追放騎士と家出魔女 ~悪い魔女は天敵の騎士になつかれてしまいましたが島の支配を目指します~

モト

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二章

魔女、雲を抜ける

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 私は夜通し作業をしてオリハルコニウムを細かくすり潰した。
 平らな盆にオリハルコニウム粉末を薄く広げる。

 お茶の代わりや夜食を運んできてくれていたアブリルも今はテーブルに突っ伏して眠っている。
 元気すぎて怖いアブリルも寝ていれば本当にかわいらしい。柔らかな金髪が顔からテーブルに垂れている様にはつい見惚れてしまう。

 ここの窓は高級なガラスなんかじゃなくて、ただの木の枠だ。外して外を見てみる。ううむ、曇ってるね。
 次の工程には太陽の光が必要なんだけどなあ。
 このあたりの天気は春過ぎに雨が多くて、下手すると何日もこの天気が続きそう。待ってると追い出されちゃうかも。それはあの幼女に私の錬金術が負けたことになるのはむかつく。

 私はお盆を抱えて部屋を出て、オリハルコニウムをこぼさないように気を付けて階段を上っていく。
 居館の二階は居室、三階は仕事場と倉庫などがあるみたいだ。
 三階から上は塔になっていて、螺旋階段を上りきればそこは屋上だった。

 屋上は胸壁に丸く囲まれていて、周りをぐるりと眺めることができる。
 海岸の先には古き龍の島が見える。刺々しい形だ。暗い曇り空の下だといかにも悪い龍が住む城みたいな様子に見える。茂る木々は枯れた茶色をしている。
 あちこちに塔のようなものも見えるんだけど、あんなのあったっけ?

 反対側を眺めると、こちらは緩やかな丘陵に畑が広がっている。果実の畑が多いみたい。こちらの木々も茶色が混ざっていて、あまり元気そうには見えないのが気になる。

 最後に空を見上げる。問題はこの見渡すかぎり分厚い雲に覆われた曇り空。
 飛龍になって、雲がないあたりまで飛んでいく? かなり時間がかかりそうなのと、オリハルコニウムの細かな粉末を遠くまで持ち運ぶのは不安だなあ。こうなったら雲をなんとかするか。

 お盆をそっと床に置く。
 周りに人がいるとまずい。塔から庭を覗いてみる。人の姿は見当たらない。まだ太陽が出たばかりの早朝とあって居館からは人が動く気配も無し。

 私は手早く服を脱いで床に積み重ねる。うう、肌寒い。
 飛び回ってから一晩経って、寝てはいないけど魔力はそれなりに回復しているのを感じる。
 魔力を身体の魔法陣に込めていく。霊紋が浮かび上がり、魔法術式が起動して魔法陣が鮮やかに光り輝く。

「飛龍に変身! あぶそるれんす・ぼるくれむ!」
 私は塔よりも大きな飛龍に変身した。
 翼を広げて空高く舞い上がる!

 飛龍になって空を飛ぶのにもかなり慣れた。
 ぐんぐん高度を上げていく。
 どんより灰色の雲にぶつかり、通り抜けてさらに上へ。
 すぽんと雲を抜けると蒼空が広がっていた。太陽の光にお出迎えされる。

 ちなみに飛龍が飛ぶのって、鳥のように翼をバタバタ動かしていると思ってるとしたらそれは間違いね。
 飛龍の身体は大きくて、その割には翼が小さい。この翼を羽ばたかせても大した風は起こせない。
 飛龍は魔法で飛ぶ。風属性の魔法で空気を動かして揚力を生み出しているんだって魔物大辞典には書かれていた。魔法言語や魔法陣を使うことなく生まれながらに魔法を使いこなす、まさしく魔法の生物、魔物なのだ。
 
 飛龍になるとついハイになっちゃって、雲の上をぐるぐる回って踊りくねる。
 白い雲が綿のように散る。自分の航跡にも細い雲がたなびく。
 抜けるような青空、白い雲、ああ気持ちいい!
 んで、しばらくしてから我に返った。
 
 塔に置いてきたオリハルコニウムの粉末に日光を浴びせるのが目的だった。
 この分厚い雲に穴を開けないとね。
 できる? やるしかない!

 飛龍は魔法で風を起こして飛ぶ。つまり風を操ることができる。
 私はめいっぱい風を起こしながら分厚い雲に切り込んでいく。
 螺旋の軌道を描いて雲を抉るように回る、回る、回る!

 雲は渦を巻き始める。下から上へ。
 逆さまの竜巻が生じる。
 雲は天高く舞い上げられ千切れ消えていく。
 曇り空に大穴が開く。

 太陽の光が雲を抜けて地表の砦に降り注ぎ始める。
 これで塔の上のオリハルコニウムに光属性の力が充填されるはず! 

 飛龍の眼ははるか遠くまでをも見通す。
 下界にある砦の様子だって克明に見える。
 塔に置いてきた盆の上のオリハルコニウムがきらきら輝いている。良し!
 庭に人がいて、あれはアブリル? でっかい弓を構えてこちらをまっすぐに狙ってる。なんなの! 殺気に満ちてるんですけど! 悪し!

 アブリルは弓を折れんばかりに引き絞り、矢を解き放った。
 矢は音速を軽く突破、細い白雲を引きながら超高速で私にまっすぐ飛来。首筋をかすめ飛ぶ。
 飛龍の鱗が切られた! 龍種の鱗は剣だって弾くのに!?
 だいたい地上からの弓射なのにこんな上空まで届くだけでもおかしいでしょ!

 あ、でも弓が砕け散るのが見えた。アブリルは弓だって壊すことが分かった。
 ふう、安心…… と思ったらアブリルが石壁の石を掴む。
 投げてくる? いやいやまさか。え、本当に!

 アブリルには抱えきれないほどの大きな石なのに、軽々と投げつけてくる。
 石は砕けて散弾になりながら私の方へ。
 どうなってんの!? 私は雲の高さにいるのよ!
 私は全力で風の障壁を作る。
 それでも散弾は貫いてきた。
 身体のあちこちに当たる。無茶苦茶痛い!
 血へどを吐いちゃう!

 ちょっとちょっと! 私は薬を作って人助けしようとしてんのよ! 
 なんか悪いことした!? あ、城を壊したか。

 徹夜明けの変身でさらに派手な魔法まで使って、すっかり魔力切れ。
 変身魔法が切れる。
 飛龍から人間の姿に戻ってしまう。

 真っ裸で落ちていく私。
 これはひどい、あんまりだ。
 このまま落ちたら最低の死にざまじゃないの!

 ちょっとだけ、ほんの少しだけでも再変身を!
 もともと乏しい体力をかき集めて魔力を生む。
「ちょびっとだけ変身!」
 背中に小さな翼が出現した。
 地表が近い! 果実畑が見えてくる! 風を逆噴射!
 萎びた葉っぱがまき散らされて、痩せた果実が散り転がる。
 土を巻き上げて、激突寸前に空中停止。

 助かった……!
 私は大きく喘ぐ。

 地表を舐めるように低空飛行して砦へ。
 砦内から見られないよう角度を気を付けて壁際から塔へ。
 屋上に転がり落ちた。
 良かった、オリハルコニウムはこぼれることなく無事に太陽の光を浴びている。

 わざわざ変身解除するまでもなく魔力切れで変身が解ける。
 身体を引きずるように服の元へ。
 肩で息をしながら服を一枚一枚着込む。
 なんとか着終わって石床に倒れ込んだところに、階段から足音。

「シュガ姉! どうしたの!」
 屋上にアブリルが上がってきた。
 顔を青くして私に駆け寄ってくる。

 私の姿? 服は着たよね?
 なにか着忘れたかと見てみたら服が赤く染まっている。
 血? 血!
 くらりとして倒れる私をアブリルがすばやく支えてくれた。
 お姫様抱っこされる。

「龍にやられたの!? ごめん…… 僕が気付くのが遅くて……」
 アブリルは心底心配そうだ。

 龍じゃなくて、やったのはアブリル!
 気付くのがもうちょっと遅かったらよかったよね!

「早く医者に見てもらおう!」
 アブリルはあたしを抱えたまま、焦った様子で階段を駆け下り始める。
 揺れる! 怖いんですけど!

「あ、ちょっと血を吐いただけだから」
「血を吐くのはちょっとじゃないよ!」

「でも、ここに医者なんているの?」
「え! そうだ、どうしよう!?」
 一階まで降りてきたアブリルは行き先が分からなくなって高速でぐるぐる回り始める。
 回る! 目が回る!

「私が! 錬金術で! 薬を作って! 治すから! 降ろして!」
 アブリルがぴたりと止まる。

「治せる…… の?」
「うん! うん!」
 私は懸命にこくこく頷く。

 アブリルは私を鍛冶場のテーブルに降ろした。
「早く! 薬を作らないと!」
「……昨日から作ってるでしょ……」

「あれで治るの!?」
「治る…… ことにする…… 眠い…… 盆を…… 回収しないと……」
 私の意識は闇に沈んでいく。
 アブリルの叫びが聞こえてたような気がした。
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