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第20話
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覆面のワンボックス二台に挟まれたスペースで突き放され開口一番訊かれる。
「京哉、いや、鳴海巡査部長。我々を狙撃したのはきみか?」
「……はい。でも全弾外した筈です」
「私も弾痕を見た。確かにこれ見よがしに『わざと外しました』と言わんばかりの綺麗な円をな。ならば撃ったが全弾外してくれた、本当にそうだったのだな?」
「そうですけど、僕は初めから外すつもりで――」
「ふざけるな! 貴様は何を気取っているんだ!」
大喝されて京哉はビクリと身を震わせた。見上げた灰色の瞳は瞳孔が縮み、本当に本気の怒りのオーラを全身から立ち上らせている。そんな目に見据えられて京哉は怯え竦んでいた。恐怖で呼吸すら上手くできずにいる京哉に霧島は詰問を続ける。
「もしかして私がいたから『外して差し上げた』、そうなのか?」
「違います! そんなつもりじゃなかった!」
「ならばどういうつもりだ! 一歩間違えば私も監察官も死んでいたんだぞ!」
「それはあり得ません! 僕は絶対に殺さなかった、あの距離で僕は間違わない!」
眼鏡とスコープ越しに予期せず霧島を見た京哉は、当てるスナイプより真剣勝負で臨んだ。絶対に当てられない、だがメッセージ性を持たせるためにわざとあんな着弾にした。それを可能とする腕が自分にはあると分かっていた。
だからこそ自信を持って言い切ったが、霧島はますます不愉快そうに吐き捨てる。
「……何だと? そうか、『絶対』か。では百パーセント間違いなく助けて頂いたと私が感謝して礼でも言えば満足か?」
「そうじゃない! ただ僕は最初から外した……初めて、初めて僕は外した!」
スナイプ時に邪魔でしかない伊達眼鏡を最初から外さなかった。レンズの僅かな歪みが弾道を狂わせかねないのだ。実際過去の狙撃時に眼鏡を掛けていたことはない。
それなのに今回に限って自然とそんな行動を取ったのは霧島の姿を見たからでも、父の冤罪を決定づけてくれる監察官がターゲットだったからでもない。ましてやあの電話の科白を甦らせたからでもなかった。最初から自分は殺さない道を選んだのだと全身で叫んだ。
それは京哉にとって非常に重たい事実だった。
この五年間一度として外したことのなかったスナイプを失敗したのだ。それもわざと外したのを桜木に、牽いては上に知られている。暗殺組織の存在そのものという極秘事項だけでなく、様々な情報を京哉が握っているのも悟られているかも知れない。
そんな『危険人物』である京哉が五年間で積み上げた信頼を自らの手で一瞬にして砕いたのだ。もしそれを上が裏切りと捉えたら、おそらく制裁は最終手段的なものになる。
それを避け得るかと思いあのような弾着をさせてメッセージとした。
この腕を捨てる気かと。このスナイパーに代わりはいないだろう、と。
この先も霧島と同じ警察官でいたい。現状でいいから維持し続けていきたい。
そう、あのメッセージは桜木を通して上に訴える京哉自身の保険だ。けれどあんなささやかなメッセージで反乱した末端の暗殺者という危険分子を抱えたままにしておくほど暗殺肯定派の上は甘くないだろうというのも悟っている。
だが全て知りつつ自ら選んだのだ、敷かれたレールから一歩を踏み出すことを。慣れない博打の敗色は濃いどころか、敗色一色に限りなく近い。……それでも。
しかし怒りも頂点に達した霧島とは噛み合わず、哀しくも上手く伝わらない。
もはや温度すら失くした灰色の目で凝視され、そして背を向けられる。京哉のために監察官まで招聘してくれたのだ。幾らキャリアでも警視が特別監察チームを容易に動かせると思えない。きっと関係各方面に働きかけ尽力してくれたに違いなかった。
そこまでしてくれた恩を仇で返した京哉に対し、怒り心頭といった霧島は無言で立ち去ろうとしていた。その背に京哉は縋るような思いで震え声を掛ける。
「僕を……僕を逮捕しないんですか?」
「情が湧いたなどと勘違いするな。逮捕する価値もないから捨て置くだけだ」
全てを拒絶する長身の背を見えなくなるまで目で追い、更に五分ほども京哉は凍り付いたように立ち尽くしていた。けれど引っ張られて痛み出した腕を意識し我に返ると、スナイプの時と同じく心音に合わせて二回深呼吸する。
伊達眼鏡を一旦外して手の甲で目をごしごしと拭った。
「さあて、帰って明後日の呼び出しまで寝ようかな」
少なくともいつもの発熱という不調は出なかったのだ。夢見も悪くはなさそうな気がして、京哉は軽い足取りで歩き出す。庁舎を回り込み、銃撃現場には近寄らず表通りに出てバスに乗ると、真っ直ぐ真城市内の官舎に戻った。
部屋に帰り着いてしまってからコンビニに寄らなかったのを後悔したが、食欲が停滞しているからこそ思い出さなかった訳で、明後日の昼間に出掛けるまで缶コーヒーと煙草に僅かなスナック菓子で食い繋ごうと決める。
煙草を一本吸ってからスーツを脱いで腕の包帯を解き、傷に救急箱の防水ガーゼを貼りつけてシャワーを浴びた。硝煙を落として部屋着を着ると、何だかそれだけで気力を使い果たしてしまい、髪も乾いていないのにベッドに突っ伏す。
そのまま京哉は白く浅い眠りに入って行った。
◇◇◇◇
どうやら自分はあまり寝かせて貰えない星回りに当たっているらしいと、京哉はチャイムが鳴り続けるドアの方を恨めしく眺めた。腕時計を見ると二十時半だった。
無視を決め込もうか迷ったが、チャイムはしつこく鳴っている。諦めて身を起こした。
どうせ新聞のセールスか何かだろうと思いながらも、霧島だったらと期待した自分が情けない。頭を振りつつ静かに歩いて行ってドアの覗き穴から外を窺う。
するとスーツの男が二人立っていた。見覚えのない男たちだが姿勢と目つきで直感的に同業者だと悟る。そこで思い出したのは公安だった。
もしかして桜木の根回しが不完全だったのか。今日の狙撃は時間ギリギリに出掛けたせいで尾行にもあまり気を配れなかった。来るべき時が来たのかと思い口の中に湧いた唾を飲み込む。何度か浅く息をしながら寝ぐせを撫でつけた。
とうとう薄いドアが叩かれる。諦める気はなさそうだと踏み、考え込んでしまう前にロックを解いた。それでも往生際悪くドアチェーンは外さずにドアを細く開ける。
「はい、どなた様ですか?」
「夜分失礼します。鳴海巡査部長ですね? わたしは県警警備部の石井警視正です」
「同じく西山警部です。申し訳ありませんがご同行願えますでしょうか?」
やっぱりと思った。警備部公安課だ。京哉は二人の上級者に硬い声で訊いてみる。
「通常逮捕ってことでいいんでしょうか?」
「は? 何のことか分かりませんが、我々も指示を受けているだけですので」
この場でワッパは掛けられずに済むらしい。そこでもう一押ししてみた。
「留置されるならこの服の方が良さそうですけど……着替えてもいいですか?」
「勿論です。我々はここで待ちますので、準備ができたらお声かけ下さい」
やけに丁寧な物腰の相手にやや安堵して部屋に引っ込むと、急いで服を脱いで買って貰ったドレスシャツに袖を通した。セピア色のタイを締め、これも真新しいスーツを身に着ける。煙草とライターをポケットに入れた。あとは財布と手帳に携帯とキィを持つ。
霧島の馬鹿力で引っ張られたお蔭で痛みが取れない左腕にアームホルダーを装着した。暫く帰れないのを想定し、電源や火元を確かめてからドアを開ける。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ。では参りましょうか」
「京哉、いや、鳴海巡査部長。我々を狙撃したのはきみか?」
「……はい。でも全弾外した筈です」
「私も弾痕を見た。確かにこれ見よがしに『わざと外しました』と言わんばかりの綺麗な円をな。ならば撃ったが全弾外してくれた、本当にそうだったのだな?」
「そうですけど、僕は初めから外すつもりで――」
「ふざけるな! 貴様は何を気取っているんだ!」
大喝されて京哉はビクリと身を震わせた。見上げた灰色の瞳は瞳孔が縮み、本当に本気の怒りのオーラを全身から立ち上らせている。そんな目に見据えられて京哉は怯え竦んでいた。恐怖で呼吸すら上手くできずにいる京哉に霧島は詰問を続ける。
「もしかして私がいたから『外して差し上げた』、そうなのか?」
「違います! そんなつもりじゃなかった!」
「ならばどういうつもりだ! 一歩間違えば私も監察官も死んでいたんだぞ!」
「それはあり得ません! 僕は絶対に殺さなかった、あの距離で僕は間違わない!」
眼鏡とスコープ越しに予期せず霧島を見た京哉は、当てるスナイプより真剣勝負で臨んだ。絶対に当てられない、だがメッセージ性を持たせるためにわざとあんな着弾にした。それを可能とする腕が自分にはあると分かっていた。
だからこそ自信を持って言い切ったが、霧島はますます不愉快そうに吐き捨てる。
「……何だと? そうか、『絶対』か。では百パーセント間違いなく助けて頂いたと私が感謝して礼でも言えば満足か?」
「そうじゃない! ただ僕は最初から外した……初めて、初めて僕は外した!」
スナイプ時に邪魔でしかない伊達眼鏡を最初から外さなかった。レンズの僅かな歪みが弾道を狂わせかねないのだ。実際過去の狙撃時に眼鏡を掛けていたことはない。
それなのに今回に限って自然とそんな行動を取ったのは霧島の姿を見たからでも、父の冤罪を決定づけてくれる監察官がターゲットだったからでもない。ましてやあの電話の科白を甦らせたからでもなかった。最初から自分は殺さない道を選んだのだと全身で叫んだ。
それは京哉にとって非常に重たい事実だった。
この五年間一度として外したことのなかったスナイプを失敗したのだ。それもわざと外したのを桜木に、牽いては上に知られている。暗殺組織の存在そのものという極秘事項だけでなく、様々な情報を京哉が握っているのも悟られているかも知れない。
そんな『危険人物』である京哉が五年間で積み上げた信頼を自らの手で一瞬にして砕いたのだ。もしそれを上が裏切りと捉えたら、おそらく制裁は最終手段的なものになる。
それを避け得るかと思いあのような弾着をさせてメッセージとした。
この腕を捨てる気かと。このスナイパーに代わりはいないだろう、と。
この先も霧島と同じ警察官でいたい。現状でいいから維持し続けていきたい。
そう、あのメッセージは桜木を通して上に訴える京哉自身の保険だ。けれどあんなささやかなメッセージで反乱した末端の暗殺者という危険分子を抱えたままにしておくほど暗殺肯定派の上は甘くないだろうというのも悟っている。
だが全て知りつつ自ら選んだのだ、敷かれたレールから一歩を踏み出すことを。慣れない博打の敗色は濃いどころか、敗色一色に限りなく近い。……それでも。
しかし怒りも頂点に達した霧島とは噛み合わず、哀しくも上手く伝わらない。
もはや温度すら失くした灰色の目で凝視され、そして背を向けられる。京哉のために監察官まで招聘してくれたのだ。幾らキャリアでも警視が特別監察チームを容易に動かせると思えない。きっと関係各方面に働きかけ尽力してくれたに違いなかった。
そこまでしてくれた恩を仇で返した京哉に対し、怒り心頭といった霧島は無言で立ち去ろうとしていた。その背に京哉は縋るような思いで震え声を掛ける。
「僕を……僕を逮捕しないんですか?」
「情が湧いたなどと勘違いするな。逮捕する価値もないから捨て置くだけだ」
全てを拒絶する長身の背を見えなくなるまで目で追い、更に五分ほども京哉は凍り付いたように立ち尽くしていた。けれど引っ張られて痛み出した腕を意識し我に返ると、スナイプの時と同じく心音に合わせて二回深呼吸する。
伊達眼鏡を一旦外して手の甲で目をごしごしと拭った。
「さあて、帰って明後日の呼び出しまで寝ようかな」
少なくともいつもの発熱という不調は出なかったのだ。夢見も悪くはなさそうな気がして、京哉は軽い足取りで歩き出す。庁舎を回り込み、銃撃現場には近寄らず表通りに出てバスに乗ると、真っ直ぐ真城市内の官舎に戻った。
部屋に帰り着いてしまってからコンビニに寄らなかったのを後悔したが、食欲が停滞しているからこそ思い出さなかった訳で、明後日の昼間に出掛けるまで缶コーヒーと煙草に僅かなスナック菓子で食い繋ごうと決める。
煙草を一本吸ってからスーツを脱いで腕の包帯を解き、傷に救急箱の防水ガーゼを貼りつけてシャワーを浴びた。硝煙を落として部屋着を着ると、何だかそれだけで気力を使い果たしてしまい、髪も乾いていないのにベッドに突っ伏す。
そのまま京哉は白く浅い眠りに入って行った。
◇◇◇◇
どうやら自分はあまり寝かせて貰えない星回りに当たっているらしいと、京哉はチャイムが鳴り続けるドアの方を恨めしく眺めた。腕時計を見ると二十時半だった。
無視を決め込もうか迷ったが、チャイムはしつこく鳴っている。諦めて身を起こした。
どうせ新聞のセールスか何かだろうと思いながらも、霧島だったらと期待した自分が情けない。頭を振りつつ静かに歩いて行ってドアの覗き穴から外を窺う。
するとスーツの男が二人立っていた。見覚えのない男たちだが姿勢と目つきで直感的に同業者だと悟る。そこで思い出したのは公安だった。
もしかして桜木の根回しが不完全だったのか。今日の狙撃は時間ギリギリに出掛けたせいで尾行にもあまり気を配れなかった。来るべき時が来たのかと思い口の中に湧いた唾を飲み込む。何度か浅く息をしながら寝ぐせを撫でつけた。
とうとう薄いドアが叩かれる。諦める気はなさそうだと踏み、考え込んでしまう前にロックを解いた。それでも往生際悪くドアチェーンは外さずにドアを細く開ける。
「はい、どなた様ですか?」
「夜分失礼します。鳴海巡査部長ですね? わたしは県警警備部の石井警視正です」
「同じく西山警部です。申し訳ありませんがご同行願えますでしょうか?」
やっぱりと思った。警備部公安課だ。京哉は二人の上級者に硬い声で訊いてみる。
「通常逮捕ってことでいいんでしょうか?」
「は? 何のことか分かりませんが、我々も指示を受けているだけですので」
この場でワッパは掛けられずに済むらしい。そこでもう一押ししてみた。
「留置されるならこの服の方が良さそうですけど……着替えてもいいですか?」
「勿論です。我々はここで待ちますので、準備ができたらお声かけ下さい」
やけに丁寧な物腰の相手にやや安堵して部屋に引っ込むと、急いで服を脱いで買って貰ったドレスシャツに袖を通した。セピア色のタイを締め、これも真新しいスーツを身に着ける。煙草とライターをポケットに入れた。あとは財布と手帳に携帯とキィを持つ。
霧島の馬鹿力で引っ張られたお蔭で痛みが取れない左腕にアームホルダーを装着した。暫く帰れないのを想定し、電源や火元を確かめてからドアを開ける。
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