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第2章
勝利の約束と暗黒騎士
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ザニバルとマヒメの競争はザニバルの勝利に終わった。
海の宮とは島であり、その頂上に運ばれた苗木は星脈の大いなる力を受けて神樹となった。神樹を守り育んでいく遷宮の祭りは成功したのだ。
しばらく神樹を仰ぎ眺めていたマヒメだが、もう夕方も近い。
「村に戻ろうか」
少女姿のザニバルに声をかける。
「ううん、もう帰るもん」
ザニバルはとことこと神樹の陰に隠れて、
「ねえ、こっち見ちゃダメだよ」
マヒメが後ろを向いていると、炎の燃え上がるような音が背中の方から聞こえてきた。
続いて重々しい足音が向かってくる。
「もういいよ」
かわいい少女の声とは打って変わった、地獄の底から響くような低い声。
マヒメが振り向くとそこには漆黒の魔装に巨躯を包んだ暗黒騎士がいた。
禍々しいはずの姿にマヒメは微笑んでしまう。
「あの女の子はどこに行ったのかしら?」
マヒメは分かっているのにあえて聞いてみる。
「ええっと、うーんと、先に帰ったもんね」
ザニバルが困りながら答える。
「そうなんだあ」
からかいながらもマヒメは心の中で神樹に誓っていた。この少女の秘密は絶対に守ると。村と仲間とマヒメの恩人なのだから。こんな悪魔の見た目だけど。
二人は島の頂上から降り、岩場を伝って海岸に戻った。
帰り道は遠いものの、しばらく走る気にはならない。
「ザニバル、そのアルテムの杖」
「返さないもん!」
「塔に変えてよ。乗って帰ろう」
ザニバルはアルテムの杖に命じて塔に変える。黒く輝く見事な塔だ。
「アルテムの白塔が黒い…… これじゃ暗黒塔ね」
マヒメは呆れながらも塔への入り方を教える。
ザニバルが塔に命じると、壁に扉が出現した。
扉を開いて中に入ると意外に広い。広間と螺旋階段がある。
マヒメも塔に入ってきた。
ザニバルが階段を上がっていくとマヒメもついてきながら説明する。
「中は十二階あって、皆で一部屋ずつ使ってたのよ。私は一番下の二階だった」
昔の話をマヒメは気負いなく自然に語る。
「ザニバルが一番上を使うもん!」
ザニバルは螺旋階段を重々しくも急いで上り、十二階の扉を開く。
そこは一面が窓になっていて景色が開けていた。
居室の作りではない。中央には大きな椅子が据え付けられている。
はしゃいだザニバルは椅子に座る。
その前に魔法陣が展開した。
「この塔を動かすための魔法陣よ」
マヒメは使い方を説明する。
ザニバルは魔法陣に触れて、移動方角と速度を指示する。
塔が軽く揺れて動き出す。
海岸の林を越えた塔は大河沿いの街道に入った。
速度はそれほど速くはないが着実に進んでいく。
ときどきすれ違う人々は楽しそうに眺めている。祭りの神輿とでも思っているのだろう。
ザニバルは椅子に座って進行方向を眺め、マヒメは椅子の後ろに立っている。
しばらく無言だったザニバルが口を開いた。
「もうひとつの約束だよ。悪魔ヴラドのことを教えて」
ザニバルの手は自分の膝を強く握りしめている。
マヒメの左瞳が白く輝く。
「ボウマが知っていることは教えてやるよ」
マヒメの中のボウマが語り始める。
ヴラドは七悪魔の一、絶望の悪魔。人々の絶望を糧として大魔法を行う。
十年前にヴラドは召喚され、召喚者の心身を支配した。
ヴラドの狙いは高い魔力を持つ魔族たちを犠牲に七悪魔の残りを召喚すること。
だが何らかの理由で失敗。召喚されたのは封印悪魔のバランだった。
それから八年。ヴラドはやり直した。
どうやったのか、ここナヴァリア州の都に巨大魔法陣を構築した。
時はまだ戦争中。隣の王国から侵入してきた大部隊と迎え撃つ帝国軍は州都で激突した。
それこそがヴラドの待っていたことだった。
王国軍と帝国軍の戦場は巨大魔法陣の中。そこでヴラドは結界を張った。どちらの軍も逃げられなくなった。相手を殺し尽くすしかなくなった。
絶望が戦場を覆う。巨大魔法陣は絶望の力によって起動に成功した。
七悪魔の残りが召喚されようとする。
だがその戦場にはマヒメと仲間たちも招集されていた。
仲間たちはマヒメを逃がすために自分たちの命を捧げた。悪魔召喚の大魔法を自分たちのために利用したのだ。
そして逃避の悪魔ボウマが召喚され、マヒメに宿った……
「ヴラドについての話はこんなところだぜ」
ボウマは語り終わる。
「ヴラドはどうなったの?」
「結界を破って逃げ出した後のことは知らねえなあ」
「……他の悪魔たちは?」
「いくつかは召喚されてたみたいだぜ。結界が破れたときにあいつらも逃げ出したかもしれねえな」
「ありがとう。……次の悪魔を探さなきゃ」
ザニバルは長く息を吐く。
日が落ちてきて赤い夕焼けが空を染める。
塔は進み続ける。街道の彼方に芒星城が見えてきた。そして塔の群れも。夕日に照らされて美しい。
「お母さんたちだ!」
マヒメは叫び、塔の屋上に出る。ザニバルもゆっくりついてくる。
いくつもの塔が街道をこちらへと歩いてきていた。
屋上には長老や母たちの姿があった。心配そうな顔だ。
しかしマヒメが笑って手を振ると彼女たちも破顔一笑する。
「遷宮してきたよ!」
「やりましたね、マヒメ!」
長老たちは微笑み、マヒメの母は涙をこぼしている。
「私たちはこれから海の宮を守ります。あなたは村に戻っていなさい」
長老の言葉にマヒメは頭を振った。
「私は戻りません。これからはこの方にお仕えします」
マヒメは暗黒騎士の腕をとる。
「え!?」
他人事のように聞いていたザニバルはきょとんとする。
「ザニバル、もうアルテムの杖は返してくれないんでしょ」
「うん。もらったんだもん」
マヒメは笑う。
「私は神宝アルテムの杖をいただく巫女なのよ。杖の主に仕えるのは道理でしょ」
「そ、そうなの?」
困惑するザニバルにマヒメはしがみついてみせる。
「当然よ」
その様子を微笑ましく眺めていた長老たちは、
「暗黒騎士殿、どうかマヒメをよろしくお願いします」
「娘は頑固で困ったところもありますけど、面倒見の良い子です。きっと立派な嫁になります」
塔をすれ違わせながら、口々に告げていく。
別れの手を振り合い、長老たちの塔は海の宮へ。ザニバルたちの塔は芒星城へと向かう。
残されたザニバルは途方に暮れている。
「ねえ、仕えるって…… 何するの……」
兜の奥で赤い眼がちろちろと瞬く。
「そろそろお腹が減ったでしょ。夕食を作ったげるわ。ご飯をきちんと食べるのは大事なんだからね」
「でも」
そこでザニバルのお腹が鳴る。
「ほらね!」
マヒメは勝ち誇る。
日は落ちた。闇に包まれた世界で悪魔がほくそえむ。絶望の悪魔ヴラド。
<よくやってくれたな、バラン、ボウマ。これで星脈の流れを掴むことができた。到達の時は近いぞ。貴様たちも迎え入れてやる。待っているがいい!>
海の宮とは島であり、その頂上に運ばれた苗木は星脈の大いなる力を受けて神樹となった。神樹を守り育んでいく遷宮の祭りは成功したのだ。
しばらく神樹を仰ぎ眺めていたマヒメだが、もう夕方も近い。
「村に戻ろうか」
少女姿のザニバルに声をかける。
「ううん、もう帰るもん」
ザニバルはとことこと神樹の陰に隠れて、
「ねえ、こっち見ちゃダメだよ」
マヒメが後ろを向いていると、炎の燃え上がるような音が背中の方から聞こえてきた。
続いて重々しい足音が向かってくる。
「もういいよ」
かわいい少女の声とは打って変わった、地獄の底から響くような低い声。
マヒメが振り向くとそこには漆黒の魔装に巨躯を包んだ暗黒騎士がいた。
禍々しいはずの姿にマヒメは微笑んでしまう。
「あの女の子はどこに行ったのかしら?」
マヒメは分かっているのにあえて聞いてみる。
「ええっと、うーんと、先に帰ったもんね」
ザニバルが困りながら答える。
「そうなんだあ」
からかいながらもマヒメは心の中で神樹に誓っていた。この少女の秘密は絶対に守ると。村と仲間とマヒメの恩人なのだから。こんな悪魔の見た目だけど。
二人は島の頂上から降り、岩場を伝って海岸に戻った。
帰り道は遠いものの、しばらく走る気にはならない。
「ザニバル、そのアルテムの杖」
「返さないもん!」
「塔に変えてよ。乗って帰ろう」
ザニバルはアルテムの杖に命じて塔に変える。黒く輝く見事な塔だ。
「アルテムの白塔が黒い…… これじゃ暗黒塔ね」
マヒメは呆れながらも塔への入り方を教える。
ザニバルが塔に命じると、壁に扉が出現した。
扉を開いて中に入ると意外に広い。広間と螺旋階段がある。
マヒメも塔に入ってきた。
ザニバルが階段を上がっていくとマヒメもついてきながら説明する。
「中は十二階あって、皆で一部屋ずつ使ってたのよ。私は一番下の二階だった」
昔の話をマヒメは気負いなく自然に語る。
「ザニバルが一番上を使うもん!」
ザニバルは螺旋階段を重々しくも急いで上り、十二階の扉を開く。
そこは一面が窓になっていて景色が開けていた。
居室の作りではない。中央には大きな椅子が据え付けられている。
はしゃいだザニバルは椅子に座る。
その前に魔法陣が展開した。
「この塔を動かすための魔法陣よ」
マヒメは使い方を説明する。
ザニバルは魔法陣に触れて、移動方角と速度を指示する。
塔が軽く揺れて動き出す。
海岸の林を越えた塔は大河沿いの街道に入った。
速度はそれほど速くはないが着実に進んでいく。
ときどきすれ違う人々は楽しそうに眺めている。祭りの神輿とでも思っているのだろう。
ザニバルは椅子に座って進行方向を眺め、マヒメは椅子の後ろに立っている。
しばらく無言だったザニバルが口を開いた。
「もうひとつの約束だよ。悪魔ヴラドのことを教えて」
ザニバルの手は自分の膝を強く握りしめている。
マヒメの左瞳が白く輝く。
「ボウマが知っていることは教えてやるよ」
マヒメの中のボウマが語り始める。
ヴラドは七悪魔の一、絶望の悪魔。人々の絶望を糧として大魔法を行う。
十年前にヴラドは召喚され、召喚者の心身を支配した。
ヴラドの狙いは高い魔力を持つ魔族たちを犠牲に七悪魔の残りを召喚すること。
だが何らかの理由で失敗。召喚されたのは封印悪魔のバランだった。
それから八年。ヴラドはやり直した。
どうやったのか、ここナヴァリア州の都に巨大魔法陣を構築した。
時はまだ戦争中。隣の王国から侵入してきた大部隊と迎え撃つ帝国軍は州都で激突した。
それこそがヴラドの待っていたことだった。
王国軍と帝国軍の戦場は巨大魔法陣の中。そこでヴラドは結界を張った。どちらの軍も逃げられなくなった。相手を殺し尽くすしかなくなった。
絶望が戦場を覆う。巨大魔法陣は絶望の力によって起動に成功した。
七悪魔の残りが召喚されようとする。
だがその戦場にはマヒメと仲間たちも招集されていた。
仲間たちはマヒメを逃がすために自分たちの命を捧げた。悪魔召喚の大魔法を自分たちのために利用したのだ。
そして逃避の悪魔ボウマが召喚され、マヒメに宿った……
「ヴラドについての話はこんなところだぜ」
ボウマは語り終わる。
「ヴラドはどうなったの?」
「結界を破って逃げ出した後のことは知らねえなあ」
「……他の悪魔たちは?」
「いくつかは召喚されてたみたいだぜ。結界が破れたときにあいつらも逃げ出したかもしれねえな」
「ありがとう。……次の悪魔を探さなきゃ」
ザニバルは長く息を吐く。
日が落ちてきて赤い夕焼けが空を染める。
塔は進み続ける。街道の彼方に芒星城が見えてきた。そして塔の群れも。夕日に照らされて美しい。
「お母さんたちだ!」
マヒメは叫び、塔の屋上に出る。ザニバルもゆっくりついてくる。
いくつもの塔が街道をこちらへと歩いてきていた。
屋上には長老や母たちの姿があった。心配そうな顔だ。
しかしマヒメが笑って手を振ると彼女たちも破顔一笑する。
「遷宮してきたよ!」
「やりましたね、マヒメ!」
長老たちは微笑み、マヒメの母は涙をこぼしている。
「私たちはこれから海の宮を守ります。あなたは村に戻っていなさい」
長老の言葉にマヒメは頭を振った。
「私は戻りません。これからはこの方にお仕えします」
マヒメは暗黒騎士の腕をとる。
「え!?」
他人事のように聞いていたザニバルはきょとんとする。
「ザニバル、もうアルテムの杖は返してくれないんでしょ」
「うん。もらったんだもん」
マヒメは笑う。
「私は神宝アルテムの杖をいただく巫女なのよ。杖の主に仕えるのは道理でしょ」
「そ、そうなの?」
困惑するザニバルにマヒメはしがみついてみせる。
「当然よ」
その様子を微笑ましく眺めていた長老たちは、
「暗黒騎士殿、どうかマヒメをよろしくお願いします」
「娘は頑固で困ったところもありますけど、面倒見の良い子です。きっと立派な嫁になります」
塔をすれ違わせながら、口々に告げていく。
別れの手を振り合い、長老たちの塔は海の宮へ。ザニバルたちの塔は芒星城へと向かう。
残されたザニバルは途方に暮れている。
「ねえ、仕えるって…… 何するの……」
兜の奥で赤い眼がちろちろと瞬く。
「そろそろお腹が減ったでしょ。夕食を作ったげるわ。ご飯をきちんと食べるのは大事なんだからね」
「でも」
そこでザニバルのお腹が鳴る。
「ほらね!」
マヒメは勝ち誇る。
日は落ちた。闇に包まれた世界で悪魔がほくそえむ。絶望の悪魔ヴラド。
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