暗黒騎士の大逆転

モト

文字の大きさ
29 / 64
第2章

悪魔召喚と暗黒騎士

しおりを挟む
 暗黒騎士ザニバルが駆る二輪車、ベンダ号は大河へと真っ直ぐにばく進する。
「あわわわ!」
 ザニバルは慌てる。二輪車は水上を走れないのだ。避けたいところだが、ベンダ号が示すコースは大河を突っ切っている。

 その後ろを行く雷蛇もまた大河へと直進していく。
「水は苦手だけど! やるしかない!」
 雷蛇の頭に乗っている巫女マヒメは突入を決意する。雷蛇の放電を強化する。

 大河の土手がみるみる近づいてくる。
 ザニバルは恐怖に震える。
 このまま進めば川の中。重いザニバルは沈んでしまうし泳げない。
 怖い。助けてほしい。お父さん、お母さん、お姉ちゃん。
 でも、助けてはくれない。みんなザニバルを助けるためにいなくなったから。
 だから今はザニバルがみんなのために立ち向かう番だ。
 ザニバルは恐怖を見据える。

 土手へとベンダ号は走る。
 土手に埋まっている切り立った岩、そこにベンダ号は突入する。
 車輪が岩にぶつかり、車体は跳ね返され、高く跳ね上がり、宙を縦に一回転。後ろを走っていた雷蛇へと落ちる。

 雷蛇の尾は塔を抱えている。その上にベンダ号は着地した。塔は激しく揺れ、雷蛇の電撃がベンダ号にまたがるザニバルを襲う。

「みゃみゃみゃみゃみゃみゃ!」
 電撃にしびれるザニバルは、しかし雷蛇の尾から落ちようとしない。

 雷蛇はザニバルを乗せたまま大河へと滑走する。
 雷蛇を駆るマヒメは白い左瞳を光らせ、
「降りろよおお! 沈むだろうがあああ!」
 怒鳴りつける。

「やだよ! 水は嫌いだもん!」
「それはこっちも同じだああああ!」

 ベンダ号を乗せた雷蛇は土手を越えて大河に進入。水面が激しくしぶきを上げて雷蛇を濡らす。

 雷蛇は稲妻で電離風を起こして浮遊滑走している。その稲妻が水しぶきによって弱まる。高度と速度が落ちる。水面が迫ってくる。

「邪魔なんだよおおお!」
 雷蛇はベンダ号の乗った尾を左右に振り、ベンダ号を落とそうとする。ザニバルが巧みに操ってバランスをとり、尾に乗り続ける。

「しつこいいい!」
 雷蛇は尾を縦に振る。
 ザニバルは両腕の魔装を細長く鞭のように伸ばした。鞭は車体と尾に絡みついてしっかり支える。

「しぶといなあああ!」
 雷蛇は他の尾でベンダ号をはたこうとしたが、尾の推進力が弱まって雷蛇は水面にぶつかる。 
 雷蛇は高い水しぶきを上げる。沈みかけながら慣性で進む。なんとか向こう岸にたどりついた。

 ザニバルは鞭を解除、ベンダ号を急加速させて雷蛇の尾から飛び出す。土手に着地して駆け上り、大河の先へ。
 ぬれねずみになったマヒメは怒りに歯ぎしりしながら後を追う。

 真昼の日射しを浴びながらザニバルのベンダ号は街道を進む。ザニバルも濡れていたが、風に吹かれてすぐに乾いていく。
 ベンダ号が示す星脈の流れは街道に沿っている。そのままにザニバルはベンダ号を走らせる。
 雷蛇は後ろを追ってくる。

 バリラビラビラー
 ベンダ号の爆音と雷蛇の音楽が平野に響き渡る。

 地平線の先に城の突端が見えてくる。ナヴァリア州の都城、芒星城だ。
 以前は閑散としていた芒星城だが、貿易再開の成果か、街道にはぽつぽつと人の流れがある。商人や領民のようだ。
 ザニバルたちの騒音が迫ってきて、彼らは驚き慌てて街道をそれる。

 進むザニバルは星脈の力が強まってきたのを感じる。

<ふうむ、芒星城には強い星脈溜まりがある。というよりも星脈溜まりに城を築いたのだろうね>
 バランが感心している。

 星脈の流れは芒星城をぐるぐると何周も回っている。
 ザニバルは流れに従って周回に入る。

 ベンダ号は神宝アルテムの杖が変じたものだ。その杖に遺されていた恐怖の匂いが急激に強まる。
 暴虐。
 殺戮。
 喪失。
 絶望。
 召喚。
 悪魔。

 ザニバルには分かった。
 この杖を使っていた者たち、ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルト。彼らはここで死んだのだ。マヒメを遺して。

 芒星城の地にはかつて巨大な魔法陣が設置されていたことを魔女フレイアがザニバルに教えてくれた。おそらく死んだ彼らはその魔法陣で行われた悪魔召喚の犠牲になったのだろう。
 その時の途轍もない恐怖が杖に遺されている。

 マヒメは雷蛇を駆ってザニバルを追う。
「ああああああ!」
 ベンダ号から立ち昇る恐怖の匂いを感じて絶叫する。仲間たちが惨たらしく殺されていったときの恐怖だ。心の奥底に押し込めていた記憶が襲ってくる。逃げられない。

 雷蛇の動きが乱れる。七つの尾がのたうち回る。激しい放電が芒星城を取り巻く。

 ババリバラリラリラリラリラリバラリバラリラー


 芒星城、領主の間。
 質素なテーブルと椅子が置かれた部屋だ。ここにも外からの騒音が響いているが、領主の少女アニスは静かに書類を処理している。
 そこに側近のゴブリン少女ゴニが駆けこんできた。

「アニス様、た、大変です! 襲撃です! この音、魔物です。蛇のような魔物に囲まれています。暗黒騎士が引き連れてきたんです!」
 普段は冷静なゴニが血相を変えている。

 アニスは耳を澄まして、
「あら、祭の音楽ではなかったの? 書類が終わったら見物に行こうと思っていましたのに」

「とにかくご覧になってください!」
 ゴニはアニスの手を引いて立ち上がらせる。

 主従は芒星城の主塔屋上にやってきた。
 胸壁から下の様子をうかがう。

 黒い木馬のようなものにまたがった暗黒騎士と、稲妻に包まれた長大な蛇のような魔物が、凄まじい騒音を響かせながら芒星城を周回している。
 人々は芒星城に逃げ込んだようで見当たらない。

 ゴニは緑色の顔から血の気を引かせている。
「暗黒騎士が魔物を連れて襲撃に来たんです。やっぱりあいつは悪魔です!」

 アニスはしばらく下の様子を眺めてから、にっこり微笑んだ。
「やっぱりあれはお祭りですわ」

「え!?」
「ザニバル様は今、エルフの塔之村から頼まれてお仕事をなさっているはず。あれはエルフのお祭りでしょう。百年に一度、塔を運ぶと聞いたことがありますわ」

 言われてみれば、魔物が振り回している尾の一つには塔が収められているようにも見える。
「え、いえ、しかし」
「ザニバル様にお任せしていれば安心です。皆にはお祭りだとお知らせしてください」

 下で走り回っているザニバルをゴニはにらむ。騒音を轟かせる暗黒の悪魔。どう見ても安心とは真逆の存在だ。だがゴニはアニスに忠誠を誓っている。一族を救ってくれた恩人だから。

「わかりました」
 ゴニは伝令のために主塔を降りていく。
 アニスは優しい目で見送った。


 震えるマヒメは雷蛇を制御できなくなっていた。
 速度を落とし、闇雲に放電しながら暴走する。村を回っていたときと同じだ。恐怖に囚われている。
 
「あああああ! みんな、みんな、私のために死んだ! 私ひとりで遷宮するなんて許されない!」
 塔を振り回す。

「私はみんなの命を食べた! 呪われた悪魔だ!」
 稲妻が乱れて雷蛇の形が崩れ始める。

 周回遅れになった雷蛇の後ろにザニバルがつく。
<あれ、どうなってるの?>
 バランが答える。
<まずいね、術式の自己破壊だよ。このままだと周囲の空間を巻き込んで完全崩壊しちまう>

<マヒメ、死んじゃうの!?>
<ボウマも消えるね>
<そんなのダメだよ!>

 ザニバルは加速して雷蛇に並走。ベンダ号から跳んだ。雷蛇の頭に降り立つ。激しい雷撃がザニバルを打つ。すごく痛い。でもザニバルは懸命に我慢する。

 マヒメは雷蛇の頭上でもうろうとしている。瞳の色は白でも青でもなく闇だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...