トキシック女子は救われたい

折井 陣

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記録1:体育

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「うへぇ…あつー」
「そう…?毎年こんなものじゃない?」
「うぇえー!そうやってまたかっこつけちゃってさ!この真夏にまだ長袖長ズボンだなんて信じらんない」
「仕方ないじゃん、そうでもしないと床中毒液まみれになっちゃうよ」

「ほんとにー?実はたいしたことないんじゃないの?」
「よく言うよ、ヒリヒリするって散々痛がってたくせに」
「あっ!授業始まっちゃう!ほら、急いで!」
「誰のせいだと…」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

季節は夏に差し掛かる。今日の気温は41度。まさに真夏の猛暑日。
支給された制服はしっかりと効果を発揮しているようで、汗に混じる毒をしっかりと吸収している。

ただそんな制服にも補えない部分がある、それは空気だ。
気化する汗や呼気に混じる毒はどうやったって防げない。それはさながら毒ガスのように振る舞う。
一度吸入すると呼吸器系に付着し喘息や肺炎といった症状を引き起こしやがて死に至る。

だがそんな猛毒にさらされながら彼女自身は気にも留めていない様子だ。
自分ですらくしゃみや咳といったアレルギー反応が出てしまうというのに。

毒が効かないというよりはそもそもに拒絶反応が起きていないというようにも見える。

「それじゃ、始めるよ」
「うん」

授業の開始に合わせて指導用ロボットの電源を入れる。
すぐさまロボットは軽快な駆動音を奏でながら、さながら体育教師のようにスムーズに授業をすすめていく。

「マズハジュウナンカラ。イッチニサンシ。ゴ―ロクシチハチ」
「いっちにーさんし…ごーろく…しちはち…」

「コエガチイサイ!」
「えぇ…?」

全くと言っていいほど無駄な機能に振り回されつつも、柔軟をこなす。
意外にも彼女の身体は柔らかいようで、前屈ではすらっとした体形にも関わらず手のひらが床についていた。

柔軟が終わるといよいよ体育の授業が始まる。今日の内容はマット運動だ。
基本的な前転や後転に始まり、前転からの倒立、後転からの倒立、最終目標はハンドスプリングとなっていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「天森…ケガとか気を付けてね?」
「ちょっと!前転くらい私だって出来るよ!」
「いや…先週のテニス酷かったじゃん。ラリーがあまりにも続かなくて壁とペアになったんだよ?私」
「じゃあ見てなよ!私先行くから!」

彼女の運動神経は壊滅的だ。しかし、だからと言って真剣に取り組む人を笑うのは最低の人間のやること。
サーブで投げ上げたボールが延々と彼女の頭に当たる様を見て、先週は思わず笑ってしまったが反省しよう。

球技が特別苦手な人はいる。かくいう私だって苦手なスポーツくらいある。
天森は特別テニスが苦手だったんだろう。

前転に必要なのは勢いと手をつく位置。誰でもわかる感覚的な話。
しかし、天森が披露した前転は根本的なセンスのなさを私に悟らせた。

「ぶへえ!」
転がり切れずに中途半端な態勢のまま横転する天森。
なぜか、その場で事切れてしまったように体は固まったまま動かない。

「ぐぶっ!!…ぶふっ…!くくく…」

笑うな…笑っちゃだめだ、笑っちゃ…!
「ぶふふっ…ぶふっ…!」

「笑うなー!」
顔を赤くしながら天森が詰め寄ってくる。

「だ…だってさ…!潰れたカエルみたいな…!ぷふっ!」
「そりゃ声だって漏れるよ!」

スタイル抜群で頭もいい彼女の間抜けな様。
見た目からは想像できない動きがシュールな笑いを加速させる。

「じゃあホシミーは出来るんだね!?」
「え?ああ…」

前転、後転、それらを組み合わせた倒立、ハンドスプリング、etc…
披露する相手がいるというのは何とも緊張感がある。

「よし…」

一通り終え、後ろを振り返るとそこには涙を流す天森がいた。

「むむむ…!」

しまった、思ったより得意気にやりすぎた…!
「ご、ごめん天森…!悪かった…」
「ホシバミノリ、ヒョウカテンカサン…」

「なんで!?なんでそんなに動けるのさ!」
「誰もいないし暇だったからよくここで遊んでたんだよ。体操の動画見ながら真似して…」

「言っちゃ悪いけどそんなタイプに見えないじゃん!休み時間ずっと本読んでそうな人じゃん!」
「あれじゃん!見た目だけで言えばってやつじゃん!」

天森は本当に言っちゃ悪いことを言った。それを自覚してか天森は口元に手をやる仕草を取る。
だが既に戦いの火蓋は降ろされている。踏みとどまるにはもう遅い。

「はぁ…陽キャってやつはどうも駄目だねが浅くて…」
「私だって見た目だけで言えば天森はアホにしか見えないよ」

「え?汁?」
「思慮だよバカ!詰まるとこそこかよ!」
「声小さくて聞こえないんだよ!」
「張りたくても張れないの!」
「今張れてんじゃん!」

「あえてテンションを抑えてるんだよ!」
「なんだってそんなことしてるのさ!カッコつけるな!」
「つけてねーわ!疲れるんだよ!」

「そんなの辞めなよ!」
「そういう性分なんだよ!」
「ふっ…」

不敵に笑う天森。やれやれといった様子で首を振る。
そして、天森は両腕を前に突き出し高らかに言い放った。

「アゲてきなよ!バイブス!」

天森の言動はあまりに突飛で時間が止まったかのようにすら感じた。
その状態のまま天森は私へ向けて歩き始める。

「バイ…ふふっ!なんだよそれ」
「へいへい!ホシミー?よー!よー!」
「はぁ?なにいきなり…」

「よー!よー!」
「えぇ…?」

「よー!よー!」
「よっ…よー…」

「声小さいよ!」
「よー!よー!」
「腕を前に!」
「よー!よー!なんだよこれ…」

いつもこれだ。最初こそまともな言い合いになるものの、気づくと天森のペースに引き込まれている。


「アマモリミナ…ヒョウカテンカサン…10」
「…!」
「な、なんでぇ…?」

「へへー!なんだかよくわからないけどラッキー!」
「いや、これはどうなの…判定甘すぎない…?」
「これがコミュ力ってやつだよ!」
「相手ロボットだけど…?」

天森は機械すら手籠めにできるようだ。まったくもって末恐ろしい。
そうして、天森は流れるような動作で私の手を握る。

「ごめんホシミー…言い過ぎたよ」
「っ…!」
「私も…言い過ぎたよ…」

「アマモリミナ…ヒョウカテンカサン…5」
「やったぁ…!」
「ちょっ!天森握りすぎ握りすぎ!手ぇ溶けてる溶けてる!」
「あー…午後の授業、ノート取れなくなっちゃった。ま、いっか!」
「いや!そんなのいいから早く手ぇ離して!」
「あえて握るっ…!」
「どういう事…!?」

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そうして体育の授業を終えた私達は同じように残った時間を過ごした。

毒の出力にはムラがあるとは迂闊だった。
日々の生活で安心しきっていたが、彼女との触れ合いはもう少し慎重になるべきかもしれない。

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