Green Eyed[グリーン アイド]~楽園21~

志賀雅基

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第34話

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 予定通りの十時ジャストに第五惑星スーメラ第一宙港行きシャトル便は出航した。

「自転周期は約二百五十六時間って言ってたよな?」
「そう。長すぎるから向こうも第三惑星ラーリア時間で動いてる。着いたら夜の筈だよ」
「あんまり人は住んでねぇんだよな?」

「そういう話だけど第一宙港はミルセって街にあるし、街があるんだから人もいるとは思うけどね。植物原料の医薬品や化粧品の製造・輸出もしてるんだし――」

 会話するシドとハイファの前のシートではイリヤとスティーブが黙りこくっている。今朝からこのバディが喋る声をシドとハイファは一度も耳にしていない。

「まあ宙港に医務室もあるし、無茶したらすぐに叩き込みますからね」
「へいへい。それにしても意外に客は多いんだな」

 シャトル便の数が少ないせいもあるだろうが、周囲のシートは結構埋まっていた。医薬品や化粧品の製造工場で働く人々かも知れない。男女比は同じくらいである。あとは目つきの悪いリモータギラギラの男が僅かに混じっていた。これは歓楽街のマフィア関係者だろう。

 まもなく躰が砂の如く四散してゆくような感覚を味わった。ショートワープだ。
 残りたったの十五分、眠るヒマはないと分かっていながらシドは目を瞑った。

「シド、起きて。着いたよ」
「ん、すまん」

 瞬き一回くらいのつもりでもう起こされ、シートから立ち上がる。顔色が相当悪いのか、ハイファが心配そうに見たが、もの言いたげな視線を敢えて無視した。
 降艦する客列に他の三人と並ぶ。シャトル便のエアロックは宙港メイン施設に直接接続されていて、幸い寒い思いをすることはなかった。

 降りてみるとそこは二階ロビーフロアで、眩い明るさにシドは一瞬眩暈を起こす。ふらついた身を支えたのはハイファとイリヤ、すぐに立て直して掴まれた腕をやんわり振り解いた。
 何も言及せずにハイファが明るい声で仕切る。

「星系内便で通関もないし。まずはマップを手に入れて、街の様子を確かめなきゃね」

 さほど大きくない宙港施設にインフォメーション端末は三台しかなかった。順番を待ってマップを落とす。次に屋上からミルセの街を俯瞰しようと思ったが、この宙港施設が五階建てで低いことと、窓外が猛吹雪だったことで諦めた。
 そうしているうちにシャトル便で一緒にきた客は散ってゆき、ロビーは閑散としてしまう。

「うーん、どうしようか?」
「レナード=ブラント氏を訪ねてみるしかねぇだろ」
「アドレスは宙港サーヴィスエージェンシーの寮、この宙港の隣だよ」

 近くてラッキィだったが、一階に降りエントランスから出ると、三メートル先も見えない猛吹雪だ。四人は大人しくタクシーに乗り込んだ。

 何処をどう走ったのかも定かではないが、寒すぎてヒータもロクに利かないタクシーは、五分ほどで停止し接地する。
 窓から見上げた宙港サーヴィスエージェンシーの寮は、テラ連邦規格のユニット建築を積み上げたカネの掛からないシロモノだった。吹雪に転がって行きそうにも思えるそれは、明かりひとつ灯っていない。

「こんな所に人が住んでいるのか?」

 本日初めてのイリヤの声にシドが応える。

「一応、確かめてみようぜ」

 防寒着に耳当て、手袋で身を固めているが、タクシーを降りると数秒で口も利けないくらい凍えた。吹雪の吹きつける側の顔があっという間に感覚を失くす。急いで四人は八世帯分が住めるユニット建築を片端からノックして回ったが、やはり誰も出てはこなかった。

 先を争うようにしてタクシーに戻る。身が融け始めると、もう凍えた指先が痒い。

「じゃあ、次はヨアヒム=ユンカースの屋敷に特攻でも掛けるのか?」

 ヤケ気味にスティーブが言い、ハイファがマップ上でユンカース邸を確認する。

「ミルセの街の奥にあるね。山を背にした離宮の近くだよ」
「だが訪ねて『FC会長を返せ』と喚く訳にも行くまい。まずはこちらも陣容を整えよう」

 このイリヤの意見には皆が賛成し、ハイファがホテルを検索した。

「わあ、一ヶ所しかないよ。空いてればいいけど」

 そもそも街と云っても家屋が百軒ほどしかないのである。一ヶ所のみの医薬品工場を維持する人員が暮らしているだけらしい。だがタクシーに篭もっている訳にもいかず、座標指定して発進させた。すると五分ほどで一軒目の家屋が見えてくる。

 三階建ての家屋は周囲が融雪ヒータ仕様らしく、雪に埋もれてはいなかった。三角屋根で二階と三階の窓には明かりが灯っている。庭には自家用コイルが一台駐まっていた。
 何となく恨めしいような思いで暖かそうな明かりをシドは見送る。

 それからも現れては消える明かりを四人は眺め続けた。だが家屋のどれもに明かりが灯っている訳でもなく、三軒に一軒くらいの割合で人の気配がない空き家のような家屋があった。

「淋しい街だな。それにしても何でこんな所に離宮なんだよ?」
「何代も前の酔狂な王がこさえたらしいよ。静かでいいんじゃないの?」

 喋っているとタクシーが減速する。道路も一応は融雪ヒータ仕様らしいが、機能が追いつかずに雪が凍り付き、路肩も歩道も分からない場所に駐まって身を沈ませた。
 窓から眺めた目的地は、四階建てのどっしりとした石造りである。

 クレジット精算して四人はタクシーを降りた。吹雪に巻かれて閉口しながら雪の凍り付いた歩道らしき場所を横切り、エントランス脇のリモータチェッカに交互にリモータを翳す。オートではないドアロックが解け、四人は中に滑り込んだ。

「おや、いらっしゃい。珍しい、四人もお客かい」

 入った所は食堂のようだった。カウンター席が八、テーブル席が四つある。酒瓶の並んだカウンター内から声を掛けてきたのは、エプロンを着けた若い男だ。

「食事かい、泊まりかい?」
「宿泊で、部屋は喫煙ふたつ空いてますか?」
「申し訳ないがヒータの故障でね、大部屋ひとつしか空いてないんだ」

 背に腹は代えられないので、四人は仕方なく頷く。エプロンの男は軽快にカウンターから出てきて皆を促し先に立って階段を上り始めた。案内されたのは二階の部屋だった。
 石造りだが室内は毛足の長い絨毯が敷かれ、冷たさを感じさせなかった。窓に掛かっているのも遮光ブラインドではなく、繊細なレースと温かみのある分厚いカーテンの重なりである。

 ベッドが四つ並んでいるがフリースペースも充分で、男四人でも息が詰まることはなさそうだった。洗面所とトイレにダートレス、広いバスルームも完備である。

「一泊二食でお一人様五千クレジット、払いはチェックアウトのときでいい」

 四人のリモータにキィロックコードを流すと、エプロンの男は部屋を出て行った。
 ソファセットのロウテーブルに灰皿を見つけたシドとイリヤは早速煙草を咥え、ハイファはデスク端末を起動してこの星のチャチなネットを泳ぎ始める。

「うーん、特に何もないなあ」
「マフィア関係はどうなんだ?」
「それはどの街にも洩れなく存在してるよ。このミルセにもある、小さいけどね」

「こんな街に歓楽街なんかこさえて、採算が取れるのかよ?」
「さあね、僕らが心配することじゃないし。で、どうするのサ?」
「勿論ヨアヒム=ユンカースだ。可能なら叩く」

 あっさり言ったシドを残り三人が振り返って凝視した。その目にシドは反論する。

「何はともあれチェンバーズ会長の身柄確保が先決、そのためにきたんだろうが」
「確かにそうだが、勝算のない無茶な特攻はできない」
「じゃあイリヤ、あんたはどうしたいんだ?」

 僅かにイリヤが考え込んだ隙にスティーブが発言した。

「ユンカースにシドの予測をぶつけてみたらどうだ? 星系政府の秘密とバーターだ」
「秘密を洩らされたくなければチェンバーズを解放しろって訳だね」
「それくらいで揺らぐ相手ならいいけどな」

「だが試してみる価値はある。殴り込むより話し合いで解決できれば越したことはない」
「まあ、そいつも手かも知れねぇな。それにもしユンカース邸にFC会長が拉致されているなら、ハイファが訪ねるだけでも揺さぶりにはなる」

 煙草を二本ずつ灰にすると動くことにする。荷物のショルダーバッグを残して部屋を出るとオートロックを確かめた。弾薬を盗まれては洒落にならない。四人は一階に降りてエプロンの男に外出を告げる。何者だか分からない客をエプロンの男は手を振って見送った。

 相変わらずの吹雪の中に出ると、乗ってきたタクシーはそのまま残っている。乗り込んでヨアヒム=ユンカースの屋敷を座標指定すると、到着予想時刻は二十一分後だ。
 吹雪のせいだろう、見事に通行人のいない夜道をタクシーは低速で走る。十分も走ると右手にぼんやりと光を孕んだ場所が見えてきた。ハイファが呟く。

「バシリーファミリーの仕切る歓楽街、でもカジノと合法ドラッグ店が一軒ずつだけどね」
「ここでもバシリーか。だがそいつは淋しいな」
「確かにね。店番するチンピラも堪ったもんじゃないかも」

 妙に同情しながらそこを通り過ぎた。すると徐々に街灯が増えてくる。離宮の近くで道路も整備が行き届いているようだ。街灯の下、地面のファイバブロックもちゃんと見えている。

「おっ、あれが離宮じゃないか?」

 スティーブの声でシドも窓外を見上げた。青銅の柵が張り巡らされ、雪もきちんと融かされた庭園の向こうに四角い城がそそり立っている。一辺百メートルはありそうな建物の天辺は、シドの期待を外して玉ネギ飾りではなく尖塔になっていた。青銅の柵の切れ目には門衛小屋があり、明かりが灯っている。

 それだけではなくこの寒いのに衛兵が二人、テラ連邦軍の制式小銃であるサディM18ライフルを担いで、青銅の柵沿いを行きつ戻りつしていた。
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