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二章
魔女、騎士と夜を過ごす
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ああもう、いきなり怒鳴られて心臓が停まるかと思った!
気が付けば隣にアブリルがいるじゃないのよ。
私は顔を真っ赤にして、
「と、突然なによ!」
「何度も呼んだけど返事がなかったからーー心配したんだよ」
私の無事な様子に安心したのかアブリルはほっとした様子だ。
閂を降ろしていたのにどうやって入ってきたのかと扉を見たら、蹴り破られていた。分厚い木の扉は真っ二つだ。乱暴すぎる。
アブリルは乳鉢の中を覗き込む。液化したミスリウムが銀色に輝いて揺れている。
「これが錬金術の材料? 面白いね」
もしかして雷撃を見られた?
魔法嫌いのアブリルが私の魔法を知ったら。それも飛龍の能力を。
きっと征伐されちゃうよね……
「もう夜なのに、お腹は空かないの?」
アブリルは気楽な様子だ。どうやら雷撃は見られなかったっぽい?
それにしても、もう夜? 窓も閉めてるから気が付かなかった。
集中していると時が過ぎるのって早い。
「あの、ほら、病気の人のために急いで薬を作らないと」
「シュガはいつも人の命のために……本当に立派だよ!」
アブリルは私に尊敬のまなざしを向けてくる。
ちょっと止めて! 私は錬金術が楽しくなってただけなの!
「僕も手伝うよ」
「え、ううん、錬金術は秘術だし、私だけでやるから」
「遠慮しないでよ!」
アブリルは僕の間近で目をキラキラさせている。圧が強いよ!
「じゃ、じゃあ、その乳鉢に入ってるものをすり潰して」
「お安い御用さ」
アブリルは乳棒を手に取って、乳鉢の底に押し当てる。回そうとした途端に乳棒はぽっきりと折れた。ああ、壊すのは武器とか防具だけじゃないんだ。
結局、乳棒三本を犠牲にしてアブリルは諦めた。
「無理しなくていいから」
私の慰めを背にアブリルは鍛冶場を出ていく。
その隙に私は飛龍の尻尾をひっこめる。
落ち込ませちゃったかな? ちょっとかわいそうな気もするけど一人の方が助かる。
でも、しばらくするとアブリルはお盆を抱えて戻ってきた。
お盆ではお茶の入ったカップが湯気を立て、堅そうなパンも乗っている。
貴族様がメイドみたいなことをするのには驚いた。
「そんなことしなくても」
「せめてこれぐらいはやらせてよ」
アブリルは捨てられた子犬みたいな目で私を見上げてくる。こんなかわいい子にそんな目をされると、自分はとても悪いことをしている気分になる。
「う、ううん、だったらアブリルの分も持ってきて。一緒に食べようよ」
ああ、うっかり懐柔されてしまった。
「うん!」
アブリルはまた出ていって自分の分のお盆も運んできた。
作業台の上に二人のお盆を並べて、軽い夕食を始める。
苦いお茶が癖の強いパンに合うし、堅いパンもお茶に浸すと食べやすい。
素朴な食べ物だけど、別に奇術団でも大したものは食べてなかったしね。
「シュガは家のことを思い出せた?」
アブリルが顔を寄せて聞いてくる。距離が近いんですけど。
「ええっと、まだ全然。あ、でも錬金術は使えるっぽいから」
「そう……」
なんだろ、アブリルは安心したように見える。どういうこと?
ともかく私の過去に話が向くのはよろしくない。
「あのさ、アブリルはあの聖騎士団なんだよね。一人で仕事してるなんてすごいね」
「全然すごくないもん……」
アブリルがきれいな目を伏せる。
あれ? 適当にほめようと思ったのに失敗した?
「僕がここに派遣されたのって、邪魔で役立たずだったからだと思うんだ……」
「そ、そんなことないんじゃないの?」
「南ウルスラ王国とアポトシス聖騎士団は仲が悪いんだ。南は魔法反対派で、聖騎士団は魔法推進派だから」
「へえ?」
西でドサ回りしてた私にはよく分からない政治の話だけど、聖騎士団は魔法推進派なんだ? アブリルは違ったよね?
「龍に襲われた南の村々が、聖騎士団に助けを求めてきたんだ。それで聖騎士団としては、南を心配させないような小物を一人だけ派遣することにしたんだ。それが僕だよ」
「……使えない人を一人だけ送ったりはしないでしょ」
「僕は武器を壊してばかりだし、魔法には反対だし……」
アブリルは下を向き、美しい金髪が垂れる。
私も自分の居場所がなくて飛び出したようなものだし、貴族様なんて別世界の住人かと思ってたけど案外と似たような境遇なのかもね。
案外、友達になれるかも。
そう思った時だった。
アブリルはがばりと頭を上げる。その目は爛々と輝いている。
「でも、おかげで念願の機会を得たんだ! 龍を倒して僕は勇者になる! そして聖騎士団のみんなを見返す!」
「ゆ、勇者!?」
私は腰が引ける。
聖騎士団の勇者っていえば、あちこちの魔族を滅ぼしたことで有名な虐殺者ですよ。そんなものを目指す?
「凄い錬金術士に組んでもらえて本当にうれしいよ。一緒に龍を倒そう!」
「が、がんばろう」
私は弱弱しく言う。倒されるのは遠慮したいんですけど。
アブリルは私の肩をがっしり掴んで、まっすぐに私を見ている。この子、華奢な見た目なのにびっくりするぐらい力が強い。
島のあんな気持ち悪い魔物たちを倒すのならいいけど、狙ってるのはそっちじゃなくて、私本人だよね!
「ありがとう! シュガ姉!」
アブリルは私に抱きついてきた。
いつの間に姉になったんだっけ?
困っちゃって顔が火照る。
人間が苦手な私だけど、かわいい子犬に飛びつかれたみたいで、その、意外と嫌じゃない気分なんですけど、ただ、その子犬ってば猛犬の猟犬で私の喉笛を狙っているわけで。
あ、ちょっと力込めすぎ! 息が、息ができないったら! 退治されちゃう!
気が付けば隣にアブリルがいるじゃないのよ。
私は顔を真っ赤にして、
「と、突然なによ!」
「何度も呼んだけど返事がなかったからーー心配したんだよ」
私の無事な様子に安心したのかアブリルはほっとした様子だ。
閂を降ろしていたのにどうやって入ってきたのかと扉を見たら、蹴り破られていた。分厚い木の扉は真っ二つだ。乱暴すぎる。
アブリルは乳鉢の中を覗き込む。液化したミスリウムが銀色に輝いて揺れている。
「これが錬金術の材料? 面白いね」
もしかして雷撃を見られた?
魔法嫌いのアブリルが私の魔法を知ったら。それも飛龍の能力を。
きっと征伐されちゃうよね……
「もう夜なのに、お腹は空かないの?」
アブリルは気楽な様子だ。どうやら雷撃は見られなかったっぽい?
それにしても、もう夜? 窓も閉めてるから気が付かなかった。
集中していると時が過ぎるのって早い。
「あの、ほら、病気の人のために急いで薬を作らないと」
「シュガはいつも人の命のために……本当に立派だよ!」
アブリルは私に尊敬のまなざしを向けてくる。
ちょっと止めて! 私は錬金術が楽しくなってただけなの!
「僕も手伝うよ」
「え、ううん、錬金術は秘術だし、私だけでやるから」
「遠慮しないでよ!」
アブリルは僕の間近で目をキラキラさせている。圧が強いよ!
「じゃ、じゃあ、その乳鉢に入ってるものをすり潰して」
「お安い御用さ」
アブリルは乳棒を手に取って、乳鉢の底に押し当てる。回そうとした途端に乳棒はぽっきりと折れた。ああ、壊すのは武器とか防具だけじゃないんだ。
結局、乳棒三本を犠牲にしてアブリルは諦めた。
「無理しなくていいから」
私の慰めを背にアブリルは鍛冶場を出ていく。
その隙に私は飛龍の尻尾をひっこめる。
落ち込ませちゃったかな? ちょっとかわいそうな気もするけど一人の方が助かる。
でも、しばらくするとアブリルはお盆を抱えて戻ってきた。
お盆ではお茶の入ったカップが湯気を立て、堅そうなパンも乗っている。
貴族様がメイドみたいなことをするのには驚いた。
「そんなことしなくても」
「せめてこれぐらいはやらせてよ」
アブリルは捨てられた子犬みたいな目で私を見上げてくる。こんなかわいい子にそんな目をされると、自分はとても悪いことをしている気分になる。
「う、ううん、だったらアブリルの分も持ってきて。一緒に食べようよ」
ああ、うっかり懐柔されてしまった。
「うん!」
アブリルはまた出ていって自分の分のお盆も運んできた。
作業台の上に二人のお盆を並べて、軽い夕食を始める。
苦いお茶が癖の強いパンに合うし、堅いパンもお茶に浸すと食べやすい。
素朴な食べ物だけど、別に奇術団でも大したものは食べてなかったしね。
「シュガは家のことを思い出せた?」
アブリルが顔を寄せて聞いてくる。距離が近いんですけど。
「ええっと、まだ全然。あ、でも錬金術は使えるっぽいから」
「そう……」
なんだろ、アブリルは安心したように見える。どういうこと?
ともかく私の過去に話が向くのはよろしくない。
「あのさ、アブリルはあの聖騎士団なんだよね。一人で仕事してるなんてすごいね」
「全然すごくないもん……」
アブリルがきれいな目を伏せる。
あれ? 適当にほめようと思ったのに失敗した?
「僕がここに派遣されたのって、邪魔で役立たずだったからだと思うんだ……」
「そ、そんなことないんじゃないの?」
「南ウルスラ王国とアポトシス聖騎士団は仲が悪いんだ。南は魔法反対派で、聖騎士団は魔法推進派だから」
「へえ?」
西でドサ回りしてた私にはよく分からない政治の話だけど、聖騎士団は魔法推進派なんだ? アブリルは違ったよね?
「龍に襲われた南の村々が、聖騎士団に助けを求めてきたんだ。それで聖騎士団としては、南を心配させないような小物を一人だけ派遣することにしたんだ。それが僕だよ」
「……使えない人を一人だけ送ったりはしないでしょ」
「僕は武器を壊してばかりだし、魔法には反対だし……」
アブリルは下を向き、美しい金髪が垂れる。
私も自分の居場所がなくて飛び出したようなものだし、貴族様なんて別世界の住人かと思ってたけど案外と似たような境遇なのかもね。
案外、友達になれるかも。
そう思った時だった。
アブリルはがばりと頭を上げる。その目は爛々と輝いている。
「でも、おかげで念願の機会を得たんだ! 龍を倒して僕は勇者になる! そして聖騎士団のみんなを見返す!」
「ゆ、勇者!?」
私は腰が引ける。
聖騎士団の勇者っていえば、あちこちの魔族を滅ぼしたことで有名な虐殺者ですよ。そんなものを目指す?
「凄い錬金術士に組んでもらえて本当にうれしいよ。一緒に龍を倒そう!」
「が、がんばろう」
私は弱弱しく言う。倒されるのは遠慮したいんですけど。
アブリルは私の肩をがっしり掴んで、まっすぐに私を見ている。この子、華奢な見た目なのにびっくりするぐらい力が強い。
島のあんな気持ち悪い魔物たちを倒すのならいいけど、狙ってるのはそっちじゃなくて、私本人だよね!
「ありがとう! シュガ姉!」
アブリルは私に抱きついてきた。
いつの間に姉になったんだっけ?
困っちゃって顔が火照る。
人間が苦手な私だけど、かわいい子犬に飛びつかれたみたいで、その、意外と嫌じゃない気分なんですけど、ただ、その子犬ってば猛犬の猟犬で私の喉笛を狙っているわけで。
あ、ちょっと力込めすぎ! 息が、息ができないったら! 退治されちゃう!
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