追放騎士と家出魔女 ~悪い魔女は天敵の騎士になつかれてしまいましたが島の支配を目指します~

モト

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二章

魔女、砦村に潜入する

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 島と海岸をつなぐ細長い道は岩でごつごつしてた。だから海流にも流されないんだろう。まさしく岩橋。
 ところどころに潮だまりがあって、小さな魚が泳いでいたりする。満潮になったらこの道も沈んでしまうのかも。
 島から離れていくにつれて瘴気の匂いも薄れ、潮の匂いでいっぱいになる。

 騎士アブリルと二人乗りの馬でしばらく走って細道を抜けた。
 砦の石壁がお出迎えだ。
 石段の上に木造の門がある。
 門は分厚そうだけど、白く塩をふいた表面はあちこち朽ちていて、潮にさらされてきた歳月を物語っている。

 アブリルが砦に声をかける。
「僕だよ。開けて」

 少し待つと石壁の上にひょっこり老人男性の頭が出てきた。老人の目が私たちを捉えるまでにまたしばらくかかった。
「どなたですかのう……」
 しゃがれ声で老人が問うてくる。

「僕だよ、聖騎士アブリル・フォン・ローゼンベルク」
「おお…… なんとまあ、無事のお帰りで……」

 老人の頭がゆっくり引っ込んだ後、人を呼ぶしゃがれ声が向こうで響いた。
 閂を外すらしい音がした後、門が二つに分かれて奥へと開く。

 アブリルは馬を砦内に進めて、馬小屋の前で降りた。
 どうやって降りるのかと逡巡している私をアブリルは導いて降ろしてくれた。さすが騎士ね! 女の子だけど。
 
 アブリルが馬をつなぎに行っている間、私は砦の庭を眺める。
 砦に入るのなんて生まれて初めての私だけど、この砦があまり大きくもなければ立派でもないのはさすがに分かる。
 石壁のあちこちが崩れかけてるし、雑草が好き放題に茂ってる。

 門を開けてくれたのは、さっきの老人、それに中年女性。
 老人はくたびれたシャツにズボン姿。黒いチョッキを羽織っているのはちょっと偉そう。
 中年女性はがっしりした身体つきで、あちこち繕ったチュニックを着てエプロンも付けている。
 二人とも私の方を眺めてくるのが怖い。

 馬をつないできたアブリルが、私を二人に紹介した。
「この人はシュガ。龍にさらわれてきて、記憶も奪われてしまったんだ」
 私は恐る恐る二人にお辞儀をする。
 知らない人に挨拶するのは苦手。

「村長、シュガの家が見つかるまでの間、ここで過ごしてもらうことにしたから」
 そう言われた老人がゆっくり頷く。
「へいーーミレーラ、世話をしてやっておくれ」
 そう言われた中年女性がエプロンを勢いよく叩いて、私はびくっとする。
「任せな!」

 そこでアブリルは嬉しそうな顔になって、
「シュガは錬金術で僕を助けてくれたんだ」
「ほう……」
「そいつは聞き捨てならないねえ」
 村長とミレーラ女将の目つきが鋭くなったような。

 村長は白髭の生えた顎に手をやって、
「錬金術…… 薬作りですかのう……」
 なぜか疑わしそうな目で私を見ている。

 アブリルが空気を読まずに明るい声で、
「きっと村の役に立つよ」

「この村で商売を始めるなら、あたいを通してもらうよ」
 甲高い子どもの声だ。
 ミレーラ女将の横に、いつの間にか小さな幼女が来ている。
 女将と同じような服装をしていてエプロンも付けていた。
「娘のペトロナさね。道具屋を任せてる」
 ミレーラが紹介する。

「本当に錬金術を使えんの?」
 ペトロナは寄ってきて、じろじろと私を見分する。

「シュガは僕の剣を継いでくれた。本物だよ」
 アブリルは断言した。

 ペトロナは私の周りをぐるぐる回って値踏みしながら、
「錬金術は魔女の技とも言われてるのよね。金銀を錬成したり、人体の真理を解き明かして薬や毒を作ったり」
「あ、私は魔女なんかじゃないよ」
 ペトロナの鋭い視線に私は腰が引けてしまう。
 いずれ怖い魔女として皆を恐れさせる予定の私だけど、今はまだその時じゃない。

 ペトロナは回り続ける。
「本当に村のためになる錬金術が使えるのか見せてもらうよ。使えないなら出ていってもらう」

「ちょ、ちょっと」
 私が反論しかけたところでアブリルが、
「もちろん、シュガの錬金術は村の役に立つよ」

 ああ、また断言しちゃったよ。ちょっと助けたからってそんなに信頼するかなあ。私、本当は悪い魔女で龍よ?

「できるってんなら来な」
 ペトロナはすたすたと砦内の居館に向かっていく。
 この子、むちゃくちゃ偉そうなんですけど!

「村には偽錬金術士やら偽医者がしょっちゅう来てのう…… 効きもせん薬を売りつけていったのじゃ」
 村長が弁明するように言う。

「私も偽者だって言うの?」
「孫は村を守ろうとしておるだけなのじゃ。悪く思わんでくれ」
 あ、権力者の血筋ってわけ!?

 砦の居館は一階にいくつも部屋が並んでいた。中でも広そうな部屋が食堂に使われていて、そこに私たちは案内された。
 ペトロナは私たちに座るよう指図してから、ミレーラ女将になにやら頼んでいる。

 テーブルのひとつを選んでアブリルが座る。
 周囲を伺いながら、私も向かいに座る。
 昼過ぎだというのに薄暗い食堂だ。窓が小さいし、魔法の明かりがない。
 木製のテーブルはきれいに拭いてあるけど傷だらけ。

「砦は村の宿も兼ねているんだ。ここは砦の兵士と宿の客の食堂だよ」
 アブリルが説明する。
 言われてみると、隅の席で兵士っぽい鎧姿の男が食事をしてた。大きなジョッキで飲んでるのは間違いなく酒ね。
 兵士の士気はあまり高くないみたいだ。

 ミレーラ女将が魚の乗ったまな板を運んできた。
 なんだろ、南の港町では新鮮な魚を生のまま食べるところもあるっていうけど。

 テーブルにまな板と包丁が置かれる。
 魚はびちびちと跳ねる。
 まさしく魚の死んだような目をしているわりに元気だ。
 死んだような目?

「この魚、アンデッド!」
 私が叫ぶや、魚は大きく跳ねて、私に噛みつこうとしてくる。
 瞬間、アブリルが包丁を手に取って魚をまな板に縫い留めた。見事な早業!と思ったけど、包丁はぼっきりと折れる。これも私が修理させられるのかな。
 アンデッド魚は黒い血を流して動かなくなった。

「アンデッド魚を出すなんて、何の真似よ!」
 私は抗議する。やっとご飯が食べられると思ったのに。

 ペトロナは小さい身体で腰に手を当てて偉そうに、
「見たとおり、魔女の海で獲れる魚には毒がある」
「毒というよりアンデッドなんだけど」
 私の指摘をペトロナは無視して、
「この魚を食べて病気になった者たちがいる。治療薬を作ってみせな。できなければペテン師だ。村を出て行うがいいよ」

 アブリルが期待に満ちた目で私を見つめている。止めてよ、そういうきれいな目を向けるのは!

「できたらどうしてくれるのよ」
「錬金術士の扱いをしてやるよ」

 私は眉根を寄せる。
「錬金術士には広い実験室が要るのよ」
「作業場は用意してやるし、作った薬はあたいの店で扱ってやる。本当に効く薬を作れるならね」

「やってやるわよ! でも食事が先! ご飯!」
 私の文句に、ようやくミレーラ女将が食べ物を運んでくる。深皿に入った麦粥だ。豆と野菜も入ってる。肉や魚は無しだけど、こんな貧しそうな村で贅沢は言えないか。さっきみたいな魚が入ってても困るし。

 私はスプーンを取った。お粥にスプーンをつっこんで食べ始める。脱走してからずっと食事をしてなかった。
 柔らかな麦粥の栄養が身体に染み透っていくみたいだ。
 私はたちまち食べ終わった。

 アブリルはまだ上品そうにお粥をスプーンですくっている。ペトロナとミレーラ女将はテーブル横に突っ立ったまま。気まずい空間だ。

 私は立ち上がって、まな板を抱えた。
「調べるから部屋を使わせて!」
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