暗黒騎士の大逆転

モト

文字の大きさ
56 / 64
第4章

課外授業

しおりを挟む
 ナヴァリア州の北東部にはアルマーニャ大火山がそびえている。
 その麓に位置するのが、温泉宿の集まったアルマーニャ村だ。

 暗黒騎士ザニバルと大地主のお嬢様であるパトリシアはホーリータイガーのキトに乗り、話をしながら山間の道を進んでいく。

「それでね、黒猫剣士は自分がどうして二本足の猫なのか知りたくて、この村にやってきたの。ここにはずっと昔から生きている火の鳥が住んでいて、そんな火の鳥だったら黒猫のことも知っているんじゃないかと思ったの」

 ザニバルはかつて姉から聞いたように黒猫剣士の話を語る。
 パトリシアはキトの上でドキドキしながら聴いている。
 パトリシアはアルマーニャ村の火の鳥伝説について本で読んだことがあった。今聴いている話はそれを元にしたのだろう。

 アルマーニャ村へと近づくにつれ、木々の緑色が減り、岩場の灰色が増える。
 かつて火山から流れた溶岩や降ってきた岩がここの大地を形作っている。

 深まった秋の夕方、それも山間とあって空気は冷たい。
 ホーリータイガーに乗っていると風は受けないのだが、それでもパトリシアは肌寒くて小さなくしゃみをした。

 ザニバルは黒猫剣士の話を中断する。
「そろそろ温泉だよ」
 言葉どおり、道の向こうにぽつぽつと石造の建物が見えてきた。
 この辺りの石で造られたのだろう灰色の建築だ。

 村に入った。
 通りは灰色の石畳で舗装されている。
 ザニバルはパトリシアを後ろから抱えて、ひょいと石畳に降ろした。

 パトリシアは非現実的な出来事の連続にずっと我を忘れていたが、自分の足で立ってみると状況が見えてくる。
 ここまでずっとザニバルから抱きかかえられていたのだ。そう思うと恥ずかしさに顔が赤く染まる。
 肌寒さもあって、自分を両腕で抱きしめる。

 ザニバルの方はといえば、きょろきょろと辺りを見回している。
 建物には看板が掲げられている。看板には旅館の名前と共に赤い鳥が描かれていた。伝説の火の鳥だろう。

「なんか変だもん。前はこんな感じじゃなかったのに」
 ザニバルはいぶかしむ。
 家族で来たときの記憶では、建物は木でできていたし、もっとあちこちに木が生えていた。溶岩が流れた跡なんてなかった。まるで違う場所みたいだ。
 道を間違えたかなとも思ったが、仰ぎ見る山は紛れもなくアルマーニャ大火山だ。

 パトリシアのくしゃみがまた聞こえてザニバルは目をやる。
 パトリシアは赤い顔をして両腕で自分を抱きしめている。

 ザニバルは赤い眼を瞬かせる。
「風邪ひいたの? そんなときはあったかい温泉に入るといいんだよ」

「温泉?」
 パトリシアはさらに顔を赤くする。まさか一緒に入るということだろうか。温泉に浸かっているザニバルを思わず想像してしまう。鎧は外すのだろうけど、どんな姿なのか見当もつかない。

「顔がすごく赤いよ。パティ、熱があるの?」
「ありませんわ!」
 パティなんていう親し気な呼び方がもっとパトリシアを上気させる。
 今日は普通に登校したはずなのに、気が付けば温泉に入ろうなんて誘われている。どうしてこんなことになったのか、頭がぐるぐるする。

 ザニバルはどこの温泉旅館がいいかと見繕う。
 あちこちから白い湯気が立ち昇っている。しかし建物の扉は閉まっており人の気配もない。営業していないようだ。

 開いている旅館を探して、建物が立ち並ぶ中をザニバルは進む。

「あれ? ザニバル?」
 自分の世界に入っていたパトリシアは置いていかれていることに気付いて、慌てて追いかける。待っていたキトが寄り添ってくる。

 ときどき吹いてくる山の風が冷たくてパトリシアは震え、キトにくっつく。
 しばらく進んだところでキトが軽く吠えた。ザニバルは足を止める。

 石畳の向こうからやってきた者たちがザニバルたちの前に立ちふさがる。
 小柄だが筋肉質な体躯に髭面の男たちだ。土埃まみれの作業着をまとっている。背中にはつるはしなどの工事道具を背負っている。

「おいおい、久々に客が来たかと思ったら。こいつぁ驚きだ。帝国軍特殊作戦群、黒の戦闘団長、暗黒騎士デス・ザニバルさんじゃねえですかい。あんときゃ、さんざん世話になりましたなあ」
 男の一人が前に出て、下からザニバルをにらみつける。

 ザニバルと男の間で緊張感が高まり、パトリシアはゴクリと唾を飲む。
 パトリシアは本で読んだことがあった。この小男たちは魔族、地下に住んで採掘や金属細工が得意だというドワーフではないだろうか。滅多に見られない少数民族だ。

「こっちこそびっくりだもん。まだ生きてたんだ、ビジェン」
 ザニバルも前に出て、一触即発の雰囲気だ。

 ビジェンと呼ばれた男とザニバルは、お互いにぎりぎりまで近づく。
 キトは動かない。戦いが始まるのかとパトリシアは焦る。

 ビジェンは両腕を大きく開き、そしてザニバルの両足を力強く抱きしめる。そして大笑いをした。
「旦那! あんたのおかげであたしゃ生きてるんですよ!」

 パトリシアはぽかんとし、キトはあくびをし、ザニバルはビジェンを両腕で抱えて目と目が会うところまで持ち上げる。
「ザニバルだって、ビジェンたちのおかげで帰ってこれたもん」

 ビジェンは楽しそうに、
「軍を抜けたとは聞いてやしたが、こんなかわいらしいお嬢ちゃんを連れて温泉遊びたあ全く優雅ですねえ」
「ビジェンだって温泉に来てるじゃない」

「あたしたちゃあ、ここを作り直してるんですよ。……あたしたちのせいでなくなっちまいましたからねえ。今は演芸場を建てているんでさあ。そうだ、見てってくださいよ」
「それよりもパティをお風呂に入れたいもん」

 ビジェンは笑い、
「つれないねえ。相変わらずだ。よござんす。みんな、この方々を案内しとくれ」
「へい!」
 ドワーフの男たちが威勢よく返事する。

 ザニバル一行はドワーフたちに先導されて石畳を進む。
 石畳に降ろされたビジェンはパトリシアに興味津々だ。
 パトリシアが礼儀正しく挨拶するとビジェンは目を丸くする。
「こんな立派なお嬢ちゃんが、おっそろしいザニバルの旦那によく付いてきやしたねえ。ご両親がよくお許しに」
「その、いきなり連れてこられて…… 父には何も……」

 ビジェンは噴き出す。
「旦那、そりゃ人さらいじゃないですかい。全くしょうがないお人だ」
「違うもん、授業なんだもん」
 ザニバルは心の底からそう思っている。それが感じられて、ビジェンたちドワーフはさらに笑う。

 ザニバルは気安くドワーフたちと話してすっかりくつろいでいる。昔の懐かしい話で盛り上がるのは楽しい。怖がらせなくていい、やっつけなくていい相手なのだ。

 かつてアルマーニャ大火山でザニバルとドワーフたちは一緒に働いた。帝国軍で活躍はしても暗黒騎士はやはり異端、ドワーフたちもまた被差別魔族であって特殊工作に役立ってもしょせんは疎まれる名誉人間、外れ者同士で気が合った。
 作戦は成功したがアルマーニャ村は壊滅し、その責めはザニバルやドワーフへと向かった。
 そんな苦しい思い出がザニバルとドワーフたちを結び付けている。

 盛り上がる思い出話にパトリシアは疎外感を覚える。教室を離れてから落ち着いていた胸の奥がちくりとする。
 強引に連れてきた癖に、昔の仲間とばかり話しているだなんて。いったい自分のことをどう思っているんだろう。……自分はどう思ってほしいんだろう?

 皆はのんびり歩いていく。
 ドワーフたちはパトリシアにあれが傷に効く温泉でそれが病に効く温泉だとあれこれ説明してくる。
 そして、ここはやはり月見の温泉がいいだろうと一行を案内した先が大きな露天風呂だった。

 高い岩場に囲まれた風呂があり、そこに建物がつながっている。建物は着替えるための場所だ。

「ここからは温泉の女将といきやしょうかねえ」
 そう言うと、ビジェンの顔つきが急に変わり始める。髭がひっこみ、顔が丸くなり、髪が艶やかに伸びていく。

「え? え? え? え!」
 パトリシアは呆然とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

《レベル∞》の万物創造スキルで追放された俺、辺境を開拓してたら気づけば神々の箱庭になっていた

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティーの雑用係だったカイは、魔王討伐後「無能」の烙印を押され追放される。全てを失い、死を覚悟して流れ着いた「忘れられた辺境」。そこで彼のハズレスキルは真の姿《万物創造》へと覚醒した。 無から有を生み、世界の理すら書き換える神の如き力。カイはまず、生きるために快適な家を、豊かな畑を、そして清らかな川を創造する。荒れ果てた土地は、みるみるうちに楽園へと姿を変えていった。 やがて、彼の元には行き場を失った獣人の少女やエルフの賢者、ドワーフの鍛冶師など、心優しき仲間たちが集い始める。これは、追放された一人の青年が、大切な仲間たちと共に理想郷を築き、やがてその地が「神々の箱庭」と呼ばれるまでの物語。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

処理中です...