僕の四角い円~Barter.17~

志賀雅基

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第15話

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 指を舐められてからこちら、妙に色っぽくも距離を詰めてくる年下の恋人に、霧島はそんな場合でもないのに自分までその気になってしまいそうで心して姿勢を正した。話題を変えようと天井から下がったペンダント式の蛍光灯で照らされた室内を見回す。

 呆気ないほど何もない部屋ながら白木の建材は何処もかしこも新しく、削りたての木の香りが充満していて由緒のありそうな神社としては妙な気がした。

「こういう大きな神社って、何年かに一度建て直す儀式があるらしいですよ」
「相変わらず妙な事を知っているな。ところで神殿ならば神様がいる筈だな」

 興味本位で立ち上がった霧島はもう一ヶ所ある板戸の方へと歩き出した。

「あんまりうろつかない方がいいと思いますけどね」
「鍵も掛かっていない。神様見物くらい良かろう」

 板戸を引くと難なく開く。壁を探ると予想した位置で照明のスイッチに触れた。広い板の間を見渡す。中央付近に白木の柵が設けてあった。その中に像らしきものが建っている。
 ひたひたと歩いて近づくと、それは紛うかたなく像であり高さが二メートル半ほどもある大きなものだと知れた。白木の柵に辿り着いて霧島は像を見上げた。

 以前TVか何かで見たような雰囲気の、殆どの彩色が剥げた古い古いものだ。だがこれは初見だと言い切れる。それは異様な禍々しさを持っていたからだ。

 像は二面にめん四臂よんぴ、ふたつの顔で四本腕の男性神だった。

 向かって右側の顔は微笑みさえ浮かべた柔和な顔で、椀と筒のようなものを手にしている。筒からは水流が零れ出しているので、これは水筒なのかも知れない。背にしているのも穏やかに流れる雲と雨粒らしく、水の神といった風だ。

 だがもう一方の向かって左の顔は憤怒とも恨みとも知れぬ引き歪んだ形相をしている。背にしているのも紅蓮の炎だ。片手は直刃の剣を振りかぶり、片手には何と人の生首を掴んでいた。
 生首は女、長い髪を腕に巻きつかせ、ぶら下げた状態だ。血の雫が垂れる様まで表されていて見ていて愉しいものではない。

 片方は雨の恵みを他者に与え、片方は剣での殺戮を演じているという自分の勝手な解釈に霧島はまるで自信はなかったが、ここが奉じているのが一筋縄ではいかないものだという程度のことは分かった。神様見物のつもりが妙なものを見た気分で物置に戻る。

 板戸を閉めると同時にタバネが戻ってきた。

「お待たせしました。外に車を停めましたので、どうぞお乗り下さい」

 ここでもタバネは二人を先に行かせ、透夜に触れさせはしなかった。

 外は雨が一層激しくなっていた。神殿の屋根を叩く雨音で覚悟はしていたが、これでは一旦生乾きに漕ぎ着けた衣服も再び全滅だろう。それでもどうやら送って貰えるらしい。二人は停めてあったシルバーのベンツ、それもSクラスの後部座席を遠慮なく濡らした。

 あとからやってきたタバネはリクライニングさせてあった助手席に透夜を寝かせてシートベルトで固定すると、運転席に収まって発車させる。

「何処までお送りしますか?」
「山を下る途中に警察車両が駐まっている。そこまで頼む」

 さほど標高の高い山ではないため現場までは十分と掛からなかった。雨の中に降ろして貰い、礼を述べて真城市内の別宅に帰るというベンツのテールランプを見送る。

 まだ鑑識は頑張っていたが自分たちにできることはなくなったと断じマンションに帰ることにした。白いセダンに乗り込むと現場をあとにする。
 マンションに帰り着くとまず寝室で着替えた。濡れてしまったスーツは干しておいて後日クリーニング行きである。全てを引き剥がしたところで霧島が京哉を促した。

「薄っぺらな躰が冷え切っただろう、先に風呂に入ってこい」
「じゃあお言葉に甘えます」

 細い躰がバスルームに消えるのを見届けて、霧島は乾いたドレスシャツとスラックスを身に着けると、カットグラスに注いだウィスキーを飲みながらTVニュースに見入った。昨日から四人もの射殺死体発見の報に既に警察叩きが始まっていた。当然でもあろう。

 やがて京哉が出てくると交代し、熱い湯を浴びると溜息が出た。

 バスルームで全身を洗いシェーバーでヒゲも綺麗に剃ると京哉が溜めておいてくれたバスタブの湯に浸かる。雨で冷えた躰を充分に温めてから上がった。バスタオルで適当に拭いバスローブを着て寝室に向かう。これ以上の事件が起こらなければ自分が動くべきこともなく明日も休み、パジャマに着替えてしまおうと思ったのだ。

 するとダブルベッド上のブルーの毛布が膨らんでいる。今朝方まで激しくやらかした上に夕方からは現場に出張り、雨に濡れながら延々と石段を上ったのだ。あれだけ躰を酷使すれば疲れて当然だろうと思い静かに寝室から出ようとした。

 その時、毛布が跳ね除けられる。微笑んだ京哉は何も身に着けていなかった。

「こんなのは嫌いですか、忍さん?」
「いや、大好きだが……京哉お前どうかしたのか?」
「どうもしません。忍さんが欲しいだけですけど、だめですか?」
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