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第26話
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「そうですね、何処から話しましょうか……ここアルナス星系フィルマが百令星系からの移民の子孫で構成されていることはご存じですね。百令には『貴族』と自ら名乗る上流階級者がいる――」
このアルナス星系第二惑星フィルマへの第一次入植者は公正に選ばれた開拓者などではなかった。百令の貴族たちが自らの子飼いの者を第一次入植者として送り込んだのだ。
その結果、第一次入植者も本来ならば百令の貴族と同じく巨万の富を手にする筈が、得たクレジットを年貢のように百令の貴族に納めるシステムが出来上がる。
このフィルマにおいて彼ら第一次入植者は、勿論上流階級者であり生活に困る訳ではない。けれど自分たちも百令の貴族のような生活を夢見た挙げ句、年貢のしわ寄せは全て第二次以降の入植者である労働者層にいくことになったのだ。
軍や産業企業関係に就業できた中流階層者はいい。だが都市に住み、汚れていない服を着て生活している者は、祖父母の代から資源採掘者として生きる者たちの血の涙を知らない。
食うや食わずで子供たちまで修学させずに働かせる現実が、採掘場からわざわざ離れて造られた都市の煌びやかな明かりの裏に隠されているのだ。
「これが入植から二百年と経っていないこの惑星フィルマの実情です。そんな劣悪な状況をテラ連邦議会は黙視しています。何とか採掘者としてのさだめから逃れた者が軍には多い」
「第二基地の連中は何故あんたらにつかなかった?」
「あそこの基地司令は百令の貴族です。説得は無理だと……」
「なるほどな。計画は?」
「詳しくは私にも流れてきませんが……制空権を取り行政府を落とします。これには多少の犠牲もやむを得ないと考えています。そのあと労働者たちが各都市になだれ込みます。放送局を占拠し、第一・第三基地司令が連名でテラ連邦議会に脱退宣言をする予定です」
「Xディは?」
「明後日、一五〇〇時です」
「「はあ? 明後日の午後三時!?」」
思わずシドとハイファは唱和した。これは基地司令のラルス=ブラウナー一佐が二人の別室員を追い出しにかかる訳だった。バリンバリンの警戒対象である。
ロウテーブルに灰皿を見てシドは煙草を咥え火を点けた。紫煙を吐く。
「ダグラス、あんたは何処かで手持ちの札を切るつもりなのか?」
「さあて、どうしようか。使い処があればいいが」
「余計な死人が出るぞ」
「ここの人間の論理でいけば、一度都市なんか更地にしてやればいいってことだ」
「極端だな」
「中途半端より、よっぽど面白いだろう?」
「何処がだよ、俺には笑いのツボが分からねぇぞ」
「いや、本星の技研で百令出身の研究員から話を聞いたときに『これだ!』と思ったさ。テラ連邦だって新開発のナノマシンの威力を外から見られるいい機会だ……くらいに考えると思ったんだがなあ。意外だったよ」
満面の笑みで身振り手振りも派手派手しく話す男は、どうも思考が躁的でついて行けない。交渉の余地もあるのか判別不能だ。だがこれが済まないと帰れないので一応は言ってみた。
「ダグラス=カーター、あんたを逮捕する。機密資料及びナノマシンのサンプルを渡せ。素直に渡せば生かしたままテラ本星までは連れ帰ってやる」
「本気で言っているのか、シド。『はい、そうですか』と渡す訳がないだろう?」
「あんたの逮捕はデッド・オア・アライヴだ」
「俺を殺せば機密資料とサンプルの隠し場所は永遠に分からなくなる。第三者が偶然フタを開けて発覚するかも知れないが、それをお望みならその大砲を撃つがいいさ」
「ブツだけでも渡す気はねぇのか?」
「そうだなあ」
と、三者の顔を見回したダグラス=カーターは、のほほんと言い放つ。
「ハイファスを三日貸すなら資料を渡してもいい。一週間ならサンプルもつけよう」
「僕は――」
ポーカーフェイスのままでシドは喋りかけたハイファを遮った。
「ハイファ、これはお前への提案じゃねぇからいい。ダグラス、あんたのさっきの言葉をそのまま返すぜ。……『本気で言っているのか?』」
「ははは、怖い刑事さんだ。冗談だ、冗談」
「ダグラス、冗談でもハイド一尉に失礼でしょ」
「ラリーはラリーだ、何も手放しはしないさ。ただ両手に花ってのも男の夢で――」
「まさかアレやコレやも……わあ、こんな変態とつるんでたなんて一生の不覚!」
「私もそれはちょっと……」
思考が突っ走ったハイファとハイド一尉が眉をひそめ口を押さえた。更にはレールガンのグリップを握ったシドのシリアスな目にダグラスは慌てて手を左右に振る。
「そこまでは濡れ衣だ!」
男三人はそれ以上個人の嗜好を云々したがらずに話を進める。
「でもハイド一尉。僕らに話したらクーデターを阻止されるとは思わなかったの?」
「それは……しかし戦闘機が一機でも上がり行政府を叩けばこちらの勝ちですから」
「ふうん。だがハイド一尉、あんたは積極参加って風でもなさそうだな」
「ラリーでいいですよ。そう、人が沢山死ぬことには変わりない。人こそ宝なのに」
「僕らもシドとハイファスで。もしかしてダグラスのやり方が一番だと思ってる?」
首を傾げて微笑んだラリーにも分からないのだろう。
何もかもゼロに戻す。
人がクレジットや階級で縛られない世の中に戻してしまう。
今の高度文明圏で電子機器はおろか電子的ネットワークを叩き潰し消し去るというのはそういうことだ。インフラも落ちた先に待っているのは原始にも似た力の世界だと思われる。
「取り敢えず話に飽きた。ラリー、約束通り案内してくれねぇか?」
そう言って身を乗り出したシドに残りの全員が呆れた流し目をくれた。
このアルナス星系第二惑星フィルマへの第一次入植者は公正に選ばれた開拓者などではなかった。百令の貴族たちが自らの子飼いの者を第一次入植者として送り込んだのだ。
その結果、第一次入植者も本来ならば百令の貴族と同じく巨万の富を手にする筈が、得たクレジットを年貢のように百令の貴族に納めるシステムが出来上がる。
このフィルマにおいて彼ら第一次入植者は、勿論上流階級者であり生活に困る訳ではない。けれど自分たちも百令の貴族のような生活を夢見た挙げ句、年貢のしわ寄せは全て第二次以降の入植者である労働者層にいくことになったのだ。
軍や産業企業関係に就業できた中流階層者はいい。だが都市に住み、汚れていない服を着て生活している者は、祖父母の代から資源採掘者として生きる者たちの血の涙を知らない。
食うや食わずで子供たちまで修学させずに働かせる現実が、採掘場からわざわざ離れて造られた都市の煌びやかな明かりの裏に隠されているのだ。
「これが入植から二百年と経っていないこの惑星フィルマの実情です。そんな劣悪な状況をテラ連邦議会は黙視しています。何とか採掘者としてのさだめから逃れた者が軍には多い」
「第二基地の連中は何故あんたらにつかなかった?」
「あそこの基地司令は百令の貴族です。説得は無理だと……」
「なるほどな。計画は?」
「詳しくは私にも流れてきませんが……制空権を取り行政府を落とします。これには多少の犠牲もやむを得ないと考えています。そのあと労働者たちが各都市になだれ込みます。放送局を占拠し、第一・第三基地司令が連名でテラ連邦議会に脱退宣言をする予定です」
「Xディは?」
「明後日、一五〇〇時です」
「「はあ? 明後日の午後三時!?」」
思わずシドとハイファは唱和した。これは基地司令のラルス=ブラウナー一佐が二人の別室員を追い出しにかかる訳だった。バリンバリンの警戒対象である。
ロウテーブルに灰皿を見てシドは煙草を咥え火を点けた。紫煙を吐く。
「ダグラス、あんたは何処かで手持ちの札を切るつもりなのか?」
「さあて、どうしようか。使い処があればいいが」
「余計な死人が出るぞ」
「ここの人間の論理でいけば、一度都市なんか更地にしてやればいいってことだ」
「極端だな」
「中途半端より、よっぽど面白いだろう?」
「何処がだよ、俺には笑いのツボが分からねぇぞ」
「いや、本星の技研で百令出身の研究員から話を聞いたときに『これだ!』と思ったさ。テラ連邦だって新開発のナノマシンの威力を外から見られるいい機会だ……くらいに考えると思ったんだがなあ。意外だったよ」
満面の笑みで身振り手振りも派手派手しく話す男は、どうも思考が躁的でついて行けない。交渉の余地もあるのか判別不能だ。だがこれが済まないと帰れないので一応は言ってみた。
「ダグラス=カーター、あんたを逮捕する。機密資料及びナノマシンのサンプルを渡せ。素直に渡せば生かしたままテラ本星までは連れ帰ってやる」
「本気で言っているのか、シド。『はい、そうですか』と渡す訳がないだろう?」
「あんたの逮捕はデッド・オア・アライヴだ」
「俺を殺せば機密資料とサンプルの隠し場所は永遠に分からなくなる。第三者が偶然フタを開けて発覚するかも知れないが、それをお望みならその大砲を撃つがいいさ」
「ブツだけでも渡す気はねぇのか?」
「そうだなあ」
と、三者の顔を見回したダグラス=カーターは、のほほんと言い放つ。
「ハイファスを三日貸すなら資料を渡してもいい。一週間ならサンプルもつけよう」
「僕は――」
ポーカーフェイスのままでシドは喋りかけたハイファを遮った。
「ハイファ、これはお前への提案じゃねぇからいい。ダグラス、あんたのさっきの言葉をそのまま返すぜ。……『本気で言っているのか?』」
「ははは、怖い刑事さんだ。冗談だ、冗談」
「ダグラス、冗談でもハイド一尉に失礼でしょ」
「ラリーはラリーだ、何も手放しはしないさ。ただ両手に花ってのも男の夢で――」
「まさかアレやコレやも……わあ、こんな変態とつるんでたなんて一生の不覚!」
「私もそれはちょっと……」
思考が突っ走ったハイファとハイド一尉が眉をひそめ口を押さえた。更にはレールガンのグリップを握ったシドのシリアスな目にダグラスは慌てて手を左右に振る。
「そこまでは濡れ衣だ!」
男三人はそれ以上個人の嗜好を云々したがらずに話を進める。
「でもハイド一尉。僕らに話したらクーデターを阻止されるとは思わなかったの?」
「それは……しかし戦闘機が一機でも上がり行政府を叩けばこちらの勝ちですから」
「ふうん。だがハイド一尉、あんたは積極参加って風でもなさそうだな」
「ラリーでいいですよ。そう、人が沢山死ぬことには変わりない。人こそ宝なのに」
「僕らもシドとハイファスで。もしかしてダグラスのやり方が一番だと思ってる?」
首を傾げて微笑んだラリーにも分からないのだろう。
何もかもゼロに戻す。
人がクレジットや階級で縛られない世の中に戻してしまう。
今の高度文明圏で電子機器はおろか電子的ネットワークを叩き潰し消し去るというのはそういうことだ。インフラも落ちた先に待っているのは原始にも似た力の世界だと思われる。
「取り敢えず話に飽きた。ラリー、約束通り案内してくれねぇか?」
そう言って身を乗り出したシドに残りの全員が呆れた流し目をくれた。
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