。
「それと、こいつを」釈が指した南側の曇りガラス窓には、血を絵具に、筆は指で、画の個性、特徴を克明に描写した蜘蛛の図柄が描かれていた。
貧弱な外灯の並ぶ海の通りに焼け残った、物流センターのドック奥に、兄妹は身を寄せ合い、躰を震わせていた。
「信州へ行くバスが出てるのよ。明日、夜が明ける頃に、ここから出るの。これから篠と明座の戦争が始まるから。だから、一緒に行こう」真矢は声を潜めて言い、12番は頷いた。
「信州へ行けば、何年かは命を繋げるって、バーバーの柏村さんが言ってたの」
12番焼印の兄は、声を殺して咽んだ。暗いドックに、静かに沈めた嗚咽が小さく響き、それに妹の啜り上げが加わった。
白い肌をした痩せぎすの女で、栄養の恵みがないことは分かる。その女は、待ちに待ち、ようやくの思いで得たものを貪るような勢いで、その鎌首茎を頬と喉に呑み、唇許、頬から耳許へ深い谷を作って頭を揺動、烈しくも儚い女の情念を体現していた。血色のルージュを劇的に濃く挽いた絞まった唇が、天井を睨む角度をした茎の上下を、濡音を伴って滑るごとに、唾液に濡れた白い魚のような茎身が見え隠れする。
半ばアドリブで、音域を乱高下するトランペット・ソロが、異常な激しさをもって奏でられる。この一景を表すナンバーがあるとすれば、そのモダンジャズだろう。それはこの女が、男根の旨味に狂い落ちているからこそだ。
「ひとまず、形としては話が付きました。それで、直接、組裁にお会いしたいと」褥の脇に立つ賢が述べた。増女面にケープの男は、己の性器に貪り狂う女の乳房に両掌を掛け、乳首を擦り立て、その能面の顔を賢に向けることはなかった。
「あいつは、この俺が五寸に面を合わせる値打ちはねえ野郎だ」面の下から、高く掠れた声が発せられ、乳首を転がされている女が、陰茎に塞がれている喉から甘く悦悶した。
「今回の一件は、旅団の仕業だってことで、話は落ち着きました。そこで、狩り込みの協定の話を振ってみたんですが、首は、縦、横、両方に振られませんでした。これは偏に俺の力不足ですんで、日を改めてまた機会を作るってことで」
組裁は短く笑った。何を対象とした笑いであるかは、賢には分かりかねた。女は組裁の陰茎を、心底旨そうに深々と、舌、喉、頬で愛撫し続けている。
「馬鹿な女だよ、こいつは」組裁はしばらく黙してから、賢の報告を無視したような呟きを落とした。女は唇から陰茎を抜き、その茎の根元から先まで、踊るような遣い方で舌を這わせた。
その女は、両眼の大きさが不揃いな上、瞳が瞼の裏に潜り込んだ右目をしていた。
「俺が気分でぶっ込む女は、一匹じゃねえ。その格付けってもんが、はなから分からねえ。俺の、旦那様、とかになりてえんだとよ。時計の銅貨三枚で買い取った女だ。そんな柄じゃねえ。それが、てめえが一番だと思ってんだよ。まあ、いい。俺が飽きたら、俺の下に回して、それで用無しになったら、この雌沼は」
組裁が言いかけた時、女は、はあ、と発して、褥に額、肘、膝を着けた畜生の恰好を取った。
「お前の好きなアヌスか。今、やってやる。待ってろ」
組裁の両手が女の尻頬に掛かり、尻と会陰が開かれた。組裁は、目下にあからさまにされた女の肛門に指を添え、その入口に亀頭を押し当てた。
「おい。道具、呑めと若い者らに通達しとけ」組裁は片手で女の尻を固定し、利き手を女の乳房に回し、命じた。
「適当に飯食ったら、鎬元を見に行け。相手が明座だろうが、二輪の奴らだろうが、采配はお前に任せる」組裁が言うと、顔を歪めた女が高い悦の声を上げた。
女の尻から見え隠れする陰茎には、糞糟が付着していた。泥濘の音に、女の声が重なり、糞臭が漂い始めた。
賢は頭を下げ、その褥部屋から退出し、軍流れのレーションと缶詰で軽く食事を終えると、戦闘服の上からジャンパーを羽織り、元々五階建てであったものが、三階から上が吹き飛び、鉄骨の剥き出しになったビルを出た。ビル前に一人立つ、Ⅿー16を持った兵徒が辞儀をし、第二長である賢を見送った。
両脇の建造物群が土台部分を残して削がれた、荒野と化した県道沿いを歩いた。ここから東西南北数百キロメートルを、篠総業と明座商会が分割支配している。どちらも結社当初から、戦争に戦争を重ね、敵対組織を取り込み、勢力を肥大させてきた。その中で、幾多の命が消えた。現在、篠総業の兵徒が総数二千、明座が三千弱。隣の旧市区域にも黒土の勢力が存在しているが、ここ何年か、そちらの者達からはあからさまな挑発は受けていない。だが、どちらも血の暴風雨を吹かせることで、縄張の基盤を安定させてきた。報復に報復で応酬し、嬲り殺し、残虐な拷問を繰り返しつつ。
自分の人生における幼年期、少年期には、温故の感情は持たない。肉親はデストラクション時に全員が死に、写真などは全て焼失した。形見のようなものも残ってはいない。生き残り、唯の一昼夜でも、一分でも、数秒、コンマの時間であっても、己の命を繋ぐ思いを立て、恐怖と絶望を受動するのみの人間となることを拒み、黒土の道に入り、今に至る。それは震災による混乱が、核攻撃による虚無へと変わり、非道の限りを尽くす悪党達が、日本列島各地で気勢を上げ始めた時代に、唯の一人で決めたことだった。
胎児は、幼い時分に図鑑で写真を見たことがある。妊娠何週目か、または性別は分からなかった。その実物をこの目で見た。臍の緒、胎盤を下げたそれを手に持ち、蛮声とともに掲げていた者は、医師、看護師ではなかった。
その胎児は、その時その場にいた、全裸に剥かれた老若男女全員に見せられた。その胎児の父親は、胎児を手にした男の仲間に頭を踏み留められていた。父親の顔には表情はなかったが、頬には涙が伝っていた。その脇では、胸部から下腹部を縦一文字に割かれ、臓器を露出させられたその妻が、くわっと口を開け、息絶えへの道をたどっていた。
自分の父親は、すでに絶命していた。十人と少しの人数だが、悪の精彩が色艶良く顔に浮き出し、狡猾な表情を刻んだ男達に、一振りの真剣で立ち向かったが、その男らが躰に覚えさせていたものが、道場のみでの精神修養を目的としていた父の心得を、その場で木端微塵にした。
その時、その場で男らがそのシェルターの男達に命じたことは。
それらを断片的に脳裏に再生させながら、彼は今日も、塗炭壁の部屋で、味付けのされていないたった一杯の粥を食った。彼と、絶望と諦めを顔に刻んだ同僚達の後ろから、もたもた食ってっと、あとが痛えぞ、という嚇し声が上がった。視界の角には、作業着の上下姿で、手に持つ、尖った鋲の打ち込まれた幅広の革鞭を伸ばした河豚顔の男が徘徊していた。同僚達は、一切への諦めを横顔と背中に漂わせ、冷めた粥をスプーンに掬い、口に運ぶだけだった。
「按配はどうだ」「喝、ぶっ込みながら、稼がせてもらってますよ。どうすか、こいつらの仕事ぶり」賢の問いに、工場長格である渡部という名で通る鎧肩の男が答え、問いを返した。その隣には、この工場のオーナーである薄髪の長身男、鹿尾が立つ。
このメディシン工房では、計十人の若い男女が、粥の食事だけを報酬に使用されている。鹿尾がオーナー、渡部は言うなれば指導員、今、鋲打ち鞭を手にブース間を練り歩いている男が従業員達の監視役で、村井という名で通っている。
塗炭の壁に囲まれた房で、頸に二桁の番号を焼印された従業員達が、言葉なく、錠剤の潰しとパケ分け、出荷準備を行っている。
「遅えぞ。潰しは一時間で二千、終わってなきゃいけねえんだぞ」村井は周りを見回しながら、嚇しの声を降らせた。
「今日、足引っ張ってんのは、おめえだよな」村井は、並ぶスタンドデスクで錠剤潰しを行っている一人の若者の後ろに足を止め、ぱん、と鞭を伸ばした。細く、小さな躰をした若者は、怯えて背中を丸めた。
「おい、こらあ、7番」村井は、その若者の襟を取り、顔を自分のほうへ向けさせた。
「痛えぞ、おら。歯、食いしばれ」言った村井の鞭が、07の番号焼印を持つ若者の顔面に打ち下ろされた。ぎゃあ、と悲鳴が上がり、他の従業員達は顔を伏せ、背中を縮めた。鞭の表面に打たれた鋲が、7番の顔の皮膚を削いでいた。スプーンが落ち、7番は顔を覆って、木目の床に転がった。その様子を、賢の眼が掃いた。
「これが今週の上がりの半割です。さ、どうぞ、賢さんの飲み代にでも」離れのデスクに賢を案内した渡部は、うず高く積まれた「八時二十一分時計」の銅貨を手で指した。
その時、マテハンブースを見た賢の眼に、一人の若者が留まった。塗装の剥げたスチールカーゴに、梱包された品を積んでいるその若者は、頸に19の数字を持ち、上背はあるが、形の良い眉、ぱっちりとした瞳の大きな眼に、新婦の和化粧を思わせる白い肌の顔をしている。
その若者を見た賢が覚えたものは、心臓の肥大する感覚だった。
人生で初めて見る美しく、愛らしいものと出逢った感覚であると言ってもいい。デストラクション前にも、その後にも、見たことのないもの。
その気持ちを覚えた理由は、その若者の美しさのみではない。それは、誰もが生きながら死んでいるような生を紡ぐ世界で、彼に、命の律動、と形容出来るものを感じ取ったからだった。
積まれた銅貨に、ちらりとだけ目を馳せた賢は、マテハンブースへ足を進めた。19の数字を焼印された若者が、可憐な仕草で顔を上げ、賢を見た。
「お前は、いつ入ったんだ」「いっ」賢に問われた若者の発語が詰まった。言葉の重さが、この若者の特性らしい。
「新入りだろう。いつ頃、ここに入った」「いっ、一週間、くらい、前」奥に籠ったような声。各動詞を区切る話し方。
「名前は」「19、番」「ここの従業員番号じゃねえよ。デストラ前の戸籍名。通り名でもいい」「ゆ‥」
村井に鋲鞭で顔を打たれた7番は、苦号を圧しながら顔を覆い、床の上で躰をのた打たせている。村井は、固まる従業員達に鞭のビス面を、そら、と見せつけ、削がれた面の肉だ、と解説し、てめえらもこうなりたくなきゃ、と嚇しつけている。
「僕、ゆうだい」「ゆうだい? 英雄の雄に、大きいで雄大か」「そう。佐久間雄大」「そうか。雄大か。覚えとくぜ。気張ってやれよ」
賢は肩を翻し、深く俯いて、雄大と名乗った若者の許を離れた。俯いた理由は、赤面していることを知られたくなかったからだった。
「てめえは今日、晩飯抜きだ」村井は言い、木目床の上で、血濡れの顔を覆って啜り泣く7番の腰に、どかっと安全靴の踵を落とした。
「ダブデスあとの日本の人口も、今、ほんのコンマの時間に何百と消えてんだ。おめえらもその頭数に入りたくなきゃ、弱い者が強い者と上手に付き合う方法を、その足りねえ頭を搾って、日々考えろ」村井の隣に立った渡部が訓示を垂れた。
銅貨をコインウォレットに収めた賢は、県道に沿い、本部の方向へ進んだ。建物の土台が欠片を残す丘地に、酒、飯、とあるブリキ看板を掲げた、塗炭造りの店が出来ていた。ここは篠総業の縄張内だが、この店はまだ保護料を納めていない。
賢が引戸を開けた店内は閑古鳥で、丸い座の回転椅子が並ぶカウンターだけの造りだった。
カウンターの奥から、モヒカンの髪、耳には剃刀のピアスをし、「NOT DEAD」というロゴのトレーナーを着た姿をした、初老の域にある齢の店主が、いらっしゃいませ、と接客挨拶を送ってきた。賢は左端の席に腰を下ろした。カウンター角のコンポからは、賢も知る、女王陛下を揶揄する内容のパンク・ナンバーが流れていた。
「何にしますか」「珈琲はあるか」「ございます。備蓄品流れのインスタントになってしまいますが」「それでいい」「かしこまりました」
ソーサー付きのカップに入って行かれた珈琲をブラックで啜り、マールボロに点火した賢は、睨み回すように店内を見た。カウンター奥の壁には、七色のモヒカンをし、白塗りメイクにレザーの繋ぎ、頸には鎖を巻いたパンクスの男が、壁に背中を預けて立っている一枚の写真が、大号数の額縁に入って飾ってある。これがこの店主のヤングデイズの一葉らしい。
カウンター奥には、一本のベースが立て掛けられている。
「打てますが、いかがいたしますか」「女を置いてるのか」賢が訊ね返した時、厨房奥の襖が、中からそろそろと、遅く開かれた。
開いた襖の敷居後ろには、黄色地に格子柄の紬着物を着た女が、ちょこんと正座し、微笑の顔で、マールボロを燻らせる賢を見つめていた。賢はそれを冷淡に見返した。
「私の姪です。一回で、西洋鍋銅貨、八枚になります」
老パンクス店主が言ったその時、口頭提示額ぴったりの銅貨をカウンターに並べた己の心理を、賢は理解していた。
まだ余韻を残す、衆道めいた気分を口直ししたいのだ。
紬の女は、十年を二つ、あるいは三つの代かははっきりとは窺いしれない。ただ、頸、四肢が目立って太い、子供並みの短躰で、頭部の形に特徴があることから、いかなる生まれを背負っているかは充分に察することが出来る。睫毛が長く、大きな瞳の黒目、正面から少し鼻孔を拝む鼻、厚い唇。だが、眼灯りの具合に、濁り、淫らさはない。
常世の無常、非情を悟って生きていると分かる。
「ありがとうございます。どうぞ、可愛がってやって下さい」店主が言い、賢がマールボロをアルマイトの灰皿に揉むと、女が立ち上がって、赤下駄を履き、からからと賢の許に来て、彼の左手を紅葉の掌に包んだ。
「名前は」「さとみ」賢の問いに、女は、ぴい、と啼くような声で答え、名乗った。
「悟るに実で悟実です」店主が補足した。悟実という名が分かった女は、歯を見せて笑い、小首を傾けた。
鹿尾のメディシン工場を訪ねてきた女は、十年を二回生きてきた齢の若さで、まだ幼さも名残っていた。公社支給品らしいナイロンジャンパーに、デニム地の膝下スカートという服装をし、手には麻袋を提げていた。
「お前、誰だ。何の用だ」「返して」誰何し、用件を問うた村井に女が言い、後ろから渡部が躙り寄った。
「お姉さん、誰? 主語が抜けてるよ。俺達が、お姉さんに何を返さなきゃいけねえの?」「私のお兄ちゃん、返して」その娘が言った時、渡部の目が、手の麻袋に向けられた。
「お前らの仕事に関係ねえ」渡部が場内を振り返り言い、村井が鋲打ち鞭をばちんと伸ばし、従業員達を威嚇した。
「真矢」12番の焼印を捺された男が、妹の名を呼び、ヘロインの粉末を油紙に包むパケ分け作業を行うブースを離れた。
「おらぁ、てめえ! 誰が持ち場離れていいっつったよ!」舌を巻き立てる怒号を発した村岡が、男の尻を蹴り、転倒した彼の背中を踏みつけ、鞭を伸ばした。
「いいか、てめえはな、西洋鍋銅貨、たったの五枚で俺達に身柄を買われたんだよ。父ちゃん、母ちゃんの酒代のためにな。てめえはこれからも、この工場で、俺達に頭下げながら働き続けんだよ。デストラから今日まで命があったこと、今、こうして三食、寝蔵にありつけてることの感謝を、仕事で表せよ、この、遅れが」
村井が12番の髪を掴み、怒罵を落とした時、ばん、という単発の銃声が響き、塗炭壁の撃ち抜かれる、びしり、という音がした。
半端な正義感の発揮は、その場で自分の命を摘む。雄大はその鉄則に従い、目下の錠剤潰しに集中せんとした。その彼が、銃声に反射し、目を当てた入口前では、訪ねてきた女が、鹿尾に手首を捕られ、頭を抑えつけられていた。女の手には、一把の回転式拳銃が握られていた。
「この鹿尾さんはな、デストラの前から数を踏んでて、デストラのあとでそれに磨きを掛けてきた人なんだよ。だから、素人さんや、そこらのチンピラ風情が弾き向けようが、ヤッパ振り回そうが、そんなもんは鹿尾さんの敵のうちには入りやしねんだよ」
回転式は、あえなく鹿尾の手にもぎ取られた。従業員達の諦念の視線が、その光景に集められた。
雄大の視界には、鞘に収まり、壁に立て掛けられた一振りの長得物が入っていた。それは今朝、どこからか村井が持ち込み、鞘を抜いて刃を見せびらかし、使えねえ野郎、ちょんぱ、などと言いながら、はしゃいでいた物で、血を吸っているのだと豪語していた。
「一興だ。普段、頑張ってくれてるお前らの男勢に、ちょっとしたご褒美だ。今だけ、手、止めていいぞ」渡部の声が降った。ブースの後ろには、鹿尾の両手に髪を握られた女が、腰、脚をがくつかせて立たされている。
12番が顔を涙に濡らして、妹の名を叫んだ。彼の頭部には、妹から奪われた回転式が撃鉄を起こされて、渡部の手で突きつけられていた。その隣では、河豚の顔に皺を寄せた村井が笑って立っている。
女の躰が組み伏せられた。床に押しつけられた紅潮した頬には涙が見えた。鹿尾が女のスカートとパンツを毟り下ろし、露わになった部位に親、人差しの二本の指が差し込まれた。村井が女のナイロンジャンパーとトレーナーを引き上げ、覗いた乳房をこね始めた。
雄大の目は、壁に立て掛けられた長匕首に移っていた。
「あとでお前らにも回すからよ。この中でも、使える奴から先に姦らせてやるよ。使えねえ奴には姦らせねえ。女どもは、今回、ギャラリーだ」河豚の顔に醜猥な笑いを刻んだ村井が言った時、雄大の足が床を蹴り、躰が短い距離を疾走していた。
奥部屋に入るなり、荒んだ欲望が躰を熱し、心には情を廃した冷気が立ち込めた。その双方は、カルテルの支部に置かれる回し女や、春販宿の女と交わる時とも別質の烈しさを帯びていた。
悟実と名乗り、充てる漢字を店主が教えた女は、賢の心が発する求めを読んでいた。
全ての衣類をラフに毟り脱いだ賢の前で、悟実は、褥のある畳に潤んだ眼を流しながら、肩と腰から紬を脱ぎ払った。それからすぐに賢の腰に手を添え、深く、熱い、唇、頬、喉を遣う局部への愛撫を始めた。
躰を互い違いに重ね、狭められた悟実の唇、谷を作った頬が陰茎を包んで滑る影絵を睨み見てから、片手を鳩胸の片方へ回し、潰すように揉み、もう片方の手の指を二本、肛門と膣孔へ埋めた。それから小陰唇を拡げ、包皮から露出したクリトリスを嬲り、目の前にあからさまな姿を晒した肛門と膣を、舌でほじくり返した。
刺し込みは、正常位で決めた。悟実は、褥の端を紅葉の手に握り、臍を見る角度に俯き、消え入るような声と吐息を喉から漏らしていた。縦にバンキングする乳房の片方を搾るように揉み立て、子宮までも抉る勢いの射精をした時、自分の心に、愛や恋慕という感情の雛型が存在するとすれば、今、目の下に敷かれている生き物がその対象ではないのだ、という結論が出た思いになった。
雄大と名乗った若者のどこかに惹かれている自分がいる。それは、彼の美しさ以上に、バラックの街で見る者、あのメディシン工場にいる彼の同僚達にはない、目的を持つ者の覇気のようなものか、と考える。
「終わった」身繕いを済ませた賢は、珈琲代の銅貨をカウンターに置いて、店主にそれだけの声掛けをした。どうでしたか、という問いには無答を決めた。悟実は、紅葉の手を前に組んで重ね、まだ賢の目を見ている。
賢がその顔を一瞥し、引戸に手を掛けようとした時、戸が開き、一人の男か入ってきた。獣革の上下を着た、非日モンゴロイドの男だった。
店主は、いらっしゃい、と声掛けし、お好きな席へ、と言ったが、男が座る様子はなかった。
「この湊、もうすぐ私達のものになるよ」男が片言加減の日本語で述べた。
「私達に保護料、支払わない人、みんな死ぬよ。ここの黒土も、みんな、死ぬね。これ、警告ね」言って屋外へ出ようとした男を、賢が呼び止めた。
「俺はこの湊の黒土の代貸だ。ここで勢力を張りたければ、俺達に筋を通せ」大陸語で言った賢を、男は鼻で笑い、腰の袋から、一挺の刃物を抜いた。それは大きな渡りの菜切包丁だった。
男の菜切包丁が賢の頸に届く前に、カウンターに置かれていたビール瓶が男の頭に直撃し、破片がばら撒かれた。カウンターに崩れた男の手から菜切包丁が奪われた。
「この湊で篠を舐める奴は、誰も生き残れはしないんだ」賢は大陸語で言い、腕を固定した男の手首付根に、包丁を打ち下ろした。
くぐもった悲鳴が漏れ、刎ねられた手首が蛙のように飛び、床に落ちた。切断された手首の指が、開閉を繰り返した。
床に崩れ落ち、血を噴出させる右手を押さえて、芋虫のように転がり、背中を床に打ちつけて、躰をのた打たせる男を軽く睨んで、賢は店を出た。店主が男をどうするか、男がどうなるかは、知らない。
街道へ出た時、フォンが着信音を響かせた。通話口には釈が出た。
「鹿尾の工場が荒らされました」釈が伝えてきたことに、賢の目が丸くなった。
「あの、道具抜く間もなく、首をすっ飛ばされて、胴体ばっさりって遣り口です。鹿尾も、渡部も、村井も、あと、従業員も殺られてます」「すぐ行く」
通話を終了させた賢は、先日出逢ったばかりの、雄大と名乗った美しい若者を想った。自分の心を甘酸い茜色に焼いた彼も死んだのだとすれば。
手を黒く汚すことで紡いできた、これまでの生の意味が喪われる。
80坪の工場は、床、壁、天井の一面限りに、十人強の人間が、おそらくは瞬きの間であろう時間に噴散させた紅墨が、大筆を用いたように叩き塗られていた。
賢は、釈ともう一人の平兵徒とともに、紅の糊でぬめり、鉄分と排泄物のものが入り混じったスメルが鼻を突く工場内に足を踏み入れた。
何脚ものスタンドデスクが倒れ、ヘロインの粉末、リリガルの錠剤が赤い糊の上に撒かれ、それを抱き留めんとするような体勢の渡部が、断ち割られた広背筋、脊柱骨の断面、腎臓を覗かせ、血の沼に顔を埋めて息絶えていた。
その脇には鹿尾の骸があった。薄い髪の頭頂部から、顎下、腹腔までを縦の一文字に割られた彼の両目は、見開いたまま、江戸の歌舞伎絵のように左右出鱈目な方向を見つめ、腹圧で飛び出した大腸が蜷局を巻いていた。
村井は、そこから少し離れた所で、下顎から上を失くした死体と化し、這う恰好で、その躰を血濡れの床に貼りつけている。その骸には、両手首もなかった。
顔半分を飛ばされる際、合掌して命を乞うた。それで手首も飛んだと思われ、なお、その手首は、下顎から上の顔とともに、2メーターほど後ろに落ちていた。その上半分の顔は、あたかも美容師見習いの練習台であるダミーヘッドを思わせる景観をしていた。
「見て下さい」釈が言って手指しした先のフロアには、数えて数体、首を落とされた男女の亡骸が崩れ倒れていた。切断面下の頸許には、二桁の番号焼印がある。
切断された頭部が、血池に後頭部や頬を浸し、バスケットからばら撒かれた果実のように落散している。
そして、頭部を落とされた男女は、一本の線を作るかのように、男、女、男、女で横一列に手を繋いでいた。
それを検めた賢は、その中に19番である雄大と、12番の死体がないことを確認した。
「それと、こいつを」釈が指した南側の曇りガラス窓には、血を絵具に、筆は指で、画の個性、特徴を克明に描写した蜘蛛の図柄が描かれていた。
貧弱な外灯の並ぶ海の通りに焼け残った、物流センターのドック奥に、兄妹は身を寄せ合い、躰を震わせていた。
「信州へ行くバスが出てるのよ。明日、夜が明ける頃に、ここから出るの。これから篠と明座の戦争が始まるから。だから、一緒に行こう」真矢は声を潜めて言い、12番は頷いた。
「信州へ行けば、何年かは命を繋げるって、バーバーの柏村さんが言ってたの」
12番焼印の兄は、声を殺して咽んだ。暗いドックに、静かに沈めた嗚咽が小さく響き、それに妹の啜り上げが加わった。
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