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第7話
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ウェルカムディナーは普通の乗客が食事に使用するメインダイニングと、それに続くメインラウンジで開かれた。
食事には普段メインサロンを使うスイートやロイヤルスイートクラスの乗客も、催し物ということでここに集められている。
ホスピス艦という性質上、立食ではなくちゃんとテーブルに席がしつらえられていた。それぞれのリモータに前もって席次が流されていたので皆、迷うことはない。
病状によっては食べられるものも限られるので、そういった乗客同士がなるべく集まるようにテーブルが決められているらしかった。
普段ならばダンスホールとなるメインラウンジのショースペースでは、小規模ながらオーケストラが騒々しくない程度に軽快なミュージックを奏でている。
メインダイニングの舞台に向かって右側は全面透明な壁、そこには星々が輝いていた。上下もないそれをじっと見つめていると漆黒の宇宙に落ちてゆきそうにも感じられ、ある種の高所恐怖症ならばかなり怖い思いをするであろう光景でもあった。
タキシードの博士と付き従ってきた制服の二人は博士を挟んで右にシド、左にハイファという配置で、やや舞台に近いメインダイニングのテーブルに着く。
明るいながらも決してはしゃいだ様子のない、上品なスタッフの挨拶を聞きながら給仕たちによるディナーのサーヴィスを待った。その間に三十メートルほど先の壇上ではキャプテンと呼ばれる艦長始め、上級クルーの紹介が行われてゆく。
自走給仕機ではなくワゴンを押した男性給仕が回ってきてアペリティフを勧められた。博士とハイファがシャンパン、シドはキールのグラスを手にする。
乾杯は立ち上がることなくスタッフの声で僅かにグラスを掲げたのみ、ウェルカムディナーというには落ち着いた雰囲気の時間が始まった。
周囲をシドは見渡す。平均年齢はやはり高めだ。だが思いがけないほど若い女性や少年も中にはいた。死に往く人間の家族なのかも知れないが、彼らの中には幾人かの主役もいるのだろうと想像する。
喩え心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。手足や内臓に至るまで培養移植して再生が可能なのだ。それでもなお助からない病気もあるのだと、シドは隣の、命の期限を切られた男の染みとしわの浮いた手を眺めた。
そんな中で静かにイヴェントは進行中だった。
和やかな歓談と音楽を愉しみながら食事も終わりに近づき、デザートが出されディジェスティフのワゴンが回り始めたときだった。
同じテーブルに着いた者同士歓談も弾み、ざわめきも最高潮と思われたとき、「ガーン!」という一発の銃声が響き渡ったのだ。
乗客たちは凍ったように押し黙って動きを止めた。
「共同革命戦線・紅い虹である! 今この時よりこの艦は我々が乗っ取った!」
広いメインダイニングからメインラウンジまでを、食後酒を配っていたワゴン八台が取り囲み、それらを押していた給仕ら全員がサブマシンガンやパルスレーザー小銃を片手に掲げている。ワゴンに武器を隠していたらしい。
「うーわー、もうイヴェントストライク発動だよ、シド」
「五月蠅い。もっと嫌な予感がしてくるから言うな」
テロリストの代表らしい男は静聴に気分を良くしたのか演説を続けている。
「テラ本星の、各星系政府への干渉を――」
「搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」
何処かで聞いたような科白を聞き流しながらシドはバニラスフレをスプーンですくう。一方ハイファも上品にスプーンを操り、音ひとつ立てずにデザートを堪能していた。この艦のシェフにレシピを訊きに行けるかなあと思いながら。
「この上は、貴様ら人質を一人一人殺してでもテラ連邦議会に――」
あからさまに呆れた溜息が聞こえて二人が顔を上げると、ブランデーグラスを持ったオイゲン博士が肩を竦めていた。シニカルな笑みをしわ深い頬に浮かべている。
「余命いくばくもない人間ばかりが乗ったこの艦ほど、乗っ取って益のない艦もないだろうにね。世の『思想家』というのは不思議な思考形態を持っているようだ」
「でも殆どが上流階級者ですし、思想を貫くにもクレジットの時代なんですよ」
そう言うとオイゲン博士は少々驚いたらしかった。
「ほう。自身の思想にカネが必要なのかね?」
「ええと……ほら、自分だけじゃなくて他の人にも『正しいと信じる思想』を分け与えるための活動資金と言えばご理解頂けるでしょうか?」
「何だ、思想を伝播させるためには他人の思想をクレジットで買って、自分の思想を売りつけなければならんのか。正しいなら売らず買わずとも伝播するだろうに」
オイゲン博士とハイファの会話を聞いていたシドはいい加減に飽きて大欠伸した。
「ふあーあ……んで、ハイファ。雛壇正面を零時とする。どっちがいいんだ?」
「僕の位置からならダイニング側、十一時から五時。近い方で悪いけど」
「構わねぇよ。じゃあ俺がラウンジ側、六時から十時な。貫通弾に気をつけろ」
「ラジャー。全員フリーズしてる今のうちだね」
「どっちが残す?」
「近いし、僕が。貴方はカウント宜しく。あ、博士、少し頭を低くしてて下さい」
デザートを食べ終えた二人はスプーンを置くと、そっと椅子を後ろにずらした。
「いくぜ。……三、二、一、ファイア!」
シドは立ち上がると同時にパワーを落とした巨大レールガンを発射。速射で放たれたフレシェット弾はメインラウンジの前方、三十メートルほども離れた処に散っていたテロリスト四人の頭にことごとくヒットする。
ハイファも抜き撃ったテミスコピーで三人をヘッドショット。うち一人が痙攣しつつ天井に向けてパルスレーザー小銃のトリガをガク引きするも構わず、最後の一人のトリガに掛かった指を銃ごと撃ち抜き、更に腹にダブルタップを食らわす。
全ては一瞬の出来事、今度こそ乗客たちは悲鳴を上げるのも忘れて凍りつく。
「誰が宙艦内で発砲する事態にはならないだって?」
「前言撤回、さすがは――」
「その先は言うな。……メディーック! じゃなくて医療スタッフ、頼む!」
さすがはホスピス艦というべきか、呪縛が解けると後始末は早かった。気分が悪くなった乗客らも含めて綺麗に運び去る。
血糊も拭かれ隠されて原状復帰された。
食事には普段メインサロンを使うスイートやロイヤルスイートクラスの乗客も、催し物ということでここに集められている。
ホスピス艦という性質上、立食ではなくちゃんとテーブルに席がしつらえられていた。それぞれのリモータに前もって席次が流されていたので皆、迷うことはない。
病状によっては食べられるものも限られるので、そういった乗客同士がなるべく集まるようにテーブルが決められているらしかった。
普段ならばダンスホールとなるメインラウンジのショースペースでは、小規模ながらオーケストラが騒々しくない程度に軽快なミュージックを奏でている。
メインダイニングの舞台に向かって右側は全面透明な壁、そこには星々が輝いていた。上下もないそれをじっと見つめていると漆黒の宇宙に落ちてゆきそうにも感じられ、ある種の高所恐怖症ならばかなり怖い思いをするであろう光景でもあった。
タキシードの博士と付き従ってきた制服の二人は博士を挟んで右にシド、左にハイファという配置で、やや舞台に近いメインダイニングのテーブルに着く。
明るいながらも決してはしゃいだ様子のない、上品なスタッフの挨拶を聞きながら給仕たちによるディナーのサーヴィスを待った。その間に三十メートルほど先の壇上ではキャプテンと呼ばれる艦長始め、上級クルーの紹介が行われてゆく。
自走給仕機ではなくワゴンを押した男性給仕が回ってきてアペリティフを勧められた。博士とハイファがシャンパン、シドはキールのグラスを手にする。
乾杯は立ち上がることなくスタッフの声で僅かにグラスを掲げたのみ、ウェルカムディナーというには落ち着いた雰囲気の時間が始まった。
周囲をシドは見渡す。平均年齢はやはり高めだ。だが思いがけないほど若い女性や少年も中にはいた。死に往く人間の家族なのかも知れないが、彼らの中には幾人かの主役もいるのだろうと想像する。
喩え心臓を吹き飛ばされても処置さえ早ければ助かるのが現代医療である。手足や内臓に至るまで培養移植して再生が可能なのだ。それでもなお助からない病気もあるのだと、シドは隣の、命の期限を切られた男の染みとしわの浮いた手を眺めた。
そんな中で静かにイヴェントは進行中だった。
和やかな歓談と音楽を愉しみながら食事も終わりに近づき、デザートが出されディジェスティフのワゴンが回り始めたときだった。
同じテーブルに着いた者同士歓談も弾み、ざわめきも最高潮と思われたとき、「ガーン!」という一発の銃声が響き渡ったのだ。
乗客たちは凍ったように押し黙って動きを止めた。
「共同革命戦線・紅い虹である! 今この時よりこの艦は我々が乗っ取った!」
広いメインダイニングからメインラウンジまでを、食後酒を配っていたワゴン八台が取り囲み、それらを押していた給仕ら全員がサブマシンガンやパルスレーザー小銃を片手に掲げている。ワゴンに武器を隠していたらしい。
「うーわー、もうイヴェントストライク発動だよ、シド」
「五月蠅い。もっと嫌な予感がしてくるから言うな」
テロリストの代表らしい男は静聴に気分を良くしたのか演説を続けている。
「テラ本星の、各星系政府への干渉を――」
「搾取により貧困にあえぐ星系への援助を怠り――」
何処かで聞いたような科白を聞き流しながらシドはバニラスフレをスプーンですくう。一方ハイファも上品にスプーンを操り、音ひとつ立てずにデザートを堪能していた。この艦のシェフにレシピを訊きに行けるかなあと思いながら。
「この上は、貴様ら人質を一人一人殺してでもテラ連邦議会に――」
あからさまに呆れた溜息が聞こえて二人が顔を上げると、ブランデーグラスを持ったオイゲン博士が肩を竦めていた。シニカルな笑みをしわ深い頬に浮かべている。
「余命いくばくもない人間ばかりが乗ったこの艦ほど、乗っ取って益のない艦もないだろうにね。世の『思想家』というのは不思議な思考形態を持っているようだ」
「でも殆どが上流階級者ですし、思想を貫くにもクレジットの時代なんですよ」
そう言うとオイゲン博士は少々驚いたらしかった。
「ほう。自身の思想にカネが必要なのかね?」
「ええと……ほら、自分だけじゃなくて他の人にも『正しいと信じる思想』を分け与えるための活動資金と言えばご理解頂けるでしょうか?」
「何だ、思想を伝播させるためには他人の思想をクレジットで買って、自分の思想を売りつけなければならんのか。正しいなら売らず買わずとも伝播するだろうに」
オイゲン博士とハイファの会話を聞いていたシドはいい加減に飽きて大欠伸した。
「ふあーあ……んで、ハイファ。雛壇正面を零時とする。どっちがいいんだ?」
「僕の位置からならダイニング側、十一時から五時。近い方で悪いけど」
「構わねぇよ。じゃあ俺がラウンジ側、六時から十時な。貫通弾に気をつけろ」
「ラジャー。全員フリーズしてる今のうちだね」
「どっちが残す?」
「近いし、僕が。貴方はカウント宜しく。あ、博士、少し頭を低くしてて下さい」
デザートを食べ終えた二人はスプーンを置くと、そっと椅子を後ろにずらした。
「いくぜ。……三、二、一、ファイア!」
シドは立ち上がると同時にパワーを落とした巨大レールガンを発射。速射で放たれたフレシェット弾はメインラウンジの前方、三十メートルほども離れた処に散っていたテロリスト四人の頭にことごとくヒットする。
ハイファも抜き撃ったテミスコピーで三人をヘッドショット。うち一人が痙攣しつつ天井に向けてパルスレーザー小銃のトリガをガク引きするも構わず、最後の一人のトリガに掛かった指を銃ごと撃ち抜き、更に腹にダブルタップを食らわす。
全ては一瞬の出来事、今度こそ乗客たちは悲鳴を上げるのも忘れて凍りつく。
「誰が宙艦内で発砲する事態にはならないだって?」
「前言撤回、さすがは――」
「その先は言うな。……メディーック! じゃなくて医療スタッフ、頼む!」
さすがはホスピス艦というべきか、呪縛が解けると後始末は早かった。気分が悪くなった乗客らも含めて綺麗に運び去る。
血糊も拭かれ隠されて原状復帰された。
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