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第43話・何にでも嵌れるスパイ。刑事はディスポーザー
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目を覚ましたハイファはリモータを見ようとした。だが動けない。キッチリと被せられた毛布の上からシドに固く抱き締められていたからだ。
「ん……シド、貴方、いつ起きたの?」
「あー、ついさっきだ」
それが大嘘なのは赤くした切れ長の目で分かったが、今更どうしようもない。
「今、何時なのかな?」
リモータを見せて貰うと七時十五分だった。四、五時間も眠っただろうか。ゆっくりと起き上がり、かなりいい豆らしいコーヒーをシドからソーサー付きで渡され、有難く頂く。
傍に猫足の椅子を引きずってきてシドも一緒にコーヒータイムだ。
重厚なビロードと手の込んだレースのカーテンが引かれた窓からは嵐が一過して眩いまでの蒼穹が望める。これなら今晩ドレス姿の公爵が徘徊することもあるまい。
そう思って眺めていると、シドがポツリと言った。
「……すまん」
「何を謝って……僕も煽っちゃったし、それにすっごくよかったよ」
「ん、そうか。八時にメシの迎えがくるぞ」
ポーカーフェイスを取り戻したシドと交代でリフレッシャを浴び、これしか着替えがないので仕方なく迷彩服を身に着ける。それぞれ執銃すると室内の音声素子から声が流れてきた。
「宜しいでしょうか、朝食の用意ができましてございます」
ロックを解いて廊下に出るとモーニングに身を固めた、いかにもな執事殿が立っていた。ハイファはシドの左腕の温かさを腰に感じつつ執事殿を先導にしてエレベーターで一階に降りた。廊下を延々と歩き、幾度も角を曲がって、たっぷり五分は掛けて食堂に辿り着く。
その食堂は城の規模にしては小さかった。尤も食堂も幾つかあるのだろうが、主が普段使っている食卓に招かれたらしいとハイファは見取る。
クイーンサイズのベッドほどのテーブルには公爵とエドガーが着いていた。
「おはようございます。お世話になった上に、お待たせして申し訳ありません」
こういうときのシドは何もかもをハイファに押し付ける。役目を心得ているハイファは代表挨拶して、紺のドレスのメイドが引いた椅子に優雅に腰掛けた。
「無粋な格好をお許し下さい」
「いや、気にしないで欲しい。遠慮せずに食事を愉しんでくれると嬉しいね」
公爵の言葉で朝食が始まる。シドとハイファはメイドから紅茶を貰い、温かい卵料理やサラダにスープ、ハムソテーやスコーンなどを味わった。
そうしながらハイファはジュリアン=ベジャール公爵をそれとなく観察したが、勿論ドレス姿ではなく、仕立てのいいスーツに身を固めた公爵は何処といって変ではない。こうしていると昨夜のことが夢か幻であったような気さえしてくる。
だが公爵本人からそのことに触れられると、却ってハイファは少々緊張した。
「昨夜はロレーナを助けてくれたと聞いている。迷惑を掛けてすまなかったね」
「あ、いえ……」
「城から出るなと何度も言い聞かせてはいるのだが、全く、病弱なクセに行動派でね」
「はあ、そうなんですか」
気付くとエドガーが目で頷いている。話を合わせろということらしい。
「本人にも礼をさせねばならないところだが、眠ってしまっているので申し訳ないが……」
「礼なんてそんな、何もお気になさらないで下さい」
「悪いね。代わりに私の我が儘と思って、何日でも滞在していって欲しい」
「お言葉、感謝します。それでは少々のお目汚しをご寛恕下さい」
流れるような事態の推移をシドは感心して聞いていた。FC御曹司というだけでなく、生みの母がレアメタルで有名なセフェロ星系の直系王族だったというハイファは公爵相手に一歩も引けを取らず、渡り合う様子は頼もしくも大したものだった。
「エドガーから君たちのことは聞いている。シドにユーリーだったね」
「ええ、そのようにお呼び下さい」
「ところで君たちは何処からきたのかな?」
「ロニア……には見えませんか?」
「見えないね。まあいい、詮索するのが本意じゃない、ただの雑談だよ。聞き流してくれ。そうだね、少し私の話し相手になってくれると嬉しいのだが」
「公爵のお話を伺える機会に与れるとは、僕らも光栄です」
頭上を上品な会話が飛び交う間、シドはせっせと目前のモノを胃袋に詰め込んだ。
そうして皆がゆっくりと朝食を終えると、ハイファは一旦ローダ島に戻ることを申し出る。対して公爵は親切にもBELを出そうと言ってくれた。
四階のゲストルームでシドが煙草を吸っていると、BELの用意ができたといって現れたのはエドガーだった。三人で上がった屋上には小型BELが三機も駐まっていた。
異様に座り心地のいい後部シートにシドとハイファが収まるとエドガーが反重力装置を起動、オートパイロットをオンにする。BELは蒼穹に舞い上がった。
「公爵はずっとロレーナさんが生きてるって思い込んでるのかな?」
「殆どはね。たまに思い出すこともあるが。だから夢を壊さないでやって欲しい」
「別に公爵の夢を叩き壊しても俺たちにメリットはねぇからな」
「でも、何でローダ島にこんな軍事教練学校を造ったのかな?」
「それは……それこそ僕の口からは云えないな」
「公爵に訊いてもいいってこと?」
「……」
それきりエドガーは黙したまま語らなかった。BELはベースキャンプに向けて降下し、ユニット建築が並んだ裏の駐機場に無事ランディングする。二人だけでなくエドガーも機から降り、大きな平屋建てのある表側に回ると、一番手前の医務室になっているユニット建築に入っていった。
二人は与えられていた部屋から私物のショルダーバッグを確保する。
迷彩の戦闘服を脱ぎ、元の綿のシャツとコットンパンツに着替えるとシドはホッとした。ハイファもタイを締めないソフトスーツ姿に戻って安堵したようだ。
「ん……シド、貴方、いつ起きたの?」
「あー、ついさっきだ」
それが大嘘なのは赤くした切れ長の目で分かったが、今更どうしようもない。
「今、何時なのかな?」
リモータを見せて貰うと七時十五分だった。四、五時間も眠っただろうか。ゆっくりと起き上がり、かなりいい豆らしいコーヒーをシドからソーサー付きで渡され、有難く頂く。
傍に猫足の椅子を引きずってきてシドも一緒にコーヒータイムだ。
重厚なビロードと手の込んだレースのカーテンが引かれた窓からは嵐が一過して眩いまでの蒼穹が望める。これなら今晩ドレス姿の公爵が徘徊することもあるまい。
そう思って眺めていると、シドがポツリと言った。
「……すまん」
「何を謝って……僕も煽っちゃったし、それにすっごくよかったよ」
「ん、そうか。八時にメシの迎えがくるぞ」
ポーカーフェイスを取り戻したシドと交代でリフレッシャを浴び、これしか着替えがないので仕方なく迷彩服を身に着ける。それぞれ執銃すると室内の音声素子から声が流れてきた。
「宜しいでしょうか、朝食の用意ができましてございます」
ロックを解いて廊下に出るとモーニングに身を固めた、いかにもな執事殿が立っていた。ハイファはシドの左腕の温かさを腰に感じつつ執事殿を先導にしてエレベーターで一階に降りた。廊下を延々と歩き、幾度も角を曲がって、たっぷり五分は掛けて食堂に辿り着く。
その食堂は城の規模にしては小さかった。尤も食堂も幾つかあるのだろうが、主が普段使っている食卓に招かれたらしいとハイファは見取る。
クイーンサイズのベッドほどのテーブルには公爵とエドガーが着いていた。
「おはようございます。お世話になった上に、お待たせして申し訳ありません」
こういうときのシドは何もかもをハイファに押し付ける。役目を心得ているハイファは代表挨拶して、紺のドレスのメイドが引いた椅子に優雅に腰掛けた。
「無粋な格好をお許し下さい」
「いや、気にしないで欲しい。遠慮せずに食事を愉しんでくれると嬉しいね」
公爵の言葉で朝食が始まる。シドとハイファはメイドから紅茶を貰い、温かい卵料理やサラダにスープ、ハムソテーやスコーンなどを味わった。
そうしながらハイファはジュリアン=ベジャール公爵をそれとなく観察したが、勿論ドレス姿ではなく、仕立てのいいスーツに身を固めた公爵は何処といって変ではない。こうしていると昨夜のことが夢か幻であったような気さえしてくる。
だが公爵本人からそのことに触れられると、却ってハイファは少々緊張した。
「昨夜はロレーナを助けてくれたと聞いている。迷惑を掛けてすまなかったね」
「あ、いえ……」
「城から出るなと何度も言い聞かせてはいるのだが、全く、病弱なクセに行動派でね」
「はあ、そうなんですか」
気付くとエドガーが目で頷いている。話を合わせろということらしい。
「本人にも礼をさせねばならないところだが、眠ってしまっているので申し訳ないが……」
「礼なんてそんな、何もお気になさらないで下さい」
「悪いね。代わりに私の我が儘と思って、何日でも滞在していって欲しい」
「お言葉、感謝します。それでは少々のお目汚しをご寛恕下さい」
流れるような事態の推移をシドは感心して聞いていた。FC御曹司というだけでなく、生みの母がレアメタルで有名なセフェロ星系の直系王族だったというハイファは公爵相手に一歩も引けを取らず、渡り合う様子は頼もしくも大したものだった。
「エドガーから君たちのことは聞いている。シドにユーリーだったね」
「ええ、そのようにお呼び下さい」
「ところで君たちは何処からきたのかな?」
「ロニア……には見えませんか?」
「見えないね。まあいい、詮索するのが本意じゃない、ただの雑談だよ。聞き流してくれ。そうだね、少し私の話し相手になってくれると嬉しいのだが」
「公爵のお話を伺える機会に与れるとは、僕らも光栄です」
頭上を上品な会話が飛び交う間、シドはせっせと目前のモノを胃袋に詰め込んだ。
そうして皆がゆっくりと朝食を終えると、ハイファは一旦ローダ島に戻ることを申し出る。対して公爵は親切にもBELを出そうと言ってくれた。
四階のゲストルームでシドが煙草を吸っていると、BELの用意ができたといって現れたのはエドガーだった。三人で上がった屋上には小型BELが三機も駐まっていた。
異様に座り心地のいい後部シートにシドとハイファが収まるとエドガーが反重力装置を起動、オートパイロットをオンにする。BELは蒼穹に舞い上がった。
「公爵はずっとロレーナさんが生きてるって思い込んでるのかな?」
「殆どはね。たまに思い出すこともあるが。だから夢を壊さないでやって欲しい」
「別に公爵の夢を叩き壊しても俺たちにメリットはねぇからな」
「でも、何でローダ島にこんな軍事教練学校を造ったのかな?」
「それは……それこそ僕の口からは云えないな」
「公爵に訊いてもいいってこと?」
「……」
それきりエドガーは黙したまま語らなかった。BELはベースキャンプに向けて降下し、ユニット建築が並んだ裏の駐機場に無事ランディングする。二人だけでなくエドガーも機から降り、大きな平屋建てのある表側に回ると、一番手前の医務室になっているユニット建築に入っていった。
二人は与えられていた部屋から私物のショルダーバッグを確保する。
迷彩の戦闘服を脱ぎ、元の綿のシャツとコットンパンツに着替えるとシドはホッとした。ハイファもタイを締めないソフトスーツ姿に戻って安堵したようだ。
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