16 / 16
エピローグ
エピローグ~カーキの鳩
しおりを挟む「またね」赤壁の店の前で、出ていく男に、髪を栗色にカラーリングした白いドレス姿の春菜が手を振った。男を見送り、店に入ると、待合ソファで別の男達が複数人待っており、女達が一人一人に声を掛け、二階の部屋に彼らを引いていった。
「おっす、春菜ちゃん」リザーブ席に着いていた、オフの銅貨労働者風の男が、春菜に挙手して声掛けした。
「飯島さん、お久」「最近、夜の仕事にも入ってて、なかなか来られなくて、悪いね」「いいの。来てくれただけで嬉しいから。二階、行こう」春菜は飯島という男の手をそっと引いた。
深海色の空に、三千幾メートルの標高を持つ連山が、漆黒のシルエットを形取る時間、出勤カードを裏返しにして店を出た春菜は、旧県道沿いに建つ、「託児所」という札が掛かるプレハブハウスのドアを開けた。ハウスのスペースでは、数人の乳幼児がおもちゃで遊んでいたが、ツインテールに髪を結わえた一人の女児が春菜を見て、よちよちと寄ってきた。
春菜には夫はいない。この娘は、行きずりの男との間に出来た子供だった。
「ママ」呼んで足許に縋った娘の手を、春菜が繋ぎ、母娘は託児所を出た。
「今日は吉田の公民館で人形劇がやるから、ご飯食べたら、観に行こうね」
12の数字を首に焼印された男は、カウンター席の端に座り、妹の調理した焼きそばを食べていた。妹である真矢は、奥の四人掛け席に座り、今日の来客を待っている。
二人は、五年前に「命のバス」に乗り、信州に来たが、この店は、売物件であったものを、必死に働いて稼いだ銅貨で買い取り、半年前に開店したばかりだった。広さは20坪、内壁は白で、セピアの照明が店内を照らしている。席は、四人が座れるカウンターと、テーブル席が二つ並ぶ。
壁にはマチスの「ダンス」が掛かる。
湊の旧市は、核爆発で全てが吹き飛んだのち、他所から来たカルテルが何団体にも分かれ、入り乱れて殺し合い、一般の人間が棲むことが出来なくなっていると聞いている。
店のドアがラフに開き、男が二人入ってきた。黒のネクタイスーツ姿で、腕には白地に蠍の腕章を着けている、獣の顔をした男達だった。
「今月の分がまだだ。ボンバ三十、耳揃えてもらおうか」
左の男が言い、真矢は、コイン金庫からツァーリ・ボンバ銅貨を三十枚数えて出し、カウンターに置いた。男は一枚づつ勘定し、革袋にそれを収めた。
「この店、リニューアルする気はねえかい」右の男が言い、真矢は意図を察知して顔を上げた。
「打ちが出来る店にするんだよ。今、需要が絶えねえ、沼の女を置くのがいい。それでお前は遣り手婆あをやりゃいい。沼は、理屈は言わねえし、従順だし、扱いやすくていい。儲かるぜ」男は言い、カウンターで焼きそばを食べている、真矢の兄に目を遣り、声を沈めて笑った。
「お前達に払う銅貨は、今日払った分で最後だよ。お前達に出す酒もない」「何だと」真矢の宣言に、男達が静かにいきり立った。
「手切れ金ってわけだな。分かったよ。じゃあ、今からここで、お前を抱かせろ。それで手切れにしてやるよ」「ふざけんな」真矢は眦を決めて返した。
「そうか。俺らはこれでも穏健派だかんな。無理矢理姦っちまうようなたちじゃねえ。おめえが嫌なら、退くよ。その代わり、あっちの沼君で遊ぼうかな。たけしの物真似でもやってもらおうか」左の男が言い、右の男が、おい、と言って兄の襟首を引いた。兄は怯えた顔で男を見上げた。
真矢はカウンター裏へ走り、一挺の回転式拳銃を出し、男達に向けた。
男の手が、兄の襟首から離れた。もう一人は、少し躰を退かせた。
「帰れ。汚い力を振るう黒土なんかに、この店を守ってもらう筋合はないんだ。この店も、兄も、私がこの手で守る。ここに落ちる銅貨は、私達が生きていくためにあるものなんだ」真矢の啖呵に、二人の地元黒土兵徒は、気圧されていることを隠すような顔色になった。
「帰れ」真矢は回転式を構えながら、繰り返した。
「おい」左の男が右の男に声を掛けた。
「行くぞ」男達は肩から真矢を睨みながら、店を退出した。
回転式の銃口を下ろした真矢は、その場に尻からへたり込んだ。やがて、前髪の垂れた顔が歪み、嗚咽が上がった。
12番焼印の兄は、その妹に歩み寄り、肩を抱きしめた。
セピアに照らされる狭い坪数の店内に、身を寄せ合う兄妹の泣き声が響いた。
詫びるように前へ、のけ反るように後ろへ傾いた、鉄骨を剥き出しにした高階層ビル群の間に通る、割れた車道。炎羅に包まれた車両の間に、燃える人体が落ちて這い、その間で、数十人の男らによる、撲殺アイアンバーが頭蓋をかち割り、大渡ナイフが頸や腹を切り裂く白兵戦が展開されていた。
グレーの戦闘服にカーキ地の赤文字で「TG」、迷彩服で黒地に白文字で「EAST」という腕章を巻いた男達が接近して殺し合う中で、防弾装甲を施したマイクロバスが現れ、開かれたスライドドアから、数人の「TG」腕章の男らが飛び降り、抜いた刀を頭上に掲げ、奇声を発し、迷彩服の男達に向かい、突撃していった。迷彩服側は、二人を自動拳銃で撃ち倒したが、後続の斬り込みに頭蓋や腹を割られ、脳漿や臓腑を振り撒いて倒れていった。
斬り込み側がやや劣勢になった時、装甲マイクロバスから、グレーの戦闘服の上にポンチョを羽織った、上背のある男が降り立ち、静かに抜刀した。
その男、雄大は、以前は丸みを帯びていた輪郭が、頬肉が削げ落ち、優しげだった眼は、鋭く眦が上がって昏い底光りを湛え、口端はメスで細工したように吊り上がり、上唇の左端には小さな傷痕、という人相の変貌を遂げていた。手の甲にも、いくつもの小さな疵が走っている。
雄大は、迷彩服側の男ら目がけ、長年連れ添う国宗を天に向け、疾走し、突進した。懐からマシンピストルを抜いた敵兵徒の頭蓋を割り、その男の躰を蹴り飛ばし、後ろからアイアンバーを振り上げた男の首を断ち、自動小銃を向けた男の腕を、上腕から斬り落とした。
雄大が準幹部として所属するTGーミリオンは、旧台東区を拠点に、隣接区四方までテリトリーを拡げ、四千人強の兵徒を抱える勢力だが、そのカルテルで、雄大は、示現流剣術の教官を務め、抜刀突撃隊の隊長を任されているのだ。
長匕首と、マシューテ・ソードの男が、それぞれの得物を構え、左右から間合を計っている。周りでは、雄大からティーチングを受け、実戦の場数も踏んだTGーミリオンの抜刀隊が、EAST腕章の兵徒達を斬り伏せている。
マシューテの男が先に間合計りを破り、動いた。手首を斬り落とし、次に腹、というコンビネーションを、雄大は見破っていた。
雄大はそれを相手にせず、一撃の下にその男の下顎から上の顔を、ぺっと飛ばした。
後ろから雄大の頸を狙った横薙ぎが来たが、彼は屈伸し、その男の股下から腹腔を下から上に薙ぎ上げた。国宗の刀身は、男の下顎までも割った。
得物を取り落として横たわる死体に残心を掛け、斜め横に眼を配ると、中腰で、躰を震わせながら短首を構えている男がいた。突っ込んできたその男の躰を脚で捌きかわし、真横から男の頭部を断ち落とした。
振り返り、視界を端見から直視に変えると、へっぴりの腰恰好でアイアンバーを構えている男がいた。
迷彩服側は退却を始めていた。
取り残されたその稚い顔をした兵徒は、アイアンバーを投げ捨て、棒立ちになり、助命を乞う合掌をした。雄大はその男に足払いを掛け、尻から路面に落とし、国宗の切っ先の照準を、男の胸に定めた。柄を右手に握り、肋骨の間に入るよう、エッジを横向きにした国宗の峰に左掌を当て、男の肺臓に突き立てた。
俺は、非道な黒手を殺し続ける黒手。これより他に、残る人生の道筋はない。
赤く濡れた雄大は、まだ子供の域にある敵勢力兵徒の肺に深く刀身をくり挿れつつ、語彙を成さない宣誓を心で叫んだ。
完。
作者注。この物語はフィクションであり、登場する人物、団体は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる