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一章

魔女、騎士と出会う

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 茂みを抜けて現れたそれに、私は思わず絶叫した。
 ギトギト、ヌルヌル、デロデロな蛙! 私よりも二回りはおっきい!
 澱んだ黒い瘴気をまとった、黒白斑の大蛙たちが池を囲んでいる!

 空から見たときにどうして生き物の気配を感じ取れなかったのか。飛龍は勘が鋭いのに。
 その答えにはすぐに見当が付いた。
 蛙の目は濁っていて、死んでいるとしか思えない。なのに動いている。つまりアンデッド、呪われた不死の魔物、アンデッド蛙!
 生きてないんだから、そりゃ生き物の気配はしないよね。

 そこに気付いた私はさらに絶叫。最悪な状況だから。
 アンデッドは魔力が大好物。だって死んだ身体を他から奪った魔力で動かしてるから。
 んで、私は魔法を使う。つまり魔力のかたまりであってアンデッドの大好物だから。

 魔法でアンデッドを倒すのは、一体か二体ぐらいならできないこともないと思う。でも今は周り中をアンデッド蛙の群れに囲まれていて、少し倒しても他の蛙に餌をあげるようなもの。
 聖職者みたくアンデッド退治用の装備や魔法で固めているならともかく、魔女を目指していた私にそっちは専門外。

 気絶しそうになったけど、ここで気絶すれば人生終わり。
 必死な私の脳裏を姉の説教がぐるぐる回り始めた。まずい、これって人生最後に見る走馬灯ってやつ!?

 金属のぶつかる音が近づいてくる。
 新手の魔物かと目の前が真っ暗になりかかりながら音の方に目をやった。
 茂みをかき分けて出てきたのは、頭から足まで鉄の甲冑で固めた騎士。右手に剣、左手に盾を構えている。いかにも重そうな姿だ。サイズが身体と合っていないのか、妙にバランスが悪いのが不気味。
 兜の面頬に覆われて顔は見えないけど、剣を構えた様子から殺意にあふれているのは感じ取れる。
 すわアンデッド騎士かと反対方向に泳いで逃げだしかけたところに、騎士は声をかけてきた。
「もう大丈夫だよ! 龍の手下は僕が皆殺しにしてやるから!」

 アンデッドじゃなくて人間? 声は意外と若い? でもあふれる戦闘意欲が怖い。龍の手下って何?
 甲冑の騎士はガシャガシャ音を立てながら蛙に向かい、自分よりもはるかに大きな蛙に向かって剣を振り下ろす。

 救いの手に感動しかけていた私は、次に起きたことに目を疑った。
 蛙に当たった剣はぽっきり折れて飛び、木の幹に突き刺さった。

「またか!」
 騎士は声を上げて、盾を武具代わりに薙ぎ払う。
 蛙の前肢にぶつかった盾は三つに割れて落ちる。

「こうなったら!」
 騎士は鋼の籠手で蛙の頭を殴りつける。
 籠手の先からひびが走って、ばらばらと鉄の破片に砕け散る。

 私は何かのお笑いショーを見ているかのような気分だった。
 戦えば戦うほどに騎士の装備は壊れていく。鉄ってそんなに脆かったかな?
 殺る気ばかりで戦い方が雑すぎるんじゃないの。
 問題はオチが騎士と私の最期ってことだ。

 蛙たちが騎士に集まっている隙に、私は泳いで池のほとりにたどり着いた。

「大丈夫?」
 騎士は私の方を振り返ろうとする。
 私は金切り声で叫んだ。
「見ちゃダメ!」
 騎士は慌てて蛙の方を向き直す。

 池で拾った結晶粒をしっかり手づかみしたままだったことに気付き、慌てて袋に放り込む。
 そして袋から服を取り出し、急いで着込んだ。
 全身の紋様を隠さなきゃいけないから着るものが多い。
 そうしている間にも、蛙たちは騎士に集まってくる。
 ぼろぼろの装備になった騎士は折れた剣の残りを振り回している。

 なんとか服を着た私は少しでも武器が欲しくて、折れた剣先を急いで木の幹から引っこ抜く。
 そこで私はなんだか変だなって気付いた。

 剣先は無骨な厚い作りで、少々の事では折れそうに見えない。
 刃は潰れていないから、硬いものに当たって折れたのでもなさそう。だいたい蛙は硬くないし。
 騎士の使い方が悪すぎるとしか思えない。実際、騎士の戦いぶりはかなり力任せに見えた。

 蛙を殴っている騎士の甲冑はほとんどが壊れて脱げ落ち、残っているのは兜だけだ。その兜にも割れ目が入っている。
 何をどうやればそうなるのか分からないけど、このままでは絶対に負けちゃう。

 知らない人と話すのは苦手なんだけど、さすがに今はそれどころじゃない。
「その剣、こっちに寄こして!」
 私は叫んだ。
 騎士が私を戸惑った様子で見る。

「いいから、その剣をこっちに投げて!」
 私の言葉に騎士は思いきったようで、折れた剣の残りをほおって寄こした。

 落ちた剣を拾って剣先と合わせてみる。
 高級品じゃないけど、やっぱり悪い剣じゃない。
 私は錬金術を勉強してきた。その中には武器や防具を鍛える術も含まれている。
 ただし、ここには道具も材料もない。
 こうなったらぶっつけ本番でやるしかない。
 こんなときのために飛龍を選んだのだし。

 騎士は蛙たちに囲まれて、蛙の長い舌に巻かれかけている。
 こっちに目をやるどころではない状況だ。
 私は木陰に入って唱えた。
「ちょっとだけ変身」

 できるかな? よし、いけた!
 私のスカートの中に尻尾が伸びてくる。
 疲れて魔力が切れかけているのにまたちょっとだけ変身してしまって、頭がくらくらする。
 でも、あの人と私の生命がかかっているのだ。

 私は剣先と剣の残りをしっかり合わせる。
 ちょっとだけ変身で飛龍のブレスを使えるだろうか。
 いやもう、考えてる場合じゃない。やるしかないんだから!

 私は大きく息を吸い、そして尖らせた口から息を吐く。
 魔力を込める。息が蒼く輝き始める。
 もっと魔力を強める。息は青い光の線となる。
 高熱のブレスだ。いける!

 焔の高熱が剣を融かす。
 折れた部分が融合する。
 やった!
 これぞ龍の力を使った錬金術、錬金龍術!ーーといったところ。

 次に私は大口を開けて焔を広げ、剣身の全体を焼くことにする。
 いやあ、この大口な姿は見られたくないね。
 ブレスを受けて剣身が赤熱する。
 ただ焼いてるんじゃない。飛龍の焔によるエンチャントで剛性を付加している、はずだ。
 今まで実験とか練習はしてきたけど、誰かのために錬金術を使うのは初めて。上手くいってと祈りながら、急ぎつつ、でも丁寧に。

 剣身を水に浸す。水が激しく泡立って蒸気を上げる。
 急冷された剣身は蒼く輝く。

 よし、これで仕上がったと思う。できてるはず。たぶん。
「受け取って!」
 私は剣を投げた。
 騎士は蛙の舌をかき分けて剣をがっしりと受け取る。

 騎士は剣を振るう。
 蛙の舌が切れて飛ぶ。
 相変わらず力任せなぶった斬り方に見えるけど、剣はいい切れ味に仕上がってる。
 やった、私の錬金術が初成功! 魔女の第一歩だ!

「凄い切れ味だ!」
 騎士は叫び、次々と蛙を斬り倒していく。
 蛙からは真っ黒な血が噴出して騎士を汚す。気持ち悪いね。
 騎士は全身が黒く染まっているけど気にしてはいないようだ。まるで血に飢えた殺戮機械!

「悪しき魔物め! 死んじゃえ! 消えろ!」
 慣れてきたのか、力任せなりに騎士は蛙を倒すのが早くなっていく。
 しかし、私は嫌なものを見てしまった。
 騎士が蛙を一刀両断すると剣身にひびが走る。
 蛙を倒すたびにひびは増えていく。
 え、錬金術を失敗した?
 接ぎ直して剛性も付与して、そう簡単に壊れないつもりなんだけど!

 蛙の中でも一際大きな一匹が最後に残った。澱んだ瘴気をまとう大物だ。
 騎士はひびだらけの剣を上段に構える。
「かかってこい! 魔女の手下め! 僕が地獄に送ってやる!」

 大蛙は跳んだ。跳びながら舌を騎士へと伸ばす。
 騎士は剣を振り下ろした。剣は砕け散る。
 もうおしまいかと私は目をつぶり、しばらく待ってから、どうも静かなので目を開けた。

 大蛙は動きを止めていた。
 剣の破片が無数の散弾となって大蛙を射抜いたのだ。
 騎士に巻き付いた舌が灰になって落ちる。
 大蛙もまたどうと倒れ、あたりを黒い血で染めた。瘴気が立ち上って風にたなびく。
 他に動くものは見当たらないようだ。
 なんとか助かったみたい! とりあえず蛙からは。

 騎士は周囲を見回して叫ぶ。
「出てこい龍! どこだ、成敗してやるぞ!」

 騎士はなんだか龍への殺意にあふれてるみたいなんだけど。
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