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図書館に住みたい

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 僕は幼いころ「手のかからない子供」だったと褒められた。らしい。

 子を持つ多くの人々は子供には元気に育ってほしいと願うが、電車の中や飲食店では話が別である。子供が騒ごうものなら周囲からは槍のように鋭い視線が突き刺さる。

 その点僕は大人しい子供だったので親としては手のかからない「いいこ」だった。

 だが年を重ねるごとに状況は変わっていく。声がでかい、話が面白い、友人が多い、世の中はコミュニケーションができる人間が圧倒的に強い。

 よほどの一芸でも持っていない限り、僕のようなコミュニケーションが苦手な人間は「つまらないヤツ」、「暗いヤツ」、「得体の知れないヤツ」として下に見られる。

 そんなコミュニケーションが是とされるこの世の中で、静寂が秩序とされる場所が世の中にはある。美術館や映画館、そして図書館である。

 僕は仕事を休職していたとき、図書館に通っていた。その当時、仕事を休む事は「普通」からドロップアウトした気がした。負けを認めたくなくてせめてもの抵抗としてうつ病について本の知識で武装して立ち向かおうとしていたのである。

 今の自分に最適な本を探すべく検索システムを利用するが、そこである問題に直面する。

 本がない。「貸し出し中」「貸し出し中」「貸し出し中」、目星をつけた本がことごとく貸し出し中であった。目の前の電車の扉が閉まってしまったように僕は途方に暮れた。
 
 しかし、貸し出し中ということは、その本を必要とした人がいるということである。名前も顔も知らない、もしかしたらさっきすれ違ったあの人かもしれない、それが解ることはないだろう。それでも確かに、同じ本を必要とした人が存在した事は確かな事実である。

 目には見えない、声を交わすこともない、けれど、一冊の本を通してそこには確かに繋がりがあった。

 図書館の本にはときどき貸出レシートが挟まっている事がある。そこにはどこかのだれかが借りた本が記載されている。勿論今読んでいるこの本もそこには載っていて、それと同時に自分と同じ本を読んだ誰かが、他にどんな本を読んでいたかを知ることができる。

 貸出レシートは「この本を読んだ人はこんな本も読んでいます」と語りかけてくる。自分と同じくこの本に惹かれた「誰か」、けれども自分とは違う人生を歩いてきた「誰か」。共通点がありながら自分とは違う誰かが選んだ本は今までの自分とは違う世界や発見を与えてくれる時がある。

 貸出レシートを見ることはその「誰か」の人生の一部を覗き見ているのかもしれない。

 図書館には実に様々な種類の人々がいる。眩しいほどの可能性を持っている学生、この世の戦場を生き抜いてきた人生のベテラン、そして僕のように社会からのはぐれもの、どんな人にも等しく機会を与えてくれる、そんな懐の深さが図書館にはある。
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