8 / 53
第8話
しおりを挟む
薄暗さに目が慣れた京哉は辺りを見渡した。外からはスイートルームのようだったが、中は広々としたサロンである。全ての席が窓際にあり、それぞれが壁で仕切られて半個室のようなブースになっていた。
ブースのひとつに二人は案内され、本革張りのソファに腰掛けた。テーブルは磨かれたローズウッド製で中央には白薔薇が飾られキャンドルの炎が揺らめいている。
「こちらの隣がお客さまのお望みのものとなります。直接ご覧にはなることはできませんが、これ以上のお席はあいにくご用意できかねまして……」
「いや、ここでいい。すまない。協力に感謝する」
霧島と京哉は並んで座った。背後の壁の向こうが議員たちの席だ。席を立てば出入り口に近いここの前を通ることになる。確かにここ以上に監視に向く席はない。
僅かな声でも聞こえるかと耳をすませたが、クラブ内で生演奏されているピアノ曲しか聞こえない。おそらくブースを仕切る壁は防音材なのだろう。ざっと見たところ客は七分の入りだ。世は不況でも高級クラブに出入りする人種には関係ないらしい。
黒服が去ると入れ違いにカシュクールドレスをまとった女性が二人やってきた。
「初めまして、アリサです」
「ミキといいます、宜しくね」
二人のドレスは黒で剥き出しの肩の白さが引き立っている。霧島と京哉を挟むようにアリサとミキは腰掛けた。だが無理矢理身を寄せてくることも、やたらと媚びた嬌声を響かせることもなく節度を持った接客態度に霧島はやや好感を持つ。アリサが二人に訊いた。
「お二人は何を飲まれるのかしら?」
「すまんが私は運転があるので飲めん」
「僕はこういう場所は初心者なんで……」
アリサたちに任せた結果として何故かウィスキーのボトルを入れることになった。だが一ノ瀬本部長から経費として税金の詰まったカードを預かっている二人は気にしない。あまり強くない京哉は酔わない程度に水割りを僅かずつ飲んだ。
ミキの眩く白い胸元を鑑賞しながら。
料理から政治や映画に至るまで女性たちの豊富な話題に相槌を打ちながらも、霧島の怒りのボルテージは静かにカサを増してゆく。
京哉は京哉で自分が女性の胸の谷間を鑑賞してしまっていることに気付いてもいない状態だ。危うい均衡を保って二時間が過ぎる。
そこでディン資源公司の社長だけが席を立った。まだ日付も変わっていない時刻だったが民間企業の社長は忙しい身なのだろう。国会会期の谷間でヒマなのか池野議員は一人で居座っている。お蔭で京哉と霧島も動けず、京哉に対する霧島の怒りも更に増した。
池野議員はたっぷり一時間ホステス相手に飲み、ようやく重い腰を上げた。合わせて霧島と京哉も立ち上がる。池野議員がチェックする間にアリサが首を傾げて訊く。
「そのままお帰りなのかしら?」
「そのままって?」
素で訊いた京哉にアリサとミキは含み笑いを洩らした。
「刑事さんに言うのも変だけれど貴方たち素敵だから特別に教えてあげる。個人交渉さえ成立すれば、わたしたちをテイクアウトしてもいい、ここはそういう場所なの」
なるほどと霧島は意外なクラブの盛況ぶりに納得する。ここは高級娼婦の斡旋もしているらしい。売春は勿論違法だが、こういった形で双方合意の上ならば言い訳も立つ。尤も客層も限られていて互いに秘密を握り合ったようなものだ。バレもしないだろう。
「でも貴方たちには必要ないみたいね」
二人が左薬指に嵌めたペアリングに目をやったミキは、教育されたスマイルに僅かながら悪戯っぽい微笑みを混ぜて二人を解放してくれる。足早に二人は出入り口近くのカウンターに向かい、さらりと十万近い金額をカードでチェックした。税金だから怖くない。
再来店を乞う黒服のお辞儀に見送られてドアを出るなり不機嫌な霧島が低く唸る。
「京哉、分かっているのだろうな?」
「えっ、何がですか?」
「あんなに女性の胸をガン見しておいて、しらばっくれるな!」
「そんなの僕は見ていません!」
「嘘をつくな、全くみっともない!」
「嘘じゃないです。大体、見えそうなのに見せて……くれませんでしたよね?」
「知らん! 透視する勢いで見ておいて何をとぼけたふりをしている!」
「今はそれより池野議員でしょう、そうでしょう?」
「ふん。誤魔化されんからな」
既に池野議員の姿は廊下から消えていた。急いで二人はあとを追う。エレベーターホールに着くと一基が下降中だった。二人もエレベーターで一階まで下る。
エレベーターから飛び出して小走りにロビーとフロントの間を駆け抜けると、エントランスの透明なドア越しに黒塗りに乗り込む池野議員の背がチラリと見えた。
「誰か一緒にいたな?」
「たぶん。毛皮のショートコートの女性でした」
エントランスから走り出てコインパーキングに白いセダンを迎えに行く。コインパーキングから乗り出すと霧島は白藤市郊外にあるという池野議員の自宅方面に向かって白いセダンを走らせた。バイパスに乗った辺りで抜群の視力を持つ京哉が叫ぶ。
「あっ、追い越し車線の三台前に池野議員の黒塗りがいます!」
「女性の胸を透視するくらいなら、あの車の中も透視して貰おうか」
「忍さんって本当にネチこい土鍋性格ですよね」
「土鍋も何も、ついさっきのことだぞ。それにしてもこのタイミングで女か」
「もしかして忍さんは議員のテイクアウトが拙いと思ってるんですか?」
「もしかしなくても思っている」
ブースのひとつに二人は案内され、本革張りのソファに腰掛けた。テーブルは磨かれたローズウッド製で中央には白薔薇が飾られキャンドルの炎が揺らめいている。
「こちらの隣がお客さまのお望みのものとなります。直接ご覧にはなることはできませんが、これ以上のお席はあいにくご用意できかねまして……」
「いや、ここでいい。すまない。協力に感謝する」
霧島と京哉は並んで座った。背後の壁の向こうが議員たちの席だ。席を立てば出入り口に近いここの前を通ることになる。確かにここ以上に監視に向く席はない。
僅かな声でも聞こえるかと耳をすませたが、クラブ内で生演奏されているピアノ曲しか聞こえない。おそらくブースを仕切る壁は防音材なのだろう。ざっと見たところ客は七分の入りだ。世は不況でも高級クラブに出入りする人種には関係ないらしい。
黒服が去ると入れ違いにカシュクールドレスをまとった女性が二人やってきた。
「初めまして、アリサです」
「ミキといいます、宜しくね」
二人のドレスは黒で剥き出しの肩の白さが引き立っている。霧島と京哉を挟むようにアリサとミキは腰掛けた。だが無理矢理身を寄せてくることも、やたらと媚びた嬌声を響かせることもなく節度を持った接客態度に霧島はやや好感を持つ。アリサが二人に訊いた。
「お二人は何を飲まれるのかしら?」
「すまんが私は運転があるので飲めん」
「僕はこういう場所は初心者なんで……」
アリサたちに任せた結果として何故かウィスキーのボトルを入れることになった。だが一ノ瀬本部長から経費として税金の詰まったカードを預かっている二人は気にしない。あまり強くない京哉は酔わない程度に水割りを僅かずつ飲んだ。
ミキの眩く白い胸元を鑑賞しながら。
料理から政治や映画に至るまで女性たちの豊富な話題に相槌を打ちながらも、霧島の怒りのボルテージは静かにカサを増してゆく。
京哉は京哉で自分が女性の胸の谷間を鑑賞してしまっていることに気付いてもいない状態だ。危うい均衡を保って二時間が過ぎる。
そこでディン資源公司の社長だけが席を立った。まだ日付も変わっていない時刻だったが民間企業の社長は忙しい身なのだろう。国会会期の谷間でヒマなのか池野議員は一人で居座っている。お蔭で京哉と霧島も動けず、京哉に対する霧島の怒りも更に増した。
池野議員はたっぷり一時間ホステス相手に飲み、ようやく重い腰を上げた。合わせて霧島と京哉も立ち上がる。池野議員がチェックする間にアリサが首を傾げて訊く。
「そのままお帰りなのかしら?」
「そのままって?」
素で訊いた京哉にアリサとミキは含み笑いを洩らした。
「刑事さんに言うのも変だけれど貴方たち素敵だから特別に教えてあげる。個人交渉さえ成立すれば、わたしたちをテイクアウトしてもいい、ここはそういう場所なの」
なるほどと霧島は意外なクラブの盛況ぶりに納得する。ここは高級娼婦の斡旋もしているらしい。売春は勿論違法だが、こういった形で双方合意の上ならば言い訳も立つ。尤も客層も限られていて互いに秘密を握り合ったようなものだ。バレもしないだろう。
「でも貴方たちには必要ないみたいね」
二人が左薬指に嵌めたペアリングに目をやったミキは、教育されたスマイルに僅かながら悪戯っぽい微笑みを混ぜて二人を解放してくれる。足早に二人は出入り口近くのカウンターに向かい、さらりと十万近い金額をカードでチェックした。税金だから怖くない。
再来店を乞う黒服のお辞儀に見送られてドアを出るなり不機嫌な霧島が低く唸る。
「京哉、分かっているのだろうな?」
「えっ、何がですか?」
「あんなに女性の胸をガン見しておいて、しらばっくれるな!」
「そんなの僕は見ていません!」
「嘘をつくな、全くみっともない!」
「嘘じゃないです。大体、見えそうなのに見せて……くれませんでしたよね?」
「知らん! 透視する勢いで見ておいて何をとぼけたふりをしている!」
「今はそれより池野議員でしょう、そうでしょう?」
「ふん。誤魔化されんからな」
既に池野議員の姿は廊下から消えていた。急いで二人はあとを追う。エレベーターホールに着くと一基が下降中だった。二人もエレベーターで一階まで下る。
エレベーターから飛び出して小走りにロビーとフロントの間を駆け抜けると、エントランスの透明なドア越しに黒塗りに乗り込む池野議員の背がチラリと見えた。
「誰か一緒にいたな?」
「たぶん。毛皮のショートコートの女性でした」
エントランスから走り出てコインパーキングに白いセダンを迎えに行く。コインパーキングから乗り出すと霧島は白藤市郊外にあるという池野議員の自宅方面に向かって白いセダンを走らせた。バイパスに乗った辺りで抜群の視力を持つ京哉が叫ぶ。
「あっ、追い越し車線の三台前に池野議員の黒塗りがいます!」
「女性の胸を透視するくらいなら、あの車の中も透視して貰おうか」
「忍さんって本当にネチこい土鍋性格ですよね」
「土鍋も何も、ついさっきのことだぞ。それにしてもこのタイミングで女か」
「もしかして忍さんは議員のテイクアウトが拙いと思ってるんですか?」
「もしかしなくても思っている」
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる