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第18話
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曇って湿った冷たい空気の中、二人分の簡単な着替えを入れたショルダーバッグを担いだ京哉は石段の途中でへばってしまい、霧島に担がれて御劔神社に辿り着いた。
霧島の携帯に入ったタバネからのメールでは、待ち合わせ場所は昨夜の神殿である。
果たして日も暮れた神殿前にはシルバーのベンツとタバネがいた。
「待たせたな」
「いえ、このたびは依頼を聞いて下さって感謝しております。では車にどうぞ」
後部座席に乗り込むとエアコンの暖かな空気にホッとする。すぐさまタバネが車を出した。うねうねと峠道を下って住宅街に入ったかと思うと真城市内でも高級住宅地の中にあるマンションの車寄せにベンツは駐まった。出発してから二十分足らずの行程だった。
エントランス前に待ち構えていたタキシードの老年男が後部ドアを開けてくれる。二人が降り立つとオートロックのガラス扉が開かれ、中のロビーフロアには着物を着た使用人らしき女性陣が左右一列ずつ合計二十名ほども並んで、静かに頭を下げたのには驚いた。
「ちょ、この人たちってもしかして全員が透夜のメイドさんってことですか?」
「左様でございます。この別宅は建物全てが透夜様の持ち物でございます故」
「ほう、政治屋に見込まれると占い師も大した羽振りの良さだな」
「占い師ではなく神子の託宣でございますけれど」
気を悪くした風でもない老年男と喋りながら着物軍団の間を通り抜け、タバネと恰幅のいい中年女性に老年男の三人だけが霧島と京哉を先導して歩き出した。エレベーターに乗り込んで老年男がボタンを押し、六階建ての最上階まで上がってぞろぞろと降りた。
一般のマンションとは趣の違う天井に小ぶりのシャンデリアが下がり、足元は織り模様も美しいカーペットの敷かれた廊下を辿る。二枚目のドアの前でタバネが足を止めた。外からタバネがキィロックを解く。ドアを開けると中は広い和式の玄関だ。住人が靴を脱ぐのを見て京哉と霧島も倣う。
一段高い位置にあるふすまをタバネが開けた。そこから室内を覗いた京哉は再び驚く。そこは県警の武道場より広い畳敷きの大広間だったのだ。明かりは消され、真ん中に敷かれた布団の枕元の燭台で二本の蝋燭が揺らめいている。
薄暗い中、五人で畳をしずしず踏んで布団まで辿り着いた。寝ているのは透夜である。蝋燭の炎に照らされた透夜は真っ白な顔色でまだ眠っていた。寝顔を眺めても仕方がないので二人は大広間から静かに撤退する。老年男と中年女性もついてきた。
靴を履いてドアから出ると老年男が恭しく頭を下げて宣言する。
「お客様方をお部屋にご案内致します」
踵を返したタキシードの背と、恰幅のいい中年女性の後頭部を見て京哉が訊いた。
「あのう、あなたたちを何て呼んだらいいんでしょうか?」
先を行く二人はくるりと回れ右をして微笑む。
「わたくしめはこの屋敷の執事で牧田と申します」
「あたしは透夜様の台所番、花枝と呼んで頂戴」
どうやらガードを入れていないらしいこの建物は、余程信頼のおけるメンバーだけで固められているようで、この二人はその筆頭なのだろうと京哉は思う。
四人でエレベーターに乗り一階だけ下って廊下をぞろぞろ歩いた。二枚目のドアの前で案内人が立ち止まりキィロックを解く。京哉は嫌な予感がしていたが文句をつけても仕方がないので広い玄関に踏み入った。ふすまを開けたら予想通り広大な畳の海だ。溜息。
畳の大海に踏み入る前に花枝が両手を腰に当てて訊いてきた。
「お客さんは――」
「私は霧島、こっちが鳴海だ」
「はいはい、霧島さんと鳴海さんね。あんたたち、お腹は空いていないのかい?」
訊かれて腕時計を見れば十九時前だった。そういえばブランチ以来何も食べていない。食事の話で霧島の腹が豪快な音を立てる。京哉は思わず赤面して霧島を睨んだ。
「まるで僕が何も食べさせていないみたいじゃないですか」
「それはないと明言するが止められるものでもないんだ、仕方あるまい」
やり取りを笑って見ていた花枝が二人とメアドを交換したのち、力強く頷く。
「食事を持ってきてあげるから先に一風呂浴びてて頂戴。他に何かあるかい?」
思いつかず揃って首を横に振ると牧田と花枝は出て行った。二人は内鍵をロックすると広大な畳の海を泳ぎ渡り隅の座卓に辿り着く。座卓にはポットに茶器があった。茶を淹れて飲みながら京哉は灰皿を見つけて一服する。そして二人は余った畳の部分を眺めた。
「うーん、落ち着きませんよね」
「ふざけた広さだな。県警本部全員で大宴会ができるぞ」
「でもまあ、ここには人目も……カメラ、あると思います?」
「カメラで出歯亀ならまだ許せる気分だがな。お前も気付いただろう?」
「今日も昨日の夜もタバネと喋ってる間、神社で僕らは監視されてましたよね」
「おそらくガードだろうが、気分のいいものではないな」
そこで茶を飲み干すと室内探索に着手した。幸いカメラなどは見つからず代わりにトイレと洗面所にバスルームを発見する。それぞれの施設もアホみたいに広かった。
納得したところで花枝に言われたようにバスルームを使う。ツアー客にでも対応できるような脱衣所で服を脱ぎ、置いてあった洗濯乾燥機に服を入れスイッチを押し、銃その他を残りの衣服で隠して、積んであったタオルを一枚手にすると風呂場に進軍した。
「わあ、すごい、檜風呂ですよ」
「これは二人で堪能しないと損失だな」
五ヶ所もあった洗い場の真ん中を使って背中を流し合い、四畳ほどもありそうな檜風呂に満々と湛えられた湯の中に身を沈める。二人同時に大きく溜息をついた。
ぬるめの湯に暫し浸かっているうちに、二人は近づいてキスを交わしている。そのまま霧島は京哉に抱きつかれ反射的に華奢な躰を抱き締めていた。
「京哉、お前どうしたんだ。ここ二、三日本当に変だぞ?」
霧島の引き締まった腹には、湯よりも熱く成長した京哉の躰の中心が当たっていた。それだけではない、ここでも京哉は潤んだ瞳に明らかな情欲を溜めて迫ってくる。
「変じゃないですよ、貴方のそんな姿を見たら当然じゃないですか」
「当然ってお前……おい、こら、止めろ……だめだ、京哉」
霧島の携帯に入ったタバネからのメールでは、待ち合わせ場所は昨夜の神殿である。
果たして日も暮れた神殿前にはシルバーのベンツとタバネがいた。
「待たせたな」
「いえ、このたびは依頼を聞いて下さって感謝しております。では車にどうぞ」
後部座席に乗り込むとエアコンの暖かな空気にホッとする。すぐさまタバネが車を出した。うねうねと峠道を下って住宅街に入ったかと思うと真城市内でも高級住宅地の中にあるマンションの車寄せにベンツは駐まった。出発してから二十分足らずの行程だった。
エントランス前に待ち構えていたタキシードの老年男が後部ドアを開けてくれる。二人が降り立つとオートロックのガラス扉が開かれ、中のロビーフロアには着物を着た使用人らしき女性陣が左右一列ずつ合計二十名ほども並んで、静かに頭を下げたのには驚いた。
「ちょ、この人たちってもしかして全員が透夜のメイドさんってことですか?」
「左様でございます。この別宅は建物全てが透夜様の持ち物でございます故」
「ほう、政治屋に見込まれると占い師も大した羽振りの良さだな」
「占い師ではなく神子の託宣でございますけれど」
気を悪くした風でもない老年男と喋りながら着物軍団の間を通り抜け、タバネと恰幅のいい中年女性に老年男の三人だけが霧島と京哉を先導して歩き出した。エレベーターに乗り込んで老年男がボタンを押し、六階建ての最上階まで上がってぞろぞろと降りた。
一般のマンションとは趣の違う天井に小ぶりのシャンデリアが下がり、足元は織り模様も美しいカーペットの敷かれた廊下を辿る。二枚目のドアの前でタバネが足を止めた。外からタバネがキィロックを解く。ドアを開けると中は広い和式の玄関だ。住人が靴を脱ぐのを見て京哉と霧島も倣う。
一段高い位置にあるふすまをタバネが開けた。そこから室内を覗いた京哉は再び驚く。そこは県警の武道場より広い畳敷きの大広間だったのだ。明かりは消され、真ん中に敷かれた布団の枕元の燭台で二本の蝋燭が揺らめいている。
薄暗い中、五人で畳をしずしず踏んで布団まで辿り着いた。寝ているのは透夜である。蝋燭の炎に照らされた透夜は真っ白な顔色でまだ眠っていた。寝顔を眺めても仕方がないので二人は大広間から静かに撤退する。老年男と中年女性もついてきた。
靴を履いてドアから出ると老年男が恭しく頭を下げて宣言する。
「お客様方をお部屋にご案内致します」
踵を返したタキシードの背と、恰幅のいい中年女性の後頭部を見て京哉が訊いた。
「あのう、あなたたちを何て呼んだらいいんでしょうか?」
先を行く二人はくるりと回れ右をして微笑む。
「わたくしめはこの屋敷の執事で牧田と申します」
「あたしは透夜様の台所番、花枝と呼んで頂戴」
どうやらガードを入れていないらしいこの建物は、余程信頼のおけるメンバーだけで固められているようで、この二人はその筆頭なのだろうと京哉は思う。
四人でエレベーターに乗り一階だけ下って廊下をぞろぞろ歩いた。二枚目のドアの前で案内人が立ち止まりキィロックを解く。京哉は嫌な予感がしていたが文句をつけても仕方がないので広い玄関に踏み入った。ふすまを開けたら予想通り広大な畳の海だ。溜息。
畳の大海に踏み入る前に花枝が両手を腰に当てて訊いてきた。
「お客さんは――」
「私は霧島、こっちが鳴海だ」
「はいはい、霧島さんと鳴海さんね。あんたたち、お腹は空いていないのかい?」
訊かれて腕時計を見れば十九時前だった。そういえばブランチ以来何も食べていない。食事の話で霧島の腹が豪快な音を立てる。京哉は思わず赤面して霧島を睨んだ。
「まるで僕が何も食べさせていないみたいじゃないですか」
「それはないと明言するが止められるものでもないんだ、仕方あるまい」
やり取りを笑って見ていた花枝が二人とメアドを交換したのち、力強く頷く。
「食事を持ってきてあげるから先に一風呂浴びてて頂戴。他に何かあるかい?」
思いつかず揃って首を横に振ると牧田と花枝は出て行った。二人は内鍵をロックすると広大な畳の海を泳ぎ渡り隅の座卓に辿り着く。座卓にはポットに茶器があった。茶を淹れて飲みながら京哉は灰皿を見つけて一服する。そして二人は余った畳の部分を眺めた。
「うーん、落ち着きませんよね」
「ふざけた広さだな。県警本部全員で大宴会ができるぞ」
「でもまあ、ここには人目も……カメラ、あると思います?」
「カメラで出歯亀ならまだ許せる気分だがな。お前も気付いただろう?」
「今日も昨日の夜もタバネと喋ってる間、神社で僕らは監視されてましたよね」
「おそらくガードだろうが、気分のいいものではないな」
そこで茶を飲み干すと室内探索に着手した。幸いカメラなどは見つからず代わりにトイレと洗面所にバスルームを発見する。それぞれの施設もアホみたいに広かった。
納得したところで花枝に言われたようにバスルームを使う。ツアー客にでも対応できるような脱衣所で服を脱ぎ、置いてあった洗濯乾燥機に服を入れスイッチを押し、銃その他を残りの衣服で隠して、積んであったタオルを一枚手にすると風呂場に進軍した。
「わあ、すごい、檜風呂ですよ」
「これは二人で堪能しないと損失だな」
五ヶ所もあった洗い場の真ん中を使って背中を流し合い、四畳ほどもありそうな檜風呂に満々と湛えられた湯の中に身を沈める。二人同時に大きく溜息をついた。
ぬるめの湯に暫し浸かっているうちに、二人は近づいてキスを交わしている。そのまま霧島は京哉に抱きつかれ反射的に華奢な躰を抱き締めていた。
「京哉、お前どうしたんだ。ここ二、三日本当に変だぞ?」
霧島の引き締まった腹には、湯よりも熱く成長した京哉の躰の中心が当たっていた。それだけではない、ここでも京哉は潤んだ瞳に明らかな情欲を溜めて迫ってくる。
「変じゃないですよ、貴方のそんな姿を見たら当然じゃないですか」
「当然ってお前……おい、こら、止めろ……だめだ、京哉」
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