暗黒騎士の大逆転

モト

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第2章

最期の恐怖と暗黒騎士

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 迷走する雷蛇の頭上で向かい合う、暗黒騎士ザニバルと巫女マヒメ。

 マヒメの目は焦点が合っていない。
「みんな、ここで…… 私を守るために……」
 心ここにあらずといった様子でつぶやいているだけだ。
 雷蛇を制御できなくなって、荒れ狂う嵐のような稲妻に取り囲まれている。

「マヒメは間違ってるもん」
 暗黒騎士の兜の奥で赤い眼が怒りに輝く。
 魔装を構成する黒銀装甲が刺々しく伸びる。その隙間から暗黒の瘴気が噴き出て、マントのように広がる。炎の燃えるような音が響く。

 反射的にマヒメが雷蛇の稲妻を強める。マヒメを中心に稲妻と電離風が激しく渦巻く。

 放電が飛んでザニバルの魔装を舐める。
「痛っ!」
 暗黒騎士は魔装を震わせる。

「怖いもん、でも負けないもん」
 ザニバルは歯を食いしばって、渦巻の中に一歩踏み込む。
「本当の恐怖を教えてやるんだもん!」

 稲妻と電離風の渦に入り込んだ暗黒騎士は絶え間なく閃光に照らされて、ザニバルの視界は真っ白になる。
 激烈な放電に打たれ続けて魔装の表面が融け始める。
 焼けた大気の暴風が暗黒騎士を吹き飛ばそうとする。

 白光の中で、暗黒騎士は猛烈な瘴気を発した。あまりにも強い恐怖の匂い。
 おぼろげだったマヒメの目つきが暗黒騎士を捉える。大きく見開く。暗黒騎士の発する恐怖がなんなのか気付いたのだ。

 ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルト。マヒメの仲間である彼らが遺した断末魔の恐怖。それをザニバルが放っていた。
 
「あああ……!」
 マヒメの声が震える。くずおれそうになる。

「マヒメは遷宮をしたかったんじゃないの?」
「私には許されない」
 マヒメは恐怖に襲われている。皆で遷宮をしようという約束を守れなかった裏切りの恐怖。

「だから村をぐるぐる回ってたの?」
「私は晒されねばならない」
 マヒメはまた別の恐怖にも襲われている。皆で無事に帰ると誓って、皆を待つ村に一人だけで帰ってきてしまった卑怯者の恐怖。

「だからその力を使いこなさないの?」
「私の力は罪深い」
 マヒメをさらに襲うは、皆を犠牲に自分ひとり強大な力を得てのうのうと暮らしている傲慢の恐怖。

「だったらやっぱり間違ってるもん」

 全身を稲妻と電離風に打たれながら、ザニバルはまた一歩進む。
 その手が稲妻を突き抜けてマヒメの肩を捉える。
「これが本当の恐怖だもん!」
 ザニバルからマヒメに恐怖が流れ込む。 

 ユミナとフブキとサレオとルシタとアルとケインとハルトが最期に遺した心底からの恐怖。その恐怖にマヒメは心臓を掴まれる。

 彼らの遺した真の恐怖、それはかわいがってきた最年少のマヒメまでが喪われる恐怖。命を注いでマヒメを救おうとする想いが果たせないのではという恐怖。

 彼ら全員が命を懸けて悪魔ボウマを呼んだのだ。マヒメを逃がすために。

 マヒメの胸に恐怖があふれる。彼らはもういない。彼らはマヒメに未来を託して死んだ。これからは一人で生きていかねばならない。別れの恐怖。
 そして心臓から発する暖かな想い。彼らはマヒメを呪っていない。ただ愛していた。

 身体から力が抜けて倒れそうになるマヒメを、そっとザニバルが抱きしめて支える。
 抱きしめながらザニバルは伝える。
「分かった? マヒメが本当に怖がらなきゃいけないのはねえ、ザニバルなんだよ。マヒメは全然ザニバルを怖がらないんだもん。これからマヒメに勝ってこてんぱんに叱るのに」
 
 マヒメは肩を振るわせる。笑っていた。心の底から。
「ザニバル、あなたっていったいなんのよ。全然怖くないわよ」
「ザニバルは恐怖の暗黒騎士なんだもん!」

 マヒメは両足に力を込めて立ち上がり、お礼をするかのようにザニバルの背中を抱いてから、軽く突き飛ばした。
「暗黒騎士! ぶっとばしてやるぜえええ!」

「それはこっちのセリフだもん!」
 ザニバルは雷蛇の頭から跳んで、ベンダ号に戻る。

「「勝負!」」
 二人の声がそろった。競争が再開される。

 雷蛇の七尾から発していた音が乱れを鎮めた。七尾が共鳴して整った和音を響かせ始める。まるで美しい歌声だ。

 ララ ラララ ラララララ ラ ララララ

 ベンダ号が轟かす低音とも調和して芒星城をにぎやかす。

 ザニバルは周回を終えて芒星城を離れる。周回遅れのマヒメは猛追をかける。

 芒星城の屋上から火の玉が打ち上がった。
「なに?」
 ザニバルはすわ攻撃かと振り返る。火の玉は大空で炸裂して美しい光の模様を描いた。花火だ。

 芒星城の屋上ではゴブリン少女のゴニが次の花火を筒にセットしている。
 横で眺めている領主アニスは満足そうだ。
「これで領内にお祭りだと広まりますわ」
「アニス様、危ないから降りていてもらえませんか」
「ここからの眺めが最高なのよ」

 花火に見送られながらザニバルのベンダ号は駆ける。星脈の流れは街道をそれて丘へと進んでいく。
 丘の先には高い木々の林が広がっている。マルメロの果樹園だ。ここにも強い星脈溜まりがある。
 濃緑の葉を茂らせて黄金色の果実を実らせた木々は美しい。神々しさすら感じさせる。

 後ろから迫ってくる雷蛇の頭上からマヒメが叫ぶ。
「凄いでしょ、神樹に選ばれなかった苗木はここで育てられるのよ!」
「選ばれる?」
「遷宮祭で一番乗りした苗木が神樹になるの! つまり私の運んでいる苗木がね!」

 雷蛇が加速して、遂にベンダ号と並走し始める。さらに加速しようとする。
 ザニバルも負けじと加速する。

 二人は果樹園に進入する。
 果樹園ではゴブリンのおばちゃんたちが並んでいた。
 笛を持つ者、太鼓を持つ者、ラッパを持つ者。景気よく演奏する。

「暗黒騎士様、がんばれ!」
「蛇も速い速い!」
 彼女たちの声援と祭囃子が響く中を二人は駆け抜ける。
 
 ザニバルは片腕を上げてぐるぐる振り回す。
 一際大きくなった声援を後に果樹園を抜ける。

 コースは大河沿いの街道に戻ってきた。いよいよ海へと近づいていく。
 大河はより広くなり、ゆったりと流れている。
 その横の街道を風よりも速くベンダ号と雷蛇が疾走する。
「遅い、邪魔だもん!」
「そっちこそ、のろますぎるぜえええ!」
 抜きつ抜かれつ、ぶつかり合いながら進む。

 海に近づくと平野にはぽつぽつと家が増えてきた。
 向こうには小さな港町も見えてくる。
 そこでコースは街道をそれ始めた。
 針葉樹の林に入ってしばらく走り、抜けると海岸が広がる。その向こうには大海原。そして島。

 星脈の流れは海に浮かんだ島へと続いている。
 そこへの道は無い。いや、わずかな岩場が点々と島へと続いていた。岩場にはトリイが連なっている。
 島に至るにはこのトリイの海道を進まねばならない。
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