大好物はお兄ちゃん

モト

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1章

3話

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 俺と美夜はようやく水族館のある公園にたどり着いた。
 暗く静かな公園はところどころを街灯で照らされている。
 俺たち以外には誰も見当たらない。

「着いた!」
 美夜は飛び降り、一人はしゃいで駆けだす。かぶっている麦わら帽子がずれて落ちそうだ。
「おい! 美夜!」
 俺も仕方なく追いかける。

 風のように駆けていく美夜の後を俺は走る。
 途中で落ちていた麦わら帽子を拾い、ようやく水族館の入口にたどり着くと、そこでは美夜ががっくりと肩を落としていた。

「水族館が開いてない……」
「そりゃそうだろ。時間が早すぎる」
 
 俺が麦わら帽子を渡すと、美夜は力尽きたように入り口前で座り込んだ。
「もうじき開く?」
「当分は開かないな」

「だったら勝手に入るもん!」
 威勢よく叫んだ美夜は、しかし立ち上がろうとしてペタリとへたり込む。 
「お腹減った…… お兄ちゃん、血」
「飲ませないって言ってるだろ」

 俺も座って、血の代わりにバックパックから弁当を取り出した。
 生肉やレアのステーキは痛んでしまうから、ブーダン・ノワールだ。豚の血を使ったソーセージで、血の香りが目立つ。好みを選ぶ料理だそうだが、美夜はこれなら食べてくれる。

 大きな弁当箱の一つにたっぷり詰まったブーダン・ノワールに美夜は唾を飲み込む。
 美夜はウェットティッシュで手を拭いてから、携帯用フォークをがっと握った。ぐさりとソーセージに突き刺してかじりつく。

「こら、いただきますを言いなさい!」
「ふぃふぁふぁきまふ」
 美夜はもりもりとソーセージを平らげていく。

 このままでは俺の分のおかずが無くなりそうだ。
 俺も慌てて自分用の弁当箱を開ける。白ご飯や他のおかずが現れる。

「おい、俺の分もよこせよ」
「ふぇんふふぁふぁふぃのふぁふぉん」
 独り占めしようとする美夜からなんとかソーセージを一本奪取した。

 しばらくして二人とも食べ終わる。
 俺は腹いっぱいになってまた眠くなってくる。

「お兄ちゃん、寝ちゃだめなんだからね」
 そう言いながら、美夜は俺をクッション代わりに寄りかかってくる。
 美夜も腹がくちくなって人心地着いたのか目を閉じている。自分だけ寝るつもりじゃないだろうな。

 こんな夜の屋外で寝てしまっちゃいけない。俺はなんとか意識を保とうと努力していたが、いつの間にか眠りに引き込まれてしまったようだった。

「お客さん! そんなところで寝るのは禁止です!」
 耳のすぐ側で大声。

 俺はびくりとして意識を取り戻した。
 目を開けるとすぐ前に女性の顔。

「あ…… す、すみません。寝るつもりはなかったんですが」
「だったら何をしていたんですか?」
 女性は厳しい顔で詰問してくる。

「水族館が開くのを待っていたんです」
「こんなに早い時間から? そんなに大行列になる水族館じゃないんですよ。なんとかランドでもないのにやりすぎでしょ。待つのは禁止です!」
「え、ええっ!?」

 俺の隣で目を覚ました美夜が、キッと女性を見据える。
「なに、あんたたち!」
 露骨に不機嫌そうな声だ。

「ルリ姉、こら、いい加減にしなさいってば」
 そこで横から別の女性の声。

 厳しい顔をしていた正面の女性がプッと吹き出した。
「わはははは! ごめんごめん!」

 早朝の光で照らされた姿をよく見ると、正面の女性はせいぜい俺と同じ歳ぐらいの少女だ。整った顔立ちに陽気そうな表情を浮かべている。
 横にいる少女も正面の子とよく似た顔立ちだが、真面目そうな雰囲気だ。

 二人は作業着のような服を着ている。服の胸部分には水族館のロゴと名前が入っている。この水族館の関係者らしい。正面のショートヘアの子がルリ、もう一人のポニーテールの子がサンゴか。そっくりな顔からして双子だろうか。

 正面のルリはひとしきり笑った後、
「彼女さんと仲良く寝こけてるのがあんまりかわいかったから、ちょっとからかっただけ!」

「彼女じゃないもん! 妹だもん!」
 美夜が怒った声で言う。

「あ、そっかあ。めんごめんご、妹ちゃん許して。血のつながってる感じがなかったからさあ」
 ルリは手を合わせて拝むようなポーズ。
 美夜は複雑な表情を浮かべる。

 もう一人の子のサンゴが、
「姉が失礼なことを申し上げてしまって本当にすみません。こら、ルリ姉、もっと真剣に謝って!」
 ルリはサンゴに後ろから頭を押される。二人はそろって頭を深々と下げる。
「「ごめんなさい」」

「いや、別にいいよ。目が覚めたし」
 俺は笑ってすませる。美夜はまだ不機嫌なようだが。

 お詫びが終わるとサンゴは、
「扉を開けますから、中に入ってチケット売り場の前でお待ちください。椅子もありますから」
「ありがとう、助かるよ」

 ルリは明るい声で、
「うちらの水中ショー、見に来てよね。なんと、このサンゴちゃんの水着を堪能できちゃうんだよ!」
「ちょっと、ルリ姉!」

 ルリの視線につられて、俺は反射的にサンゴの方を見てしまう。ルリもだが、すらりとした体躯が運動選手を思わせて美しい。
 突然、隣の美夜から俺に向けた殺気のようなものを感じた。いったい俺の何を怒っているのか?

「あの、それでは、お二人とも楽しんでいってくださいね」
 恥ずかしそうにしながらサンゴはルリを引っ張って水族館の裏手側に向かっていった。

 少ししてから水族館の扉が開錠された。まだ開館まではかなり時間があるのに親切な配慮だ。中で待つことができるのはありがたい。

「さあ、入るぞ。日差しがもうきついだろ」
 しかし美夜はぶつぶつとつぶやきながら立ち尽くしている。まだ怒っているのかと思ったが、美夜はどうも妙に複雑な表情を浮かべていた。

「妹だもん…… 血がつながってなくたって……」
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