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第9話
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不機嫌な霧島の横顔を見ながら京哉は懐疑的だった。
あれだけの高級クラブだ、アルバイトが手軽に勤められるものでもない。
だがおそらくロゼ=エヴァンジェリスタはプラーグの女性であり、たった四日前に中東と南米で視察中の日本人議員を殺しているのだ。
そもそも四日前に膨大な距離のある二件の殺人をどうやって犯したのかも謎だが、それを棚上げしてもカレイドのホステス、イコール、ロゼというのは荒唐無稽な気がした。そう霧島にも説明したが、だからといって見過ごす訳にもいかない。
「何かが起こってからでは拙いからな」
「そうですね。で、どうするんですか?」
「議員のお愉しみに水を差すようだが、ここは女に職務質問させて貰う」
「じゃあ屋敷に入る前に止めないと」
「郊外に入ったら止める」
ビル街では何処に逃げられるとも限らない。その点、向かっている郊外の高級住宅地は警備システムも厳重な個人宅ばかりだ。この時間は何処も門扉を閉ざしているだろう。
郊外に入るなり霧島はアクションを起こした。ステアリングを片手で握った霧島は背をシートに押し付けるようにしてアクセルを踏み込んだ。時間的にも場所的にも他の車両は見当たらず、簡単に黒塗りの前に出る。そこでアクセルを緩めた。
黒塗りは減速した白いセダンを避けようとしたが、霧島はステアリングを鋭く切って斜めに白いセダンを被せ、抜かせない。低速で走行しながらサイドウィンドウを下げ、窓外に右腕を出すと手を振って停止せよとのサインを出した。
白いセダンと黒塗りは路肩に二台連なって停止する。霧島と同時に京哉も白いセダンから降りた。そこは間近な外灯に照らされていて視界に不自由はない。
黒塗りから降りてきたガタイのいいドライバーを手帳で黙らせておいて、霧島は黒塗りの後部座席のサイドウィンドウをこぶしで軽く叩いた。それだけでは開けない周到な国会議員に対し、京哉と二人揃って手帳をスモークが張られたウィンドウに押しつける。
それでやっとウィンドウが下げられた。池野参議院議員とのご対面だ。
「こんな遅くまで職務とはご苦労様だね……と、言いたいが、いったい何事かね?」
叱責口調の池野議員は自分が買春なる違法行為を犯していることにも気付かないのか、それとも事実を糊塗しようとしているのか分からないが明らかに苛立っていた。
そんなことは意に介さず、霧島は涼しい顔で応対する。
「夜分失礼します、県警の霧島警視と鳴海巡査部長です。池野参議院議員ですね?」
「そうだが……ああ、きみは霧島カンパニー会長の?」
「本職は現在霧島カンパニーと無関係の司法警察職員ですので、そのように扱い下さい。それに議員、貴方に直接の用件はありません。我々はお連れの女性に少々伺いたいことが――」
二人が開いた窓から覗き込もうとしたとき反対側のドアが勢いよく開けられ、黒のドレスに毛皮のショートコートを羽織った女が黒塗りから滑り降りていた。
降りるなり女はアスファルトの歩道を脱兎の如く駆け出す。
「京哉、追うぞ!」
「はいっ!」
売春がバレたとでも思ったのか、他に後ろ暗い何かがあるのかは知れないが、女は本気で逃げている。二十メートルも走らぬうちにハイヒールを脱ぎ捨てていた。そのまま高級住宅地の路地を曲がり裸足で女は駆け続ける。
だがこの白藤市に真の夜闇はない。周囲に建ち並ぶ広大な屋敷の敷地内なら身を隠せそうではあるが、高い柵や植え込みで何処もガードされている。
切羽詰まった女が振り返りもせずハンドバッグを投げつけてきた。バッグは霧島の腕に当たって口が開き中身が飛び出す。京哉が何かを拾い、また霧島に追い縋った。
「忍さん、これ見て下さい!」
それは白いカードだった。走りつつ霧島はカードに赤い文字で『Desert Rose』とあるのを確認する。いきなりビンゴを引いた二人は女を全力で追った。
先の角をまた曲がった女の姿は見えない。だが霧島たちも曲がると二十メートルほど先を女が走っているのが見えた。二人に捕まったら殺されるかの勢いで女は逃げていた。
女の荒い息づかいが感じられるくらいまで近づくがそれ以上は距離が縮まらない。巨大な屋敷が並び建った間の迷路のような歩道を二人も息を荒くして駆け抜ける。
必死で逃げる女は相当足を鍛えているようで、このままでは埒が明かないと霧島は判断し、T字路に突き当たった女が左に進路を取るのを見取って叫んだ。
「京哉、挟むぞ!」
叫んでおいて霧島は手前の小径を左に入る。屋敷同士が壁を接した、幅一メートルほどの狭い道だ。その小径を抜けて車がやっと通れるくらいの道に出る。
T字路の先はここに繋がっている筈で、もう女に逃げ場はなかった。気配が近づく。霧島は銃を抜いた。殺したい訳ではないが女が何を持っているか分からない。
霧島の姿に驚いて足を止めた女に牽制の意味も込めて大喝した。
「県警機動捜査隊だ、両手を挙げて頭の上で組め!」
女の後ろからは京哉が銃を手にして追い付いている。顔を両手で覆った女がその場でしゃがみ込んで細い声で泣き出した。銃を収めて霧島と京哉は女に近づく。
「ロゼ=エヴァンジェリスタだな。まずは話を聞きたい。立てるか?」
しゃがんだドレスから覗く素足は血が滲んでいた。女は細く泣き続け、ようやく意味のある言葉を繰り出した。予想し得たことだが、それはプラーグの公用語である英語だった。
「ごめんなさい……霧島さん、鳴海さん……ごめんなさい!」
二人は顔を見合わせる。京哉がハンカチを女に差し出した。女が顔を上げる。
「……ユーリン、ユーリンか!?」
それは間違いなく砂漠の国プラーグで共に戦った仲間の一人だった。
あれだけの高級クラブだ、アルバイトが手軽に勤められるものでもない。
だがおそらくロゼ=エヴァンジェリスタはプラーグの女性であり、たった四日前に中東と南米で視察中の日本人議員を殺しているのだ。
そもそも四日前に膨大な距離のある二件の殺人をどうやって犯したのかも謎だが、それを棚上げしてもカレイドのホステス、イコール、ロゼというのは荒唐無稽な気がした。そう霧島にも説明したが、だからといって見過ごす訳にもいかない。
「何かが起こってからでは拙いからな」
「そうですね。で、どうするんですか?」
「議員のお愉しみに水を差すようだが、ここは女に職務質問させて貰う」
「じゃあ屋敷に入る前に止めないと」
「郊外に入ったら止める」
ビル街では何処に逃げられるとも限らない。その点、向かっている郊外の高級住宅地は警備システムも厳重な個人宅ばかりだ。この時間は何処も門扉を閉ざしているだろう。
郊外に入るなり霧島はアクションを起こした。ステアリングを片手で握った霧島は背をシートに押し付けるようにしてアクセルを踏み込んだ。時間的にも場所的にも他の車両は見当たらず、簡単に黒塗りの前に出る。そこでアクセルを緩めた。
黒塗りは減速した白いセダンを避けようとしたが、霧島はステアリングを鋭く切って斜めに白いセダンを被せ、抜かせない。低速で走行しながらサイドウィンドウを下げ、窓外に右腕を出すと手を振って停止せよとのサインを出した。
白いセダンと黒塗りは路肩に二台連なって停止する。霧島と同時に京哉も白いセダンから降りた。そこは間近な外灯に照らされていて視界に不自由はない。
黒塗りから降りてきたガタイのいいドライバーを手帳で黙らせておいて、霧島は黒塗りの後部座席のサイドウィンドウをこぶしで軽く叩いた。それだけでは開けない周到な国会議員に対し、京哉と二人揃って手帳をスモークが張られたウィンドウに押しつける。
それでやっとウィンドウが下げられた。池野参議院議員とのご対面だ。
「こんな遅くまで職務とはご苦労様だね……と、言いたいが、いったい何事かね?」
叱責口調の池野議員は自分が買春なる違法行為を犯していることにも気付かないのか、それとも事実を糊塗しようとしているのか分からないが明らかに苛立っていた。
そんなことは意に介さず、霧島は涼しい顔で応対する。
「夜分失礼します、県警の霧島警視と鳴海巡査部長です。池野参議院議員ですね?」
「そうだが……ああ、きみは霧島カンパニー会長の?」
「本職は現在霧島カンパニーと無関係の司法警察職員ですので、そのように扱い下さい。それに議員、貴方に直接の用件はありません。我々はお連れの女性に少々伺いたいことが――」
二人が開いた窓から覗き込もうとしたとき反対側のドアが勢いよく開けられ、黒のドレスに毛皮のショートコートを羽織った女が黒塗りから滑り降りていた。
降りるなり女はアスファルトの歩道を脱兎の如く駆け出す。
「京哉、追うぞ!」
「はいっ!」
売春がバレたとでも思ったのか、他に後ろ暗い何かがあるのかは知れないが、女は本気で逃げている。二十メートルも走らぬうちにハイヒールを脱ぎ捨てていた。そのまま高級住宅地の路地を曲がり裸足で女は駆け続ける。
だがこの白藤市に真の夜闇はない。周囲に建ち並ぶ広大な屋敷の敷地内なら身を隠せそうではあるが、高い柵や植え込みで何処もガードされている。
切羽詰まった女が振り返りもせずハンドバッグを投げつけてきた。バッグは霧島の腕に当たって口が開き中身が飛び出す。京哉が何かを拾い、また霧島に追い縋った。
「忍さん、これ見て下さい!」
それは白いカードだった。走りつつ霧島はカードに赤い文字で『Desert Rose』とあるのを確認する。いきなりビンゴを引いた二人は女を全力で追った。
先の角をまた曲がった女の姿は見えない。だが霧島たちも曲がると二十メートルほど先を女が走っているのが見えた。二人に捕まったら殺されるかの勢いで女は逃げていた。
女の荒い息づかいが感じられるくらいまで近づくがそれ以上は距離が縮まらない。巨大な屋敷が並び建った間の迷路のような歩道を二人も息を荒くして駆け抜ける。
必死で逃げる女は相当足を鍛えているようで、このままでは埒が明かないと霧島は判断し、T字路に突き当たった女が左に進路を取るのを見取って叫んだ。
「京哉、挟むぞ!」
叫んでおいて霧島は手前の小径を左に入る。屋敷同士が壁を接した、幅一メートルほどの狭い道だ。その小径を抜けて車がやっと通れるくらいの道に出る。
T字路の先はここに繋がっている筈で、もう女に逃げ場はなかった。気配が近づく。霧島は銃を抜いた。殺したい訳ではないが女が何を持っているか分からない。
霧島の姿に驚いて足を止めた女に牽制の意味も込めて大喝した。
「県警機動捜査隊だ、両手を挙げて頭の上で組め!」
女の後ろからは京哉が銃を手にして追い付いている。顔を両手で覆った女がその場でしゃがみ込んで細い声で泣き出した。銃を収めて霧島と京哉は女に近づく。
「ロゼ=エヴァンジェリスタだな。まずは話を聞きたい。立てるか?」
しゃがんだドレスから覗く素足は血が滲んでいた。女は細く泣き続け、ようやく意味のある言葉を繰り出した。予想し得たことだが、それはプラーグの公用語である英語だった。
「ごめんなさい……霧島さん、鳴海さん……ごめんなさい!」
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