暗黒騎士の大逆転

モト

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第4章

四時限目

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 授業は三時限目が終わり、四時限目となった。
 本来は算数の時間なのだが、いきなり降ってわいた芝居の話に生徒たちの収まりがつかない。クレシータ先生もテンションが上がりまくりである。宗教の授業を終えたはずのミレーラも後ろに残ってうれしそうにザニバルを見物している。

 生徒たちは先生に激しく質問をぶつける。
 ドゥルセはその筆頭だ。
「先生! ザニバルさんが脚本を書くのはおかしいと思います! 本人が読み書きは苦手だと言っているんですよ! あの有名な黒猫剣士の続きを書くだなんて、おこがましいにもほどがあります!」
 パトリシアの取り巻き筆頭を自任するドゥルセとしては、パトリシアとザニバルが脚本で組むことなど許せないのだ。なんとしても引き裂きたい。

 クレシータ先生は軽やかにタップを踏みながら、
「どんな話か、まず聞いてみて、どうするのかは、それからです。さあザニバルさん、どんなお話?」
 歌うように言う。ノリノリである。

 ザニバルは立ち上がった。黒い巨躯が場を圧する。闇の瘴気がわずかに漏れて鎧にまとわりつく。
 皆は思わず椅子を引いてしまい、がたりと音が響く。クレシータ先生が感情操作の空気を作っていなければ生徒たちは逃げてしまっていただろう。
 当のザニバルもまたどう言えばいいのかと怖がっている。

「えっとね……」
 ザニバルは口ごもる。お姉ちゃんから聞いた話はよく覚えているけど、それを上手く説明できるぐらいだったら初めから学校になんか来ていない。
 バランに頼ろうにも、バランは賢いけどお話の面白さなんてちっとも興味を持ってくれないのだ。

「えっとね…… 黒猫剣士はね、中立村落の威力偵察を実施するの。友好的な住民と接触するんだけど、敵対勢力の存在が確認されて……」
 ザニバルは軍隊で習ってきた言葉を使って説明しようとするが、皆はぽかんとしている。ザニバルだって、こんな言い方ではお姉ちゃんのお話とまるで違うことぐらい分かっている。でも他の言葉を知らないのだ。

 皆は困惑し、ドゥルセは決めの悪口を言おうと口を開きかけたところで、パトリシアが立ち上がった。青い嫉妬の炎に包まれている。
「イザベル・デル・アブリル本人から聞いたというのに、そんな話しかできないんですのね! 私でしたらきちんと書けましたのに!」

 パトリシアはただもっと分かりやすく話してほしいと言いたかったのだが、言葉を空気が暴走させてしまう。内心ではまずいと思いつつも止まらない。

「パティはたくさん本を読んでてずるいもん! ザニバルだって本があれば読み書きできるようになってたもん!」
 地獄の底から響くような声でザニバルが反論する。赤い眼が燃えている。

 ザニバルとパトリシアの間で嫉妬の炎が燃え盛る様にクレシータ先生は満足する。先生に憑りついている悪魔ペリギュラの作り出す空気が皆の思考を嫉妬へと誘導するのだ。嫉妬はペリギュラの力となる。

 ドゥルセは二人の争いにほくそ笑んで、
「やはりザニバルさんでは脚本を」
 言いかけたところで、パトリシアの言葉にさえぎられる。

 パトリシアはなんとかもっとましな言い方をしようと言葉を絞り出す。
「もっと聞いたとおりに話してくださいな。そうしてくれないと手伝えませんわ!」
「じゃあ、いいもん! 聞いたとおりにするもん!」

 ザニバルはひょいとパトリシアを抱き上げた。

「え! え?」
 戸惑うパトリシアをお姫様抱っこにしてザニバルは教室を出ていこうとする。

「ザニバルさん!? まだ授業中ですよ!」
 クレシータ先生が叫ぶも、
「外で授業してくるもん!」
 ザニバルは言い残し、教室を出ていってしまった。

 ドゥルセは顔を蒼くする。
「パトリシア様が誘拐……! まずいまずい、折檻されてしまう……!」

 ザニバルはパトリシアを抱きかかえたまま階段を下りて、一階から芒星城の外に出た。パトリシアは呆然としながら運ばれる。

「キト、鎧を着てきて!」
 ザニバルが叫ぶと、少ししてから白く巨大な虎が姿を現した。黒い鎧をまとっている。ホーリータイガーのキトだ。

 ザニバルはパトリシアをキトのふわふわした背中に降ろし、自分もその後ろにまたがった。

「いったいどこに行く気ですの?」
「お姉ちゃんから聞いたとおりにするもん。じゃあキト、温泉まで走るよ」
 キトは軽く吠えて返事する。そして駆け出した。

「ええ? 温泉に? アルマーニャ温泉? ちょ、ちょっと速すぎますわあああ!」

 キトはまさしく飛ぶように走っていく。まとっている黒い鎧は足先に車輪が付いている。鎧の後部には噴出孔があって、そこから瘴気が激しく噴出し、噴流となって推進力を生み出している。普通の走行では不可能な速度でキトは駆ける。

 パトリシアは目まぐるしく流れていく景色に恐ろしくなって目をつぶる。意外にも風は吹きつけてこない。なにか魔法でもあるのだろうか。後ろからザニバルの腕にがっしり抱かれていて、落ちる心配はないけれど怖いものは怖い。

「黒猫剣士の続きの話は、お姉ちゃんと温泉に行ったときに話してもらったんだもん。だからそのとおりにするの」
 ザニバルは話す。パトリシアは返事するどころではない。

 そうしている間にもキトは途轍もない速度で走っていく。馬の何十倍も速いだろう。
 そう長くも走っていないのにもう州境までたどりついて、石造りの関所が見えてくる。
 
 キトは跳んだ。関所の高い塀を軽々と越えて向こう側へ。
 パトリシアは急に体が浮いたような感じがして目を開いたら、自分は空の上にいることに気付いて驚きに息が止まる。また目を閉じて、必死にザニバルの腕にしがみつく。

 一息に関所の上を通過したキトは向こう側に柔らかく着地してそのまま走り続ける。
 これに気付いた関所では騒ぎが起きたようだがザニバルは気にしない。

 それからしばらくして、ようやくキトが止まった。パトリシアは恐る恐る目を開く。長い長い城壁とその向こうに連なる無数の尖塔が向こうに見えた。

「……帝都ですわ」
 パトリシアは驚愕する。ナヴァリア州からこんな短時間で行ける場所ではないのに。

「ザニバルにはもうあそこに来てほしくないんだって」
 ザニバルはしばし眺めてから興味なさそうに目を外し、
「帝都から温泉に行くとき、このあたりの道からお姉ちゃんは話を始めたの」

 パトリシアとしてはザニバルがどうしてイザベルをお姉ちゃんと呼ぶのか、事件のときに殺してしまった相手のはずだがとてもそんな雰囲気ではないなどと気になってならないのだが、今は話を聞く方が優先だ。

 街道を進みながら、ザニバルはお姉ちゃんから聞いたとおりに話をしようとする。
「黒猫剣士もね、ここを通って温泉に向かったの。黒猫剣士はどうして自分が立って歩いて話せる猫なのかを知りたかったの。温泉には昔々から火の鳥が住んでいると言われていて、そんな昔から生きている火の鳥だったら賢くて黒猫剣士のことも分かるかもしれないって思ったの」

 街道を通って一行はナヴァリア州へと戻っていく。目的地は州境を過ぎた先の山間にある温泉地、アルマーニャ村。
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