カーキの鳩

楠丸

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エピローグ

エピローグ~カーキの鳩

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「またね」赤壁の店の前で、出ていく男に、髪を栗色にカラーリングした白いドレス姿の春菜が手を振った。男を見送り、店に入ると、待合ソファで別の男達が複数人待っており、女達が一人一人に声を掛け、二階の部屋に彼らを引いていった。

「おっす、春菜ちゃん」リザーブ席に着いていた、オフの銅貨労働者風の男が、春菜に挙手して声掛けした。

「飯島さん、お久」「最近、夜の仕事にも入ってて、なかなか来られなくて、悪いね」「いいの。来てくれただけで嬉しいから。二階、行こう」春菜は飯島という男の手をそっと引いた。

 深海色の空に、三千幾メートルの標高を持つ連山が、漆黒のシルエットを形取る時間、出勤カードを裏返しにして店を出た春菜は、旧県道沿いに建つ、「託児所」という札が掛かるプレハブハウスのドアを開けた。ハウスのスペースでは、数人の乳幼児がおもちゃで遊んでいたが、ツインテールに髪を結わえた一人の女児が春菜を見て、よちよちと寄ってきた。

 春菜には夫はいない。この娘は、行きずりの男との間に出来た子供だった。

「ママ」呼んで足許に縋った娘の手を、春菜が繋ぎ、母娘は託児所を出た。

「今日は吉田の公民館で人形劇がやるから、ご飯食べたら、観に行こうね」


 12の数字を首に焼印された男は、カウンター席の端に座り、妹の調理した焼きそばを食べていた。妹である真矢は、奥の四人掛け席に座り、今日の来客を待っている。

 二人は、五年前に「命のバス」に乗り、信州に来たが、この店は、売物件であったものを、必死に働いて稼いだ銅貨で買い取り、半年前に開店したばかりだった。広さは20坪、内壁は白で、セピアの照明が店内を照らしている。席は、四人が座れるカウンターと、テーブル席が二つ並ぶ。

 壁にはマチスの「ダンス」が掛かる。

 湊の旧市は、核爆発で全てが吹き飛んだのち、他所から来たカルテルが何団体にも分かれ、入り乱れて殺し合い、一般の人間が棲むことが出来なくなっていると聞いている。

 店のドアがラフに開き、男が二人入ってきた。黒のネクタイスーツ姿で、腕には白地に蠍の腕章を着けている、獣の顔をした男達だった。

「今月の分がまだだ。ボンバ三十、耳揃えてもらおうか」

 左の男が言い、真矢は、コイン金庫からツァーリ・ボンバ銅貨を三十枚数えて出し、カウンターに置いた。男は一枚づつ勘定し、革袋にそれを収めた。

「この店、リニューアルする気はねえかい」右の男が言い、真矢は意図を察知して顔を上げた。

「打ちが出来る店にするんだよ。今、需要が絶えねえ、沼の女を置くのがいい。それでお前は遣り手婆あをやりゃいい。沼は、理屈は言わねえし、従順だし、扱いやすくていい。儲かるぜ」男は言い、カウンターで焼きそばを食べている、真矢の兄に目を遣り、声を沈めて笑った。

「お前達に払う銅貨は、今日払った分で最後だよ。お前達に出す酒もない」「何だと」真矢の宣言に、男達が静かにいきり立った。

「手切れ金ってわけだな。分かったよ。じゃあ、今からここで、お前を抱かせろ。それで手切れにしてやるよ」「ふざけんな」真矢は眦を決めて返した。

「そうか。俺らはこれでも穏健派だかんな。無理矢理姦っちまうようなたちじゃねえ。おめえが嫌なら、退くよ。その代わり、あっちの沼君で遊ぼうかな。たけしの物真似でもやってもらおうか」左の男が言い、右の男が、おい、と言って兄の襟首を引いた。兄は怯えた顔で男を見上げた。

 真矢はカウンター裏へ走り、一挺の回転式拳銃を出し、男達に向けた。

 男の手が、兄の襟首から離れた。もう一人は、少し躰を退かせた。

「帰れ。汚い力を振るう黒土なんかに、この店を守ってもらう筋合はないんだ。この店も、兄も、私がこの手で守る。ここに落ちる銅貨は、私達が生きていくためにあるものなんだ」真矢の啖呵に、二人の地元黒土兵徒は、気圧されていることを隠すような顔色になった。

「帰れ」真矢は回転式を構えながら、繰り返した。

「おい」左の男が右の男に声を掛けた。

「行くぞ」男達は肩から真矢を睨みながら、店を退出した。

 回転式の銃口を下ろした真矢は、その場に尻からへたり込んだ。やがて、前髪の垂れた顔が歪み、嗚咽が上がった。

 12番焼印の兄は、その妹に歩み寄り、肩を抱きしめた。

 セピアに照らされる狭い坪数の店内に、身を寄せ合う兄妹の泣き声が響いた。


 詫びるように前へ、のけ反るように後ろへ傾いた、鉄骨を剥き出しにした高階層ビル群の間に通る、割れた車道。炎羅に包まれた車両の間に、燃える人体が落ちて這い、その間で、数十人の男らによる、撲殺アイアンバーが頭蓋をかち割り、大渡ナイフが頸や腹を切り裂く白兵戦が展開されていた。

 グレーの戦闘服にカーキ地の赤文字で「TG」、迷彩服で黒地に白文字で「EAST」という腕章を巻いた男達が接近して殺し合う中で、防弾装甲を施したマイクロバスが現れ、開かれたスライドドアから、数人の「TG」腕章の男らが飛び降り、抜いた刀を頭上に掲げ、奇声を発し、迷彩服の男達に向かい、突撃していった。迷彩服側は、二人を自動拳銃で撃ち倒したが、後続の斬り込みに頭蓋や腹を割られ、脳漿や臓腑を振り撒いて倒れていった。

 斬り込み側がやや劣勢になった時、装甲マイクロバスから、グレーの戦闘服の上にポンチョを羽織った、上背のある男が降り立ち、静かに抜刀した。

 その男、雄大は、以前は丸みを帯びていた輪郭が、頬肉が削げ落ち、優しげだった眼は、鋭く眦が上がって昏い底光りを湛え、口端はメスで細工したように吊り上がり、上唇の左端には小さな傷痕、という人相の変貌を遂げていた。手の甲にも、いくつもの小さな疵が走っている。

 雄大は、迷彩服側の男ら目がけ、長年連れ添う国宗を天に向け、疾走し、突進した。懐からマシンピストルを抜いた敵兵徒の頭蓋を割り、その男の躰を蹴り飛ばし、後ろからアイアンバーを振り上げた男の首を断ち、自動小銃を向けた男の腕を、上腕から斬り落とした。

 雄大が準幹部として所属するTGーミリオンは、旧台東区を拠点に、隣接区四方までテリトリーを拡げ、四千人強の兵徒を抱える勢力だが、そのカルテルで、雄大は、示現流剣術の教官を務め、抜刀突撃隊の隊長を任されているのだ。

 長匕首と、マシューテ・ソードの男が、それぞれの得物を構え、左右から間合を計っている。周りでは、雄大からティーチングを受け、実戦の場数も踏んだTGーミリオンの抜刀隊が、EAST腕章の兵徒達を斬り伏せている。

 マシューテの男が先に間合計りを破り、動いた。手首を斬り落とし、次に腹、というコンビネーションを、雄大は見破っていた。

 雄大はそれを相手にせず、一撃の下にその男の下顎から上の顔を、ぺっと飛ばした。

 後ろから雄大の頸を狙った横薙ぎが来たが、彼は屈伸し、その男の股下から腹腔を下から上に薙ぎ上げた。国宗の刀身は、男の下顎までも割った。

 得物を取り落として横たわる死体に残心を掛け、斜め横に眼を配ると、中腰で、躰を震わせながら短首を構えている男がいた。突っ込んできたその男の躰を脚で捌きかわし、真横から男の頭部を断ち落とした。

 振り返り、視界を端見から直視に変えると、へっぴりの腰恰好でアイアンバーを構えている男がいた。

 迷彩服側は退却を始めていた。

 取り残されたその稚い顔をした兵徒は、アイアンバーを投げ捨て、棒立ちになり、助命を乞う合掌をした。雄大はその男に足払いを掛け、尻から路面に落とし、国宗の切っ先の照準を、男の胸に定めた。柄を右手に握り、肋骨の間に入るよう、エッジを横向きにした国宗の峰に左掌を当て、男の肺臓に突き立てた。

 俺は、非道な黒手を殺し続ける黒手。これより他に、残る人生の道筋はない。

 赤く濡れた雄大は、まだ子供の域にある敵勢力兵徒の肺に深く刀身をくり挿れつつ、語彙を成さない宣誓を心で叫んだ。

 完。

作者注。この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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