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朝食は筋トレの後で
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「田中くん、君には後3ヶ月で可愛いお嬢様になってもらうから。覚悟しといてね」
「はぁっ!?」
いつの間に着替えたのやら、白襟の紺のドレスに白いエプロン、髪をきっちりまとめてホワイトブリムを付けたユリさんがにっこり微笑む。
…眼福です…が!
「ユリさん、マナーとか知識はなんかうまいことこっちでやっとくから~って言ってなかった?」
ジャンピングスクワットを50回で中断して、俺は慌ててユリさんに詰め寄る。
「フォローにも限界があるわよ!なんで隙あらば室内トレーニングに励もうとしてるの?仮にも深窓のお嬢様よ!いくらこっちでマナーだの知識だのを付与したところで、プレイヤー自らキャラ設定崩壊させてどうするの!そんな逞しい令嬢、怪しまれてゲームが始まる前に脱落よ!」
「えーでも」
「でもじゃない。はぁ、田中君何の種目の選手なの」
「円盤と砲丸投げやってます」
「円盤と砲丸…」
「再来週記録会なんです。この身体思ったより貧弱で」
「14歳の女の子相手に貧弱…」
「しかも手も足も細くて筋肉なくて、体幹も弱いし、せめてあと10㎏ウエイト増やして、下半身強化して、ターンの回転速度を上げたほうがいいんじゃないかと。メディシンボール持ってくればよかった。でもこの身体、柔軟性は素晴らしいんで、コツさえつかめば飛距離が伸ばせるんじゃないかな。ポテンシャルは十分あると思うんですよ!あ、フォームの練習したいので、タオルとかあります?」
「やめて!肉体改造禁止!ただの田中になっちゃう!!」
筋トレを禁じられ、落ち込む俺を見かねたのか、ユリさんが手招きして、ドレッサーの前に座らせてくれた。
「この世界のどっかで加藤くんだって頑張ってるんだから、あなたもどこに出しても恥ずかしくない令嬢にならなきゃ。ちなみに私は君の専属侍女リリーとしてサポートに回るから、どーんと泥船に乗った気持ちでいてね」
「し…沈む…」
加藤まで辿り着ける気がしない。
とりあえず、乙女ゲーム開始まで3カ月、俺は死に物狂いでお嬢様を目指すしかないらしい。
「はい」
「はい、田中!じゃなかった、どうされました?カレンお嬢様」
「さっき聞きそびれたんですけど、こっちの世界の時間と現実世界の時間の流れって同じなんですか?」
「そうね。言うの忘れてたけど、こっちの3カ月はあちらでは1日よ。タイムリミットは学園卒業までの3年間。つまり加藤くん攻略が成功しようと失敗しようと、現実世界での生死は13日後には決まってしまう。もし失敗した場合、2人には二つの選択肢が与えられることになる。現実世界での死を受け入れ、両方の世界の生涯を終えるか、もしくはこの世界で令嬢として生きることを選ぶか。いずれにしても、失敗すればあちらには戻れない」
「厳しいですね。上の人って、本当に俺ら戻す気あります?」
「ある、と思いたい。この状況を楽しんでる気もしないでもないけど。少なくとも、私は帰してあげたいと思ってる」
「ありがとうございます。俺、頑張ります」
「うん」
鏡越しに目が合った見た彼女は、優しく微笑む。
なぜ、ユリさんはこんなに俺たちに肩入れしてくれるのだろう。
上の人の思惑通りに、こちらを丸め込むこともできるはずなのに。
この人は、何者なんだろう。そんな疑問をそっと飲み込む。
味方でも、そうじゃなくても、今の俺が置かれた状況には彼女という指針がどうしても必要だった。
聞きたいことも、聞かなきゃいけないことも沢山あるはずなのに、今は顔を上げるのが怖い。
ユリさんの手が、そっと頭に置かれた。
「髪、とかすよ」
なんの引っ掛かりもなく、櫛が髪をすいていく。
いい匂いのする香油をなじませると、髪がさらにつやつやになった。
「はいおしまい。子供の髪の毛って、カラーもパーマも、なーんにも悪いことしてないから、綺麗ね」
「すげー。シャンプーのCM出れそう」
「下ろしたままだと田中くんの場合、ドアに挟んだりなんだり余計なっことしそうだから結んでおくね。」
腰まである金の髪はユリさんの手で器用に編み込まれ、頭の周りにぐるりと花の王冠のように巻き付けられた。後れ毛すら光にきらきらしてる。
「さすがヒロイン。キャラデザ無駄に金掛かってそう」
「はいはい。せっかくヒロインとしてのポテンシャルは無限大!の外見してるんだから、これを活かさない手はないわよ。儚くたおやかであれ。間違っても筋骨隆々の令嬢なんて需要ないんだからね!…あとは顔かー。顔なー。…高貴なオーラがゼロなのは今後の課題として、なーんかコレジャナイ感が拭えないのよねー。パーツは悪くない。髪もお肌も言うことなし。何がダメなんだろう?表情?ちょっと微笑んでみて」
に、にこ。
「だめ!そんな、にちゃあっとした笑顔のお嬢様がどこにいるのよ!」
「ひどい」
「はい、もう一回」
にこぉ。
「アホみたいに口を開けない。いい?今の貴方は身も心も可愛い14歳の女の子。これからヒロインとして数多の男性の心を射止めに行くのよ。あくまでも淑やかに、慈愛を込めて!口角は常に微笑みの形を維持。かーらーの、殿方と目を合わせるときは一度目を伏せて、そこから上目遣いで少し恥ずかしげにはにかむ!そう!いいね!!可愛いネ!!」
グラビアの撮影現場みたいになってきたところで、扉が控えめにノックされ、落ち着いた男性の声がかかった。
「カレンお嬢様。朝食のお支度が出来ております。旦那様と奥様がお待ちです。食堂へお越しください。」
まさか今の聞こえてた?
朝食?旦那様と奥様って、誰?
「承知しました。すぐに支度いたします。」
混乱する俺をよそに、素早く居住まいをただしたユリさんが、テキパキと動いてワードローブからドレスと小物を選び出してくる。
「ユリさん」
ノンノン、と人差し指を振って唇に押し当てると、ユリさんは俺の手を引きずんずん姿見の前まで引っ張ってきてくるりと振り返った。
「リリーです。カレンお嬢様。人目がある場所では私のことはリリーとお呼びください」
「り、リリー?」
「はい。よく出来ました。カレンお嬢様、早く慣れてくださいね。さっ、パパっと準備いたしますよ!可憐に、清楚に!」
「ちょっと待って!リリー?お、俺」
「わ・た・く・し、です。お嬢様」
「わ、わたくし、こっちの父親と母親の名前も知らないんだけど」
「時間ないですからまた後で!とりあえず、お父様、お母様、で乗り切ってください!グッドラック!」
「えぇえええそんな殺生な。しかもナイフとフォークなんて2本以上使えるかどうか自信が…」
「そこは大丈夫!寝てる間に最低限のマナーやら立ち振る舞いは、お嬢様の頭と体にダウンロードしときましたから」
「わぁ…お手軽睡眠学習…」
「はい!そうこうしている間に、カレンお嬢様いっちょ上がり―ぃ!淡い桃色のパフスリーブドレス選んでみました。ウエストマークは真珠色のベルベットのリボンを高めの位置で結んで切り返しから幾重にもふんわり広がるチュール(猫のおやつではない)に施された銀の小花の総刺繡が愛らしさをさらにひき立てますうぅう。お耳と髪にはにはこちらの淡水パールのお花のイヤリングと髪飾りを添えて!…カレンお嬢様。なんと申しますか、馬子にも衣裳でございますが。よくお似合いです。次はお昼のお着換えを楽しみにしておりますねウフフ」
すげー、息継ぎなく一言で言いきった…。
なんだかすごく、感無量、って顔してる…。また昼にも着替えるの?え?夜も?
「私、ヒロイン無理かもしれないですわ…」
「何を弱気になっていらっしゃるんです!頑張りますと申されたのをリリーはしかと聞き届けておりますよ」
ユリさん、もとい、リリーを伴って、呼びに来てくれた男性に連れられ食堂へ向かう。ヒールの靴なんか履いたこともないのに、バランスを崩すこともなく。裾の長いドレスの裾を踏んづけることもなく。足さばきも軽やかに進む自分が信じられない。
タイミングを見計らったようにドアが開いて、執事服を着た素敵なおじ様がにこやかに迎え入れてくれた。
「おはようございます。カレンお嬢様。旦那様と奥様が首を長くしてお待ちですよ」
「ごめんなさい。支度に時間がかかってしまって」
「レディは身嗜みが一番大切でございますからね。今日のお召し物も大変お似合いです」
「ありがとう。嬉しいわ」
ありがとう睡眠学習!
こんなにナチュラルにお嬢様に化けられるなんて!
是非この技術、現実世界の受験対策としてお借りしたい。
「カレン」
心の中でガッツポーズしてた俺に、上座から笑いをこらえた渋い声がかかる。
「おはよう、カレン。今日はずいぶんご機嫌だね」
「何かいいことでもあったのかしら?」
ひぃぃいっ!!
これは!
これは!!!
みたこともないような美男美女!!
俺とお揃いの金の髪を後ろに流し、ロイヤルブルーの高貴な色の瞳を悪戯っぽく細めて見せるイケおじ。いや、おじなんて不敬すぎる。世界のイケメンロイヤルプリンスランキング永久殿堂入りしてそうな、端正で甘い顔立ちの紳士と、光の加減で苺のように煌めくピンクブロンドを結い上げ、空の色を溶かし込んだ瞳が楽し気に揺れる、春の妖精のような美しいご婦人。
…俺の貧弱な語彙では、これが限界。
あぁ、微笑みが眩しい…!直視できない。
「…お父様、お母様」
「どうしたの?そんなびっくりした顔をして」
「怖い夢でも見たかい?」
「あ、いえ…えぇと、そうなの。後三ヶ月でこのお家を離れるでしょう?なんだか寂しくて、怖い夢を見てしまったの」
夢、夢というなら、俺にとっては今いるこの世界こそが悪夢のはず。
それなのにどうして、こちらの世界はこんなにも美しいのだろう。
「カレン。カレンは学園に通う生徒の中でも、王族に次ぐ高貴な身分のレディとなる。君がホームシックにかかって寂しそうな顔をしていたら、他の子達にも不安が移ってしまうよ」
「学園は怖いところではないわ、カレン。きっと貴方にとっての素敵な出会いが待っているはずよ」
「はい…」
お父様とお母様が席を立って、俺の元へやってくる。
「何も3年間会えなくなるわけじゃない。公開日には私達がカレンに会いに行くよ。長期休暇には元気な顔を見せに帰ってきておくれ」
「カレン、私の愛しい天使。あなたならきっと大丈夫」
父の指が頬をくすぐり、母の柔らかい身体が俺を抱きしめる。
ふいに、泣きたくなった。
俺が帰りたいのはこの場所じゃない。
本当に会いたい人は、貴方達じゃない。
こんなキラキラした世界じゃなくても、美しくなくても、選ばれた人間じゃなくても、なんでもいいから。
懸命に、自分の価値を求めて足掻いて生きてきた現実世界へ。加藤を連れて必ず帰ると心に誓った。
「はぁっ!?」
いつの間に着替えたのやら、白襟の紺のドレスに白いエプロン、髪をきっちりまとめてホワイトブリムを付けたユリさんがにっこり微笑む。
…眼福です…が!
「ユリさん、マナーとか知識はなんかうまいことこっちでやっとくから~って言ってなかった?」
ジャンピングスクワットを50回で中断して、俺は慌ててユリさんに詰め寄る。
「フォローにも限界があるわよ!なんで隙あらば室内トレーニングに励もうとしてるの?仮にも深窓のお嬢様よ!いくらこっちでマナーだの知識だのを付与したところで、プレイヤー自らキャラ設定崩壊させてどうするの!そんな逞しい令嬢、怪しまれてゲームが始まる前に脱落よ!」
「えーでも」
「でもじゃない。はぁ、田中君何の種目の選手なの」
「円盤と砲丸投げやってます」
「円盤と砲丸…」
「再来週記録会なんです。この身体思ったより貧弱で」
「14歳の女の子相手に貧弱…」
「しかも手も足も細くて筋肉なくて、体幹も弱いし、せめてあと10㎏ウエイト増やして、下半身強化して、ターンの回転速度を上げたほうがいいんじゃないかと。メディシンボール持ってくればよかった。でもこの身体、柔軟性は素晴らしいんで、コツさえつかめば飛距離が伸ばせるんじゃないかな。ポテンシャルは十分あると思うんですよ!あ、フォームの練習したいので、タオルとかあります?」
「やめて!肉体改造禁止!ただの田中になっちゃう!!」
筋トレを禁じられ、落ち込む俺を見かねたのか、ユリさんが手招きして、ドレッサーの前に座らせてくれた。
「この世界のどっかで加藤くんだって頑張ってるんだから、あなたもどこに出しても恥ずかしくない令嬢にならなきゃ。ちなみに私は君の専属侍女リリーとしてサポートに回るから、どーんと泥船に乗った気持ちでいてね」
「し…沈む…」
加藤まで辿り着ける気がしない。
とりあえず、乙女ゲーム開始まで3カ月、俺は死に物狂いでお嬢様を目指すしかないらしい。
「はい」
「はい、田中!じゃなかった、どうされました?カレンお嬢様」
「さっき聞きそびれたんですけど、こっちの世界の時間と現実世界の時間の流れって同じなんですか?」
「そうね。言うの忘れてたけど、こっちの3カ月はあちらでは1日よ。タイムリミットは学園卒業までの3年間。つまり加藤くん攻略が成功しようと失敗しようと、現実世界での生死は13日後には決まってしまう。もし失敗した場合、2人には二つの選択肢が与えられることになる。現実世界での死を受け入れ、両方の世界の生涯を終えるか、もしくはこの世界で令嬢として生きることを選ぶか。いずれにしても、失敗すればあちらには戻れない」
「厳しいですね。上の人って、本当に俺ら戻す気あります?」
「ある、と思いたい。この状況を楽しんでる気もしないでもないけど。少なくとも、私は帰してあげたいと思ってる」
「ありがとうございます。俺、頑張ります」
「うん」
鏡越しに目が合った見た彼女は、優しく微笑む。
なぜ、ユリさんはこんなに俺たちに肩入れしてくれるのだろう。
上の人の思惑通りに、こちらを丸め込むこともできるはずなのに。
この人は、何者なんだろう。そんな疑問をそっと飲み込む。
味方でも、そうじゃなくても、今の俺が置かれた状況には彼女という指針がどうしても必要だった。
聞きたいことも、聞かなきゃいけないことも沢山あるはずなのに、今は顔を上げるのが怖い。
ユリさんの手が、そっと頭に置かれた。
「髪、とかすよ」
なんの引っ掛かりもなく、櫛が髪をすいていく。
いい匂いのする香油をなじませると、髪がさらにつやつやになった。
「はいおしまい。子供の髪の毛って、カラーもパーマも、なーんにも悪いことしてないから、綺麗ね」
「すげー。シャンプーのCM出れそう」
「下ろしたままだと田中くんの場合、ドアに挟んだりなんだり余計なっことしそうだから結んでおくね。」
腰まである金の髪はユリさんの手で器用に編み込まれ、頭の周りにぐるりと花の王冠のように巻き付けられた。後れ毛すら光にきらきらしてる。
「さすがヒロイン。キャラデザ無駄に金掛かってそう」
「はいはい。せっかくヒロインとしてのポテンシャルは無限大!の外見してるんだから、これを活かさない手はないわよ。儚くたおやかであれ。間違っても筋骨隆々の令嬢なんて需要ないんだからね!…あとは顔かー。顔なー。…高貴なオーラがゼロなのは今後の課題として、なーんかコレジャナイ感が拭えないのよねー。パーツは悪くない。髪もお肌も言うことなし。何がダメなんだろう?表情?ちょっと微笑んでみて」
に、にこ。
「だめ!そんな、にちゃあっとした笑顔のお嬢様がどこにいるのよ!」
「ひどい」
「はい、もう一回」
にこぉ。
「アホみたいに口を開けない。いい?今の貴方は身も心も可愛い14歳の女の子。これからヒロインとして数多の男性の心を射止めに行くのよ。あくまでも淑やかに、慈愛を込めて!口角は常に微笑みの形を維持。かーらーの、殿方と目を合わせるときは一度目を伏せて、そこから上目遣いで少し恥ずかしげにはにかむ!そう!いいね!!可愛いネ!!」
グラビアの撮影現場みたいになってきたところで、扉が控えめにノックされ、落ち着いた男性の声がかかった。
「カレンお嬢様。朝食のお支度が出来ております。旦那様と奥様がお待ちです。食堂へお越しください。」
まさか今の聞こえてた?
朝食?旦那様と奥様って、誰?
「承知しました。すぐに支度いたします。」
混乱する俺をよそに、素早く居住まいをただしたユリさんが、テキパキと動いてワードローブからドレスと小物を選び出してくる。
「ユリさん」
ノンノン、と人差し指を振って唇に押し当てると、ユリさんは俺の手を引きずんずん姿見の前まで引っ張ってきてくるりと振り返った。
「リリーです。カレンお嬢様。人目がある場所では私のことはリリーとお呼びください」
「り、リリー?」
「はい。よく出来ました。カレンお嬢様、早く慣れてくださいね。さっ、パパっと準備いたしますよ!可憐に、清楚に!」
「ちょっと待って!リリー?お、俺」
「わ・た・く・し、です。お嬢様」
「わ、わたくし、こっちの父親と母親の名前も知らないんだけど」
「時間ないですからまた後で!とりあえず、お父様、お母様、で乗り切ってください!グッドラック!」
「えぇえええそんな殺生な。しかもナイフとフォークなんて2本以上使えるかどうか自信が…」
「そこは大丈夫!寝てる間に最低限のマナーやら立ち振る舞いは、お嬢様の頭と体にダウンロードしときましたから」
「わぁ…お手軽睡眠学習…」
「はい!そうこうしている間に、カレンお嬢様いっちょ上がり―ぃ!淡い桃色のパフスリーブドレス選んでみました。ウエストマークは真珠色のベルベットのリボンを高めの位置で結んで切り返しから幾重にもふんわり広がるチュール(猫のおやつではない)に施された銀の小花の総刺繡が愛らしさをさらにひき立てますうぅう。お耳と髪にはにはこちらの淡水パールのお花のイヤリングと髪飾りを添えて!…カレンお嬢様。なんと申しますか、馬子にも衣裳でございますが。よくお似合いです。次はお昼のお着換えを楽しみにしておりますねウフフ」
すげー、息継ぎなく一言で言いきった…。
なんだかすごく、感無量、って顔してる…。また昼にも着替えるの?え?夜も?
「私、ヒロイン無理かもしれないですわ…」
「何を弱気になっていらっしゃるんです!頑張りますと申されたのをリリーはしかと聞き届けておりますよ」
ユリさん、もとい、リリーを伴って、呼びに来てくれた男性に連れられ食堂へ向かう。ヒールの靴なんか履いたこともないのに、バランスを崩すこともなく。裾の長いドレスの裾を踏んづけることもなく。足さばきも軽やかに進む自分が信じられない。
タイミングを見計らったようにドアが開いて、執事服を着た素敵なおじ様がにこやかに迎え入れてくれた。
「おはようございます。カレンお嬢様。旦那様と奥様が首を長くしてお待ちですよ」
「ごめんなさい。支度に時間がかかってしまって」
「レディは身嗜みが一番大切でございますからね。今日のお召し物も大変お似合いです」
「ありがとう。嬉しいわ」
ありがとう睡眠学習!
こんなにナチュラルにお嬢様に化けられるなんて!
是非この技術、現実世界の受験対策としてお借りしたい。
「カレン」
心の中でガッツポーズしてた俺に、上座から笑いをこらえた渋い声がかかる。
「おはよう、カレン。今日はずいぶんご機嫌だね」
「何かいいことでもあったのかしら?」
ひぃぃいっ!!
これは!
これは!!!
みたこともないような美男美女!!
俺とお揃いの金の髪を後ろに流し、ロイヤルブルーの高貴な色の瞳を悪戯っぽく細めて見せるイケおじ。いや、おじなんて不敬すぎる。世界のイケメンロイヤルプリンスランキング永久殿堂入りしてそうな、端正で甘い顔立ちの紳士と、光の加減で苺のように煌めくピンクブロンドを結い上げ、空の色を溶かし込んだ瞳が楽し気に揺れる、春の妖精のような美しいご婦人。
…俺の貧弱な語彙では、これが限界。
あぁ、微笑みが眩しい…!直視できない。
「…お父様、お母様」
「どうしたの?そんなびっくりした顔をして」
「怖い夢でも見たかい?」
「あ、いえ…えぇと、そうなの。後三ヶ月でこのお家を離れるでしょう?なんだか寂しくて、怖い夢を見てしまったの」
夢、夢というなら、俺にとっては今いるこの世界こそが悪夢のはず。
それなのにどうして、こちらの世界はこんなにも美しいのだろう。
「カレン。カレンは学園に通う生徒の中でも、王族に次ぐ高貴な身分のレディとなる。君がホームシックにかかって寂しそうな顔をしていたら、他の子達にも不安が移ってしまうよ」
「学園は怖いところではないわ、カレン。きっと貴方にとっての素敵な出会いが待っているはずよ」
「はい…」
お父様とお母様が席を立って、俺の元へやってくる。
「何も3年間会えなくなるわけじゃない。公開日には私達がカレンに会いに行くよ。長期休暇には元気な顔を見せに帰ってきておくれ」
「カレン、私の愛しい天使。あなたならきっと大丈夫」
父の指が頬をくすぐり、母の柔らかい身体が俺を抱きしめる。
ふいに、泣きたくなった。
俺が帰りたいのはこの場所じゃない。
本当に会いたい人は、貴方達じゃない。
こんなキラキラした世界じゃなくても、美しくなくても、選ばれた人間じゃなくても、なんでもいいから。
懸命に、自分の価値を求めて足掻いて生きてきた現実世界へ。加藤を連れて必ず帰ると心に誓った。
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