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第52話・現代でも「スムラク」は4キロ越えだし

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 低さ故に風よけドームもなく、乾いた寒風に吹き晒されながらシドは周囲を見渡した。辺りは似たような古びた低いビルばかりだが、それらのビルの屋上には洩れなく電子看板がくっついている。今は灯されていないが、夜はさぞかし派手だろうと思わせた。

 この辺りがマフィアの仕切る歓楽街なのだろう。それらの殆どがロニアマフィアの分家だとベレッタファミリーに雇われた男は語りつつ、ダークスーツの裾を翻して勝手知ったる風にエレベーターではなく外階段で降り始めた。
 あとをついて歩く二人にフォードは珍しく苦笑しながら説明した。

「ここの中はビューラーとバシリーの分家が対立していて五月蠅いんだ」

 地上に降りると今度は無人コイルタクシーに乗った。
 歓楽街にはバーにクラブ、ゲーセンに家電屋、合法を謳うが本当かどうか分からぬドラッグ店に、テラ連邦法では違法のカジノや売春宿までが堂々と建ち並んでいたが、テラ連邦議会のお膝元である太陽系以外の他星では割とありがちな光景である。

 この時間はまだ人波も薄い街を十五分ほど走り、タクシーが接地したのは大型合法ドラッグ店の前だった。店内で合法ドラッグを売り、専用のトリップスペースで愉しませるタイプの店である。クレジット精算して降りると、その店にフォードは足を踏み入れた。

 リモータチェッカを一度クリアしただけで店のメインフロアまで辿り着く。店番のカウンターからフォードを認めた若い男が二人揃って勢いよく頭を下げた。
 どうやらここではかなりの顔らしい。

 若い男らを半ば無視してフォードは店を縦断して奥のエレベーターに乗り込んだ。十二階の十階を押す。箱から降りるとそこはビジネスホテルのようなドアが幾つも廊下に並んでいた。
 ドアに張られた数字のプレートを見ながら、本当に宿泊施設なのかも知れないと思いつつ、シドはハイファとともについて行く。

「ここだ、入ってくれ」

 そう言ってフォードがリモータチェッカをクリアしたのは一〇一二と書かれたドアだった。オートではないそのドアから室内に入ってハイファが思わず声を上げる。

「うわあ、すっごい……」

 オイルの甘ったるい匂いが漂う狭い室内にはスチール棚が立ち並び、所狭しと様々な銃器類が並べられ、壁に立て掛けられていたのだ。ハンドガンにサブマシンガンやライフル、それも旧式銃から最新式のパルスレーザー小銃までが揃っていて、本当にガンヲタの気があるハイファは目を輝かせてそれらに見入っている。

 一方のシドはマフィアの武器庫がここまで充実している事実に複雑な思いを抱く。

 ひとしきり眺めて戻ってきたハイファは、いつの間にかフォードが下げていた銀色のケースに目をやった。フォードはそれを室内隅にあるデスクの上に割と無造作に置く。

「今朝届いた。これでも気に入らなければ、他をここから選んでくれ」

 楽器でも入っているように見えるハードケースを開けると中身は勿論ライフルだ。まだ組み立てられる前のそれは美しくガンブルーに輝き、強力な殺傷兵器には見えない。
 しかしハイファは先程よりも目を輝かせ、銃とフォードを見比べる。

「ミリアットM800エレガⅢSPだ! すごい、軍でもないのにどうして?」
「必ずれとのお達しだからな」

 答えをはぐらかされたが当然でもあった。フォードはシドたちの立場を知っている。武器の密輸ルートを知られる訳にはいくまい。尤もハイファの興味は既に銃へと移っていた。
 白い手が取り出したライフルの銃身バレルをシドも覗き込んだ。ハイファが解説する。

「シド、貴方とはこのアップヴァージョンのM820を使ったことがあったよね」
「ああ、確かガチの戦場だったよな」

「ノーザナショナル社製ミリアットM800エレガⅢSP。アンチ・マテリアル・ライフル、対人じゃなくて装甲コイルも撃ち抜く対物ライフルだね。重量約十四キロ、薬室チャンバ一発マガジン九発の十連発。使用弾は408チェイタック。これなら三千メートル近くまで狙える」

「二キロ半超えか、かなり有利だな」

 聞いていたフォードが笑い出していた。

「それは大きく出たものだ。豪語するだけの腕、見せて貰おうか」

 丁寧にハイファは銀のハードケースを閉めると持ち上げた。全体で十七、八キロほどの重さになるだろうが、ケースは超小型反重力装置付きで、持っているのを忘れそうに軽い。

 リモータに何事か囁いておいて部屋を出たフォードは階段で屋上まで上った。屋上には小型BELが二機駐められていて、手前の一機には若い男が一人パイロット席に就いている。その機のコ・パイロット席にフォード、後部座席にシドとハイファが乗り込むと、何も言わずとも若い男が小型BELを離陸させた。

 郊外に近い歓楽街を一気に飛び去ると、眼下の光景は急になだらかになる。緑と黄色っぽい地面とがまだらになった土地だ。時折見える二次元的に大きな建物はなんだろうと思っていると、この土地を調べ上げてきたハイファが説明してくれる。
 
「あれが高級繊維の工場と、繊維のもとになる動物や虫を飼ってる畜舎だよ」
「ふうん、繊維は動物性で培養じゃねぇのか」
「そう、だからこそ珍重される。それらの動物や虫は寒い地方でしか育たないから、第六惑星ブラートでは採れないんだって」

 ぼそぼそと雑談をしているうちに小型BELは小一時間も飛んでようやく降下し始めた。
 ランディングしたのはユニット建築の小屋がふたつだけ建つ、人の気配のない射場だった。
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