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第6話
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「わあ、きちゃった……」
「もう捜査報告とは、お前んとこは仕事が早いな」
「嫌味は結構です。シドの『巣』でいいよね。先に行ってて」
ハイファはデカ部屋を出た所にある有料オートドリンカにリモータを翳し、クレジットを移してコーヒーを二本手に入れシドを追って階段を下りた。
下りたそこは地下留置場で、向かって一番右が通称シドの巣と呼ばれる空間だった。
単独時代から今に至るも真夜中の大ストライクを誰もが恐れるために深夜番は免れているシドだが、昼夜関わらず足での捜査は健在である。そういった自主的夜勤をしたときなどにここで寝泊まりしていたのだ。階段を上れば出勤という手軽さでいい。
今でこそハイファがいるので泊まる事も殆どなくなったが巣はそのまま存続し、ストライクが重なって課長から外出禁止令を食らったときに不貞寝をしたり、趣味のプラモデルを製作していたりするのだ。
公私混同という向きもあるがシドがここにいてくれれば事件は持ち込まれないし事故も起きない。みんなハッピーだ。
ということでヴィンティス課長以下機捜課員は、イヴェントストライカが巣に篭もるのを推奨しこそすれ、誰一人として咎める者はいないのであった。
こうして別室関係の密談をするにも便利ではあるが、ハイファにとっては二十四時間殆ど行動を共にしているのに、僅かに目を離しただけでいつの間にか層を成すゴミ溜めの汚部屋になっているという、非常に謎な部屋でもある。
ワイア格子の挟まれたポリカーボネート製の透明な扉の前でハイファは靴を脱いだ。どれだけ汚染されていても部屋の主が土足厳禁を言い張るのだ。だが先日ハイファが怒り狂って掃除をしたばかり、部屋はまだ床が見えている。
そこらに『AD世紀の幻のプラモシリーズ・T‐4ブルーインパルス』の部品と工具が散らばっている程度だった。
主は硬い寝台に腰掛け小さな灰皿を手に載せて煙草を吸っていた。隣にハイファも座るとコーヒーを手渡す。受け取ったシドは灰皿を寝台に置き、開封してひとくち飲んだ。
「ハイファ、実際お前、何で別室辞めねぇんだよ」
「うーん、何でかな?」
「出向が取り消しになっても、ポリアカなら今からでも入れるぞ?」
「それはそうだけど……貴方だって働かなくても生きて行けるクレジット持ってるのに、刑事を辞めないじゃない。それって何で?」
「……なるほど、そうだよな。プライドなら仕方ねぇな」
「ってことで、そろそろ別室からのお手紙を見ようよ。ね?」
ハイファのスリーカウントで二人は同時にリモータを操作した。小さな画面に浮かび上がった緑色に輝く文字を読み取る。
【中央情報局発:機密資料とサンプルを持ち出しロニア星系第四惑星ロニアⅣに逃亡したダグラス=カーター元二等陸尉を逮捕し機密資料とサンプルを奪還せよ。なお逮捕に際してはその生死を問わないものとする。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「ダグラス=カーター二尉……ダグ」
「こいつも別室員だったのか?」
「そう。あの死体、ティム=カーライル二尉のバディだった」
「このタイミングはもしかして、あの死体の頭をかち割ったのがバディのダグラス=カーターだとでも言うのかよ?」
「可能性はあるよね。貴方の言う通りこのタイミングだもん」
「別室にもバディシステムなんてのがあるんだな」
軍人なら当然かとも思ったが、シドはハイファが言った『ダグ』という愛称に引っ掛かって、どうでもいいことを口にしてみただけだった。分かっているのかいないのか、ハイファは律義に答える。
「ないこともないよ。一人が実働員で一人がモニタやバックアップとか。誰でも構わないって人もいるけど、相性のいい人間同士で組むこともある。僕も別室入り前のスナイパー時代は観測手役のバディがいたし、別室では……一時期、ダグと組んでたこともあるよ」
「なっ、それって元バディのお前に、ダグラス=カーターをデッド・オア・アライヴに懸けろってことじゃねぇか!」
「そうなるね。何も意味なくそうしたんじゃなくて、人選はワザとだと思う」
「そりゃあ知ってる人間なら行動パターンも読みやすいだろうが……」
「まさにそういう理由だろうね。……デッド・オア・アライヴ、その生死を問わず、か」
呟いたハイファはパタリとシドの膝に上体を倒した。
「ちょ、おい、危ねぇって」
慌てて煙草を挟んだ指をシドは高く上げる。どうやら気分的に沈んでいるらしいバディの若草色の瞳を覗き込んだ。顔が重なって、ソフトキス。
「大丈夫か、お前?」
「何てことないよ」
「好きだったんだろ?」
「それは……バディが嫌いじゃ務まらないから」
そんな人間を殺す、別室命令はそういうことだ。喩え生かして捕縛し連れ帰ろうとも、別室は決して裏切り者を赦さない。巨大テラ連邦の裏を見つめ、支え、護り続けるためには必要なのだ。それくらいハイファは分かり切っているだろう。
煙草を消した指でさらりとした明るい金のしっぽを弄ぶと、ハイファはくすぐったそうに笑ったが頬は硬いままだった。それでも現在のバディであり一生涯を誓ったシドに気を遣ってか、更に笑みを深くして滑らかに身を起こした。
「もうすぐ定時だよ。武器庫に寄ってから帰るんでしょ?」
二人でコーヒーを一気飲みしてシドの巣を出ると空ボトルをダストシュートに放り込んでデカ部屋に上がる。ふと見るとデジタルボードの二人の名前の欄は既に『出張』となっていた。期間は無記入だ。ヴィンティス課長が操作したに違いなかった。
「課長、武器庫の解錠願います!」
叫んでおいて首を捻る。
「全く、いったい何処で聞き込んでやがるんだ?」
「毎度のことながら、たった今きた別室命令を……」
「気味が悪いよな。あの別室長ユアン=ガードナーの野郎と何処でつるんでやがるのか、いつかはっきりさせて二人まとめて張り倒してやる!」
唸りながらシドは武器庫に入った。雑毛布を敷いた上で巨大レールガンをフィールドストリッピングという簡易分解し、電磁石や絶縁体の摩耗度合いをマイクロメータで測る。納得すると組み立て直し、フレシェット弾を満タンに装填した。
三百発入りのフレシェット弾の小箱も手にして対衝撃ジャケットのポケットに入れる。
ハイファも隣で愛銃の整備をしたが九ミリパラはここにはないので帰ってからだ。
武器庫を出るとヴィンティス課長が晴れやかに澄みきったブルーアイで二人を迎えた。
「やあキミたち。我が機捜課を代表しての『出張』、誠意励んできてくれたまえ」
シドとハイファだけに『研修』だの『出張』だのがこれだけ何度も降ってきたら、他の課員だっていい加減に何かがあると気付いている筈で、悟りながらも何も言わないだけなのだ。課長のこれは猿芝居じみていて、だが笑顔は本物だった。
管内の事件発生率を一時的にでも抑えられるという喜びに満ちている。二人は薄笑いで誤魔化すしかない。
あとはデスクで各星系共通の武器所持許可証申請を書き捜査戦術コンに流す。数分でリモータが発振し、それぞれに他星系や宙艦内でも通じる武器所持許可証が流された。
気付けば十七時半の定時を過ぎていた。デカ部屋は既に閑散としている。小躍りしそうな課長は無視し、深夜番にだけ頭を下げて二人は帰路についた。
「もう捜査報告とは、お前んとこは仕事が早いな」
「嫌味は結構です。シドの『巣』でいいよね。先に行ってて」
ハイファはデカ部屋を出た所にある有料オートドリンカにリモータを翳し、クレジットを移してコーヒーを二本手に入れシドを追って階段を下りた。
下りたそこは地下留置場で、向かって一番右が通称シドの巣と呼ばれる空間だった。
単独時代から今に至るも真夜中の大ストライクを誰もが恐れるために深夜番は免れているシドだが、昼夜関わらず足での捜査は健在である。そういった自主的夜勤をしたときなどにここで寝泊まりしていたのだ。階段を上れば出勤という手軽さでいい。
今でこそハイファがいるので泊まる事も殆どなくなったが巣はそのまま存続し、ストライクが重なって課長から外出禁止令を食らったときに不貞寝をしたり、趣味のプラモデルを製作していたりするのだ。
公私混同という向きもあるがシドがここにいてくれれば事件は持ち込まれないし事故も起きない。みんなハッピーだ。
ということでヴィンティス課長以下機捜課員は、イヴェントストライカが巣に篭もるのを推奨しこそすれ、誰一人として咎める者はいないのであった。
こうして別室関係の密談をするにも便利ではあるが、ハイファにとっては二十四時間殆ど行動を共にしているのに、僅かに目を離しただけでいつの間にか層を成すゴミ溜めの汚部屋になっているという、非常に謎な部屋でもある。
ワイア格子の挟まれたポリカーボネート製の透明な扉の前でハイファは靴を脱いだ。どれだけ汚染されていても部屋の主が土足厳禁を言い張るのだ。だが先日ハイファが怒り狂って掃除をしたばかり、部屋はまだ床が見えている。
そこらに『AD世紀の幻のプラモシリーズ・T‐4ブルーインパルス』の部品と工具が散らばっている程度だった。
主は硬い寝台に腰掛け小さな灰皿を手に載せて煙草を吸っていた。隣にハイファも座るとコーヒーを手渡す。受け取ったシドは灰皿を寝台に置き、開封してひとくち飲んだ。
「ハイファ、実際お前、何で別室辞めねぇんだよ」
「うーん、何でかな?」
「出向が取り消しになっても、ポリアカなら今からでも入れるぞ?」
「それはそうだけど……貴方だって働かなくても生きて行けるクレジット持ってるのに、刑事を辞めないじゃない。それって何で?」
「……なるほど、そうだよな。プライドなら仕方ねぇな」
「ってことで、そろそろ別室からのお手紙を見ようよ。ね?」
ハイファのスリーカウントで二人は同時にリモータを操作した。小さな画面に浮かび上がった緑色に輝く文字を読み取る。
【中央情報局発:機密資料とサンプルを持ち出しロニア星系第四惑星ロニアⅣに逃亡したダグラス=カーター元二等陸尉を逮捕し機密資料とサンプルを奪還せよ。なお逮捕に際してはその生死を問わないものとする。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
「ダグラス=カーター二尉……ダグ」
「こいつも別室員だったのか?」
「そう。あの死体、ティム=カーライル二尉のバディだった」
「このタイミングはもしかして、あの死体の頭をかち割ったのがバディのダグラス=カーターだとでも言うのかよ?」
「可能性はあるよね。貴方の言う通りこのタイミングだもん」
「別室にもバディシステムなんてのがあるんだな」
軍人なら当然かとも思ったが、シドはハイファが言った『ダグ』という愛称に引っ掛かって、どうでもいいことを口にしてみただけだった。分かっているのかいないのか、ハイファは律義に答える。
「ないこともないよ。一人が実働員で一人がモニタやバックアップとか。誰でも構わないって人もいるけど、相性のいい人間同士で組むこともある。僕も別室入り前のスナイパー時代は観測手役のバディがいたし、別室では……一時期、ダグと組んでたこともあるよ」
「なっ、それって元バディのお前に、ダグラス=カーターをデッド・オア・アライヴに懸けろってことじゃねぇか!」
「そうなるね。何も意味なくそうしたんじゃなくて、人選はワザとだと思う」
「そりゃあ知ってる人間なら行動パターンも読みやすいだろうが……」
「まさにそういう理由だろうね。……デッド・オア・アライヴ、その生死を問わず、か」
呟いたハイファはパタリとシドの膝に上体を倒した。
「ちょ、おい、危ねぇって」
慌てて煙草を挟んだ指をシドは高く上げる。どうやら気分的に沈んでいるらしいバディの若草色の瞳を覗き込んだ。顔が重なって、ソフトキス。
「大丈夫か、お前?」
「何てことないよ」
「好きだったんだろ?」
「それは……バディが嫌いじゃ務まらないから」
そんな人間を殺す、別室命令はそういうことだ。喩え生かして捕縛し連れ帰ろうとも、別室は決して裏切り者を赦さない。巨大テラ連邦の裏を見つめ、支え、護り続けるためには必要なのだ。それくらいハイファは分かり切っているだろう。
煙草を消した指でさらりとした明るい金のしっぽを弄ぶと、ハイファはくすぐったそうに笑ったが頬は硬いままだった。それでも現在のバディであり一生涯を誓ったシドに気を遣ってか、更に笑みを深くして滑らかに身を起こした。
「もうすぐ定時だよ。武器庫に寄ってから帰るんでしょ?」
二人でコーヒーを一気飲みしてシドの巣を出ると空ボトルをダストシュートに放り込んでデカ部屋に上がる。ふと見るとデジタルボードの二人の名前の欄は既に『出張』となっていた。期間は無記入だ。ヴィンティス課長が操作したに違いなかった。
「課長、武器庫の解錠願います!」
叫んでおいて首を捻る。
「全く、いったい何処で聞き込んでやがるんだ?」
「毎度のことながら、たった今きた別室命令を……」
「気味が悪いよな。あの別室長ユアン=ガードナーの野郎と何処でつるんでやがるのか、いつかはっきりさせて二人まとめて張り倒してやる!」
唸りながらシドは武器庫に入った。雑毛布を敷いた上で巨大レールガンをフィールドストリッピングという簡易分解し、電磁石や絶縁体の摩耗度合いをマイクロメータで測る。納得すると組み立て直し、フレシェット弾を満タンに装填した。
三百発入りのフレシェット弾の小箱も手にして対衝撃ジャケットのポケットに入れる。
ハイファも隣で愛銃の整備をしたが九ミリパラはここにはないので帰ってからだ。
武器庫を出るとヴィンティス課長が晴れやかに澄みきったブルーアイで二人を迎えた。
「やあキミたち。我が機捜課を代表しての『出張』、誠意励んできてくれたまえ」
シドとハイファだけに『研修』だの『出張』だのがこれだけ何度も降ってきたら、他の課員だっていい加減に何かがあると気付いている筈で、悟りながらも何も言わないだけなのだ。課長のこれは猿芝居じみていて、だが笑顔は本物だった。
管内の事件発生率を一時的にでも抑えられるという喜びに満ちている。二人は薄笑いで誤魔化すしかない。
あとはデスクで各星系共通の武器所持許可証申請を書き捜査戦術コンに流す。数分でリモータが発振し、それぞれに他星系や宙艦内でも通じる武器所持許可証が流された。
気付けば十七時半の定時を過ぎていた。デカ部屋は既に閑散としている。小躍りしそうな課長は無視し、深夜番にだけ頭を下げて二人は帰路についた。
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