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3巻
3-3
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その色鮮やかな防具に、目を輝かせる紫慧。それを見て、俺は紫慧も女子なんだなと苦笑しながら、
「試しに着けさせてもらったらどうだ?」
と振ると、紫慧はモジモジして、
「いいのかなぁ?」
俺とアルムの顔を交互に見る。そこへすかさずアルムが、
「気になるなら試着してもらってかまわんよ。試着室なら店の奥にあるでな。ついておいで」
と、店の奥の試着室に紫慧を案内していった。
「紫慧ちゃんは案外簡単に決まりそうじゃのぉ」
ニコニコ笑いながら、紫慧が試着室から出てくるのを待つスミス爺さんの言葉を聞きながし、俺は一人陳列されている防具類を見てまわる。そんな俺にデルゥが、
「ねぇ、アナタどこで鍛冶の修業をして来たの? よかったら教えてもらえないかな?」
と尋ねてきた。そんなデルゥに、俺が怪訝そうな顔をすると、彼女は、
「ごめん、突然こんなことを尋ねて。でも、鍛冶場を閉鎖するって言っていたスミスお爺さんに、それを翻させたってことは、アナタがそれだけの鍛冶の技術を持っているってことでしょ? 私も防具鍛冶師として、甲竜街の鍛冶場に修業に出ていたから、アナタみたいにたった数日で街の噂になるような鍛冶師は、一体どんな修業をして来たのか興味があったんだ……」
と慌てて言い繕った。俺はその様子に苦笑しつつ、
「悪い、顔に出てたかな。あまり詮索されるのは好きじゃないもんだからね。でも、同じ鍛冶師としての質問だというのなら答えようかな。俺は実家が鍛冶師の家でね、親父に仕込まれたんだよ」
「へ~そうだったんだ、親父さんの仕込みか。親父さんも腕のいい鍛冶師なの?」
「ああ、その通りだ! 俺は親父の姿に憧れて鍛冶師になったからな。そうだ、俺もちょっと聞いてもいいか? 前にスミス爺さんから女の鍛冶師はあまりいないと聞いたんだが……」
「そうだね、私もなりたてで、一人前の鍛冶師と言うのはちょっと恥ずかしいんだけど、私の他はあまり聞いたことがないかな」
「そうか。天樹国のドワーフ氏族のエレナも、鍛冶師ではなく鑑定士だって言ってたからな」
「エレナって、あの武具鑑定士取締のエレナ・モアッレ!? あっ! そうか、昨日領主様の公子、麗華様の武具を決める武具比べに、彼女が立会人として呼ばれたって聞いたけど……。いや、彼女は例外。彼女は本職の鑑定士の傍ら、響鎚の郷で若手鍛冶師の教育係みたいなこともやっているからね。鍛冶師としての側面も持ってるみたいよ。でも実際は、あまり武具を鍛えてはいないようだけど。まあ、本職の鑑定士としての腕は天下一品で、旦那さんのダンカン鍛冶総取締役も、エレナさんの鑑定士としての指摘にタジタジになるって話だからね」
「そうなんだ……あんまり突っ込んだことを聞くのは失礼かもしれないんだが、なんでまたデルゥは、そんな女性があまりやらない鍛冶師になろうとしてるんだ?」
俺の質問に、デルゥは顔を恥ずかしそうに赤くして、
「父さんのこのお店を、私が継ぎたいと思って。鎧などの防具って、一般的には甲竜街の鍛冶場で材料が打たれて、各店で組み上げて商品になるんだけど、うちは店の裏に鍛冶場と工房を持っていて、父さんが一から金属鋼を鍛えて一領一領丹念に作っているんだ。どうせ店を継ぐなら、私も父さんと同じように、数が少なくても一から作る一品物の防具を店に置きたいと思っていてね」
とはにかみながら話してくれた。
そんな話をしているうちに、店の奥から紅い裲襠甲を着けた紫慧が出てきた。
「驍廣! これどうかな? 似合ってる?」
興奮した様子で、俺に聞いてきた。
紅い裲襠甲は、紫慧の色白の肌と、銀色の髪の毛にもよく似合い、いつにも増して彼女の活発な雰囲気を引き立たせていた。
「あ~。……うん。よく似合ってるよ」
と答えると、少し頬を膨らませて、
「なんだよ、その『あ~』って」
俺を睨んでくる紫慧に、
「その……なんだ、馬子にも衣装と言うか、ちょっと格好よすぎるかなぁと……」
俺の言葉に、紫慧は頭から湯気を吹き上げそうなほど顔を真っ赤にして、
「なんだよ! 馬鹿ぁ!!」
と叫んで、店の奥にある試着室へと走り去った。デルゥは俺をジロリと睨むと、紫慧を追いかけて奥へと行ってしまい、残された俺はヤッチャッタ感全開でいたたまれなくなって……。そこへ、紫慧の着替えをデルゥと交代したアルムが、店の奥から戻ってくる。
「さて、紫慧紗さんの方はとりあえず良いとして、驍廣さん。驍廣さんはどうしますかな? 店に陳列してある防具を色々と物色していた、とデルゥに聞きましたがいかがでした? 何か気になったものはありましたかな」
アルムに尋ねられたのだが、まだピンとくるものを見つけられないでいる俺は、スミス爺さんが他にも店があると言っていたのを思い出し、
「すまない。色々見させてもらったんだけど……ちょっと保留で。他の店の品も見てみたいと思ってたもんだから、なかなか決められなくて」
申し訳ないと頭を下げつつ答えると、アルムは、
「いやいや、気にする必要は何もない。防具は自分の身を護る、大事な相棒とも呼べるもの。他の店も見てまわった上でより良い物を決めてもらわぬとな。もちろん、儂の店の防具を選んでもらえれば、それに越したことはないがな。では、紫慧紗さんが先程気に入られた朱色の裲襠甲を体にピッタリと収まるように微調整をしておこう。他の店舗を見たあとにまた寄ってもらいたい。その間に整えておくから」
と言ってくれたので、俺はホッと胸を撫でおろした。
いくら、受注注文ではない、陳列してあった防具だといっても、デルゥの話によれば、全てアルムや店の職人によって作られた品。その品を一通り見回してから、別の店の防具も見たいと言われて、面白いわけがない。それなのに、客の失礼な言葉にも文句一つ言うことなく、仕事は仕事と職人の信義を貫き、押しつけることなく対応してくれるアルムの懐の広さに敬服した。
紫慧が奥から戻ってくるのを待って、スミス爺さんに「次に行こうか」と声をかけようと視線を向けるが、爺さんは何だかまだ話し足りないような顔をしてアルムを見ていた。
そのことに気付き、どうしたものかと考えていたら、紫慧と一緒に店の奥から出てきたデルゥが近寄ってきて、
「スミスお爺さん、まだ父さんと話がしたいみたいだから、スミスお爺さんの代わりに私がお店の案内をしようか?」
と言ってくれた。スミス爺さんは、これまで俺の鍛冶仕事にずっと付き合ってくれていて、近頃は傑利以外の知り合いと話をする機会もなかっただろう。そう考えて、デルゥに悪いと思ったが、スミス爺さんのために彼女の申し出をありがたく受けることにする。
「スミス爺さん、デルゥさんもこう言ってくれたことだし、爺さんはアルムさんと話もあるだろう、ここにいてゆっくりしていてくれ。その間に、俺と紫慧で他の武具屋を見てまわってくるから。アルムさん、すみませんがお言葉に甘えて、デルゥさんをお借りしたいのですが……」
「お! そうか! スミスと話をするのも久しぶりじゃしな。デルゥ、悪いが驍廣さんたちの案内を頼むぞ! 裏通りの甲竜街ギルド直営店と、あとは街門前の自由市場にある妖猿人族の露店が、驍廣さんにはいいと思うから、そちらに案内してあげてくれ」
「あ~、あそこ! わかったわ、じゃあ行ってくる♪」
快く許してくれたアルムの言葉を背に、俺たちはデルゥを先頭に店を後にした。
「ここが、甲竜街の生産ギルド鍛冶窓口直営の武具・防具販売店舗よ。今日は防具が目的と言っていたけれど、武具も色々置いてあるから、ゆっくり見ていってあげてね」
デルゥに案内されて、俺と紫慧にフウは、アルムが営む防具屋から、通りを一本隔てた裏通りにある、甲竜街の鍛冶場が防具や武具を卸しているという店へとやって来た。
店は、防具だけでなく武具も扱っているだけあって、アルムの店よりも広く、かなり規模が大きかった。
以前スミス爺さんから、甲竜街では戦鎚や戦斧などの一撃で相手を倒すことのできる重量級の武具が多く作られていると聞いていたが、その話の通り、この直営店でも鎚や重棍、片手用の戦斧だけでなく、両手で扱うような大斧が多く陳列されていた。
そして、俺たちが目的としている防具は、武具の奥に置かれていた。俺たちは手前にある武具を眺めつつ、防具が置かれている場所へと向かう。
「どう? 私の店と違って重厚な防具が多いでしょ。おお! これは歩人甲じゃない! これは、甲竜街でも新しく製作が始まったばかりの最新防具だよ。甲竜街の甲竜人族に今、一番人気の鎧なんだ!」
と、数多く陳列されている防具の中で一番目立つところに置かれている鎧について、瞳を輝かせて話すデルゥ。そんなデルゥの姿と羨望の的となっている歩人甲を交互に見ながら、現世で読んだ本に載っていた歩人甲のことを思い出す。
確か歩人甲は、甲葉と呼ばれる鉄の板を革紐や鉄鋲で綴った、ラメール・アーマーに分類される中国の鎧だ。太腿からほぼ全身を覆う甲葉の数が千八百枚を超えるものが標準で、重さが二十九キロにも達する、非常に堅固なものだったはず。至近から射られた弩による攻撃をも跳ね返した、と本に書いてあった気がする。
ちなみに、昨日麗華が着ていた明光鎧は大体十五キロ程度、レアンが纏っていた裲襠甲は七キロほどだ。そこからも、歩人甲に使用される甲葉の量の多さが分かるし、中華系防具最堅の鎧だと言われても頷ける。
なお、日本の鎌倉時代の大鎧は約二十五キロ、戦国時代の当世具足は約十五キロ。西洋甲冑の板金鎧は約三十キロ、中世の西欧騎士が身に着けていた全身を覆う全装甲型金属甲冑は四十五キロにも達する代物だったらしい。
そんなことを考えながら、歩人甲の周りに並べられている、他の明光鎧や筒袖鎧なども眺めた。どれも重厚堅固な作りのものばかりだ。でも……
「何とも重厚な鎧ばかりだなぁ。この作りだと、翼竜人族にはあまり受けがよくないんじゃないか?」
俺が何気なく言った言葉に、それまで歩人甲に目を奪われていたデルゥは慌てて、俺を咎めるような表情を浮かべると、口元に指をやり、
「馬鹿っ! そんなこと口にしたら、お店の人に睨まれる! そういうことはもっと小声で!! まあ確かに、ここ翼竜街の翼竜人族をはじめ、多くの討伐者や冒険者たちは、こういった重厚堅固な防具をあまり好んでいないみたいね。防具としてはいいものだと思うんだけど……」
と言った。彼女にしてみれば、翼竜街のものたちが甲竜街製の防具を選ばないのが不思議なのだろう。
俺は彼女の認識に苦笑し、
「そりゃ、戦い方が違うからだろ。戦い方が違えば身に着ける防具も、携える武具も変わってくる。それが分からないのでは、どんな優れた武具や防具を店に並べたところで、売れないのは当たり前だな」
俺の言葉に、デルゥはよく分からないといった表情を浮かべ、
「すまないけど、それは一体どういうことなんだろう? 私が鍛冶師の修業をした甲竜街の鍛冶場では、そんな話は聞いたことがなかったよ。よかったら、もう少し詳しく話を聞かせてもらえないかな?」
とお願いしてきた。
だが俺は、自分の不用意な発言から、店員の視線が厳しくなっている店内を見回した。
「そうか、じゃここでは何だから、次の店に行く道中で話さないか?」
その言葉と店内を彷徨う俺の視線に、デルゥも周囲の空気を察したようで、
「そっ、そうだな。……じゃ出ようか。すみません、お邪魔しました~!」
と、口にしたデルゥの背中を押すように、俺は足早に店を後にした。
「はぁ~。驍廣さんが余計なことを言うから、店員の機嫌を損ねてしまったよ。で、さっきの話なんだが、一体どういうこと? 私は甲竜街の鍛冶場で、一にも二にもとにかく質のいいものを作ることだけ考えていればいいと聞かされて、修業に励んできたんだけど……」
と、歩きながらデルゥが、俺に問いかけてくる。
「確かに、品物を作るときは、それが武具や防具でなくても、質を第一に注意して当たらなければならないというのは的確な指摘だと思う。だけど、ただ質がいいから売れる、使ってもらえる、というと、そういうわけじゃないんだな、これが。
そうだなぁ……例えば、食べ物でも人は好き嫌いがあるだろう? たとえどんなにいいもの、美味いものでも、その人にとって嫌いなものだったり必要ないものだったら買わないよな」
「それはそうだろう。嫌いなものを喜んで口にしようとする人なんていないよ。それと、武具・防具が同じだというの?」
俺のたとえ話に、懐疑的な表情を浮かべるデルゥ。
「いや、食べ物以上に武具や防具の方が、ある意味もっとハッキリしてくるだろうな。なんといっても命にかかわる事柄だ。デルゥは実際に武具や防具を扱ったことや、魔獣と実際に戦ったことはあるか? 鍛錬の一環でもいいんだが」
「小さい頃に、翼竜街の鍛錬場で護身術程度ならやってはいたけど……」
「そう。そのときデルゥは、どんな武具使っていた? 今、腰につけている戦棍を使っていたのか?」
「いや、これは携帯用の武具だよ。私は体が大きいからこんなものでも十分なんだけど、当時鍛錬場で教わったのは槍だったかな。父さんも槍を使っていたしね」
「そうか、槍か。じゃあ、当時のことをちょっと思い出してもらいたいんだが、デルゥは槍をどう扱っていた?」
「えっ! どう扱っていたって……確か前後に素早く動いて、突いたり薙ぎ払ったりしてたけど……」
「だよな。じゃあ聞くが、そのときに重たい防具を着けていたらどうだ? 例えば、さっき見た歩人甲を着ていたら」
「そりゃ動きづらくて……あ!」
「分かったようだな。そう! 槍を扱うなら、槍に合った防具でないと、相応しい動きができなくなってしまうんだ。もちろん、それでも構わないというものもいるだろうが、やはり多くの場合、武具と防具の関係は切り離せないものがある。防具は強固な防護力を求めれば求めるほど、自重が増していく傾向にある。動きを重視するような武具を持っているのに重い防具を着ていては、本来武具が求める動きを阻害する可能性が高い。逆に、強硬な防具で身を固めたいと考えるものが、動きを重視するような武具を持っても、これまたチグハグだ。
例えば、歩人甲を着て、大きい頑丈な盾を装備していれば、一度楯や鎧で相手の攻撃を受け止めて、それから一撃で相手を仕留めることが可能だ。この場合、一撃で相手を倒すことができる戦鎚や戦斧、戦棍といった武具が有効だろう。要は、戦い方によって武具も防具も変わってくるってことだ。歩人甲は防御力に優れているけど、甲竜人族と同じように翼竜人族にもいい、とは限らないってこと。翼竜人族には翼竜人族の得意な戦い方がある。もちろん他の人族も、彼らの身体的特徴や思考様式などによってそれぞれ適した戦い方があるはずさ。それを見極めた上で防具や武具を売らないと、期待したようにはいかないということさ。その点をアルムさんはしっかり理解してくれているから、陳列してある防具を見て俺が『他の店のものも見てから』なんて失礼なことを言っても、快く送り出してくれたんだよ」
俺の話を聞いたデルゥは、眉間に皺を寄せしばらく考えていて、
「なるほどそういうことか……ってことは、私が甲竜街に行って鍛冶師の修業をしたことはあまり意味がない、ということになってしまうのか……」
つぶやいたデルゥの言葉に、俺は慌てて、
「いやいや、甲竜街での修業は、自分の鍛冶師としての技量を上げるうえで重要なことだよ。だが、店を切り盛りしていくとなると、鍛冶師としてだけじゃなく、商売人としての視点も持たないといけないってことかな。
甲竜街と同じものをお客に押しつけるんじゃなくて、店に訪れたお客の意向を汲み取り、自分なりに修正を加えて、翼竜街の人たちに合った防具を作っていけばいいと思うな。甲竜街での修業で、基本はできてるんだろ? だったら基本は崩さずに後は応用だな。それに、デルゥにはアルムさんっていい相談相手もいるじゃないか。色々話して、一つずつ丁寧にやって行けばいいんじゃないか?」
そんな話しているうちに、街門前の広場にある自由市場に着いていた。自由市場は、以前紫慧と一緒に作務衣の生地を買いに来たときよりも混雑していて、買い物に、掘り出し物を探しにと、多くの人が集まっていた。俺と紫慧は、案内のデルゥからはぐれないように、必死で人混みをかき分けながら後をついて行く。
「と、ところで、自由市場にある防具屋ってのは!?」
自由市場に詰めかける人混みと、建ち並ぶ露店からの呼び込みを、何とかかいくぐりつつ、俺は目的地である防具屋について、少し情けない声でデルゥに問いかけた。するとデルゥは、
「ああ、ここ自由市場には色んな防具を置く露天商があるけど、父さんが言っていた妖猿人族の防具屋さんは、波奴真安さんのところだと思うんだ。もう少し奥に入っていったところだから、迷子にならないようについて来て!」
と、雑踏の中を慣れた様子で平然と進みながら、俺の悲鳴交じりの声に忍び笑いをしつつ返答すると、ズンズンさらに奥へと進んでいった。
そして、ようやくたどり着いたのは、以前紫慧と一緒に訪れたダークエルフ氏族の生地屋、ベノアおばさんの露店の隣だった。
「波奴真安さ~ん! こんにちは」
その露店は、俺には見慣れた、大鎧などの和風の甲冑や防具が雑然と置かれている。パッと見、店主らしき人影はなかったが、デルゥが一声かけると、ところ狭しと置かれている防具の陰から、原猿類のような顔の妖猿人族が姿を現した。
「こりゃ珍しい! アルムさんとこのデルゥちゃんかい。甲竜街に鍛冶師の修業に行ったって聞いてたけど、帰ってきてたんだねぇ」
と、満面の笑顔で、出迎えてくれる。そんな露店店主の表情にデルゥは恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「ただいま、真安さん。つい先日戻ってきたの。で、今日は挨拶も兼ねて、こっちの人の防具を探しに来たんだ」
と、俺を妖猿人族の前に押し出す。そんなデルゥに俺は慌てつつも、露店店主に、
「どうも、津田驍廣と言います。今日はご厄介をおかけします」
と挨拶した。妖猿人族の店主からは、
「あれまぁ、お前さん、津田驍廣って名前かい? なんか、儂の国のものと同じような名前だねぇ。こんなしがない露店の店主にご丁寧な挨拶をすまないねぇ。まぁ、そんな肩ひじ張らずに楽にしておくんな。で、どんな防具を探してるんだい?」
と、俺のことを値踏みするような目で見てきたので、俺は姿勢を正した。
「そうだな……欲を言えば『具足』が一領あると面白いかな、と思ったんだけど、とりあえず籠手と脛当て、それに軽量の胸当てのようなものがあればいいかな」
そう答えた俺の言葉に、真安はギラリと目を輝かせ、
「なんだい、あんた『具足』なんて言葉よく知ってるね。だがあいにく『具足』は今置いてないんだよ。それでも、こんなものならあるよ。ちょっと待ってておくれ」
そう言うと、雑然と置かれている防具の中から、一揃いの防具を取り出した。
大鎧に、肩から手の甲までを覆う鎖帷子の袖に肘から手の甲まで金属製筒状の籠手――金属製の護拳まで付いた簡易的なガントレットと呼べるような代物――がついた筒籠手。
それに、膝当てがついた脹脛全体を覆う筒状の臑当て(筒臑当)。
さらに、大鎧にはあまり見られない、太腿を守る前掛けのような佩楯まであった。
「なっ! よくこんな武具があるなあ。しかし、こんな武具、この街じゃ売れないだろうに……」
と呆れたように言う俺に、真安はニヤリと笑って、
「だが、お前さんはこういうのがご所望だろ? 別に嫌ならいいんだけどね」
と片付けるフリをする真安。そんな彼に俺は、
「待った! せっかく出してきたんだ。もうちょっとよく見せてもらってもいいだろ? もし、俺の言ったことが癇に障ったんなら謝るから。ここは商売だと思って。短気は損気とも言うだろ?」
「ふん! 仕方ない。せっかく出してきたんだ。好きなだけ、納得が行くだけ、見ればいいやね。その間ちょっと休ませてもらうよ」
真安はそう言うと、懐から煙管を取り出し、傍らに置いてある煙草箱から刻み煙草を煙管に詰めて、のんびり一服しはじめた。だが真安の目は、俺とその前に置かれた防具へと注がれ、俺の動きを観察しているようだ。
そんな真安の目に何かあるなと感じるも、気にしないようにしながら、大鎧、筒籠手、筒臑当、佩楯をじっくりと観察する。
大鎧に筒籠手や佩楯の取り合わせは、俺の知識の中では少々おかしなものだった。
日本における大鎧は鎌倉時代の騎馬武者が纏う甲冑で、しかも騎乗したままで弓を射る騎射戦に合わせたもののはず。そのため、籠手は左腕のみの片籠手を用いることが多く、弓を射やすいように革の手袋をすることが多い。しかも、大鎧には草摺と呼ばれる太腿を防護する部位が元々付いていて、わざわざ佩楯をつける必要はない。そして、筒籠手や筒臑当、そして佩楯といった防具は、確か当世具足に用いられる取り合わせだ。
と考えると、大鎧に筒籠手や佩楯という取り合わせは明らかに変。
そんなことが頭の中をぐるぐると回っていたが、ただ眺めているだけではどうにもならない。そこで真安に許可を貰って、実際に大鎧などを手に取って細部を見る格好をしながら、額の真眼を使って防具を視てみた。すると、大鎧にはこれといって変わったところはなかったが、真眼が筒籠手、筒臑当、佩楯を捉えると、一匹の四つ目の山犬が宿っているのが分かった。そしてその山犬は、しきりに店の奥の防具の陰に隠れている木箱を窺っている。
「店主、ちょっとこの木箱の中も見せてもらうよ!」
四つ目の山犬が気にしている木箱に手を伸ばすと、俺は店主の答えを待たずに木箱の蓋を開ける。
中には、筒籠手に使われているのと同じような、細い鎖で編まれた一枚の上着が綺麗に折りたたまれた状態で入っていた。
取り出して広げてみると、それは袖のない鎖帷子だった。首を保護することも考慮されているのか、長めの襟が付けられている。裾には二枚の草摺らしき鉄の板が施され、作務衣のように内側と外側に前身頃を留める紐とそれを補完する紐ボタンが数か所施されていた。
「もう見つけちまったのか。こりゃ参ったなぁ。その様子だと、お前さんコイツが見えてるね?」
木箱から鎖帷子を取り出して広げた俺に、真安は煙管煙草の煙を大きく吐き出しながら苦笑を浮かべ、防具の上に座って俺の方を嬉しそうに見ている四つ目の山犬を指差した。
「ってことは、大鎧は目くらましで、この鎖帷子が本来の上半身を護るための防具だと……これで防具一揃いってことなのか? で、命の宿る防具だと……。なんでまた、こんな試すようなことを?」
デルゥは顔色を変え、真安に文句を言いたそうに口をパクパクさせているものの、なかなか言葉が出てこない様子。そして、そんなデルゥの表情と俺の顔をしばし眺めた真安は、一層苦笑を深め、
「ご明答! いや~参った参った。試すような真似をしてすまなかった。お前さんの眼力がどの程度か見極めようと思ったんだ。もし、目端の利かない愚物なら、高い値で売りつけてやろうかと思ったんだが、こうもあっさり見破られるとは、お手上げだわい」
と特に悪びれもせず言い放つ。俺は呆れつつも苦笑を返した。だが、それでは収まりのつかないものが一人。
「波奴真安! 私が連れてきた客にこんなことをするなんて、何を考えているんだ!!」
俺たちのやり取りを聞いていたデルゥが、顔を真っ赤にして真安に詰め寄り、襟首を掴むと高々と持ち上げ怒鳴りつけた。
女性とはいえ大柄な単眼巨人族のデルゥに、襟首を掴まれ宙に吊り上げられたせいで、首を絞められたのと同じ格好になった真安は、目を白黒させ、襟を掴むデルゥの手を何度もタップしながら、
「す、すまなかったデルゥ。ちょっとしたお茶目ではないか、謝るから……おろし……て、し、絞まる……助けてくれ……首が……絞まる、しっ、死ぬぅ……」
と慌てて謝罪の言葉を口にする。しかしデルゥは一向に手を放そうとしない。そこで真安は、俺に視線を動かし、助けを求めてきた。
「試しに着けさせてもらったらどうだ?」
と振ると、紫慧はモジモジして、
「いいのかなぁ?」
俺とアルムの顔を交互に見る。そこへすかさずアルムが、
「気になるなら試着してもらってかまわんよ。試着室なら店の奥にあるでな。ついておいで」
と、店の奥の試着室に紫慧を案内していった。
「紫慧ちゃんは案外簡単に決まりそうじゃのぉ」
ニコニコ笑いながら、紫慧が試着室から出てくるのを待つスミス爺さんの言葉を聞きながし、俺は一人陳列されている防具類を見てまわる。そんな俺にデルゥが、
「ねぇ、アナタどこで鍛冶の修業をして来たの? よかったら教えてもらえないかな?」
と尋ねてきた。そんなデルゥに、俺が怪訝そうな顔をすると、彼女は、
「ごめん、突然こんなことを尋ねて。でも、鍛冶場を閉鎖するって言っていたスミスお爺さんに、それを翻させたってことは、アナタがそれだけの鍛冶の技術を持っているってことでしょ? 私も防具鍛冶師として、甲竜街の鍛冶場に修業に出ていたから、アナタみたいにたった数日で街の噂になるような鍛冶師は、一体どんな修業をして来たのか興味があったんだ……」
と慌てて言い繕った。俺はその様子に苦笑しつつ、
「悪い、顔に出てたかな。あまり詮索されるのは好きじゃないもんだからね。でも、同じ鍛冶師としての質問だというのなら答えようかな。俺は実家が鍛冶師の家でね、親父に仕込まれたんだよ」
「へ~そうだったんだ、親父さんの仕込みか。親父さんも腕のいい鍛冶師なの?」
「ああ、その通りだ! 俺は親父の姿に憧れて鍛冶師になったからな。そうだ、俺もちょっと聞いてもいいか? 前にスミス爺さんから女の鍛冶師はあまりいないと聞いたんだが……」
「そうだね、私もなりたてで、一人前の鍛冶師と言うのはちょっと恥ずかしいんだけど、私の他はあまり聞いたことがないかな」
「そうか。天樹国のドワーフ氏族のエレナも、鍛冶師ではなく鑑定士だって言ってたからな」
「エレナって、あの武具鑑定士取締のエレナ・モアッレ!? あっ! そうか、昨日領主様の公子、麗華様の武具を決める武具比べに、彼女が立会人として呼ばれたって聞いたけど……。いや、彼女は例外。彼女は本職の鑑定士の傍ら、響鎚の郷で若手鍛冶師の教育係みたいなこともやっているからね。鍛冶師としての側面も持ってるみたいよ。でも実際は、あまり武具を鍛えてはいないようだけど。まあ、本職の鑑定士としての腕は天下一品で、旦那さんのダンカン鍛冶総取締役も、エレナさんの鑑定士としての指摘にタジタジになるって話だからね」
「そうなんだ……あんまり突っ込んだことを聞くのは失礼かもしれないんだが、なんでまたデルゥは、そんな女性があまりやらない鍛冶師になろうとしてるんだ?」
俺の質問に、デルゥは顔を恥ずかしそうに赤くして、
「父さんのこのお店を、私が継ぎたいと思って。鎧などの防具って、一般的には甲竜街の鍛冶場で材料が打たれて、各店で組み上げて商品になるんだけど、うちは店の裏に鍛冶場と工房を持っていて、父さんが一から金属鋼を鍛えて一領一領丹念に作っているんだ。どうせ店を継ぐなら、私も父さんと同じように、数が少なくても一から作る一品物の防具を店に置きたいと思っていてね」
とはにかみながら話してくれた。
そんな話をしているうちに、店の奥から紅い裲襠甲を着けた紫慧が出てきた。
「驍廣! これどうかな? 似合ってる?」
興奮した様子で、俺に聞いてきた。
紅い裲襠甲は、紫慧の色白の肌と、銀色の髪の毛にもよく似合い、いつにも増して彼女の活発な雰囲気を引き立たせていた。
「あ~。……うん。よく似合ってるよ」
と答えると、少し頬を膨らませて、
「なんだよ、その『あ~』って」
俺を睨んでくる紫慧に、
「その……なんだ、馬子にも衣装と言うか、ちょっと格好よすぎるかなぁと……」
俺の言葉に、紫慧は頭から湯気を吹き上げそうなほど顔を真っ赤にして、
「なんだよ! 馬鹿ぁ!!」
と叫んで、店の奥にある試着室へと走り去った。デルゥは俺をジロリと睨むと、紫慧を追いかけて奥へと行ってしまい、残された俺はヤッチャッタ感全開でいたたまれなくなって……。そこへ、紫慧の着替えをデルゥと交代したアルムが、店の奥から戻ってくる。
「さて、紫慧紗さんの方はとりあえず良いとして、驍廣さん。驍廣さんはどうしますかな? 店に陳列してある防具を色々と物色していた、とデルゥに聞きましたがいかがでした? 何か気になったものはありましたかな」
アルムに尋ねられたのだが、まだピンとくるものを見つけられないでいる俺は、スミス爺さんが他にも店があると言っていたのを思い出し、
「すまない。色々見させてもらったんだけど……ちょっと保留で。他の店の品も見てみたいと思ってたもんだから、なかなか決められなくて」
申し訳ないと頭を下げつつ答えると、アルムは、
「いやいや、気にする必要は何もない。防具は自分の身を護る、大事な相棒とも呼べるもの。他の店も見てまわった上でより良い物を決めてもらわぬとな。もちろん、儂の店の防具を選んでもらえれば、それに越したことはないがな。では、紫慧紗さんが先程気に入られた朱色の裲襠甲を体にピッタリと収まるように微調整をしておこう。他の店舗を見たあとにまた寄ってもらいたい。その間に整えておくから」
と言ってくれたので、俺はホッと胸を撫でおろした。
いくら、受注注文ではない、陳列してあった防具だといっても、デルゥの話によれば、全てアルムや店の職人によって作られた品。その品を一通り見回してから、別の店の防具も見たいと言われて、面白いわけがない。それなのに、客の失礼な言葉にも文句一つ言うことなく、仕事は仕事と職人の信義を貫き、押しつけることなく対応してくれるアルムの懐の広さに敬服した。
紫慧が奥から戻ってくるのを待って、スミス爺さんに「次に行こうか」と声をかけようと視線を向けるが、爺さんは何だかまだ話し足りないような顔をしてアルムを見ていた。
そのことに気付き、どうしたものかと考えていたら、紫慧と一緒に店の奥から出てきたデルゥが近寄ってきて、
「スミスお爺さん、まだ父さんと話がしたいみたいだから、スミスお爺さんの代わりに私がお店の案内をしようか?」
と言ってくれた。スミス爺さんは、これまで俺の鍛冶仕事にずっと付き合ってくれていて、近頃は傑利以外の知り合いと話をする機会もなかっただろう。そう考えて、デルゥに悪いと思ったが、スミス爺さんのために彼女の申し出をありがたく受けることにする。
「スミス爺さん、デルゥさんもこう言ってくれたことだし、爺さんはアルムさんと話もあるだろう、ここにいてゆっくりしていてくれ。その間に、俺と紫慧で他の武具屋を見てまわってくるから。アルムさん、すみませんがお言葉に甘えて、デルゥさんをお借りしたいのですが……」
「お! そうか! スミスと話をするのも久しぶりじゃしな。デルゥ、悪いが驍廣さんたちの案内を頼むぞ! 裏通りの甲竜街ギルド直営店と、あとは街門前の自由市場にある妖猿人族の露店が、驍廣さんにはいいと思うから、そちらに案内してあげてくれ」
「あ~、あそこ! わかったわ、じゃあ行ってくる♪」
快く許してくれたアルムの言葉を背に、俺たちはデルゥを先頭に店を後にした。
「ここが、甲竜街の生産ギルド鍛冶窓口直営の武具・防具販売店舗よ。今日は防具が目的と言っていたけれど、武具も色々置いてあるから、ゆっくり見ていってあげてね」
デルゥに案内されて、俺と紫慧にフウは、アルムが営む防具屋から、通りを一本隔てた裏通りにある、甲竜街の鍛冶場が防具や武具を卸しているという店へとやって来た。
店は、防具だけでなく武具も扱っているだけあって、アルムの店よりも広く、かなり規模が大きかった。
以前スミス爺さんから、甲竜街では戦鎚や戦斧などの一撃で相手を倒すことのできる重量級の武具が多く作られていると聞いていたが、その話の通り、この直営店でも鎚や重棍、片手用の戦斧だけでなく、両手で扱うような大斧が多く陳列されていた。
そして、俺たちが目的としている防具は、武具の奥に置かれていた。俺たちは手前にある武具を眺めつつ、防具が置かれている場所へと向かう。
「どう? 私の店と違って重厚な防具が多いでしょ。おお! これは歩人甲じゃない! これは、甲竜街でも新しく製作が始まったばかりの最新防具だよ。甲竜街の甲竜人族に今、一番人気の鎧なんだ!」
と、数多く陳列されている防具の中で一番目立つところに置かれている鎧について、瞳を輝かせて話すデルゥ。そんなデルゥの姿と羨望の的となっている歩人甲を交互に見ながら、現世で読んだ本に載っていた歩人甲のことを思い出す。
確か歩人甲は、甲葉と呼ばれる鉄の板を革紐や鉄鋲で綴った、ラメール・アーマーに分類される中国の鎧だ。太腿からほぼ全身を覆う甲葉の数が千八百枚を超えるものが標準で、重さが二十九キロにも達する、非常に堅固なものだったはず。至近から射られた弩による攻撃をも跳ね返した、と本に書いてあった気がする。
ちなみに、昨日麗華が着ていた明光鎧は大体十五キロ程度、レアンが纏っていた裲襠甲は七キロほどだ。そこからも、歩人甲に使用される甲葉の量の多さが分かるし、中華系防具最堅の鎧だと言われても頷ける。
なお、日本の鎌倉時代の大鎧は約二十五キロ、戦国時代の当世具足は約十五キロ。西洋甲冑の板金鎧は約三十キロ、中世の西欧騎士が身に着けていた全身を覆う全装甲型金属甲冑は四十五キロにも達する代物だったらしい。
そんなことを考えながら、歩人甲の周りに並べられている、他の明光鎧や筒袖鎧なども眺めた。どれも重厚堅固な作りのものばかりだ。でも……
「何とも重厚な鎧ばかりだなぁ。この作りだと、翼竜人族にはあまり受けがよくないんじゃないか?」
俺が何気なく言った言葉に、それまで歩人甲に目を奪われていたデルゥは慌てて、俺を咎めるような表情を浮かべると、口元に指をやり、
「馬鹿っ! そんなこと口にしたら、お店の人に睨まれる! そういうことはもっと小声で!! まあ確かに、ここ翼竜街の翼竜人族をはじめ、多くの討伐者や冒険者たちは、こういった重厚堅固な防具をあまり好んでいないみたいね。防具としてはいいものだと思うんだけど……」
と言った。彼女にしてみれば、翼竜街のものたちが甲竜街製の防具を選ばないのが不思議なのだろう。
俺は彼女の認識に苦笑し、
「そりゃ、戦い方が違うからだろ。戦い方が違えば身に着ける防具も、携える武具も変わってくる。それが分からないのでは、どんな優れた武具や防具を店に並べたところで、売れないのは当たり前だな」
俺の言葉に、デルゥはよく分からないといった表情を浮かべ、
「すまないけど、それは一体どういうことなんだろう? 私が鍛冶師の修業をした甲竜街の鍛冶場では、そんな話は聞いたことがなかったよ。よかったら、もう少し詳しく話を聞かせてもらえないかな?」
とお願いしてきた。
だが俺は、自分の不用意な発言から、店員の視線が厳しくなっている店内を見回した。
「そうか、じゃここでは何だから、次の店に行く道中で話さないか?」
その言葉と店内を彷徨う俺の視線に、デルゥも周囲の空気を察したようで、
「そっ、そうだな。……じゃ出ようか。すみません、お邪魔しました~!」
と、口にしたデルゥの背中を押すように、俺は足早に店を後にした。
「はぁ~。驍廣さんが余計なことを言うから、店員の機嫌を損ねてしまったよ。で、さっきの話なんだが、一体どういうこと? 私は甲竜街の鍛冶場で、一にも二にもとにかく質のいいものを作ることだけ考えていればいいと聞かされて、修業に励んできたんだけど……」
と、歩きながらデルゥが、俺に問いかけてくる。
「確かに、品物を作るときは、それが武具や防具でなくても、質を第一に注意して当たらなければならないというのは的確な指摘だと思う。だけど、ただ質がいいから売れる、使ってもらえる、というと、そういうわけじゃないんだな、これが。
そうだなぁ……例えば、食べ物でも人は好き嫌いがあるだろう? たとえどんなにいいもの、美味いものでも、その人にとって嫌いなものだったり必要ないものだったら買わないよな」
「それはそうだろう。嫌いなものを喜んで口にしようとする人なんていないよ。それと、武具・防具が同じだというの?」
俺のたとえ話に、懐疑的な表情を浮かべるデルゥ。
「いや、食べ物以上に武具や防具の方が、ある意味もっとハッキリしてくるだろうな。なんといっても命にかかわる事柄だ。デルゥは実際に武具や防具を扱ったことや、魔獣と実際に戦ったことはあるか? 鍛錬の一環でもいいんだが」
「小さい頃に、翼竜街の鍛錬場で護身術程度ならやってはいたけど……」
「そう。そのときデルゥは、どんな武具使っていた? 今、腰につけている戦棍を使っていたのか?」
「いや、これは携帯用の武具だよ。私は体が大きいからこんなものでも十分なんだけど、当時鍛錬場で教わったのは槍だったかな。父さんも槍を使っていたしね」
「そうか、槍か。じゃあ、当時のことをちょっと思い出してもらいたいんだが、デルゥは槍をどう扱っていた?」
「えっ! どう扱っていたって……確か前後に素早く動いて、突いたり薙ぎ払ったりしてたけど……」
「だよな。じゃあ聞くが、そのときに重たい防具を着けていたらどうだ? 例えば、さっき見た歩人甲を着ていたら」
「そりゃ動きづらくて……あ!」
「分かったようだな。そう! 槍を扱うなら、槍に合った防具でないと、相応しい動きができなくなってしまうんだ。もちろん、それでも構わないというものもいるだろうが、やはり多くの場合、武具と防具の関係は切り離せないものがある。防具は強固な防護力を求めれば求めるほど、自重が増していく傾向にある。動きを重視するような武具を持っているのに重い防具を着ていては、本来武具が求める動きを阻害する可能性が高い。逆に、強硬な防具で身を固めたいと考えるものが、動きを重視するような武具を持っても、これまたチグハグだ。
例えば、歩人甲を着て、大きい頑丈な盾を装備していれば、一度楯や鎧で相手の攻撃を受け止めて、それから一撃で相手を仕留めることが可能だ。この場合、一撃で相手を倒すことができる戦鎚や戦斧、戦棍といった武具が有効だろう。要は、戦い方によって武具も防具も変わってくるってことだ。歩人甲は防御力に優れているけど、甲竜人族と同じように翼竜人族にもいい、とは限らないってこと。翼竜人族には翼竜人族の得意な戦い方がある。もちろん他の人族も、彼らの身体的特徴や思考様式などによってそれぞれ適した戦い方があるはずさ。それを見極めた上で防具や武具を売らないと、期待したようにはいかないということさ。その点をアルムさんはしっかり理解してくれているから、陳列してある防具を見て俺が『他の店のものも見てから』なんて失礼なことを言っても、快く送り出してくれたんだよ」
俺の話を聞いたデルゥは、眉間に皺を寄せしばらく考えていて、
「なるほどそういうことか……ってことは、私が甲竜街に行って鍛冶師の修業をしたことはあまり意味がない、ということになってしまうのか……」
つぶやいたデルゥの言葉に、俺は慌てて、
「いやいや、甲竜街での修業は、自分の鍛冶師としての技量を上げるうえで重要なことだよ。だが、店を切り盛りしていくとなると、鍛冶師としてだけじゃなく、商売人としての視点も持たないといけないってことかな。
甲竜街と同じものをお客に押しつけるんじゃなくて、店に訪れたお客の意向を汲み取り、自分なりに修正を加えて、翼竜街の人たちに合った防具を作っていけばいいと思うな。甲竜街での修業で、基本はできてるんだろ? だったら基本は崩さずに後は応用だな。それに、デルゥにはアルムさんっていい相談相手もいるじゃないか。色々話して、一つずつ丁寧にやって行けばいいんじゃないか?」
そんな話しているうちに、街門前の広場にある自由市場に着いていた。自由市場は、以前紫慧と一緒に作務衣の生地を買いに来たときよりも混雑していて、買い物に、掘り出し物を探しにと、多くの人が集まっていた。俺と紫慧は、案内のデルゥからはぐれないように、必死で人混みをかき分けながら後をついて行く。
「と、ところで、自由市場にある防具屋ってのは!?」
自由市場に詰めかける人混みと、建ち並ぶ露店からの呼び込みを、何とかかいくぐりつつ、俺は目的地である防具屋について、少し情けない声でデルゥに問いかけた。するとデルゥは、
「ああ、ここ自由市場には色んな防具を置く露天商があるけど、父さんが言っていた妖猿人族の防具屋さんは、波奴真安さんのところだと思うんだ。もう少し奥に入っていったところだから、迷子にならないようについて来て!」
と、雑踏の中を慣れた様子で平然と進みながら、俺の悲鳴交じりの声に忍び笑いをしつつ返答すると、ズンズンさらに奥へと進んでいった。
そして、ようやくたどり着いたのは、以前紫慧と一緒に訪れたダークエルフ氏族の生地屋、ベノアおばさんの露店の隣だった。
「波奴真安さ~ん! こんにちは」
その露店は、俺には見慣れた、大鎧などの和風の甲冑や防具が雑然と置かれている。パッと見、店主らしき人影はなかったが、デルゥが一声かけると、ところ狭しと置かれている防具の陰から、原猿類のような顔の妖猿人族が姿を現した。
「こりゃ珍しい! アルムさんとこのデルゥちゃんかい。甲竜街に鍛冶師の修業に行ったって聞いてたけど、帰ってきてたんだねぇ」
と、満面の笑顔で、出迎えてくれる。そんな露店店主の表情にデルゥは恥ずかしそうに顔を赤らめ、
「ただいま、真安さん。つい先日戻ってきたの。で、今日は挨拶も兼ねて、こっちの人の防具を探しに来たんだ」
と、俺を妖猿人族の前に押し出す。そんなデルゥに俺は慌てつつも、露店店主に、
「どうも、津田驍廣と言います。今日はご厄介をおかけします」
と挨拶した。妖猿人族の店主からは、
「あれまぁ、お前さん、津田驍廣って名前かい? なんか、儂の国のものと同じような名前だねぇ。こんなしがない露店の店主にご丁寧な挨拶をすまないねぇ。まぁ、そんな肩ひじ張らずに楽にしておくんな。で、どんな防具を探してるんだい?」
と、俺のことを値踏みするような目で見てきたので、俺は姿勢を正した。
「そうだな……欲を言えば『具足』が一領あると面白いかな、と思ったんだけど、とりあえず籠手と脛当て、それに軽量の胸当てのようなものがあればいいかな」
そう答えた俺の言葉に、真安はギラリと目を輝かせ、
「なんだい、あんた『具足』なんて言葉よく知ってるね。だがあいにく『具足』は今置いてないんだよ。それでも、こんなものならあるよ。ちょっと待ってておくれ」
そう言うと、雑然と置かれている防具の中から、一揃いの防具を取り出した。
大鎧に、肩から手の甲までを覆う鎖帷子の袖に肘から手の甲まで金属製筒状の籠手――金属製の護拳まで付いた簡易的なガントレットと呼べるような代物――がついた筒籠手。
それに、膝当てがついた脹脛全体を覆う筒状の臑当て(筒臑当)。
さらに、大鎧にはあまり見られない、太腿を守る前掛けのような佩楯まであった。
「なっ! よくこんな武具があるなあ。しかし、こんな武具、この街じゃ売れないだろうに……」
と呆れたように言う俺に、真安はニヤリと笑って、
「だが、お前さんはこういうのがご所望だろ? 別に嫌ならいいんだけどね」
と片付けるフリをする真安。そんな彼に俺は、
「待った! せっかく出してきたんだ。もうちょっとよく見せてもらってもいいだろ? もし、俺の言ったことが癇に障ったんなら謝るから。ここは商売だと思って。短気は損気とも言うだろ?」
「ふん! 仕方ない。せっかく出してきたんだ。好きなだけ、納得が行くだけ、見ればいいやね。その間ちょっと休ませてもらうよ」
真安はそう言うと、懐から煙管を取り出し、傍らに置いてある煙草箱から刻み煙草を煙管に詰めて、のんびり一服しはじめた。だが真安の目は、俺とその前に置かれた防具へと注がれ、俺の動きを観察しているようだ。
そんな真安の目に何かあるなと感じるも、気にしないようにしながら、大鎧、筒籠手、筒臑当、佩楯をじっくりと観察する。
大鎧に筒籠手や佩楯の取り合わせは、俺の知識の中では少々おかしなものだった。
日本における大鎧は鎌倉時代の騎馬武者が纏う甲冑で、しかも騎乗したままで弓を射る騎射戦に合わせたもののはず。そのため、籠手は左腕のみの片籠手を用いることが多く、弓を射やすいように革の手袋をすることが多い。しかも、大鎧には草摺と呼ばれる太腿を防護する部位が元々付いていて、わざわざ佩楯をつける必要はない。そして、筒籠手や筒臑当、そして佩楯といった防具は、確か当世具足に用いられる取り合わせだ。
と考えると、大鎧に筒籠手や佩楯という取り合わせは明らかに変。
そんなことが頭の中をぐるぐると回っていたが、ただ眺めているだけではどうにもならない。そこで真安に許可を貰って、実際に大鎧などを手に取って細部を見る格好をしながら、額の真眼を使って防具を視てみた。すると、大鎧にはこれといって変わったところはなかったが、真眼が筒籠手、筒臑当、佩楯を捉えると、一匹の四つ目の山犬が宿っているのが分かった。そしてその山犬は、しきりに店の奥の防具の陰に隠れている木箱を窺っている。
「店主、ちょっとこの木箱の中も見せてもらうよ!」
四つ目の山犬が気にしている木箱に手を伸ばすと、俺は店主の答えを待たずに木箱の蓋を開ける。
中には、筒籠手に使われているのと同じような、細い鎖で編まれた一枚の上着が綺麗に折りたたまれた状態で入っていた。
取り出して広げてみると、それは袖のない鎖帷子だった。首を保護することも考慮されているのか、長めの襟が付けられている。裾には二枚の草摺らしき鉄の板が施され、作務衣のように内側と外側に前身頃を留める紐とそれを補完する紐ボタンが数か所施されていた。
「もう見つけちまったのか。こりゃ参ったなぁ。その様子だと、お前さんコイツが見えてるね?」
木箱から鎖帷子を取り出して広げた俺に、真安は煙管煙草の煙を大きく吐き出しながら苦笑を浮かべ、防具の上に座って俺の方を嬉しそうに見ている四つ目の山犬を指差した。
「ってことは、大鎧は目くらましで、この鎖帷子が本来の上半身を護るための防具だと……これで防具一揃いってことなのか? で、命の宿る防具だと……。なんでまた、こんな試すようなことを?」
デルゥは顔色を変え、真安に文句を言いたそうに口をパクパクさせているものの、なかなか言葉が出てこない様子。そして、そんなデルゥの表情と俺の顔をしばし眺めた真安は、一層苦笑を深め、
「ご明答! いや~参った参った。試すような真似をしてすまなかった。お前さんの眼力がどの程度か見極めようと思ったんだ。もし、目端の利かない愚物なら、高い値で売りつけてやろうかと思ったんだが、こうもあっさり見破られるとは、お手上げだわい」
と特に悪びれもせず言い放つ。俺は呆れつつも苦笑を返した。だが、それでは収まりのつかないものが一人。
「波奴真安! 私が連れてきた客にこんなことをするなんて、何を考えているんだ!!」
俺たちのやり取りを聞いていたデルゥが、顔を真っ赤にして真安に詰め寄り、襟首を掴むと高々と持ち上げ怒鳴りつけた。
女性とはいえ大柄な単眼巨人族のデルゥに、襟首を掴まれ宙に吊り上げられたせいで、首を絞められたのと同じ格好になった真安は、目を白黒させ、襟を掴むデルゥの手を何度もタップしながら、
「す、すまなかったデルゥ。ちょっとしたお茶目ではないか、謝るから……おろし……て、し、絞まる……助けてくれ……首が……絞まる、しっ、死ぬぅ……」
と慌てて謝罪の言葉を口にする。しかしデルゥは一向に手を放そうとしない。そこで真安は、俺に視線を動かし、助けを求めてきた。
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