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田中、目覚める
しおりを挟むた…
…なか…
頭がズキズキする。
遠くから聞こえるサイレン。
周囲の騒めき。飛び交う怒号。
時折光る閃光は、無遠慮な野次馬達のフラッシュだろうか。白昼の惨事は、当事者でも関係者でもない人間にとっては、非日常的な娯楽でしかない。
目の前が真っ白だ。
目を閉じているのに、チカチカと白い視界に赤や黒の幾何学模様が舞う。
どくどくと耳の奥で激しい拍動が聞こえる。
ざあざあと濁流のように血液が巡る音がする。
吐きそうだ。気持ち悪い。
…なか…
…た……か…
手も足も、感覚がない。
どうなってる
何が起きた
「…田中…死ぬ…な…」
宥めるように、頬に誰かの手が触れた。
「お願い…だ…目を開けて…」
…加藤…たすけてよ、目が、開かないんだ。
どうして。
じわじわと涙がこみ上げてくる。
怖い、こわい、こわいよ。
どうなってんだ。
「泣くな…苦しい…な、痛いな…田中…おれ、おれも死ぬのか…田中、たな…か…」
瞼に冷たい指が触れて、涙を拭っていく。
ジャミジャミと視界が混線して、頭が割れそうだ。
「…助けて、たなか…」
ふいに、ブツリと目の前が暗転した。
意識がゆらゆらと浮上してくる。
目が覚める直前。
あと何分寝られるか、体感で今の時間を予想する。
二度寝出来るくらい早い時間でありますように。
この明るさだと大体6時半くらいかな。
一応携帯で時間を確認しようとして、手の届く範囲にないのを訝しく思う。
もそもそと布団から這い出て、呆然とした。
「どこ?ここ」
世界史の教科書に載ってるような、中世の貴族階級の屋敷みたいな一室。
くすんだ金のフレームの大きな鏡には、裾と、ふわっとした袖にフリルのついた淡い水色の寝巻姿の…(寝巻でいいんか?パジャマ?いや違うやろ。ネグリジェか?)金の髪の女の子が途方に暮れた表情で、じっとこちらを凝視している。
まぁ、どなたでしょう。
鏡の中に外国の方が…
…って俺やないかい。
ベースは見慣れた俺の顔…。
日本人の顔立ちには違和感しかない、さらさらの金髪ときらきらの碧眼。
え?ちょ、どうしたの。
ブリーチ失敗した?そんで自棄を起こしてカラコン入れてイキってんのか?大失敗だぞ!
しかもなんだこの韓国アイドルも裸足で逃げだすぷるぷるさくらんぼルージュは!けしからん!!
ためすがめす、あらゆる角度から自分の顔を観察してみて、落胆のため息をひとつ。
なぜお約束の『見たことないくらいの絶世の美少女!!』ではないのかと小一時間、この事態の元凶作ったやつを問い詰めたい。
あとこのプルプルさくらんぼルージュな…
お前の趣味嫌いじゃないぜ。
俺の顔じゃなければな!
あーこれはあれだ。
最近よくアニメだの小説だのでよく見る、異世界に転生しちゃったというアレ?
何番煎じ?
柳の下にドジョウは何匹いると思ってんの?
「…いや、ちょっと待て」
ということは俺は死んだんだろうか?
確かに、不穏な記憶がなんとなくある。
恐ろしいほどの痛み…と恐怖。
これは、死んだな、たぶん。
冷静そう?
違うよ。
混乱しすぎて、感情がどこかへいった。
鏡の中の俺は、血の気の引いた真っ白な顔で呆然と佇んでいる。
「何が…どうなったんだ」
泣いたって、どうしようもないけど。
震える手で、鏡の中の歪んだ自分に触れる。
「…っ嘘だ、なんで…」
やっと、模試が終わったとこだったのに!
今から二郎系ラーメン食べに行こうとしてたのに。
くそっ!俺のこの狂おしいほどのラーメン欲はどこで発散すればいいんだ!!
「…ラーメン…?」
ラーメン、で思い出した。一緒にいた友人の姿が見えない。物凄い衝撃が背後から襲ってきたあの時、すぐ隣にあいつもいた。俺が無事でない以上、あいつも…?
「加藤…そんな…」
加藤も俺も死んだ?そんなの、信じたくない。
足が震えて、立っていられない。
鏡にもたれて、ずるずると座り込んでしまう。
肩越しに見える、不細工な泣き顔。
「おれ、一人でどうすれば…」
鏡の自分と目が合う。
なんて綺麗な青。涙に濡れてきらきらと潤んでる。
…ん?ちょっと待って。
2日前に出来たニキビが消えてる…。
毛穴が見えん、だと?
そういえば陸上部故にすでに5月の半ばから真っ黒に日焼けしてたはずなのに、血管が青く浮くほど色白になってる。
そういえば声がわりもしてない。
喉仏は何処。
わぁ…足スベスベ、ヒゲもすね毛もない。
ついでに、何歳くらいだ俺?14.5辺り?
うん、胸もないな。前世?の俺の方が胸筋あったわ…。
「…ひぃぃ…身の置き場がないぃ…」
日に焼けてごわごわしてた黒い髪は、高校デビューを狙って縮毛矯正した、中学の同級生の高橋(野球部)並に真っ直ぐサラサラどストレート。
天使の輪って俺の頭にも出来るんだ…。
「うわぁ、まつ毛バサバサしてて邪魔ぁああ。あといちいち唇がぷるんぷるんしててきもちわるいぃぃ」
「…ねぇねぇ、なんかもっと友人の生死とか自分の境遇について、取るべきリアクションがあるんじゃないの?」
鏡の中の自分観察で半狂乱してて気付かなかった。
「えぇ?どちらさま…」
「やっと気付いてくれた?」
呆れたように溜息をつく、美しいお姉さん。
どこぞのキャバクラのNo. 1 か?
キャバ嬢なんてテレビでしかみた事ないから知らんけど。
「あのね、まつ毛は男性ホルモンだから、もともとの貴方のもばさばさしてたはずよ。…唇のことは知らんけど。ちょっと落ち着いて。」
シャンパンゴールドのドレスは布地が少ない。
スリットからのぞく麗しいおみ足、胸元からたわわに溢れんばかりのあれこれに、俺はそっと目を覆った。
「見てませんよ」
「何をよ」
「お姉さんのあれやこれやです。高校生男子には刺激が強すぎて…目が…目がぁっ」
「だからこのドレスはやめたほうがいいって一応言ったのになぁ。君だってさぁ、なんかこう、違うでしょ?もっと言うことあるでしょ!」
「はっ!そうだった。お姉さんお名前は?」
「ちーがーうー」
肩を揺さぶられ、がくがくしながら、半泣きの女性に正座させられる俺。
「とにかく鎮まりたまえ~。ステイステイ」
「お前が言うなー」
「すみません」
めそめそと情緒不安定な女性の背中におっかなびっくり手を添えると、タコのように唇を尖らせた非常にあざとい上目遣いが向けられる。
「もっかい…仕切り直しよ」
「はっ」
ベッドサイドのローテーブルに座り直すお姉さん。
拳を地につけ跪く俺。
「やっと、目が覚めたみたいね」
「そこから?」
「なによぉ。あたしはここからやりたいの」
キッと涙目で睨まれてもあんまり怖くない。
「はぁ、まあいいわ。色々聞きたいことがあると思うけど、私から伝えられることには限りがあるから、まずは私の話を聞きなさいね」
私はそう、まあ運命のカミサマのおつかいみたいなものだと思ってくれたらいいわ。
そこまで権限はないんだけどね。
え?名前?結構グイグイ来るわねー。
あー、ユリ、よ。
ユリちゃん?じゃないわよ!
なんなの?距離感バグり過ぎ…
仮にも私の方が年上なんだから、ユリさんって呼びなさいよね。
で、あなたの今の状況だけど、まあほぼ予想通り、異世界転移してます。
でもね、一個間違えてるのは、まだあなたは死んでないってこと。あっちのあなたは今集中治療室にいる。予断は許さない状況ではあるけれど、辛うじて生きてる。
うん、よかった。よかったね。
二人はまだ生きてる。だから泣かないで。
ここからが肝心なの。
心を強く持って話を聞いて。
転移する直前、ラーメン屋に行ったこと、覚えてる?
うん、そう、あなたの友達も同じ状況にいるの。あなたが事故に遭った時、彼も同様に巻き込まれて大怪我を負った。
彼があなたに呼びかけてたの覚えてる?
その直後、彼も意識を失った。そうよ、加藤くんも今この世界線にいる。
…ねぇ、そんな顔しないでよ。あなたもあの子も何も悪くないのよ。
まさか2人してラーメン屋ののれんをくぐろうとした矢先に後ろからブレーキとアクセルを踏み間違えた車が突っ込んでくるなんて…。
しかもあなた達本当は家系じゃなくて、二郎系の店に行くはずだったのよね?
本来なら、あなたたちは事故を回避し、ラーメン啜りながら三軒隣りの空テナントに車が突っ込む音を聞いて、ヤバイこれはヤバイって2人して震え上がりつつ、友人達に携帯で報告している、という運命だったはずなの。
にも関わらず、何らかのバタフライエフェクトによって、2人の運命が変わってしまった。
定休日でもないのに店が閉まっていて、本来なら被害者の出ない物損事故のはずが、重症者を出す大惨事になってしまった。
ただ運が悪かっただけ…?
何よ。諦めるの?諦めていいの?
いやよね?あなたも彼も、まだまだやりたい事があるわよね?
だから私が来たの。私も納得できなかったから。
あなたも彼もまだ元の場所に戻るチャンスがあるわ。ただし条件がある。
ここはね、乙女ゲームの世界なの。
は?って感じよね。分かる。
私も意味がわからない。
上は何考えてんのかしらね。
あなたはヒロインとなって、彼とハッピーエンドを迎えなくちゃいけないの。
それが元の世界に帰る条件。
趣味悪いよね。神様が間違えたんだから、無条件で元の世界に返してあげたらいいのに。
試練が必要なんだって。そんなの、上の勝手な都合じゃない。私だって、本当は…!
「はい」
「…あら、ちゃんと手を上げてえらい。質問どうぞ。答えられる範囲で答えるわ」
「つまり、俺はあいつとラブラブハッピーエンドを迎えなきゃいけないんですよね?どこまでやれば神様的に合格なんですか?俺、女の子とのお付き合い経験無し=年齢なんで、ハグ以上はNGでお願いします。」
「そこはねぇ、たぶん上はキス以上のが見たいんだと思うんだけど、それはかなりキツイわよね」
「たとえ元の世界に戻れたとしても心に傷を負うと思われます。トラウマになります」
「そうよネェ。」
「しかもこの乙女ゲー、みたところなんちゃって中世っぽい世界観ですが、この煌びやかな自室といい、やたら磨き上げられた美貌(笑)といい、俺はどこぞの貴族令嬢なんですよね?俺、淑女のマナーも、貴族の知識もゼロなんですけど、社交ってどうすれば??ていうか俺のポジションはヒロイン?あいつの攻略をするとして、なにか好意のバロメーター的なものとか見れたりするんですか?あ、あと俺にチート能力あったりす、」
「君さぁ、順応力高いって言われない?」
「言われます言われます。あんたなら異世界転生しても生きていけるわー(笑)って、昨日も母親から太鼓判押されちゃって。ポジティブさと順応力については自分でも自信あります!」
「それは…何より。うーん、こういうタイプが最終的に一番強いかも?まぁ、いっか。乙女ゲームのなんちゃってな世界観とはいえ、この世界にも貴族階級が存在しています。マナーとか知識についてはなんか上手いことこっちでサポートするから大丈夫。お勉強は?出来るのよね?確かあなたたち二人は結構な進学校に在籍してるはず。じゃ、試験は問題なさそう。あなたはヒロインである侯爵令嬢カレン・ティアーナ14歳。3ヶ月後に学園に入学することが決まって…、なに?」
「いや名前。カレン・ティアーナ?ティアーナカレン、ティアーナカ・レン、たなか れん、田中蓮て、俺の名前そのままとか!田中蓮がティアーナカレン?苦しくない!?ぶほぁっ!!」
「だめだって!笑ったら!聞いてるから!!なんか不敬だってペナルティ来たらどうすんの!こらえて!」
2人してぷるぷるして太腿をつねったりしながらなんとか爆笑を堪えたものの…
「ちなみに君の友人の加藤千晴くんはシアル・フルクトースだから」
「フルクトース=果糖w苦しい!!」
俺たちは吹き出して膝から崩れ落ちた。
なんかよく分からないが、ここから俺とフルクトース加藤の現世へ戻るための、長くて甘い(笑)乙女ゲームが開始したのだった。
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