砂中で咲く石Ⅱ~Barter.13~

志賀雅基

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第7話

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 翌日は午前中だけ勤務して特別任務のために早帰りした。

「池野議員は本日十七時からエクセラゼネラル重工白藤支社で会議に出席、休憩後十九時から社長と専務に同行し、ディン資源公司コンスの役員とマイスノーホテルで会食だ」

 自分が作った昼食のチャーハンをスプーンでかき集めながら霧島は言った。わかめと卵のスープをすくいながら聞いていた京哉は首を傾げる。

「マイスノーホテル……ああ、再開発地にある、割と新しいホテルですね。店は?」
「最上階のレストラン、『ラ・キュイジーヌ・フランセーズ・オジアーナ』だ」
「『オジアーナ』って、あの超高級フレンチで有名な『オジアーナ』ですか?」

 もぐもぐとチャーハンを咀嚼し呑み込んで霧島は頷いた。

「会食終了予定が二十一時だが、そのあとは空欄になっていた」
「空欄にロゼ=エヴァンジェリスタが接触する隙があればいいんですけれどね」

「ビジネス系月刊誌のバックナンバーに載っていたインタビュー記事で、池野議員はレキシントンホテル内にある高級クラブ『カレイド』が行きつけの店だと書いてあった。会食のあとはそこに流れる可能性も有りだ」

「なら何時に出ますか?」
「十七時四十分」

 チャーハンをかき込み、わかめ卵スープを飲み干してしまうと、男二人で片付けてからダラダラと過ごす。十七時には霧島が作ったロールパンサンドで軽い夕食を摂り寝室のクローゼットを開けて準備を始めた。

 ホテルの格が高いのでドレスコードも考慮し、いつもオーダーメイドの霧島だけでなく京哉も上質なスーツを着る。たびたび霧島とセットで霧島カンパニー関連のパーティーなどに出席させられるため、物は揃っていた。二人ともオーダーのスリーピースを選ぶ。

 霧島がダークグレイ、京哉がブラウン系で二人はコーディネートし、タイを締めて忘れず銃も左脇に吊ってからジャケットを羽織った。腰道具は全て持参する訳ではないので、帯革は締めずにスペアマガジンパウチだけベルトに着けている。 

 ブラックのチェスターコートを持つと部屋を出てドアロックした。

 星空の下で白い息を吐きながら軽く走り、月極駐車場にの愛車に乗り込んだのが十七時四十五分、より巧みな霧島の運転で白藤市駅西口側に建つマイスノーホテルの地下駐車場に車を預けたのが十八時四十分だった。

 そのままエレベーターで二人は最上階に上がる。エレベーターから出ると呆れたことに目前には白樺の木立があり、ベンチに囲まれて噴水までしつらえられていた。

「何だかすごいホテルですね」
「馬鹿げた仕掛けだが、ここならオジアーナに出入りする客は全てチェックできる」

 洋食や中華の高級レストランがテナントとして居並ぶ中でもオジアーナは『馬鹿げた仕掛け』の真ん前にあるので、堂々とベンチに座って張り込みができる。

「でも噂ではまことしやかに囁かれている『霧島カンパニー次期本社社長候補』の忍さんは先方に面が割れてるんじゃないですか?」
「確かに向こうが知っている可能性は高いが、それが影響するか否かは賭けだな」
「そっか。有名人だけどサインを求められるような種類の有名人じゃないし」

 言いつつ京哉は金魚のようにひらひら裳裾を揺らし通り過ぎるドレスのご婦人とタキシードの男を目で追った。他にもゆったりと行き交う男性の半分は黒服でご婦人方の衣装を引き立てている。残りの半分も高級インポート生地のオーダーメイドスーツばかりだ。

 実父の霧島会長と犬猿の仲だが霧島は心ならずも交換条件でパーティー等に多々出席する。京哉もパートナーとして同伴し慣れた今では特に緊張せず、そんなものを目に映していると霧島に肘でつつかれた。

 見るとネット画像で見覚えた池野議員がエクセラゼネラル重工の社長と専務に話しかけながら、京哉たちの座ったベンチの傍を通り過ぎて行った。

「ディン資源公司の役員はまだ……あっ、来ましたよ」
「よし、『入り』は確認できた。二十時四十分までは煙草を吸いに行ってもいいぞ」
「結構です。僕だってスナイパーですよ、明日の朝までだって動かず待てますから」

 会食終了時間は二十一時の筈だったが池野議員たちがぞろぞろとオジアーナから出てきたのは予定より十五分ほども早かった。メンバーは全部で六名である。池野議員の他にエクセラゼネラル重工の社長と専務にディン資源公司の社長、残る若い男らは秘書だろう。

 関係者の顔は京哉も頭に叩き込んであった。見間違えることはない。

 秘書が先に立ってエレベーターを呼ぶ。霧島と京哉は立ち上がった。六人の男が乗り込んだエレベーターに霧島と京哉も涼しい顔で足を踏み入れる。一階に着くまで耳をすませたが何処かに寄るなどといった会話は聞こえてこなかった。

 エレベーターの中で秘書らが送迎車を差し回す手配をしていたので一階ロビーから霧島と京哉は慌ただしく動いた。談笑する池野議員たちを京哉が見張り、霧島は白いセダンを地下駐車場から出しに行く。
 ホテルの車寄せには既にエクセラゼネラル重工のロゴの入った車両一台と黒塗り一台が停められていた。京哉は黒塗りが議員個人の車だと予想した。

 予想が的中し、大声で喋りながら池野議員がディン資源公司の社長を促して黒塗りに乗り込む。それを確認してエントランスから駆け出した。少し離れた場所でスモールライトを灯して佇んでいた白いセダンの助手席に滑り込む。そのまま霧島がセダンを出した。

「ディン資源公司の社長と池野議員、カレイドに行きますよ。話してました」
「ふむ、マル対の行き先まで割れたか。第一段階としては上々だな」
「ロゼは何処かで接触してくるでしょうか?」
「女の身で既に二人っている、可能性はある。目は離せん」

 前を行く黒塗りとつかず離れずの絶妙な位置をキープして、霧島は白いセダンを走らせている。だが行き先は判明しているのだ、そう焦ることはない。

「でも忍さん、幾らプラーグ関連とはいえ今回はやけに乗り気じゃないですか?」
「機捜隊長など張っていても、私はいつも間に合わないからな」

 怜悧さすら感じさせる端正な横顔を京哉はじっと見た。

 機捜隊長の仕事は責任を取ることだと霧島は腹を括っているが、それでも大事件が起こると自ら現場に飛び出してゆく。できる限り初動捜査でマル被を確保したい、犯罪被害が広がるのを食い止めよう、『間に合おう』としているのだ。

 だが哀しいが警察官なる仕事は医者と違い、『間に合わない』ことが殆どである。

 それが今回は殺人を食い止められる、『間に合う』かも知れない、そう考えて普段は乗り気でない特別任務にも積極的に臨んでいるのだろう。
 その手を握りたい、抱きついてキスをしたい思いを京哉は堪える。

 やがて茶色い外観のレキシントンホテルが見えてきた。

 この辺りは夜はともかく昼間は結構賑やかで電車の高架を挟んで白藤大学付属病院の敷地があり、周囲には他にもホテルが多いエリアだ。中でも大手であるレキシントンはドレスコードのないギリギリのランクの老舗ホテルだった。その車寄せに黒塗りが滑り込む。

 ここでも霧島は焦らずにすぐ近くのコインパーキングに白いセダンを押し込んだ。降車した二人はゆっくりと歩いてレキシントンホテルに足を踏み入れ、最上階への直通エレベーターに乗り、廊下を辿ってカレイドの前に立つ。

 足を留めた京哉は窺うように霧島とカレイドのドアを見比べた。何故ならカレイドの入り口はスイートルームのようなドアの造りで、まるで他人の部屋の如く見えたからだ。 

 ダークオークのドアには金の飾り文字で小さく『Kaleido』と書かれていた。
 だが直線の廊下の何処に立っても丸見えで、ここは張り込みに向かない。

 一番いいのは自分たちも入店することだ。迷うことを知らない霧島はさっさとドアノブに手を掛けて引き開けた。中には黒服の男が待ち構えていて、霧島の顔を見るなり上品に微笑み深々とお辞儀をする。ふわりと上体を起こすと微笑んだまま言った。

「霧島さまとお連れさま、ようこそいらっしゃいました」

 対して霧島は警察手帳を翳す。黒服は何ら表情を動かさないプロだった。

「ご用件は何でございましょう?」
「さっき池野参議院議員がディン資源公司の社長と一緒にきた筈だ。揉め事は起こさん。議員の動向が分かる位置に単なる客として私たちをつけて貰いたい」
「承知致しました。では、こちらへどうぞ」
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