15 / 48
第15話
しおりを挟む
指を舐められてからこちら、妙に色っぽくも距離を詰めてくる年下の恋人に、霧島はそんな場合でもないのに自分までその気になってしまいそうで心して姿勢を正した。話題を変えようと天井から下がったペンダント式の蛍光灯で照らされた室内を見回す。
呆気ないほど何もない部屋ながら白木の建材は何処もかしこも新しく、削りたての木の香りが充満していて由緒のありそうな神社としては妙な気がした。
「こういう大きな神社って、何年かに一度建て直す儀式があるらしいですよ」
「相変わらず妙な事を知っているな。ところで神殿ならば神様がいる筈だな」
興味本位で立ち上がった霧島はもう一ヶ所ある板戸の方へと歩き出した。
「あんまりうろつかない方がいいと思いますけどね」
「鍵も掛かっていない。神様見物くらい良かろう」
板戸を引くと難なく開く。壁を探ると予想した位置で照明のスイッチに触れた。広い板の間を見渡す。中央付近に白木の柵が設けてあった。その中に像らしきものが建っている。
ひたひたと歩いて近づくと、それは紛うかたなく像であり高さが二メートル半ほどもある大きなものだと知れた。白木の柵に辿り着いて霧島は像を見上げた。
以前TVか何かで見たような雰囲気の、殆どの彩色が剥げた古い古いものだ。だがこれは初見だと言い切れる。それは異様な禍々しさを持っていたからだ。
像は二面四臂、ふたつの顔で四本腕の男性神だった。
向かって右側の顔は微笑みさえ浮かべた柔和な顔で、椀と筒のようなものを手にしている。筒からは水流が零れ出しているので、これは水筒なのかも知れない。背にしているのも穏やかに流れる雲と雨粒らしく、水の神といった風だ。
だがもう一方の向かって左の顔は憤怒とも恨みとも知れぬ引き歪んだ形相をしている。背にしているのも紅蓮の炎だ。片手は直刃の剣を振りかぶり、片手には何と人の生首を掴んでいた。
生首は女、長い髪を腕に巻きつかせ、ぶら下げた状態だ。血の雫が垂れる様まで表されていて見ていて愉しいものではない。
片方は雨の恵みを他者に与え、片方は剣での殺戮を演じているという自分の勝手な解釈に霧島はまるで自信はなかったが、ここが奉じているのが一筋縄ではいかないものだという程度のことは分かった。神様見物のつもりが妙なものを見た気分で物置に戻る。
板戸を閉めると同時にタバネが戻ってきた。
「お待たせしました。外に車を停めましたので、どうぞお乗り下さい」
ここでもタバネは二人を先に行かせ、透夜に触れさせはしなかった。
外は雨が一層激しくなっていた。神殿の屋根を叩く雨音で覚悟はしていたが、これでは一旦生乾きに漕ぎ着けた衣服も再び全滅だろう。それでもどうやら送って貰えるらしい。二人は停めてあったシルバーのベンツ、それもSクラスの後部座席を遠慮なく濡らした。
あとからやってきたタバネはリクライニングさせてあった助手席に透夜を寝かせてシートベルトで固定すると、運転席に収まって発車させる。
「何処までお送りしますか?」
「山を下る途中に警察車両が駐まっている。そこまで頼む」
さほど標高の高い山ではないため現場までは十分と掛からなかった。雨の中に降ろして貰い、礼を述べて真城市内の別宅に帰るというベンツのテールランプを見送る。
まだ鑑識は頑張っていたが自分たちにできることはなくなったと断じマンションに帰ることにした。白いセダンに乗り込むと現場をあとにする。
マンションに帰り着くとまず寝室で着替えた。濡れてしまったスーツは干しておいて後日クリーニング行きである。全てを引き剥がしたところで霧島が京哉を促した。
「薄っぺらな躰が冷え切っただろう、先に風呂に入ってこい」
「じゃあお言葉に甘えます」
細い躰がバスルームに消えるのを見届けて、霧島は乾いたドレスシャツとスラックスを身に着けると、カットグラスに注いだウィスキーを飲みながらTVニュースに見入った。昨日から四人もの射殺死体発見の報に既に警察叩きが始まっていた。当然でもあろう。
やがて京哉が出てくると交代し、熱い湯を浴びると溜息が出た。
バスルームで全身を洗いシェーバーでヒゲも綺麗に剃ると京哉が溜めておいてくれたバスタブの湯に浸かる。雨で冷えた躰を充分に温めてから上がった。バスタオルで適当に拭いバスローブを着て寝室に向かう。これ以上の事件が起こらなければ自分が動くべきこともなく明日も休み、パジャマに着替えてしまおうと思ったのだ。
するとダブルベッド上のブルーの毛布が膨らんでいる。今朝方まで激しくやらかした上に夕方からは現場に出張り、雨に濡れながら延々と石段を上ったのだ。あれだけ躰を酷使すれば疲れて当然だろうと思い静かに寝室から出ようとした。
その時、毛布が跳ね除けられる。微笑んだ京哉は何も身に着けていなかった。
「こんなのは嫌いですか、忍さん?」
「いや、大好きだが……京哉お前どうかしたのか?」
「どうもしません。忍さんが欲しいだけですけど、だめですか?」
呆気ないほど何もない部屋ながら白木の建材は何処もかしこも新しく、削りたての木の香りが充満していて由緒のありそうな神社としては妙な気がした。
「こういう大きな神社って、何年かに一度建て直す儀式があるらしいですよ」
「相変わらず妙な事を知っているな。ところで神殿ならば神様がいる筈だな」
興味本位で立ち上がった霧島はもう一ヶ所ある板戸の方へと歩き出した。
「あんまりうろつかない方がいいと思いますけどね」
「鍵も掛かっていない。神様見物くらい良かろう」
板戸を引くと難なく開く。壁を探ると予想した位置で照明のスイッチに触れた。広い板の間を見渡す。中央付近に白木の柵が設けてあった。その中に像らしきものが建っている。
ひたひたと歩いて近づくと、それは紛うかたなく像であり高さが二メートル半ほどもある大きなものだと知れた。白木の柵に辿り着いて霧島は像を見上げた。
以前TVか何かで見たような雰囲気の、殆どの彩色が剥げた古い古いものだ。だがこれは初見だと言い切れる。それは異様な禍々しさを持っていたからだ。
像は二面四臂、ふたつの顔で四本腕の男性神だった。
向かって右側の顔は微笑みさえ浮かべた柔和な顔で、椀と筒のようなものを手にしている。筒からは水流が零れ出しているので、これは水筒なのかも知れない。背にしているのも穏やかに流れる雲と雨粒らしく、水の神といった風だ。
だがもう一方の向かって左の顔は憤怒とも恨みとも知れぬ引き歪んだ形相をしている。背にしているのも紅蓮の炎だ。片手は直刃の剣を振りかぶり、片手には何と人の生首を掴んでいた。
生首は女、長い髪を腕に巻きつかせ、ぶら下げた状態だ。血の雫が垂れる様まで表されていて見ていて愉しいものではない。
片方は雨の恵みを他者に与え、片方は剣での殺戮を演じているという自分の勝手な解釈に霧島はまるで自信はなかったが、ここが奉じているのが一筋縄ではいかないものだという程度のことは分かった。神様見物のつもりが妙なものを見た気分で物置に戻る。
板戸を閉めると同時にタバネが戻ってきた。
「お待たせしました。外に車を停めましたので、どうぞお乗り下さい」
ここでもタバネは二人を先に行かせ、透夜に触れさせはしなかった。
外は雨が一層激しくなっていた。神殿の屋根を叩く雨音で覚悟はしていたが、これでは一旦生乾きに漕ぎ着けた衣服も再び全滅だろう。それでもどうやら送って貰えるらしい。二人は停めてあったシルバーのベンツ、それもSクラスの後部座席を遠慮なく濡らした。
あとからやってきたタバネはリクライニングさせてあった助手席に透夜を寝かせてシートベルトで固定すると、運転席に収まって発車させる。
「何処までお送りしますか?」
「山を下る途中に警察車両が駐まっている。そこまで頼む」
さほど標高の高い山ではないため現場までは十分と掛からなかった。雨の中に降ろして貰い、礼を述べて真城市内の別宅に帰るというベンツのテールランプを見送る。
まだ鑑識は頑張っていたが自分たちにできることはなくなったと断じマンションに帰ることにした。白いセダンに乗り込むと現場をあとにする。
マンションに帰り着くとまず寝室で着替えた。濡れてしまったスーツは干しておいて後日クリーニング行きである。全てを引き剥がしたところで霧島が京哉を促した。
「薄っぺらな躰が冷え切っただろう、先に風呂に入ってこい」
「じゃあお言葉に甘えます」
細い躰がバスルームに消えるのを見届けて、霧島は乾いたドレスシャツとスラックスを身に着けると、カットグラスに注いだウィスキーを飲みながらTVニュースに見入った。昨日から四人もの射殺死体発見の報に既に警察叩きが始まっていた。当然でもあろう。
やがて京哉が出てくると交代し、熱い湯を浴びると溜息が出た。
バスルームで全身を洗いシェーバーでヒゲも綺麗に剃ると京哉が溜めておいてくれたバスタブの湯に浸かる。雨で冷えた躰を充分に温めてから上がった。バスタオルで適当に拭いバスローブを着て寝室に向かう。これ以上の事件が起こらなければ自分が動くべきこともなく明日も休み、パジャマに着替えてしまおうと思ったのだ。
するとダブルベッド上のブルーの毛布が膨らんでいる。今朝方まで激しくやらかした上に夕方からは現場に出張り、雨に濡れながら延々と石段を上ったのだ。あれだけ躰を酷使すれば疲れて当然だろうと思い静かに寝室から出ようとした。
その時、毛布が跳ね除けられる。微笑んだ京哉は何も身に着けていなかった。
「こんなのは嫌いですか、忍さん?」
「いや、大好きだが……京哉お前どうかしたのか?」
「どうもしません。忍さんが欲しいだけですけど、だめですか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる