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第三章 謎と試練

65 アイック・フィールド

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 朝! 試合当日!
 昨日の氷上特訓も上手くいき、チームメイトの顔も明るい。
 一時はどうなることかと思ったが、なんとかなって一安心だ。

 試合会場に到着する。
 会場までの道のりで感じたことは1つ。心が辛い。
 敵陣に乗り込んでいるわけだ、歓迎なんかされるはずもなく、何度も罵声を浴びせられた。
 流石にルールに抵触するのだろう、直接危害を加えてきた者はいなかったが、精神的には辛い状態が続く。

 サッカーの試合ではサポーターの熱も大きく、対戦相手に心無い言葉を浴びせることが無いわけじゃない。
 しかし、相手チームのサポーターがいれば当然味方チームのサポーターもいる。彼らの応援は、そんな言葉など簡単に打ち消せるほど心強いものだった。

 だからこそ、味方が誰一人いない、この完全アウェイの状況には辛いものがある。

 しかし、だからといって臆しているわけにもいかない。負けたら地球が侵略されてしまう。
 今は心を引き締め試合のことだけを考える。

 「ようこそいらっしゃいました。オグレスの皆さん。
 昨日はよくお眠りになられたでしょうか」

 「ガハハ、白々しいこといいやがって。お前らがクソみたいな罠を仕掛ける性悪チームだってことは理解してんだよ」

 「? なんのことでしょうか」

 「とぼけやがって。
 はっ、しっかりフィールド凍らせて、努力したか? 残念! 無駄な努力なんだなあ!」

 そう言って、こんな仕掛け俺たちには効かねえよとアピールするかのように、ブラドは氷のフィールドに足を踏み入れる。
 すると……

 「どわあ!?」

 ダイナミックに一回転。思いっきりコケてしまう。

 「は!?」

 「だから言ったじゃないですか。氷の上では気をつけてください、と」

 「んでだよ! 俺たちは特別な靴を履いてんのに……」

 「ではこちらからも一言、無駄な努力ご苦労様です」

 「――――ッ!?
 てめえ! 本性現しやがったな!?
 ぶっ潰してやる!!!」

 今にも殴りかかろうとするブラドを俺たちは慌てて取り押さえる。

 「やめろってブラド。今暴力を振るえば俺たちの反則負けになるぞ」
 「そうだ、あれは挑発。流せ」

 「そう言われてもよお!?」

 「とりあえず落ち着いてくださいブラドくん。
 落ち着いて、もう一度フィールドに入ってください。今度は足元に気をつけて」

 「んだよ……仕方ねえなあ」

 アランの指示の元、再びフィールドに足を踏み入れるブラド。今度は……

 「ん? 滑らねえぞ?
 いや、そんなこともねえか。滑りはするが、足元に気をつけてればコケはしねえって感じだ」

 「なるほど……」

 どういうことだ? 俺たちが疑問に思っていると、黙って様子を見ていたフィロさんが口を開く。

 「アイック」

 「え?」

 「アイック、フロージアの伝統的なスポーツ。地球でいうアイスホッケーのようなスポーツよ。
 このコート、恐らくそのコートをサッカー用に改造したのね。
 だから、地面が異常に滑りやすくなっている」

 「そんな……」

 「オグレスの科学にも限界はあるわ。ここまで滑ることに特化させた地面だと、全く滑ることのなくサッカーができるほどの靴は作れない。面倒なことになったわね」

 「とはいえ、本当に絶望的な地面ではありません。
 想定ほど何も考えず動けるわけではありませんが、足元に注意すれば滑らずに動くことは可能です。
 難しい試合になると思いますが、諦めずに戦い抜きましょう」

 話を聞きながら、俺もフィールドに足を踏み入れてみる。
 なるほど……確かにサッカーができないほどではない……が、この足場だと制限されるプレーもいくつかあるな。
 急なターンや足元での細かいドリブルは控えた方がいいだろう。

 「ほっほ、どうじゃ、クレート、ラーラ」

 「このくらいなら、特に問題はありません」
 「はい! 逆に動きやすいくらいです!」

 「安心したわい。
 というわけで、今回の試合はクレートとラーラを軸に動くことにするぞい。
 ほい、作戦どん」

 アウラス監督によって今回の試合のスタメンとフォーメーションが発表される。
 それはこうだ。

  龍也   ブラド   将斗

        クレ

    ヒル     ファクタ

 ザシャ アラン ラーラ ペペ

       ヘンディ

 「今回はフィールド的にドリブルが難しくなるわ。
 よってパス中心のフォーメーションにします。みんな、いいかしら?」

 「パス中心ねぇー。だから俺がベンチなのか」

 「ん? レオ先輩何か言った?」

 「い!? いやいや、俺を使わないなんて監督も見る目無いなーって」

 「ほっほ、そこまで出たいなら出してやってもいいぞレオ」

 「!? いやいやー、今日は遠慮しとこうかなって、あはは」

 レオ……。前々から思ってたけどお前それ絶対隠し切るの無理だぞ……。
 ていうか監督、まあそうだろうとは思っていたが、やっぱりレオのパスについては知ってたな。
 そういえば、パスといえばネイトだけど……

 「す、すみません……。足が震えて……滑りそうで……無理です……」

 ま、仕方がないか。
 今回の相手はギガデスとは別の意味で悪意が見え見えだ。恐怖を覚えても無理はないな。

 そしてヘンディはキーパー。メンタルは安定している様に見えるが、油断は禁物だ。

 「わ、私がセンターバックなんですか!?」

 遠くから聞こえてくる声、ラーラの声だ。
 ラーラは本来、サイドバックでのプレーを得意とする選手。戸惑うのも仕方がない、が今回のフィールド、こういったポジションになるのも理解できる。

 「ええ。今回の試合、フィールドの都合上オフェンスよりディフェンスの方が難しくなるわ。
 理由は簡単、パスを中心に攻めれば足元の不利を緩和できるオフェンスに対し、ディフェンスをするには相手のボールを奪うため否が応にも足元での複雑なプレーを余儀なくされる。
 だから、このフィールドで一番動けるあなたに守備の中心を担ってほしいの」

 「うう、わかりました……」

 慣れないポジションだとは思うが、ラーラには頑張ってほしい。

 「凛ぢゃーん……センターバックだってぇ……。
 周りが男の子ばかりでえ、緊張するよおおお」

 あ、そっちの理由か。

 「グズグズ言わない。試合中なんだから大丈夫だって。
 ボクなんか出たくてもベンチなのに……羨ましい」

 「どうする? 文句言いに行く!?」

 「破天荒いじりやめて!
 もう今はわかってる。このフィールドだとボクの足技は活かせない。
 ボクの分も任せたから、ラーラ」

 「……うん!」

 ラーラも素直にポジションにつく様子。
 それに、今回はベンチの凛が状況をしっかり把握できているのも嬉しい。

 試合開始直前。コートに選手が集められる。
 俺も滑らないように気をつけながらコートへと足を進める。
 さあ! 試合だ……!
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